第十八話〜夏目side〜
俺の憶測はよくあたる。
だから、憶測するのをやめた。
当たるのが嫌だったから…
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スタジオ__
この日、急遽先輩と2人でアー写(アーティスト写真の略)の撮影スケジュールが入っていた。
現場に到着すると、そこには…
夏目「…深瀬さん?」
深瀬「あれ、ハル君?…それと、彼氏君か」
正直最悪なセッティングだった。
夏目「アー写の撮影、深瀬さんだったんですね」
(すっごい綺麗…)
会社にいる時のラフな服装の深瀬さんとは雰囲気が全然違くて驚いた。元々綺麗な人だと思っていたが、今日の深瀬さんはメイクもあってか大人の色気が群を抜いている。
だからこそ、俺は凄く不安に駆られた。
(先輩にこんな深瀬さんを見て欲しく無い…)
深瀬「あー、うん。そうみたいだね;俺もハル君達が来るのは初耳。ほら、近々、俺の展示会があるから陽介が撮っておいた方がいいって」
朔「……」
夏目「そ、そうなんですね!柏木さんが。アー写はお客さんの呼び込みにも使いますしね」
深瀬「うん。そうなんだけどね。なんか、ごめんね?嫌でしょ?俺と仕事するの」
夏目「そ、そんなことないです!」
深瀬「ハル君は優しいね。でも、無理しなくていいよ、今日は帰って。別日にまた違う人と…」
朔「仕事だろ」
夏目「…先輩?」
朔「仕事なら、ちゃんとやれよ。それでも、あんたプロか?甘いんじゃないの?」
深瀬さんを見もせず、キツイ言葉を吐く先輩。
深瀬「んー、分かった。それじゃあ、お願いしちゃおうかな」
深瀬さんはそう言ってにこっと笑った。
(先輩かなりキツイ口調だったのに、深瀬さんは笑ってられるんだな…)
深瀬澪という人が何を感じ、そして何を思っているのかがこの笑顔のせいで全然掴めない。
こんな人は初めてだった。
準備されていたスタジオでモデルのように次々と撮影をこなしていく深瀬さん。
”カシャッ”
(カメラのシャッター音)
”カシャッ”
(凄い…本当にモデルみたい)
先輩は今どんな気持ちで初恋の相手を撮影しているんだろう。
深瀬さんを真剣に見つめているその目は…
カメラマンとして?
それとも…石川朔として?
勿論、怖くて聞くことはできない。
(こんな仕事引き受けるんじゃなかった…)
早く撮影が終わる事を望まずにいられなかった。
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撮影終了後__
深瀬「ありがとう。二人とも」
夏目「そんな、こちらの方こそ。深瀬さんが手慣れてたおかげで凄くスムーズに撮影が進みました」
朔「……」
先輩は一言も深瀬さんと会話しようとしなかった。
俺は、正直それが嬉しい。
深瀬「片付けはこっちでやっておくから、先に帰っていーよ」
夏目「え、でも…」
深瀬「平気、平気、ほら帰って」
本音を言えば、早く帰りたかった。
先輩と深瀬さんをなるべく早く引き離したかったから…
夏目「それじゃあ…あ、そうだ!これ、サインもらわないといけなくて…あ、ペンどうぞ!」
はやる気持ちを押し付けるように、深瀬さんにペンを渡す。
すると…
深瀬「あ、ハル君、待って!そっちの手は…」
”カランカラン”
(ペンが転がる音)
深瀬さんの手からペンが力なく滑り落ちた。
深瀬「あー、ごめんね。俺、左手の握力弱くてあんまり動かないんだよね」
そう言いながら、逆の手で深瀬さんは落ちたペンを拾う。
夏目「え?そ、そうなんですか?俺、全然知らなくてすいません;」
(もしかして、手首にいつもバンドしてるのはオシャレじゃなくて…その為なのかな…?)
深瀬「いーの、いーの。誰にも言ってないし、ごめんね。驚かせて」
朔「……いつから?」
深瀬「……ん?」
朔「いつから、左手動かないんだよ?」
深瀬「あー…いつだったかなー?あ、でも右手はバンバン動くし、絵も描けちゃうしねー。サインもこっちだけで全然余裕」
深瀬さんは、そう言いながらスラスラとサインを書いていく。
(手の事、先輩も知らなかったんだ…最近の怪我とかなのかな?まさか、事故とか…)
なんとなくだけど、追求してはいけない気がした。
深瀬「ほい。書いたよ。じゃあ、お疲れ様」
朔「…片付け、やるよ」
深瀬「え?あー、いっーて!早く帰りな?」
朔「片手、使えねえんだろ?俺達でやった方が早い。あんたは隅っこで休んでろよ」
深瀬「…ありがとう。なんか、ごめんね」
朔「……夏目、そっち持って」
夏目「あ、はい!」
先輩のこういう不器用だけど優しいところが好きだ。でも、その優しさを深瀬さんに向けないで欲しいと望まずにはいられなかった。
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片付け終了後__
深瀬「お疲れ様ー!めちゃくちゃ助かったよ。本当ありがとね」
夏目「いえ、全然!それじゃ、先輩帰りましょうか?」
深瀬「うんうん、帰って。ほらほら!」
俺達の背中を押そうとする素振りを見せた深瀬さんに
朔は「っ、触んなよ!」
先輩が激しく拒絶した。
深瀬「あ、ごめん、ごめん!でも、触ってないよ?ふりしただけ」
朔は「っ……帰るぞ」
夏目「せ、先輩!あ、あの深瀬さん、お疲れ様でした!」
深瀬「うん、お疲れ様」
俺だったら、どんな相手からでもあんなに拒絶されたら笑っていられない。
でも、深瀬さんは最後まで笑顔で俺達を見送ってくれた。
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会社に戻る道中__
夏目「先輩、歩くの速いです」
先輩はイライラすると歩幅が速くなる。
その苛立ちは深瀬さんに対して?
それとも、深瀬さんを拒絶した自分自身に?
聞けなかった。
もし聞いたら、今の関係が変わってしまいそうで。
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会社__
柏木「あ、お疲れ様!二人とも」
”グイッ”
(柏木の胸ぐらを掴んだ音)
朔先輩は出会い頭に柏木さんの胸ぐらを掴み上げた。
朔「仕組んだのお前だろ?どういうつもりだよ?」
柏木「何のことだい?」
夏目「せ、先輩!」
朔「惚けんなよ、なんで俺とあの人を会わせようとする?何企んでんだよ?」
柏木「澪は僕の婚約者だ。石川さんには、それをきちんと理解してもらいたいんだよ」
朔「意味わかんねー。てめぇの嫉妬に俺を巻き込んでんじゃねぇよ」
柏木「答えを知るには答え合わせをしないと…」
朔「は?」
柏木「それに、そんなに過去を拒絶してるくせに僕についた澪の香りは覚えているんだろ?」
朔「あん?…くだらねぇ事言ってんじゃねぇぞ」
柏木「離せよ、根性なし」
柏木さんは先輩の手を払い除けた。
柏木「君には夏目君。僕には澪。それが答えで合ってるよね?」
朔「……あぁ」
柏木「だったら、一々お互い過敏になるのはやめよう。それじゃ、僕の婚約者を迎えに行かないと」
朔「……」
先輩が行き場のない感情を拳の中に閉じ込めたのを俺は黙ってみていた。
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自宅__
その日、先輩は俺をいつもよりも激しく抱いた。
まるで、何かを忘れたがっているかのように。




