第六話〜夏目side〜
幸せな夢を見た。
朔先輩が俺の家にいる夢。
キスをしてくれた甘い奇跡を…
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夏目の部屋__
目が覚めると、昨日までの重苦しい気怠さが随分と軽くなっていた。
高熱で意識が朦朧としていたことは覚えている。
夏目「朔先輩…?」
ベッドから起き上がると、そこに彼の姿はなく、やっぱりあの夢は都合のいい幻だったのだと絶望した。
夏目「あるわけないよな…そんな奇跡」
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会社__
夏目「おはようございます!」
ありさ「あー、夏目君おはよう!風邪はどう?」
夏目「おかげさまで、かなり楽になりました」
ありさ「それは良かったー!
夏目「あの、朔先輩は?」
ありさ「あー、それが今度は石川君が風邪でリモートだって」
夏目「え…そうなんですか?」
(先輩も風邪か…大丈夫かな…)
ありさ「ご主人様がいなくて寂しい?」
夏目「はい…」
ありさ「もぉー!素直で可愛い♡」
夏目「あはは…」
ありさ「あ、そうだ!夏目君に紹介する人がいるんだった」
夏目「え?そうなんですか?」
ありさ「えっと…あっ!柏木さーん!!」
その声で爽やかな高身長男性がこちらに小走りでやってくる。
ありさ「柏木さん、彼が昨日話してた石川君の忠犬・夏目君です」
柏木「君が夏目君なんだね?初めまして、昨日から隣の部署に配属になった柏木陽介です。宜しくね」
夏目「あ、こちらこそ!初めまして!夏目遥です」
柏木「噂通り、素直で素敵な男の子だね」
夏目「えっ、そんな…///」
ありさ「あー、柏木さんて案外人たらしですね?」
柏木「あはは。そんな」
ありさ「夏目君、石川君なんかより柏木さんの方が良いご主人様になると思うよー?」
夏目「え…いや、俺は…」
(朔先輩にしか興味無かったりして…)
心の中でそう呟くと、遠くから朔先輩の声が聞こえた。
朔「どーぞ、どーぞ、いつでも譲渡しますよ」
夏目「朔先輩!?」
ありさ「あれー?石川君、リモートだったんじゃ?」
朔「忘れ物取りに来ただけ」
夏目「先輩、風邪大丈夫ですか?俺、薬持ってますよ!のど飴とかも…」
朔「ガキじゃねぇんだから、自分で世話できるつーの」
ありさ「もぉ、夏目君はただ石川君の事を心配してるんじゃないですかー?本当冷たいんだから。夏目君、やっぱり飼い主は柏木さんに変えよう?石川君は飼い主失格ー!」
朔「譲渡あざーす」
夏目「ちょっと!俺の事、勝手に譲渡しないでくださいよ!」
柏木「あはは。でも、僕もどっちかと言えば夏目君側ですよ。ご主人様というよりは犬の方です」
ありさ「ほーう。それはつまり尻に敷かれてるタイプということですか?」
柏木「…まぁ、少し違うけど。どちらかと言えば、尽くしたいタイプが近いですかね」
…
…
…
夏目「なんか、柏木さんってリア充の匂いがする」
朔「俺も思ったわ、それ」
ありさ「私もー!」
柏木「え///そ、そうですかね?」
朔「図星だろ。その反応」
ありさ「だね」
夏目「ですね」
柏木「あはは。まぁ、実は結婚を考えている人がいます」
ありさ「きゃー♡そうなんですね」
夏目「リア充だ」
ありさ「あ、それじゃあ柏木さんを狙っても無駄ですよー!って女性社員にお達し出しとかなきゃ」
柏木「宜しくお願いします(笑)」
朔「って事で、俺は病人なんで帰るわ」
夏目「あ、先輩!送ります!」
朔「いや、いらねぇ」
明らかに突き放すような先輩の声。
(また拒否られた。いつものことだけど…)
朔先輩はそういう人だとわかっていても、どうしてもショボくれてしまう。
夏目「……」
朔「お前も病み上がりなんだから、あんまり張り切んな」
夏目「えっ…」
不意打ち過ぎる先輩の優しい声に驚きを隠せない。
(今のって…俺の事、労わってくれたって事かな?)
朔「じゃーな」
そう言って先輩はエレベーターの方へと消えていった。
柏木「石川さんってぶっきらぼうだけど、ちゃんと夏目君の事を気遣ってるんだね」
夏目「え?そ、そう思いますか?///」
柏木「だって、夏目君のデスクの上見てみなよ」
ふと見ると、そこには小さな栄養ドリンクが一本、端の方に置かれていた。
(う…もう、沼過ぎるぅぅ…)
夏目「やっぱり、俺、先輩を見送ってきます!」
柏木「ふふっ、いってらっしゃい」
全力疾走で先輩の背中を追った。
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エレベーターホール__
夏目「せ、せんぱーい!待って下さい!」
朔「なんだよ、結局譲渡会抜け出してきたのか?」
夏目「譲渡されませんってば!」
”ポーン”
エレベーターに先輩が乗り込む後に続く。
朔「お前は乗んなくていーって」
夏目「乗車拒否を拒否します」
朔「ここで無駄に滑舌いいの披露しなくていいし」
”パタン”
(エレベーターが閉まる音)
夏目「……先輩、ドリンクありがとうございました」
朔「あー別に、俺2本もいらないから提供しただけ」
夏目「それでも、嬉しいです」
朔「ちょろ…」
夏目「はい、自分でもそう思います」
”ポーン”
朔「ついたな、お前はこのまま降りずにフロアに戻れよ」
夏目「はい…」
”ポチッ”
(ボタンを押す音)
先輩と離れたくなくて、開いた扉をボタンで閉めた。
朔「何?監禁されんの?俺?」
夏目「したいです…本当に」
朔「こっわっ…」
夏目「ボタン、開けなきゃ駄目ですか?」
朔「当たり前だろ」
夏目「…やだな」
朔「普通に他の社員から通報されるぞ」
夏目「いいです、それでも。先輩と1秒でも長くいられるなら…」
朔「はぁ…」
駄々をこねる指に、先輩がそっと手を添える。
朔「手…邪魔」
夏目「ん…」
耳元に先輩の息が吹きかかり思わず指がボタンから離れた。
朔「笑。お前、耳弱いの?」
夏目「ち、ちがいますよ///」
その隙にひょいとエレベーターから抜け出す先輩。
朔「監禁失敗だな」
夏目「あ、逃げられちゃった…朔先輩、お疲れ様でした」
ゆっくりと閉まる扉。
朔「お疲れ、アキに宜しくな」
夏目「え…なんで、先輩がアキの名前知ってるの?」
”パタン”
(エレベーターが閉まる音)
昨日の幸せな夢を思い出す。
先輩が家にきてくれた夢。
先輩が俺にキスしてくれた夢を…
夏目「嘘…もしかして、あれ現実なの?」
奇跡って…
もしかしたら、もう起きてしまったかもしれない。
そう思った。




