第四話〜夏目side〜
第一印象は最悪だった。
入社初日の人気の無い機材倉庫。
そこが朔先輩と初めて出会った場所だ。
カメラマンの癖に金髪でアイドル顔負けの美形。どこにいたって目立つ彼は、会社のその場所で女性社員と盛大にディープなキスをしていた。
あまりに衝撃的な光景に足がすくんでいると、先輩はまるで野良猫を追い払うかのように横目で俺をシッシッと追い払う。
これが俺と先輩との出会い。
お世辞にも印象が良いわけない。
夏目「なんなんだよぉぉ〜!あいつ〜!」
似たような光景は別の日にもあった。
ただ、違うとすれば相手の女性だけ。
そう、先輩は絵に描いたようなクズ男だった。
それなのに…
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会社の屋上
ある日、俺は長年飼っていた猫が行方不明になり失意のどん底にいた。
夏目「っく…ひっ…く…」
堪えきれなかった涙を誰にも見られたくなくて、一人になれる場所を求めて屋上にいると、
朔「…っと、先客かよ」
夏目「げっ…」
朔「お前、今の聞こえたからな」
ギロリと睨みつけられて、俺は少し怯んでしまう。
夏目「す、すいません(ズビッ)」
朔「なに、お前泣いてんの?」
夏目「な、泣いてません(グズッ)」
朔「泣いてんじゃん」
夏目「ほっといて下さい」
朔「んじゃ、泣きやめよ。うぜーな」
夏目「そんなの、出来たらやってますよ!」
色々な感情がぐちゃぐちゃに混じってボロボロと涙を溢した。
朔「あー悪かったよ。どした?失恋でもしたか?」
タバコに火をつけながら、問いかけてくる先輩。
本当はこれっぽっちも興味が無いだろうに、その場凌ぎの空気感が逆に今の自分には気楽だった。
夏目「…飼ってた猫が行方不明なんです」
朔「へぇ、それは大変だな」
夏目「せめて、もっと感情込めて慰めて下さいよ」
朔「慰めてるつもりないからな」
微かに香る煙草の匂いが今は落ち着く。
夏目「俺、最近はずっと自分の事ばかり優先しちゃってて、でも、それは仕事だから仕方ないとか…色々と自分に都合よく考えちゃってて」
朔「……」
夏目「だから、きっと居なくなっちゃったんですよ。俺、帰って玄関を開けたら、そこにあの子がいてくれるって何の疑いも無く毎日ただ過ごして来てたんです。友達と遊んで帰りが遅くなっても、仕事で外泊して帰ってきても、いつでもあの子は扉の先で俺を待っててくれる…俺の側にいてくれるって…でも…違った…」
溢れる涙が抑え込めない。
夏目「俺が都合の良い事ばかりをあの子に押し付けたから…だから…きっと…」
どうして、この人にこんな話をしているんだろう。
誰かに聞いて欲しかった。
共感してくれなくても構わないから、ただ誰かに聞いて欲しかったんだ。
朔「…辛いな」
夏目「…え…」
予想外の返答と優しい声に俯いた頭を上げると、先輩はそっと頭をポンポンと撫でてくれた。
朔「俺もあるよ。側にずっといてくれるって無条件に信じた奴が居なくなったこと…」
夏目「…先輩も?」
朔「無責任な事は言いたくねぇ。でも、戻ってくるといいな、お前の猫」
先輩の手は大きくて、そして、思っていたよりも温かかった。
夏目「…ありがとうございます」
朔「ま、帰省本能だっけ?あるって言うし、フラッと戻ってくるかもな。んじゃ、俺はこれで」
そう言うと先輩はタバコを火を消した。
夏目「あ、あのっ!」
立ち去ろうとする先輩の背中を呼び止める。
夏目「先輩はどうだったんですか?その…帰ってきたんですか?先輩の大切な存在は?」
朔「…来なかったよ。一度も」
あの時、先輩は一体どんな表情をしていたのだろうと今も思う。
だって、あの時の背中は今まで見たどの先輩の背中よりも小さく見えたから。
抱きしめてあげたいと思う程に…
その日から、俺の先輩を見る目が変わった。
というか、先輩を見つける度に自然と目で追っていた。
女遊びは激しいけど、自分から仕掛けたりしないことや、言葉はキツイけど面倒見が良いところ。
それに、仕事は文句を言いながらも最後まできちんとやり遂げる事も知った。
先輩を知れば知るほど、彼の人間性に惹かれていくのが止まらない。
夏目「これって…恋だよね…」
高鳴る鼓動はYESと言っていた。
恥ずかしながら、22歳にもなって恋愛経験0だった自分がまさか同性に初恋を捧げるとは夢にも思わなかった。
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数日後の屋上__
夏目「俺って、そっちだったんだ…」
朔「それって、どっち?」
夏目「う、うわぁ?!朔先輩!?」
朔「今のガチの独り言だったんだ。こっわ」
夏目「こ、怖がらないで下さいよ!」
朔「つか、ここ、俺の城だったんだけど…勝手に侵略すんのやめてくんない?」
夏目「侵略って…あ、そう言えば、朔先輩に報告したい事があったんです!」
朔「…なに?」
夏目「猫!帰ってきたんですよ!朔先輩に打ち明けた翌日に玄関開けたら、ちょこんって座ってて」
朔「へぇ…良かったな」
夏目「はい!ありがとうございます!それで…お礼に……」
ふと、見つめた先輩の横顔はどこか儚げに見えた。
それが俺の胸の奥を締め付ける。
(そうか、先輩の大切な人は帰ってこなかったんだもんな…)
夏目「朔先輩、俺…移動届け出そうと思ってるんです」
朔「話ぶっ飛びすぎ」
夏目「朔先輩の部署に行こうと思ってます」
朔「は?俺のとこ?なんで?お前カメラ興味あんの?」
夏目「朔先輩の側で色々と勉強したいんです。俺、ウンザリするほど先輩についていきたいと思ってます」
朔「え…普通にやめて。無理」
夏目「いや、無理が無理です!俺、決めたんで!先輩の側を離れないって!」
朔「まじ無理」
夏目「朔先輩、宜しくお願いします!」
朔「話聞けよ」
夏目「朔先輩、絶対離れません!」
朔「無理…絶対やめて?」
俺は、この日決めたんだ。
例え先輩がどんなに嫌がっても、俺は絶対に先輩を置いてどこかに消えたりしない。
俺はずっと先輩の側にいるって…
そう決めたんだ。




