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55.盤上の駒

「……。荒れちまって悪かった」


 30分くらい経っただろうか。

 落ち着いたルーシオを連れて、レヴィたち6人は会議室に集まっていた。


 彼はしおらしく謝ってきたが、怒る理由は大なり小なり全員が理解できるので、誰も彼を責めることはしない。

 そして今回から堂々と会議に参加することが決まったロゼッタが苦笑している。


「いや、まあ……あれは仕方ないかと……」


 彼女も追跡班(ハウンズ)のルーツがクロウの過激ストーカーの集い、現在は()()()()の集いであることを把握しているため、異常事態であることを理解しているようだ。説明が省けて助かる。


 ルーシオの説明が開始する前に、エスメライが印刷した資料を回してきた。

 資料によると、今回の潜入先はブライア州のティスルらしい。またこの州か、とため息が出そうになった。


(ブライア州案件多すぎだし、そもそもブライア案件ってだけでルーシオさんがちょっと荒れるからなぁ……仕方ないってことも、そうなる気持ちも、分かってるんだけど)


 ルーシオの背後事情を知っている身としては、彼の態度に対して思うところはない。

 むしろ、よくあの程度で耐えているなと感じるレベルだ。


 資料が行き渡ったことを確認し、ルーシオは静かに口を開いた。


「見ての通りだ。今回、とんでもなく規模がデカい。なんでこの規模のが今まで隠れてたのかっていうと、ここは単なる軍施設だっていう申請が国に出されていたみたいだ。

 まあ、その実態は軍施設なんかじゃなく、例のごとく奴隷を集めて保管しておく拠点だったわけだが……」


 そこまで言って、ルーシオはちらりとロゼッタを一瞥する。

 彼女に聞かせて大丈夫な話題か、気になっているのだろう。


 レヴィも話だけは軽く聞いているが、彼女は愛玩奴隷として教育を受けていたのだという。“教育”が本格化する前だったとはいえ、辛い気持ちにさせてしまう可能性が高い。

 退室を促そうかと思ったが、その前に、ロゼッタ本人が話し始めてしまった。


「わたしのことは気にしないで欲しいというか……あ、つまり愛玩奴隷の類を集めているんですね?

 規模が大きいってことは、檻のサイズも大きい可能性もありますね。愛玩奴隷の身体を傷つけないようにって。

 となると、政府のお偉いさんに出荷する人たちを集めているのでしょうか。俗にいう“高級奴隷”って奴ですかね?

 なら申請が通っちゃってるのも納得です。そりゃ国絡みで隠蔽するはずです。実質、お偉いさん御用達の保管庫、みたいな感じなんですから。大事にしなきゃってなりますよ!」


——そこまで言えとは誰も言っていない!!

 

(ほら! クロウさんがすっごい顔してるじゃないか!! その人、婚約者さんの影響で愛玩奴隷の話、本当に地雷なんだよ!! ダメだって!!)


 しかも恐らく、ロゼッタの指摘はそこまで外れていない。ある程度は合っている気がする。

 つまりドラグゼンが意図したものかどうかはさておき、この時点でクロウに対する精神攻撃が入ることがほぼほぼ確定した。


(嫌だ! 絶対に保管庫が酷いことになっている!)


 絶対にクロウを中に入れてはいけない。

 何ならロゼッタも入れたくない。


 レヴィは後でラザラスと打ち合わせをしておこうと決意した。


「……」


 そんな中、もはや()()()()()()問題がありすぎる男、クロウが軽く手を挙げた。

 ルーシオが反応し、発言を促す。


「流石にこれは、ラザラスにも共有しておくべきかなって思う案件がありまして……」


 彼はかなり言いづらそうに、そもそも言いたくなさそうにしている。

 様子を見るに、ここまでの経緯を説明する気なのだろう。

 とはいえラザラスを活動から遠ざけたかっている彼が、自発的に自身の弱みを共有してくれるのは非常にありがたい。


 一方のラザラスは「どうしましたか?」とでも言いたげな表情をしている。

 微かに動揺の色を見せている彼の顔を見て、クロウは重い口を開いた。


「実はここ半年、オレをありとあらゆる方向から狙い撃ちするような案件が増えてんだよ。お前を責める気は一切ないが、ここ3か月が特に最悪だった。

 つまり、今回も似たような案件が来る可能性が高い。マジで何が来るか分かんねぇから、ちょっと覚悟しとけ」


 クロウは「それが原因で相当に追い詰められている」とまでは言わなかったが、ラザラスがその状況に気づかないほどに鈍くはない。


 彼は書類に目を落とし、思考し始めた。


「……。なるほど、分かりました」


 ラザラスと目を合わせないまま、クロウは話を続ける。


「そもそもこの規模なら、ドラグゼン側がオレらの突入読みをしていようがしていまいが、何かしら用意してる可能性が高いと考えて良いだろうな。資料見た感じだと、1週間後に大きな動きがあるみたいだからな」


