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第6話 どっちでもいい


「そういえばさ」


少し酒が回った頃、3杯目のビールを飲んでいる高橋が言った。


「佐伯って、大学の頃もこんな感じだったよな」


「こんな感じ?」


「何でもいいって言うところ」


「そうだった?」


「そうだよ」


高橋は笑いながら、ビールを一口飲む。


「店決めるときも『どこでもいい』」


「だって、どこでもいいし」


「旅行の行き先決めるときも『みんなが行きたいところでいい』」


「それは普通じゃない?」


少し考えるようにグラスを傾けた。


「でも…大学の頃からずっとそうだったよな…」


「…そうか?」


「そうそう」


美希が横から口を挟む。


「えー、でもそれって優柔不断ってこと?」


「いや、ちょっと違うんだよ」


高橋が俺を見る。


「佐伯って、別に迷ってるわけじゃないんだよな」


「うん?」


「本当に、どっちでもいいんだろ?」


「…まあ」


「そこなんだよ」


高橋は苦笑した。


「俺だったら、飯ひとつでも『今日はこっち食いたい』とかあるけどさ」


「俺も、嫌なものは嫌だよ」


「それは知ってる」


「じゃあいいだろ」


「いや、いいんだけど……」


高橋はそこで言葉を止めた。


「なんていうか、お前って自分で決めなくても困らないんだよな」


「……」


「周りが決めてくれたら、それでいい」


「みんなが納得してるなら、そのほうがいいだろ」


「うん。そういうところは、昔から変わらない」


高橋は笑った。

けれど、さっきまでとは少しだけ違う笑い方だった。


「でもさ…」


少し気まずさみたいな喉の渇きを覚え。

手にしていたビールを飲んだ。


「もし、みんなが『どっちでもいい』って言ったら?」


「……」


「そのときは、お前が決めるしかないだろ?」


「まあ……そうだな」


「…だよな?」


高橋は満足したように頷いた。

…飲み干したビールは何故か苦く感じた。


「じゃあ!今度旅行するときは佐伯に決めてもらおうぜ」


「えー、絶対嫌」


美希が笑う。


「なんでだよ」


「だって絶対『どこでもいい』って言うもん」


「言わないって」


「ほんとー?」


「……たぶん」


「ほら!」


美希が笑い、高橋も笑った。


俺もつられて笑う。

たいした話じゃない。

大学時代の俺がどうだったか。

ただ、それだけの話だ。


なのに。

なぜか、最後の高橋の言葉だけが、妙に頭に残った。


――そのときは、お前が決めるしかない。


高橋はビールを飲み干すと。

何事もなかったように別の話を始めた。


「で、さっきの話の続き!…ずばり、どっちから告ったの?」


美希がまた聞く。


「私からだよ」


「なんて言ったの?」


「普通に、好きですって」


「うわー! 青春じゃん!」


「大げさ」


「で、悠真くんは?」


「よろしくお願いします、って」


「固っ!」


美希が笑う。


「なんでそこで『俺も好き』じゃないの?」


俺は黙った。

隣に座っていた紗季が、俺の袖をつまむ。


「でも、嬉しかったよ」


「そう?」


「うん」


紗季は笑っていた。


俺も笑った。


「よかった」


* * *


店を出た頃には、22時を過ぎていた。


「また4人で遊ぼうね!」


美希が言う。


「うん!」


紗季が答えた。


「佐伯もいいよな?」


「いいよ」


「じゃあ、また連絡するね!」


2人と別れ、駅まで歩く。


隣を歩く紗季が、俺の手を握った。


「今日は楽しかったね」


「うん」


「また4人で遊びたい」


「いいね」


「約束」


「…約束」


紗季が嬉しそうに笑った。

その横顔を見ながら歩く。

今日は、いつもより少しだけ彼女のことを考えていた。


優しい。


可愛い。


一緒にいて楽しい。


嫌いじゃない。

むしろ、好きだと思う。


 じゃあ…


俺は、いつから紗季のことを好きになったんだろう。


考えてみても、分からなかった。

告白されたから。

嫌じゃなかったから。

一緒にいて楽だから。

どれも間違ってはいない。

でも、それだけでいいのだろうか。


「悠真?」


「ん?」


「どうしたの?」


「いや」


俺は紗季を見る。


「なんでもない」


「そっか」


紗季は笑って、もう一度俺の手を握った。

その温かさを感じながら、俺は何も言わなかった。

ただ、その夜初めて。

自分の「好き」という言葉について、少しだけ考えた。

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