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56.白熱しすぎる議論

——数時間後。


 過集中に入ってしまったラザラスが晩御飯の時間になっても降りてこなかったり、ドアの隙間から大量にはみ出た資料を踏んだエスメライが転びかけたりなど、細かい問題は少々発生しながらも、彼の分析は着々と進んでいるらしい。


 時刻はもはや、深夜帯だ。

 寝る気がないラザラスの部屋に夜食を持ち込んだエスメライから声が掛かり、レヴィはルーシオと共に彼の部屋に向かった。


「……いきなり呼びつけてしまって、すみません」


 流石に全てでは無さそうだが、ある程度まとまってきたようだ。

 若干疲れの色が見えるラザラスには、いくつか確認したい事項があるらしい。


「多分、俺には隠したいこともあると思うんですよね。だから、例外案件はありますが……それ以外は、話せる範囲で構いません。俺が今から出す質問に、答えてください」


 そう言って彼は突然部屋の電気を消したかと思えば、数秒後にスマートフォンのライトをこちらに向けてきた。


(うわっ!?)


 エスメライが声を上げかけたようだが、すぐに口を覆い隠す。

 間違いなくこのメンバーを呼んだ理由がある以上、不審に思った他の2人、クロウとロゼッタが部屋に来てしまうことは避けたい。


 少し経ってから、ラザラスは部屋の電気をつけ直した。

 だが、目がチカチカする。


 ラザラスは一体何を考えているのだろうと考えていると、彼の方から口を開いた。


「その……すみません。構えられると正確性に欠けると判断したので、不意打ちさせてもらいました」


 それに対し、ルーシオがやれやれと肩をすくめる。


「さては目が回復するまでの時間測ろうとしてんな? 俺はもう大丈夫だ。多分、ちょっと早めだな」


(な、なるほど……)


 そうしているうちに、段々と目が慣れてきた。

 レヴィがもう大丈夫だ、と言える頃にはエスメライも回復しているようだった。


「そうですね、()()()()長くて数分ってとこですかね……?」


 ラザラスの言葉に、エスメライが察したようだ。

 彼女は頭を抱え、盛大にため息を吐き出した。


「……。クロウがアルビノってことを前提にした攻撃か」


「あの人、微塵も自分の姿を隠してないので……」


 そう言って、ラザラスは苦笑する。


「困ったことに、これやられたら俺も構えてなければ若干長めに機能停止しますね。『視力強化(ヴィジオ)』掛けてると、突然目に強い光当てられた場合は復帰するまでに時間掛かるんですよ……ただ、クロウさんって確か、弱視の症状ありますよね? 当然、術も普段からかなり強くかけてますよね?」


「そうらしいな……なら、これ来たら二重でヤバいかもな……」


「あと天井に日焼けマシン的なの仕込まれてたら、クロウさんもヤバいですけどロゼも一緒に終わるかもしれません。

 上からやられると、彼女が隠れる影が消えるか、小さくなって移動に支障が出そうなので……ロゼの存在が勘づかれていた場合は、こっちが来る可能性はあります。やられたら厄介ですね」


「ろ、ロゼッタはまだ気づかれてないと信じたい……!」


 希望的観測ではあるが、ロゼッタが作戦に加わった回数はあまりに少なく、そもそも彼女抜きで突入したケースも多い。気づかれていないと判断しても大丈夫だろう。

 仮に気づかれていたとしても、彼女の魔術能力と咄嗟の判断力があれば、ある程度は自力で突破してくれそうな気がする。


「あとアルビノって皮膚が弱い上に体温調節苦手って聞きます。だから、水分奪うような設備とか、体温調節が難しい環境が用意されてたらそれはそれでマズいです。

 ロゼが『体魄強化(オルガノス)』使えるんで、それでカバーしきれれば良いんですけど……そもそも体魄強化の妨害工作がピンポイントできたら、滅茶苦茶厄介というか……」


(……。体魄強化はクロウさん自身が使えるから、今まで似たようなことやられてたとしても、突破できてたんだろうな)


