57.身を切るという選択-2
(え……?)
ラザラスが纏っていた威圧的な雰囲気が、一気に和らいだ。
凍りついていた空間が、落ち着いていく——レヴィの隣で、ルーシオが、派手に被弾していた。
「お前……っ、お前……! 才能で『恐種』を再現すんのはやめろ……!」
この人、まだ“破天荒おじさん事件”を引きずってるな、とレヴィは思った。
まさかルーシオが全く同じようなことをオスカーにされた経験があるとはつゆ知らず、ラザラスは「すみません」と謝りつつ、肩をすくめた。
「申し訳ないとは思ったのですが……今まで遠ざけられていた以上、普通に聞いたら何も答えてもらえないと判断したので。一発決めるしか、ないかなと……」
「……」
……確かに、答えなかったと思う。
全員、これでもかとラザラスの質問をかわしたと思う。どれだけ聞かれようが、何なら懇願されようが、強引に押し切ったと思う。
それくらい、なれ果てという存在を知られたくなかったからだ。
そもそも資料を覗き見されていたこと自体がイレギュラー事案だった……今にして思えば、アレは鎌をかけられていた可能性すらあるが。
だからこそ——もうさっさと、俳優にでもなんでもなって欲しい。
本人にその気が無いのは分かっているが、演技力だけで闇属性の上級魔術の再現ができるのは強すぎる。才能が勿体なさすぎる。
この状況下でまさか「俳優になれ」と思われているとは考えていないのだろう。
ラザラスは困ったように笑い、口を開いた。
「でも、俺が言ったこと自体は本当ですよ。もう“今更”っていうのは本心ですし……自分がドラグゼン側ならやるだろうなって案件に気づいた以上、
俺が前に立ちます。あの人には、一切手出しさせませんし、見せません。何ならロゼにも見せたくないです」
そう言う彼の表情から、笑みが抜ける。
芯の強い、真っ直ぐな青色が自分たちの姿を映している。
「こんな可能性に至る自分が嫌すぎるんですけど……それが発生した場合は確実にクロウさん、精神的に致命傷を負うと思うんですよね。追加でなんかやられたら肉体的な被害も入るかと」
今年は、クロウに対する精神攻撃が目立つ。
それに気づいたからこそ、ラザラスも彼には精神攻撃が有効だと気づいたのだろうか。
もしくは、本能的にクロウは自分に近しいと、感じているのか。
「だからレヴィ、万が一の事態が起きた時にはどうにかロゼごとクロウさんを『空間収納』に閉じ込めて欲しい……行けるか?」
空間収納は、それなりに訓練すれば生き物を入れることも可能だ。
ステフィリオンでは尋問を行うことも多いため、術の使い手であるレヴィとクロウはどちらもそれを可能としている。
強いて言えば、クロウもロゼッタもレヴィより魔力量が多いため、彼らの場合は空間収納を打ち破って出てきてしまう可能性があることだろうか。
だが、今回はロゼッタの方を説得すれば行けそうだ。
レヴィは、おもむろに口を開く。
「クロウさんに確実に断崩霊を入れることが前提ですが、行けるかと。ロゼッタさんに関しては、上手く説得する自信があります。
ボクが先に『ラズさんがこんなこと言ってる』と伝えるので、後からラズさんが伝えるようにしてください」
事前に付与魔術の同時展開を依頼しておかなければ、ロゼッタは確実に困ってしまう。
せめて、それは避けてあげたかった。
そして、ラザラス本人はあまり言いたくなさそうだが——これも、聞いておかなければならない。
「すみません……ラズさん。“万が一”について、教えてください」
レヴィが問えば、ラザラスは僅かに逡巡し、弱々しく笑った。
「……。幼い子どものなれ果てが出てくる可能性だよ」
「あ……」
「どうも、理論上は可能っぽいからさ。エスラさんに有翼人のなれ果てが存在する可能性を聞いたのも、その関係だ。
オブシディアンで孤児院してたなら、高確率で“孤児”も、何なら“婚約者”も、有翼人だろうなって思ったんだ」
「……」
「クロウさん、割と直近で子どもに襲われて負傷してるし、そのちょっと前には、なれ果てに襲われてるしさ。
一応、女性のなれ果てが出る線も追った。でも、過去に数人出てきてはいるみたいでさ……嫌な話、微妙に耐性はあると思うんだ」
すっと、軽く息を吐く。
「だから、ここで出すなら、子どものなれ果てだ」
ラザラスは自嘲的に笑い、静かに目を伏せる。
