57.身を切るという選択-1
5分ほど置き去りにされてしまったが、議論が少し落ち着いたらしい。
ルーシオがレヴィたちの状況に気づいたようだ。
彼は咳払いし、口を開く。
「ラザラスはな、今回のティスル拠点が罠なんじゃないかって判断してんだよ」
「えっ!?」
「確かにな、今まできっちり隠してたのに、国絡みの隠蔽だったのに、急に情報掴めたのは変っちゃ変だな。俺と追跡班が疑われてるみたいで、良い気はしねーけど」
その話を聞いて、ラザラスは首を横に振るう。
「逆ですよ。どう考えたってあなたはドラグゼン目線だと情報戦における仮想敵です。俺の説が正しいのであれば、ルーシオさんがこの情報を掴んでくることを見越した上で、ドラグゼンが身を切ってきたんです。
ちょっと年季が入った施設ではありますが、それでもここは絶対に重要拠点ではあると思うんです。ロゼが言っていた“お偉いさん御用達の保管庫”という表現が合うほどに。
だからこそ、このタイミングでここをあえて潰させることで、身を切ることで、本来の目的を隠したいんじゃないかと」
未だに信じられなさそうにしているエスメライは、怪訝そうな顔をして首を傾げた。
「本来の、目的……?」
その質問が出てくること自体は、想定の範囲内だったのだろう。
ラザラスはおもむろに頷き、話し始めた。
「この先にある取引の邪魔を一切させないことが目的でしょうね。多分、今年は相当デカい案件を扱う予定があるんでしょう。
例えば、闇オークションの規模が例年よりも大きいとか……まあ、本当に身を切っているのだとすれば、ですが」
「……」
「だからこそ、クロウさんが本気で邪魔なんですよ。実際にどれだけの金額が動いているかは分かりませんが、今年のドラグゼンは現時点でクロウさん単体で例年の倍近い被害額を叩き出してることが推測できるんですよね。
……あ、ルーシオさん向けに伝えておくのですが、計算式は8枚目の6行目です。雑で申し訳ないのですが、9枚目は仮の数値に基づいて作成した簡易グラフです」
ルーシオが握りしめていた資料を見始めた。
また議論が開催されないか不安になったが、様子を見る限りだと今度は大丈夫そうだ。
そして、レヴィは考える。
(身を切って重要拠点を潰させて、でも、同時にクロウさんを巻き添えにする……確かに、ありえる話だ……)
仮に罠ではなかったとしても、向こうが本気でクロウを潰しに掛かっていること自体は確実だ。
ゆえに、ラザラスは分析という対策を取り始めた……その結果が、これだ。
ラザラスの顔に一瞬だけ、躊躇いがよぎった。
それでも彼は、意を決して口を開く。
「あえて、この拠点の情報を掴めなかったフリをするのもありです。ただ、多分内部にある情報に関しては、どちらに転んでも重要性が高いでしょうし……それに」
深く、息を吐き出す。
そして彼は、再び話始める。
「あなたたちにはできないでしょう? そこには確実に犠牲者がいるのに、自分たちの利害を優先して、見捨てるなんて。特に、クロウさん本人ができないはずです……絶対に」
そう言い放つラザラスの表情が微かに曇ったことを、レヴィは見逃さなかった。
(……あなただって、できない癖に)
自分が冷たい人間だと思い込んでいる彼は、否を唱えても絶対に首を縦には振ってくれない。
何なら、その言葉を口にするだけで負担をかけてしまうかもしれない。
そうだと分かっていただけに、レヴィは何も言えなかった。
皆がしばらく黙っていると、ラザラスは「すみません」と謝り、静かに切り出した。
「これだけは正直に答えて欲しいです。そもそもクロウさんって、なれ果てがかなり苦手なんじゃないですか?