 ラザラスの話はあくまでも“かもしれない”のレベルではあるが、確かに使われると厄介な戦法ばかりだった。

 今まで細菌などを利用した攻撃が来ていない時点でクロウの体質が完全にはバレていなさそうなのが救いだが、それでも厳しいことに変わりはない。


「過去の資料見た感じ、あと去年と一昨年も俺の記憶が正しければ、これ系統の攻撃が無かったんですよ。だから、そろそろ警戒すべきかなって思いました。

 拠点自体がかなり広い上に今回は国絡みの隠蔽が行われていたことを踏まえれば、準備期間も予算もかなりあったと判断しています。なので、変なの仕込む余裕はあるかと」


(確かに、精神攻撃が主だったから……そういうのは無かったな)


 ラザラスが例に挙げたものに限らず、何かしら変なものが登場する可能性は考慮した方が良い。

 精神攻撃ばかり来ていたからこそ、物理的な手段を取られる危険性を考えておくべきだ。


「あと、わざわざあの場で否定派しませんでしたが……」


 ラザラスはルーシオの目を見て、さらに語り出す。


「ロゼの話って、ちょっと変なんです。彼女の話が合っているなら、時期がおかしい」


「……だな。それなら“出荷時期”が変だな、とは俺も思った」


 一体、これは何かしらの話だろうか。

 出荷時期、というフレーズを聞き、レヴィは首を傾げる。


「今回が例外ってことも考えられますが、“高級奴隷の出荷”を前提とするなら、動く時期が早過ぎる。

 嫌な話、調教師の手が入る前だって言うならまだ分かります。でも逆に、それなら動きが遅過ぎるんですよ」


「……」


「ここ最近の被害者たちは調教をしないことを前提とした商品だったんだと思います。だからこそ、抵抗できないようにボロボロにされていて……しかも今年は例年と比べても拠点潜入案件の頻度が多かったので、恐らく末端の()()()()雑になっています。

 ただでさえ仕事が多いのに、変に暴れられると面倒だから過剰な暴力で言うことを聞かせた……みたいなパターンです。だから、俺たちに襲い掛かるレベルで荒れた被害者が増加したのかと」


「あー……」


「なので多分、高級奴隷の出荷が行われる、というロゼの読みは外れている……と、思いたいのですが。

 そのー、クロウさんへの嫌がらせ目的で限りなく近いタイプの方々がいる可能性は、普通にありそうです……最近、なかなか派手にやられてるみたいですし」


「ない、と、信じたい、が……ありそうで嫌すぎるな……」


 ああ、そうかとレヴィは察した。

 彼らが想定しているのは、毎年恒例の大規模闇オークションだ。


(アレはどれだけ早くても、2ヶ月は先だ。確かに動くのが早過ぎる)


 レヴィたちは従順で見目美しい、数々の教育を施された結果、もはや“自我を失ったに等しい”被害者たちが会場に送られるのを阻止するための襲撃を毎年行っている。

 そして確かにそれが始まるのは、今から2ヶ月は先だ。高級奴隷を動かすメリットを一切感じない。


 ステフィリオンは現状、肝心の闇オークション会場の特定には至っていないのだが、救える被害者の数は相当に増えてきた。

 自分たちを警戒した結果、開催時期が動いた可能性も考えられるのだが、政府官僚や国の重鎮級といった存在が絡んでいる以上、その可能性はかなり低いと言える。

 多忙な彼らは年単位で予定を組む上、そもそも闇オークション自体が表に露見しないように、それこそルーシオや追跡班(ハウンズ)が情報を抜くことができないほどに、何重にも工作されている——そう簡単に時期を変更できるとは、到底思えない。


(小規模プレイベントみたいなのはあるかもだけど、そもそも、その手のは潰されることありきな気がする。そこで高級奴隷なんてとっておき、出さないよな……)


