第五話
俺はあついのが苦手なんだ。
そう…ただ、それだけさ。
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時を遡ること、5時間前――
会社__
課長「朔君、夏目君は今日どうしたんだい?」
見知らぬ高身長の男性社員を連れて、課長が俺に話しかける。
朔「…なんで、俺に聞くんですか?」
課長「そりゃ、夏目君のご主人様だからね」
朔「その言い方、やめてくれません?」
ありさ「えー、なんでですか?ピッタリですよー?」
課長「そうだよね?」
ありさ「ナイスセンスでーす」
朔「その女子高生みたいなノリ、痛いっすよ、二人とも」
ふと横を見ると、少し気まずそうに笑う男性社員が目に入った。
朔「ほら、この人、引いてるじゃないっすか」
男性社員「え?あ、いや、引いてるわけじゃ…」
苦笑いしながら、遠慮がちに答える男性社員。
課長「そうだ、朔君には紹介がまだだったね。今度から隣のアートデザイン部署に配属された柏木君だ」
柏木「初めまして、柏木陽介です」
朔「カメラマンの石川朔です」
柏木「噂は聞いてます。凄く優秀でイケメンのカメラマンがいるって。本当、カッコよくて驚きました」
朔「どうも…」
ありさ「まぁ、性格には難ありですけどねー?」
課長「礼儀にもねー?」
朔「…ぶっとばしますよ」
柏木「あはは。楽しい部署ですね」
課長「柏木君は25歳だから朔君の1つ年だな。年も近いし、仕事でもこれから色々と関わる機会も増えるだろうから、協力してやってくれ」
朔「うす」
柏木「宜しくお願いします」
柏木さんは”優等生”という言葉がぴったりな好青年だった。
課長「それと、ここにはもう一人、新人の夏目君という子がいるんだけど…今日は見当たらないね」
朔「病欠です」
ありさ「さすが、ご主人様ー♡」
朔「だから、やめろって」
柏木「あの、その、ご主人様って一体?」
朔「ほら、余計な事に興味持たせてんじゃねえーよ」
課長「いやね、夏目君がこんな愛想も無い朔君に何故かべったり懐いていてね。その姿が健気な忠犬のようで、いじらしくてね。我々の間で、ご主人様と忠犬君って呼び合っているんだよ」
ありさ「そうなんですよー。もう、本当に夏目君は石川君とは違って素直でとっても可愛らしい子なんですよ」
朔「言葉の要所にディス入ってんぞ」
柏木「あはは、なるほど。それじゃあ、夏目君と会えるのも楽しみにしてます」
課長「ところで、病欠なんて大丈夫なのか?夏目君、一人暮らしだろ?今頃、ご主人が恋しくてクーンクーンって鳴いてるんじゃ」
朔「22歳の大の大人(野郎)がそんな事してたら通報ものですよ」
ありさ「本当冷たいですよねー石川君って。逆の立場だったら、夏目君は絶対石川君の家に駆けつけるのに」
朔「いや、そもそも呼ばねぇし。家にもあげねぇし」
課長&ありさ「最低ー!」
朔「老害で訴えますよ」
柏木「あはは;」
ありさ「ちょ、課長はともかく私はまだ老人じゃないですっ!」
柏木「でも、病気の時って大人でも少し心細くなったりしますよね。僕にも経験あります」
ありさ「さすが柏木さん、石川君と違って優しい。素敵です」
朔「悪かったな」
柏木「夏目君とは会った事ないけど、尊敬している先輩がお見舞いに来てくれたら喜ぶと思いますよ」
朔「俺、そういう事するタイプじゃないんで」
模範回答のような言葉に少し苛立ちを感じた。
柏木「あ、すいません。余計な事を。僕、よくやっちゃうんですよね…」
朔「自覚あるなら、治した方がいいですよ。んじゃ、俺そろそろ定時なんでお先します」
柏木「あ、お疲れ様です」
少し罰の悪そうな柏木さんの顔が見えたが、俺はそのまま無視して会社を後にした。
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BAR__
先程の柏木さんとの会話を思い返していた。
”柏木「夏目君とは会った事ないけど、尊敬している先輩がお見舞いに来てくれたら喜ぶと思いますよ」”
朔「……あいつとは絶対気が合わないな」
悪い人では無いだろう。いや、むしろ良い人だと思う。俺とは違って好青年だし、落ち着いてもいる。
でも、何故か無条件に俺は柏木さんが好きでは無かった。
特に、あいつから微かに香ってくる香水の匂いが…
***
(過去を回想中)
朔『俺、あいつ嫌いだ…』
???『朔、決めつけはよく無いぞ?嫌うならちゃんと相手を知ってから嫌わないと』
朔『…わかったよ』
???『朔は良い子だなー。よしよし』
”ポンポン”
(頭を優しく撫でる音)
朔『…あんたって、いい匂いがする』
***
あの人の香りと似ていた。
些細な事で、またあの人のことを思い出す自分に嫌気がさす。
朔「いつまでも…頭の中でうるせぇよ」
女性「あ、朔だー♡」
(誰だっけ…)
朔「久しぶり」
女性「きゃー♡覚えててくれたんだー?」
朔「当たり前」
(余裕で忘れてるわ)
女性「ねぇ、暇?」
朔「暇だね」