状況から判断するに恐らく、駄目を通り越してトラウマ級だと思っているのですが」
——これは、完全に見抜かれている。
否定したところで、無駄だろう。
一応は質問の体を成してはいるが、彼の中では確信に近いものだろう。
何なら「そう判断した根拠」すら出てきそうだ。
「……」
間違いなくクロウへの罪悪感を抱きながら、ルーシオはおもむろに頷いた。
「詳細は聞かないで欲しいんだが……強烈な背後事情があるんだ。それがなくとも、あいつの性格を考えれば相当な苦手意識を持っていたと思うけどな」
「……大丈夫です。駄目だってことだけ分かれば、充分です」
そう言って、ラザラスは説明を再開する。
「クロウさん、この半年で相当な数のなれ果てをぶつけられています。でも、例年と比べると、ちょっとハイペース過ぎる気がするんですよ。多分、今年が一番多いくらいの勢いですよね?」
「そうだな。確かに、この調子でくれば、間違いなく今年が最多になる」
ラザラスは、なれ果てと対峙したことはない。
レヴィ自身も、数えるほどしかない——というのも、なれ果てが出てくるのはレヴィ向けの戦場ではないケースが多いからだ。
必然的に、クロウがなれ果てを受け持つ機会が多くなる。
本人が意図して案件を引いているケースもあるが、今年に関しては不意打ちも多い。
なれ果てそのものが本気で駄目なのは分かっているが……事前に覚悟できているかどうかは、雲泥の差だ。
(不意打ちでなれ果て案件引いた時のクロウさん、分かりやすいからな……)
ラザラスが言いたいのは、クロウを狙い撃つ場合、なれ果てを出すのが一番手っ取り早いということだろう。
ルーシオは奥歯を噛みしめた後、口を開いた。
「……。なるほどな、今回は出てくるって言いたいわけか」
「ですね。罠説が外れていたとしても、出るかと。ここ最近は控えてたみたいですし、追跡班も繁殖場でなれ果て案件の資料見つけてないみたいなので、新規枠もないと見て良いかと。
そもそもなれ果てって、そう簡単にポンポン生み出せる存在ではないでしょうし……ここを狙っていたとしか、思えませんね」
レヴィは思わず、俯いてしまった。
この作戦、相当な人数のなれ果てが出る可能性がある。クロウの心理的負担は、計り知れない。
(ボクが受け持つしか……でも、クロウさんが先に動くとしか、思えない……)
一体どうするべきかと、レヴィはしばし考え込んでいたが、ふいに、自分に視線が向けられていることを感じた。
前を向くと、ラザラスがこちらを見ていることに気づいた。
「どうしましたか?」
「現場の意見を聞きたくて。皆が意図的に俺にぶつけないでくれてたのが分かってるだけに、ちょっと言いにくいんだけど……なれ果てって、俺でも太刀打ちできる?」
「えっ!?」
これには、レヴィだけでなくルーシオやエスメライも反応した。
ヴェルシエラがこの場にいれば、間違いなく彼も反応していたことだろう。
エスメライは首を横に振るい、ラザラスの肩を掴む。
「あんた、なれ果てが何なのか分かってて言ってる……?」
「そりゃ、まあ。資料の覗き見とかもしてますし?」
「……。やれる、のか? クロウもだけど、レヴィですら躊躇するような存在なんだよ?」
なれ果ては、純粋な被害者だ。
だからこそ、ラザラスにはぶつけたくなかった。
彼と縁の深い竜人族がベースになっているということが、大きな理由だ。
だが、そもそもラザラスに“被害者”を殺させたくないという、自分たちのエゴでもあった。
「……」
エスメライの問いにラザラスは真顔で、冷え切った眼差しを向ける。
彼の地雷を、踏み抜いてしまった。
——皆が、そう判断した。
「だから?」
「え……っ」
「今更でしょう? そんなの」
ぞくり、と背筋が凍るような感覚を覚えた。
反論は許さない、という確かな意思が感じられる。
そのまま、ラザラスはレヴィへと視線を移した。
「それで? レヴィ? 俺でも行けるか?」
冷や汗が、流れる。
それでもレヴィは、震える唇を開いた。
「ま、魔術さえ、避ければ……そもそも魔術が使えない個体も多いですし、彼らはまともに話せないので、詠唱ができません。なので不発することも多いです。それありきで、特攻すれば……」
「分かった」
深淵を彷彿とさせる、ラザラスの青。
無邪気で可愛らしいロゼッタの瞳と全く同じ色をしているというのに、印象がまるで違う。
その目を向けられたくない、と本気で思ってしまった。
「……」
部屋の空気を凍りつかせたまま、彼は次の問いを投げかける。
「俺はなれ果てについては詳細を知らないので、今、聞かせてください。なれ果てって、竜人族だけですか?
