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道の向こう  作者: 高田昇
第二部 大東亜戦争
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第十六章 北海道戦線

 ソ連軍の強さは、多大な損害を被っても再び軍を再編して攻勢をかけるところにある。


 日露戦争で日本陸軍は遼陽と奉天の会戦でロシア陸軍に大きな被害を与えたが、シベリア鉄道を使った兵力輸送によって短期間で戦力の再編を果たしたロシア陸軍の最後の攻勢によって日本軍は戦略を覆されてしまう手痛い敗北を受けた。


 今時戦争でも、朝鮮半島に攻め込んだソ連軍は予想を上回った日韓連合軍の反撃を受けて撃退されたがソ連政府と軍には目立った混乱や動揺を見せず新しい軍団を動員して極東に送り出した。


 各方面に配置されている部隊を割いてシベリア鉄道から大軍を極東に派遣する一方で、開戦時から目立った行動をとらなかったソ連海軍が動き始めた。


 極東でのソ連海軍の拠点は、旅順とウラジオストクの二つである。日露戦争で旧ロシア海軍は主要艦艇の多くを喪失して壊滅に瀕したが、戦後の海軍再建によって極東方面も一応の部隊が再建された。第一次世界大戦中のロシア革命を経てロシア海軍を継承したソ連海軍は、海洋海軍から沿岸海軍に転換して新兵器の潜水艦の戦力増強に力を注いだ。


 潜水艦は、潜航する事によって敵艦船や航空機からの被探知率を大幅に減らす事が出来る現代でも通用する究極のステルス兵器と呼ばれている。現に第一世界大戦でドイツ海軍のUボートが協商国側の輸送船を多く撃沈する成果を挙げている。


 ウラジオストクと旅順のソ連海軍基地を拠点に駆逐艦と巡洋艦から成る水上戦闘艦部隊と潜水艦部隊で構成された太平洋艦隊が存在する。行動を開始した太平洋艦隊は、朝鮮半島沿岸に出現して日本海軍連合艦隊と韓国海軍と海戦を繰り返した。


 連合艦隊は、多くない軍艦を複数の艦隊に分けて北は宗谷海峡から南は対馬海峡に配置していた。太平洋艦隊が暴れ回る朝鮮半島と対馬海峡に主力を派遣して宗谷海峡には艦齢の高い高齢艦部隊である。


 主戦場は朝鮮半島と中国大陸であるため、ソ連軍の北海道進攻の現実性は低いと判断したためである。しかし、シベリア鉄道によって極東に集まったソ連軍は満州に集結する一方で樺太へ部隊を移動させていた。


 小規模ではなく大部隊が樺太に移動したのである。日本の情報網に掛からない訳がなかった。だが、日本軍には先手を打って樺太を攻略する十分な戦力が不足していた。陸軍は多くの師団を主戦場である朝鮮や中国に派遣しており、本州に待機する残りの師団は不測の事態に備えての戦略予備部隊であるため、北海道方面に送る余裕が無かった。新しい師団を編成中であるが完成には時間がかかる。


 航空機を用いて樺太を空襲するにも、爆撃機を護衛する戦闘機の航続距離が足りないため敵戦闘機を迎え撃つ術が無かったため爆撃機部隊の作戦の成功度と生還度が低かった。


 海軍は、連合艦隊の主力は朝鮮半島にありソ連海軍との海戦の真っ只中にあり油断を許さぬ戦況だっため、樺太に戦力を送り出す余裕が無かった。


 ソ連軍の北海道侵攻の現実味が日に日に高まる中で日本軍は、あえてソ連軍を北海道に上陸させてから持久戦に持ち込ませ、増援到着に合わせて反撃に出る作戦しかなかった。日本軍は、厳しい二正面作戦を強いられた。



1940年

 5月初旬、戦力を充実させたソ連軍は再攻勢の動きを見せた。


 目標は朝鮮半島、前回同様に新義州、江界、清津の三路より侵攻を開始した。前回と違うのはソ連軍の規模が多くなっている事である。


 ソ連軍地上部隊は、日本軍と韓国軍の空襲をものともせず日韓連合軍の防衛線に物量を背景に攻め込んだ。日韓連合軍は初戦こそ善戦はしたが、最終的にはソ連軍の圧倒的な戦力と攻撃を防ぎ切れず、戦線の後退を余儀なくされた。


 新義州、江界、清津を制圧して朝鮮半島への侵略拠点を有したソ連軍は、北部朝鮮の大都市である平壌に侵攻を開始する。


 7月、平壌を守る日韓連合軍とソ連軍との間で再び一大会戦が発生した。


 特に、韓国軍は総力戦の構えを取っていた。今会戦に挑む日韓連合軍の戦力の七割を占めていた。両軍合わせて約百七十万の軍勢が平壌を巡る決戦に参加した。日露戦争の奉天会戦を遥かに凌ぐ大戦史上の会戦となり、一進一退の激戦が一ヶ月以上も続いた。


 9月、朝鮮半島で日ソの死闘が繰り広げられ世界の注目を集める中で、ついにソ連軍が北海道への進攻作戦を開始する。


 ソ連軍は、最初に宗谷海峡を防衛警備する日本艦隊の撃退に乗り出した。


 日本海軍は決して侮れない実力を秘めている事は日露戦争で身をもって味わった。しかし樺太のソ連軍に取って幸いであった事は、宗谷海峡に配備されていた日本艦隊の艦艇が旧式揃いで主力がいなかった事にあった。ソ連軍の幸いは日本軍に取って最悪な事であった。


 ソ連海軍は、日ソ開戦以前に日本海軍が宗谷海峡の周辺海域に設置した機雷の除去から始めた。日本軍の機雷の除去を掃海艇と護衛の駆逐艦部隊に行わせ、小戦力と見せかけて日本艦隊をおびき寄せた。


 当然、日本艦隊はソ連軍の行動をただ指をくわえて見るている事はせずソ連軍撃退のため現場に急行した。そして、日本艦隊はまんまとソ連軍の術中に嵌まってしまう。


 ソ連軍はウラジオストクの基地から潜水艦部隊を樺太に派遣させており、宗谷海峡に向買う日本艦隊に襲撃を行った。ソ連海軍潜水艦部隊の攻撃によって日本艦隊は大小の艦艇を多数損失されるも、艦隊全滅は辛くも免れるが被害は甚大で戦線撤退を余儀なくされる。


 日本軍に代わり、ソ連軍が宗谷海峡の制海権を握り北海道侵攻の足掛かりを築いた。


1941年9月15日

 宗谷海峡での掃海任務を終えたソ連軍は、北海道稚内への上陸作戦を開始させる。鎌倉時代の元寇以来の本格的な敵国軍の日本国土への上陸であり、北海道は戦場となった。

 日ソ戦争が激しさを増して今回の話で北海道への侵略が開始されてしまいましたが、次回から日本軍は反撃に転じていきます。

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