 ドラグゼン目線、ステフィリオンにおけるクロウは今も昔も変わらず最大の脅威だ。

 最初から狙って潰しにはきているが、ここ数年はかなり激化している。


 しかし物理的な戦いを挑んでもどうにもならないと判断したのだろう。

 今年は特に、精神攻撃が主になっている……残念ながらクロウを仮想敵とする場合はそれが最善手であり、この事実自体はもう、確実に見抜かれてしまっている。


「……」


 当然、ルーシオもその辺りのことは考慮しているだろう。

 彼は言葉を選びながら、慎重に言葉を紡ぐ。


「ロゼッタやジュリアスみたいな“例外枠”が大量に集まっている可能性を考慮するなら、どうなる?」


 その可能性は、口にするだけでも両者と関わりの深いラザラスに精神的な負担を与えるものだ。

 しかしラザラスはその可能性すら普通に考えていたようだ。

 彼は一切迷わず、ルーシオの問いに答えてみせる。


「その場合でも、変だと判断します。俺がドラグゼンの人間なら、もっと早く動く。彼らには教育を入れることが必須だと思うので。

 例外枠という危険性を孕んだ商品を売りたいなら、2ヶ月前なんて博打はまず打たない。何かあった時に責任問題になります。

 価値を理解してないバイヤーが適当に扱ってしまう可能性はありますが、大量確保が発生するならそれはありえないでしょう。そのため万が一、このタイミングで大量確保してしまったのだとすれば。

 俺なら場所を動かさず、そもそも出品すること自体も1年は先送りにします。仮に動かすにしてもある程度まで弱体化させてから、絶対に反抗できない状況下に追いやってからです」


「俺も同意見だ。その……黄金眼(おうごんがん)がひとり混ざってるだけでも、現場はややこしくなるわけだからな」


「あ、あの時は……本当にすみません……」


 黄金眼が混ざってややこしくなった結果、とんでもない被害を受けた男だからこそ説得力がありすぎる。

 ラザラスは苦笑を挟みつつも、すぐに気持ちを切り替え、真剣な眼差しをルーシオに向けた。


「勿論、これは組織の規模から予測できるだけの被害者がいることを想定とした話です。ロゼやギルバートさんみたいに、1人2人混ざってる可能性は普通にありますけど、それなら高級奴隷は少数でしょうね。傷をつけるわけにはいかないので、多少手間でも別枠で運ぶと思います」


「俺の中で答えはあるが、一応聞かせてくれ。例外枠は薬品で黙らせるっていう手段はあるんじゃないか?」


 これは、答え合わせだ。

 発現の意図を理解しているラザラスはゆるゆると首を横に振るい、口を開いた。


「もう強い薬品の類は使えないと見ています。ロゼの件を正確に把握しているかは怪しいですが、向こうは宝竜祖(カーバンクル)を2人も潰しかけてるわけなので。

 それこそ今年、ギルバートさんを含む例外枠で薬品を使われた被害者はロゼだけです。もう、今後しばらくは出てこないと考えて良いくらいかと」


「同意見だ。新手の薬品ができない限りは、薬品案件は来ないだろうと俺も見ている」


「少なくとも、ここ半年は来ないと見ています。薬品開発がそう簡単に進むとは思えないので」


 一息つき、ラザラスは言葉を続ける。


「話は変わりますが、俺からもちょっと変な視点から意見を出します。的外れの可能性も高いですが、一応考慮しといてください」


 そう言って、ラザラスは手書きの資料を数枚ルーシオに差し出した。

 全体確認目的でパラパラと資料を捲るルーシオの手元を横から覗き見ると、文章だけでなく簡易的な図やグラフが記載されている。


(わ、分からない、な……)


 もしかすると、ルーシオにしか伝わらないかもしれない。

 ちらりと反対側にいるエスメライに視線を向けると、彼女は首を横に振る。分からないらしい。


(えーっと……)


 ルーシオはラザラスが渡した資料に目を落とす。彼の銀色の瞳が、紙に刻まれた文字を追う。


「……は?」


 そして即座に、信じられないと言わんばかりに顔を上げた。


「なあ、1枚目の後半にとんでもないこと書いてるんだが」


「まあ、とんでもないこと書いた自覚はありますよ」


「あの規模で? お前は本気でこの可能性を考えているのか?」


「はい。ここを前提条件にしたら、全部説明がつくので」


「確かに、説明はつく……が、そうだとすれば、あっちの被害額が……」


「文字通りの()()()でしょうね。なので普通に的外れの可能性はありますよ?

