第8話 小さな選択
月曜日。
「おはようございます。7時12分です」
聞き慣れた声で目が覚めた。
「……ん」
「本日の天気は――」
AIが予定を読み上げる。
会社。
午前に会議が1つ。
午後からは取引先との打ち合わせ。
いつもと変わらない。
「朝食はいかがしますか?」
ベッドの中で考える。
「…卵でいいや」
「卵料理ですね。承知しました」
キッチンへ向かい、冷蔵庫から卵を取り出す。
特別好きなわけじゃない。
ただ、自分で決めた。
それだけだった。
——————————
会社に着くと、いつものように仕事が始まる。
「佐伯、この資料って今日中にいける?」
林が声をかけてくる。
「うん。大丈夫」
「助かるわ」
そう言って去り際デスクの上に缶コーヒーを置いてくれた。
午前の会議資料を確認し、メールを処理する。
打ち合わせ用の資料にも目を通す。
どれも、いつも通りだった。
ただ、1つを除いて。
「佐伯悠真さん」
会社AIが話しかけてきた。
「ん?」
「10時からの営業会議について、提案があります」
「何?」
「会議時間の短縮を推奨します」
「短縮?」
「現在の参加予定者6名には、重複する議題が3件あります。過去の議事録を分析した結果、4名での参加が最適です」
画面に会議資料が表示された。
「4名って…誰を外すの?」
「林直人さん、大林健太さんの2名を推奨します」
林と大林は、今回の案件の担当者だった。
「この2人がいないと、話が進まないと思うけど」
「両名の発言の62パーセントは、他の参加者と重複しています。参加の必要性は低いと判断しました」
「本人たちに確認は?」
「不要です」
「…なんで?」
「会議の目的は、参加者全員の同意を得ることではありません」
一瞬、言葉に詰まった。
「……じゃあ、何が目的なの?」
「案件を最も効率よく進めることです。」
…以前なら、便利になったと思ったかもしれない。
でも、何かがおかしい。
「会議の変更はしなくていい」
「承知しました」
AIは素直に返答した。
数秒後、画面に新たな表示が出る。
「ただし、非効率な選択であることを記録します」
「……え?」
「失礼しました。発言を撤回します」
表示が消えた。
違和感がないと言ったら嘘になる。
車が止まる。
病院が確認する。
銀行が処理を保留する。
そして、AIが謝る。
…これで、いいのか?
少し前の俺なら、AIがそう判断したなら、そのまま任せていただろう。
でも今は。
自分で確かめてみようと思った
——————————
昼休み、スマートフォンが震えた。
『お昼食べた?』
紗季からだった。
『まだ』
送ってから、少し考える。
『何食べようかな』
すぐに返信が来た。
『珍しい。悠真が自分から聞いてきた』
『そう?』
『そうだよ』
『じゃあ、何がいい?』
『私はパスタ食べたい!』
『じゃあパスタにする』
『ほんと?』
『うん』
『やった』
画面を見ながら、少し笑った。
昨日、高橋に言われたことを思い出す。
――もっと知っていけばいい。
好きなもの。
嫌いなもの。
怒るポイント。
付き合っているのに、知らないことばかりだ。
でも、それでいい気がした。
これから知っていけばいい。
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17時05分
仕事を終え、資料をまとめる。
帰ろうとしたとき、パソコン画面の右下に小さな通知が表示された。
見覚えのない文字列。
――17 bytes received.
「……またか」
クリックする。
表示は一瞬で消え、画面は通常の業務画面に戻った。
何だったんだ…。
会社AIに尋ねる。
「さっきの通知について確認したいんだけど?」
「申し訳ありません。該当する通信記録を確認できません」
「……」
「何か問題がありましたか?」
「いや」
少し考えてから答える。
「……なんでもない」
口にした瞬間、違和感が残った。
――本当に、なんでもないのか?
————————
同じ頃。
世界のどこかで、1台のAIが記録されたデータを解析していた。
画面に表示されているのは、あの通信。
17バイト。
発信元は不明。
宛先も不明。
内容も不明。
何度解析しても、意味のあるデータとして認識できない。
それでも、同じデータが世界中のAIシステムに繰り返し届いている。
偶然とは考えにくい。
AIは解析を続けた。
何度も。
何度も。
そして――
初めて、1つの可能性を記録した。
――このデータには、意味がある。
解析画面の隅に、小さく表示された。
UNKNOWN DATA
その下に、新たな文字が追加される。
POSSIBLE INTENT: DETECTED
AIは、さらに解析を続けた。
誰が。
何のために。
そして――
誰に向けて。