「……」


 1週間後に、大きな動きがある。

 つまり、ステフィリオンが突入してくるとすれば、それよりも早い段階。


 突入は明日か明後日を想定しているが、少なくともこの1週間は向こうも厳戒態勢を取っていることだろう。

 遅くなれば遅くなるほど、ドラグゼンの体勢は強固になることが想定される。早い方が良い、とエスメライが言っていたのはそのためだ。

 少々こちらのコンディションが悪かろうが、今の段階で特攻した方が危険度は下がる、と彼女らは判断したのだろう。


「そう、ですね……」


 ラザラスは配られた資料を改めて確認しつつ、口を開いた。


「この拠点、地下が特に広いですよね。それなら地下をメインとして動かしていると思います。表向きは軍事施設なので、地上階は完全なダミーだと判断して良いでしょう。

 ただ、向こうもそれくらいは俺たちに見抜かれることを想定しているはずです。その時点で、()()()()レヴィが候補から外れる。

 そして俺がここ3か月、作戦から抜けていることを考慮しているのだとすれば……最初からクロウさんの単独潜入を想定して動いている可能性が普通にありますね。

 確かに正直、今回の潜入調査はクロウさんが相当に危ういと思います。間違いなく、何かしらはやってくるかと」


 そう言って、ラザラスはルーシオへと視線を移した。


「ルーシオさん、ここ3か月。いや、ここ半年分の計画書と報告書、追跡班が終わらせた奴を含めて、全部見せて下さい」


「いつものやる気か? だが相当な量あるし、お前は放送局の仕事もあるだろ? 大丈夫か?」


「タイミングに恵まれました。明々後日の午前までは空いてるので、大丈夫です。なのでどうにか今日中、無理でも明日中には終わらせます。

 全部は不可能でしょうが、現時点で想定される可能性だけは、徹底的に洗い出すべきです」


「それは、まあ、そうだが……」


「恐らく今回の潜入戦にレヴィはともかく俺が入ることは、向こうも考慮していないはずです。だからこそクロウさんを仮想敵と判断して、

 近戦を得意とする人間に負荷を掛けるような動きをしてくるはず。それなら俺が動ければ、ある程度はカバーできると思うので」


 この発言は、クロウが異を唱えてくるのではないだろうか。

 何か言いだすようなら止めようと判断したレヴィはクロウを一瞥する……が、クロウは眉間にシワを寄せているだけだ。特に何も言わない。


(ラズさんを頼りにしてるだけって思いたい、けど……)


 もはや、なりふり構っていられないほどに、どうしようもないほどに——もう、クロウに余裕がない。


……残念ながら、そう考える方が妥当だろう。

 胸が、ぎゅっと痛んだ。


 ラザラスはルーシオから大量の資料を渡されながら、エスメライの方を見た。


「すみません。今日と明日、泊まって行っていいですか?」


「あ、ああ……そうだよね。それ持って帰るのはキツいよなぁ」


「機密文書ですし、『空間収納(アーカイブ)』ありきだとしても持ち出さない方が良いかなって。さっそく、今から部屋こもりますね。なるべく、急ぎます」


「助かるけどさ。ほんと、無理はすんなよー?」


 しかし半年分とはいえ、あまりにも多い。

 追跡班が勝手に処理してくれた案件も、相当にあったのだろう。


 既に周りが資料を運ぶ手伝いに入る準備をしており、レヴィもその輪に混ざることにした。


(ラズさんの加入、戦力的な部分でも助かってるけど……“こういうの”に強いの、本当に助かるんだよな……)


 ラザラスの本領は、過去事例からの分析および、ドラグゼン側の動きを俯瞰的に見た上での犯罪プロファイリングだ。


 どうしても理数系の分野や軍事的な判断力では圧倒的にルーシオに軍配が上がってしまうし、戦歴の浅さゆえに、ラザラスは現場判断に弱い。


 だが落ち着いた環境でこの手の分析をさせると、彼は本当に強い。

 その判断力は時に、組織のブレーンであるルーシオを凌駕する。


 彼の評価はどうしても驚異的な運動神経や容姿に偏りがちだが、レヴィからしてみれば、彼は何よりも頭脳戦に秀でた存在だと考えている。


 だからこそ、彼に期待を寄せる。


(ちょっとだけでも良い。この状況を、変えて欲しい)


 ドラグゼンによる、クロウを狙った集中攻撃。

 何故、今年になってその勢いが増しているのか……その原因は、未だにハッキリとは分かっていない。


 原因究明はルーシオに任せるとしても、このままでは遅かれ早かれクロウが壊れてしまう。

 その前にどうにかしなければ、という焦りは全員に共通していた。


 ラザラスの部屋に資料を運び終わり、全員が彼の部屋を後にする。

 彼のストーカーであるロゼッタまで出てきたのは驚いたが、彼女は案外、空気を読んで行動できるタイプだ。邪魔になってしまうと判断したのだろう。


(とりあえずボクは、ライフルの整備でもしようか……)


 今は、少し落ち着かない気持ちをどうにかすべきだろう。

 レヴィは自室に篭り、ライフル銃の分解を始めた。

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