ある捨てられた男の昔話
「僕が幼なじみに捨てられた?」
「勇者に恋人を取られた?」
「その話、どこで聞いたの?」
「そっか」
「まぁ、確かに僕は街に残って」
「彼女は勇者についていったよ」
「でもね」
「人は変わるものだ」
「彼女は僕とは別々の道を選んだ」
「それだけだ」
「それを縛る権利なんて誰にもない」
「確かに僕らは付き合ってたし」
「彼女は勇者に惚れてついていった」
「フラれちゃったよ、ははっ」
「……」
「いや、僕は裏切りだとは思わないな」
「心変わりなんて誰だってするものだよ」
「彼女にとって、僕より勇者の方が魅力的だった」
「それは僕の魅力が足りなかったってだけのことだ」
「そりゃ、落ち込んだよ」
「めちゃくちゃ、引きずったさ」
「でも、人間ってそのうち前を向くんだよ」
「僕も、新しい人と出会ったり」
「色々な経験をしたり」
「彼女と違う人生を歩んだ」
「それだけの話さ」
「え?どんな人生かって?」
「何て言うか……」
「とある女の子に助けられて一緒に冒険したり?」
「まあ、その話を始めると長くなるから」
「……」
「うん、そうだよ」
「その後、彼女が戻ってきた」
「よりを戻したいって言われた」
「ビックリしたよ」
「……え?」
「いやいや、さすがにそんなすぐには付き合わないよ」
「その時、恋人はいなかったし」
「未練もあったけどさ」
「ん?助けてくれた女の子?」
「その子とはそういう関係じゃないよ」
「その子は僕の恩人だ」
「救われたことを簡単に恋愛感情と一緒にしてしまいたくはなかったんだ」
「その話は、また今度にしようか」
「とにかく、都合よく扱われたいわけじゃないからね」
「ちゃんと話したよ」
「今さら僕の優しさに気づいたって、彼女はそう言ったよ」
「あんまりにも申し訳なさそうに言うから」
「あの時は笑っちゃったな」
「え?」
「んー、別に怒ることでもないかなあ」
「長く一緒にいすぎたら、見えなくなるものの1つや2つあるに決まってる」
「僕だって彼女と離れて気づいたこともある」
「それにさ、人によって大切なものって違うでしょ?」
「勇者についていった頃は彼女にとって強さが大切だったのかもしれない」
「今は、優しさが大切なのかもしれない」
「僕はさ、彼女が僕の優しさに気づいたって言ってくれたとき嬉しかったんだ」
「勇者と一緒にいて」
「いろんなことがあったはずで」
「いろんな人と出会ったはずなのに」
「それでも、僕が特別だったって思ってくれたんだよ?」
「僕のことをずっと覚えていてくれた」
「その気持ちは純粋に嬉しかった」
「……付き合うかどうかは話が別だけどね」
「フラれた時、僕は傷ついたんだ」
「彼女の意思は尊重する」
「でも」
「僕を傷つけてでも、勇者を選んだ」
「そう選択したのは彼女だ」
「そんなつもりはなかった、なんて言い訳は認めない」
「だから、彼女に」
「僕と付き合いたいなら、僕を振り向かせてみろ!」
「って、言ってやったんだ」
「柄にもないこと言ったから、二人で爆笑しちゃったけど」
「……まあ」
「結局その後、よりを戻したんだけどね」
「いや」
「別に、特別なきっかけはないよ」
「それから、冒険の合間に友人としての時間を過ごした」
「一緒に歩む道もいいかなって思えた」
「自分でそう決めたんだ」
「これが、パパとママの馴れ初めさ」
「ははっ、なんだかちょっと恥ずかしいな」
「でも」
「そんなことを聞くってことは何か迷ってるんだろ?」
「どうしたんだい?」
「……うん」
「……そっか」
「もうすぐ、結婚だもんね」
「ずっと一緒にいられるのか不安なんだね」
「……大丈夫、なんて僕は言えないよ」
「人は変わるものだからね」
「だから」
「頑張りなさい」
「愛する努力も、愛される努力も」
「彼と一緒にいたい、そう思ったんだろ?」
「自分の決断に自信を持ちなさい」
「パパとママの自慢の娘だ」
「世界一可愛い娘なんだ」
「きっと、幸せになれるよ」
一月後、よく晴れた日の昼下がり、小さな教会に鐘の音が響いた。花で飾られた扉の先で、娘は愛する人と向かい合っていた。
生涯愛すると誓う声は、少し震えていた。 けれど、その言葉には確かな意志がこもっていた。
人は変わる。 それでも、隣を歩くことを選び続ける。
その誓いを聞きながら、父は隣で涙ぐむ妻の手を、そっと握った。