……でも、すみません。結構、この説に自信はあります」


「その根拠はあるか?」


「根拠は2枚目です。構成を整えてないので読みにくいと思いますが、確か12行目ですね。そこを読んで頂けたら」


「なるほど? 段落的に10行目から読んだ方が良さそうだな、見た感じ俺の専門外だが……どうにか、読む」


「まさに心理学的観点ですからね。質問があれば、受け付けます」


「なら、いきなりで悪いが——」


「ああ、それですか? それはですね——」


(ちょっと、あの、嘘だろ……?)


……いきなり秀才たちが、2人だけの世界に突入した。


(こ、これ、ボクら必要なくないか!?)


 レヴィは困惑する。

 何ならエスメライも困惑している。

 だが、それに一切気付いていないルーシオは書類を見て頷いていた。


「……お前が言いたいことは分かった。確かに根拠としては妥当だ」


 そうでしょう? とラザラスは軽く首を傾げる。


 ここで、自分たちが理解できる領域に帰ってきてくれることを期待した。

 しかし、残念ながらラザラスが止まってくれなかった!


「ただ3枚目の冒頭2行に記している通り、この説には矛盾点が——」


 本格的に何を言っているのか、分からない。

 だが、分かってしまうルーシオは、平然とラザラスの質問に答えてしまう。


「いや? これは矛盾ってほどじゃないだろ? お前の専門分野からズレてるだけだ。

 俺なら別の観点から見る。あまり一般的じゃないが、この手のに使える公式があるんだ。つまり——」


「なるほど、そういう捉え方が……それなら、一緒に数学的観点から追って欲しい案件があるんです。

 3枚目の終盤で仮定を提示しているのですが、あくまでそれは一般論で、現実問題としては——」


「これか? あー、確かにちょい計算が甘いな。これでも無しではない。無しではない、が……より確実な数値を叩き出すなら——」


「ありがとうございます、勉強になります。ところでなんですけど、6枚目17行目のような機材って技術的に再現可能ですか? 仮にこれが行けるなら、ドラグゼンは恐らく——」


「……。行ける。相当な金額動くが、確実に行ける。少し開発時期がズレてるせいで知名度が低いが、使うならこれだって明確に言えるシステムが存在する。軽く説明入れるぞ。例えば——」


 議論が、白熱しすぎている。

 あまりにも、白熱しすぎている。


 もしかすると彼らが元々在籍していた高等研究院では日常会話レベルなのかもしれない。


 でも研究院の外でそれをやらないで欲しい。

 置いて行かないで欲しい!


(あーもう……落ち着くまで待つしかないかぁ……)


 ある意味悲惨な状況下、レヴィはひたすらエスメライと顔を見合わせ続けることとなった。


【Tips:高等研究院のおバカたち】

 ラザラスとルーシオは普段は会話レベルをある程度落としているだけで、2人で語り出すと絶望的に止まらなくなります。俗に言う“頭の良いおバカ”です。

 ラザラスはともかく、ルーシオは油断するとゾーンに入ります。そうなるとなかなか帰ってきません。


 ラザラスの専攻は『心理学』、『民俗学』、『魔術史』です。彼の家に歴史書だったり種族解説書だったりが置いてあるのはその影響です。

 ルーシオの専攻は『情報工学』、『電子工学』、『数理学』です。ただし彼はちょっとだけ『魔術史』もかじっています。非魔術師である彼に魔術の知識がある理由がコレです。


 相当な分野違いですが、両者の共通項は『のっぴきならない天才』なので、もはや当たり前のように会話が成立します。時には互いの得意分野でしばき合います。

 どちらもステフィリオンとしての活動開始タイミングが悪く、研究院を卒業することはできていない……のですが、退学を許してもらえなかったので現在は休学中です。

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