「俺がこの可能性を思いついたこと自体、本気で嫌になるよ……倫理観も、人の心も、無さすぎる」
「……。あくまでも、ドラグゼン目線で考えた結果、です。ラズさん自身の考えってわけじゃ……」
そう言えば、彼はゆるゆると首を横に振るった。
「ロゼに、俺を対象にかなり強めに感影を掛けるように依頼して……なれ果ての気配を感じた時点で、俺が特攻する。ロゼと君にだけ伝わるように、何かしら欲しいな。
そうだな、ストレートにプランAとプランBってことにするか。俺がプラン名を叫んだら、すぐに対処して欲しい。ロゼの断崩霊はプランA、君の空間収納ははプランBで」
「ラズさん……」
「あはは、後からクロウさんにめちゃくちゃ怒られるだろうなー」
笑っているが、この作戦は彼の負担があまりにも大きい。
……それでも。
万が一、ラザラスが想定した“子どものなれ果て”が登場した場合。
精神的に追い込まれている今のクロウでは、本当に耐えられなくなる可能性が高い。折れてしまう、可能性が高い。
そして流石のロゼッタも無事では済まない可能性がある。
彼女はあまりにも、なれ果てと近しい場所にいたのだから。
(クロウさんを守ることだけに、焦点を当てるなら)
——間違いなく、これが最善手だ。
分かっているからこそ、誰も何も言えなかった。
ラザラスに肩入れしがちなヴェルシエラすら、論破できてしまうだろう。
せめて、全てが杞憂であればと願う。
大きいだけで、普通の拠点。
何も恐れることはなく、いつも通りに事が進む。
本当に、そうであって欲しい。
……だが、あまりにも。
あまりにも、ラザラスの提示した話の説得力が高すぎる。
「あっ」
レヴィが祈るような気持ちで作戦のことを考えていると、急にラザラスがキョロキョロと周囲を見回し始めた。
これまでの流れが流れなせいで、エスメライは困惑を隠せない様子で口を開く。
「ど、どうした?」
「その、クロウさんもロゼも、影に隠れられるので……今の聞かれてたら、終わりだなって……」
確かに終わりだ。
だが、問題無いと言わんばかりにルーシオが懐から金の装飾が美しい石を取り出した。
「2人とも訓練場で暴れ回って疲れたのか、早々に寝たっぽいが……念のため俺が、その辺を全部無効化できるアクセサリーを仕込んでた。だから大丈夫だ。
「よ、良かった……それ、どうしたんですか?」
「……。変なツテが、あってな……お前にも後々渡すよ。何故か人数分あるし……」
ああ、これは確実におっさん案件だ。
過剰防衛のお詫びと称して、オスカーがクロウの義手以外にも大量に何か送ってきたんだ、とレヴィは判断した。
「金持ちがストーカー対策に使うタリスマンらしい。話題に出た闇属性の厄介どころは全部これで弾ける。
ただしロゼッタとクロウの術もやろうと思えば弾くから、扱いには注意してくれ」
下手に使われればロゼッタが終わるが、彼女の居場所はもうバレた。問題ない。
どちらかと言えば、ストーカー対策を全くしてこなかったラザラスの方に(色んな意味で)問題がある。
タリスマンを見ながら、ルーシオは「恐種かぁ……」と呟いた。
「ロゼッタに『ラザラス経由で発動させろ』って言ったら、とんでもない破壊力が出そうだな……演技ベースな時点で、確実にタリスマン貫通するしな」
「なるほど? ロゼに依頼して、練習してみます。どれだけ魔力があろうと、ロゼじゃ破壊力出ない気がしますし」
一瞬背筋が凍ったが、ラザラスがぶっつけ本番でそれをする気はなさそうだ。
助かったとレヴィが考えていると、ルーシオはタリスマンを懐にしまいつつ、口を開く。
「俺はもうちょっと起きておくつもりだが、ラザラスも無理するなよ」
「ふふ、あなたこそ……では、解散ですかね? ライト当てたり脅したりして、すみません。ありがとうございました」
この人たち、しばらく寝る気ないんだろうなぁとレヴィは苦笑いしてしまった。
ラザラスの話を聞いてルーシオは何かしら思うところがあったようだし、ラザラスはラザラスで分析をやめる気配がない。
(明日というか今日は、自分から起きるまで放置しよう)
そう考えていると、たまたまエスメライと目が合ってしまった。
同じことを考えていたのか、それだけで笑ってしまう。
彼女と一緒に、明日は彼らのために遅めの朝食でも作ろうかなと考えながら、レヴィは自室に戻った。




