第十四話〜柏木side〜
認知症の人に思い入れの深い香りを嗅がせると、一時的に当時の記憶を取り戻すことがあるらしい。
香りは頭の中に残るんじゃなく
その人の心に残るから。
だから、例え脳が働かなくても
心が脳を動かすんだそうだ。
それほどまでに香りというのは人の心の奥深くに染み込む。
最愛の人の香りなら、尚のこと…
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彼を見て一目で分かった。
なんでだろう…本能的な直感かな?
この男は自分の天敵だと
全身の毛が逆立ったのを覚えている。
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初対面時__
柏木「初めまして、柏木陽介です」
朔「カメラマンの石川朔です」
鋭い目つきに低音の声、そして綺麗な金髪。
正直、動揺していた。
想像していたよりも良い男だったから。
そして、何よりも…
柏木「夏目君とは会ったことないけど、尊敬している先輩がお見舞いに来てくれたら喜ぶと思いますよ」
朔「俺、そういうことするタイプじゃないんで」
初対面の僕にも何一つ怯むことなく自分を貫いてこようとする。
その傲慢さが、好きじゃなかった。
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エレベーターホール__
だから、あの時…
夏目「あ…この香りか…」
柏木「え?香り?」
夏目「あ、いや…朔先輩が言ってたんですよ。柏木さんから、たまにラムネのような甘い香りがするって」
柏木「へぇ、石川さんが?」
夏目「俺は全然気づかなかったんですけど、先輩鼻がいいようで」
柏木「…いいのは鼻じゃないと思うけどな」
夏目「え?今、何か…?」
柏木「ううん。何でもないよ」
夏目「…?」
そう、彼がいいのは鼻ではない。
記憶だ。心に刻まれた記憶…。
石川朔という男は未だに、この香りを忘れていないのだと知った。
今もなお、この香りに反応するのだと…
朔「なに、密着してんの?」
睨みつけてくる反抗的な目つき。
その目つきが僕は心底気に入らない。
そう、あの時だって…
***
(過去の石川朔とのやりとりの回想)
朔「俺、やっぱり柏木さんのこと好きじゃねーわ」
柏木「うん、知ってる。僕も同じだから」
朔「……」
***
(お互い様だ。僕だって君の存在が目障りで仕方ない…)
柏木「夏目君の話、最後まで聞いてあげなよ」
朔「別に最後まで聞かなくてもわかんだろ」
(いや、君は何もわかってない…)
柏木「石川さんって、自分の感情次第で物事の答えを決めつけるんですね」
朔「は?」
柏木「難しい答えよりも簡単な答えの方に逃げるタイプだ」
朔「なんだと?」
柏木「僕なら、僕の感情は二の次で、最後まで大事な人の話なら聞いてあげるけどな。答えって最後まで確かめないと分からないことだって多いし」
朔「なに、説教してんの?」
(そうだよ、根性なし)
本当はそう言ってやりたいのをぐっと堪えていた。
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柏木「ごめんね、夏目君。余計なことしちゃって。僕がちょっと大人気なかった;」
夏目「いえ、そんなこと!今のはどちらかと言えば先輩のほうが…」
夏目遥。
この子には頑張ってもらわないといけない。
僕と同じくらい…
そうじゃないと、僕たちの行き着く答えが変わってしまうから…
柏木「嫉妬だよ」
夏目「え?」
柏木「嫉妬したんだよ。だから、石川さんのこと、許してあげてね(ニコ)」
嫉妬したのは僕の方だ。
僕の方がずっと…君に嫉妬し続けている。
今この瞬間でさえも…
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帰宅時__
先程まで降っていた雨が止んでいる。
”trrrrr”
”プッ”
???『もしもし、陽介おつかれー』
柏木「来週、契約決まったみたいだね」
???『何で知ってるの?あ、そっか。この会社が陽介の移転先なのか』
柏木「うん。うちの会社に来たら、紹介したい人たちがいるんだ」
???『なに?友達できたの?』
柏木「…友達というよりは
…ライバルかな?」
???『ライバル?wそりゃ楽しみだ』
柏木「うん。楽しみにしててよ」
決着をつけたい
僕が負けないことを君に見せつけたいから…
柏木「…負けないからね。絶対」
水溜まりの中の月に向かって、そう呟いた。