有翼人族と、さらに言えば獣人族辺りはいてもおかしくない気がするのですが」
もはや下手なことは、言えない。
意を決して、エスメライが口を開く。
「確かに有翼人族は繁殖場があるっていう前提を考えたらいてもおかしくない。でも、そもそも有翼人族は見た目重視だからこそ規格外が出にくいし、身体も比較的脆いから、例外はあるけど基本的になれ果て化に耐えられない。
獣人族に関してはそもそも繁殖場の類がないし……むしろ、なれ果て化に耐える可能性が高い竜人族が凄いのかもしれない」
「なるほど? 有翼人族の例外っていうのは?」
「ッ、竜人族のハーフだ。ただ、純血の竜人族と比べると何もかもが弱いから、身体が長くもたない……らしい」
すぐに動かなくなってしまうのならば、瓦解してしまうのであれば、薬と時間の無駄だ。わざわざ生み出す必要はない。
ゆえに、レヴィもクロウも、有翼人種のなれ果てとは、まともに対峙したことはない。
——ただ1回の、“例外”を除いて。
(この流れで下手なことは、言えない……言いたく、ない……)
幸いにも、ラザラスはここには踏み込まないでいてくれた。
彼は頷きつつ、別の質問を投げかける。
「なれ果ての年齢制限とかってあります?」
「特に、無いはず……ただ、繁殖場で規格外判定が正式に入るのって、15歳とかなんだよね。
だから、そこから訓練させて……大体20歳前後くらいのが出てくる印象だ。訓練させずに出すなら、もっと幼いのが出てくるけど……」
「上限を25歳で仮定、下限は?」
「あからさまな規格外なら、それより下が出ても、おかしくはないと思う……」
ふう、と息を吐き、ラザラスは手元の紙に何かを書き殴っている。
彼はそれをまとめた後、レヴィへと視線を移した。
「レヴィ、クロウさんの『感影』の精度ってどれくらいだ? 相手の性別とか体格は見れるのか? あと、範囲はどの辺くらいになる?」
「えっと、強く掛けた場合、範囲は半径20メーターくらいは行けてると思います。精度的には……そうですね。
人数と、動きくらいは見えていると判断して大丈夫です。動きや姿勢を見て、相手の戦い方を判断しているようなので」
「そこそこ行けると見た、厄介だな……ロゼに頼んで、もう全部まとめて飛ばしてもらうかな。ちょうど新しい魔術、教わってたし」
「……!」
ラザラスは知らないが、クロウに対する“それ”は危険な行為だ。
ロゼッタが何も言わずに頷くとは思えないが、事前に対策は考えた方が良いだろう。
(もう『断崩霊』を使われるのは諦めるとして、その時、同時に『耐久強化』と『体魄強化』を使ってもらおう。
そうなると多分、ロゼッタさんはクロウさんから離れられないだろうな。ならボクが……でも、それだと、ラズさんが……)
レヴィは、悩む。
目の間の彼が言いたいことは、分かっている。
彼はなれ果てとの戦いで、クロウを遠ざける気だ。
しかも、現場を見せる気すらないのだろう。
ごくり、と生唾を飲む。
彼の、冷え切った瞳が、怖い。
どうしたものかと考えていると、ラザラスは「はは」と軽く笑った。
「行けるかどうか、自信は無かったのですが……あなたたちには普通に効くんですね、これ」
部屋の空気が、変わった。