女性「じゃあ、付き合ってよ♡」
朔「いーよ」
こういう時は、女を抱いて発散すればいい。
少しは気が紛れるから…
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ホテル街__
女性「私、朔君とまたしたかったんだー♡あの夜の事が忘れられなくて♡」
朔「へぇ…」
(俺はあんたの事、全然記憶に残ってないんだけど)
女性「ねぇ、ここにしよ♡」
ホテルの前で立ち止まった。
朔「いいね…」
女性「やったー♡…あれ、猫?」
朔「猫?」
ふと足下を見ると、太り気味の猫が怯えた表情で丸まっている。
朔「………デカくね?」
女性「やだー、野良猫?病気とか持ってそう。汚ーい。あっちいけ」
猫に向かって足払いする女。
朔「おい、病気持ってそうなのはあんたの方だろ?」
女性「は?」
朔「直ぐに脚を開く女は足癖も悪いんだな」
女性「はぁ?!最低!このクズ男!」
”バチン”
頬を全力で引っ叩いて女はどこかへと消えていった。
朔「ってぇ…んで、お前は何してんの?おデブちゃん」
怖がらせないようにゆっくりとしゃがみ込む。
朔「あれ?お前、首輪ついてんじゃん」
よく見ると猫の名前らしき文字と電話番号が刺繍されてある。
朔「”アキ”…お前の駄目な飼い主に説教してやんないとな」
そう言って書かれてある番号をダイヤルした。
”trrrrr…trrrrr”
”プッ”
『もしもし、朔先輩?』
朔「え…お前、夏目か?」
夏目『はい。先輩、僕の番号知ってたんですか?』
朔「いや、今知った」
(つか、お前は登録済みかよ)
夏目『え?それって…』
朔「お前の猫、拾ったから」
夏目『え?!アキ!アキを見つけてくれたんですか!』
朔「まぁ…つか、お前今どこ?」
夏目『アキをずっと探してて、今3丁目の本屋の近くです』
朔「あー、俺は5丁目にいるからそっち向かうわ」
夏目『5丁目…わかりました。本屋の前で待ってます』
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本屋の前__
夏目「アキ!!」
夏目は俺の姿を見るなり、腕の中の猫に飛びついた。
夏目「朔先輩、ありがとうございます!ありがとうございます!!」
今にも泣きそうな表情でお礼を伝える夏目。
朔「お前、そんなに大切なら2回も逃してんじゃねぇーよ」
夏目「すいません、熱で意識が朦朧としてて窓の鍵を掛け忘れたみたいで…」
朔「お前、熱あんのに猫探し回ってたのか?」
よく見ると、夏目の顔が火照っている。
それに足取りも覚束ない感じでフラついているようだった。
朔「家どこだ?」
夏目「え…?」
朔「熱まだあんだろ?送ってやるから教えろよ」
夏目「でも…」
朔「いーから。そんなフラついてたら、また猫に逃げられるぞ」
夏目「…ありがとうございます。先輩」
俺は夏目の身体を支えながら、家へと向かった。
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夏目の家__
夏目「本当に…ありがとうございます…」
朔「いーから、後はゆっくり休め」
ベッドの上に夏目を横たわらせると俺は直ぐに立ち去ろうとした。
だけど…
”ギュッ”
夏目が力無く俺の腕を掴む。
朔「なに?」
夏目「…5丁目って、ホテル街ですよね」
朔「それが?」
夏目「…何、してたんですか?」
弱っている声で夏目が問いかける。
朔「そこでする事なんて1つしか無いだろ」
夏目「…そう…ですよね…」
そう言うと、夏目は俺の腕を離した。
夏目「…すいません。俺、今ちょっと熱で情緒不安で…朔先輩の事、好きだから…辛くて…ごめんなさい…」
泣き出す夏目。
朔「お前、本当直ぐ泣くよな」
夏目「…ごめん…なさい…」
朔「辛いなら、俺の事やめれば?」
夏目「…無理です」
朔「なんで?」
夏目「…頭では分かってます。先輩は男だし、カッコイイし、モテモテだし、その上遊び人のクズ男だし、俺に望みなんて無いって…」
朔「お前、後半ただの悪口だったよな?」
夏目「でも、心が言う事を聞いてくれないんです。どんなに諦めようと思っても、どんなに望みが無いって分かってても…理屈じゃないんです。俺、先輩の事が好きで好きで仕方ないんです…」
涙で震える夏目の身体
***
(過去を回想中)
朔『好きなんだよ…あんたが…』
???『朔…』
朔『理屈じゃねぇんだよ』
***
朔「…バカだな、本当」
哀れみと、どこか懐かしい感情が入り混ざった気持だった。
夏目が過去の自分と重なり、涙で溢れるその瞳を指でなぞる。
夏目「…せん…ぱい…」
朔「お前…熱あんだろ…」
(俺は、こいつと距離を保とうとしてた。でも…
もう、お手上げなのかもな…)
自然に唇が重なる。
凍った心が温もりで溶けだす。
世界が一瞬止まったように感じた。
朔「…あつすぎなんだよ…バカ」
夏目は顔を赤く染めながら、腕の中でようやく少しだけ安心したように震えが止まった。




