54.推し活バカ
転移を使い、仲間たちと共に拠点に戻ったレヴィの視界に映ったのは、中庭でオロオロしている回収班3人組の姿だった。
(え……?)
彼らには共通点がある。それは3人揃うことが必須条件とはいえ、精度の高い転移を扱えることだ。
揃いも揃ってかなり臆病な性格をしていることもあり、彼らは回収班の指揮官であるヴェルシエラの臨時の移動手段として暗躍している。
だが、彼らは指示がなければヘイゼルのサブ拠点に常駐しているのだ。比較的声が掛かりやすいこともあり、いつでも対応できるようにと勝手に出歩いたりはしない。
それなのにどうして、と問うよりも先に、3人は指揮官ヴェルシエラの姿を見つけ、泣きそうな顔をして駆け寄ってきた。
「ヴェ、ヴェルさん……!」
「どうしたの、何かあったの?」
「そ、それが……追跡班が……!」
——どうやら回収班ではなく、ヤバさに定評のある追跡班に問題が発生しているようだ。
同じ拠点で生活しているとはいえ、追跡班の指揮官はルーシオの方だ。
急に管轄している班の名前が出たことに驚き、ルーシオも3人の元に駆け寄る。
「何があった!? 追跡班がまた何かやらかしたのか!?」
「いや、あの……すみません、追跡班だけってわけじゃないんです……8割は追跡班の人たちってだけで……」
「それは……残り2割の回収班が逆に気になるな……」
8割が追跡班。2割が回収班。
組み合わせが謎過ぎて、何が起きているのか全く想像がつかない。
どうしてそうなった。
(悪い情報じゃなきゃ良いな……)
ヴェルシエラやルーシオとは異なり、レヴィたちと後方支援部隊の交流は浅い。
残念ながら、後方支援部隊所属の人間で顔と名前が一致する者はそう多くはない……それでも、非常に、あまりにも気になってしまった。
「うぅ……」
助けを求めてやってきた3人組が目を潤ませている。可哀想に。
とりあえず、落ち着かせるためにも人数分の紅茶を出そう。
レヴィがカウンターに10人分のカップを並べ始めると、会話に入っていないラザラスたちも聞き耳を立てつつ、手伝いに入ってくれた。
そして3人組は顔を見合わせ、ヴェルシエラのヘーゼルの瞳を見据えて口を開く。
「な、なんか……なんか……有志を募って、裏でそこそこ激しめの訓練始めちゃってぇ……!」
「えっ?」
「もちろん、他のお仕事をこなしながらやってるので、そこに文句はないんです。でも、やってることがすごくアレっていうか、そのうち死人が出そうなんです……!」
「し、死人!?」
とんでもなく物騒なフレーズが出てきた。
ヴェルシエラは、隣に立つルーシオへと視線を向ける。
ルーシオは困惑しながら、何なら軽く顔を引きつらせながら、3人組に声を掛ける。
「えーと……それが、怖い、と……?」
「なんか、リーダー的なポジションに『恐種』がバンバン使える黄金眼の竜人さんがいるんですけど、えっと……それに耐えきった人だけ集めた、20人くらいの部隊ができちゃってて……」
「は? 恐種!?」
「最近、軽い案件なら調べるついでにしれっと現場終わらせちゃう追跡班の人たちがいたじゃないですか?」
「い、いるなぁ……」
「あの人たちをベースにしたメンバーみたいなんですけど、しかも回収班からも感化されて行っちゃった人たちがいて……色々、凄いことになってて……助けてくださいぃ……!」
——もはやどこからツッコミを入れればいいのか分からない、ある意味では未曽有の緊急事態が発生していた。
とりあえず件のメンバーの8割を率いているルーシオが、机に手をついて声を震わせる。
「あの……っ、推し活バカどもが……!!」
追跡班が何故か、本当に何故か、自分たちを対象に俗にいう“推し活”をしていることは知っていた。
だが、まさか勝手に訓練を始めるような人たちが現れているとは思わなかった。
過激な推し活はやめて欲しい。
(最近、追跡班がちょっと元気、とは聞いてたけどさ……おかげで繁殖場案件が消滅したから、かなり、いや、とんでもなく助かってはいるんだけどさ……)
レヴィたちも最近、一部の追跡班が情報を取るついでに潜入先でお片づけをして帰ってくるケースが定期的に起きていること自体は把握していた。
(でも、サポートメンバーの有志軍には、嫌な思い出しかない……!)
数年前の惨劇を思い出し、レヴィは顔を上げる。
同様に被害を受けたクロウと、目が合った。彼も全く同じことを考えているのだろう。
怯えてパニックを起こした有志軍を庇う羽目になり、大怪我を負った身としては正直、勘弁して欲しい話だ。しかし……
(でも、選定条件が恐種耐久戦ってのは、割と……?)
闇属性の上級魔術、恐種はその名の通り、相手に逃げ出したくなるほどの恐怖心を植え付ける術。最近あった恐種案件といえばオスカーの件だが、それ以外にも少々心当たりがあった。
(3か月前にボクらが受けた術。あれは恐種で間違いないとして……ってことは、リーダー格の黄金眼って……!)
——間違いない。犯人はギルバートだ。
ブライア拠点潜入時にラザラスをしばき倒し、3ヶ月の休養送りにした張本人。
一体何をしているんだ、あの男は!?
クロウは視線をレヴィから怯えに怯えている3人組に移す。
そして、どこか呆れた様子で口を開いた。
「恐種はオレも使えるし、とんでもねぇのを喰らったこともあるんだが……その、バンバン使ってやがるバカ、1回に何分くらい使ってるか分かるか?」
バカ。
確かにそうとしか言えない。
(恐種って対象制御ができない、とはいうけど……)
恐種の特性は分かっている。分かっては、いる。
だが、まったく関係ない人間を怯えさせている時点で、もはやテロ行為だ。
哀れにもテロ行為に巻き込まれた不憫たちの1人が、声を震わせながらクロウの問いに答える。
「えっと……1回につき2時間くらいはやってます。その2時間を耐えきった人間だけ、部隊に残してるらしくて……」
「バカが使ってる術の効果が薄い可能性もあるが、それでも2時間耐えるのは、普通にすごいな……
そんで、それ喰らって残ってる奴らも大概にバカだな……もうバカしかいねぇ……」
クロウの指摘に、ルーシオが物凄い勢いで頷いている。
どうもオスカーの恐種がトラウマと化しているようだ。
(そんなに、かぁ……)
一体、どんな術だったのかは気になるが……受けたくは、ない。
確実にクロウを上回ってくる時点で嫌だ。クロウのでも相当だというのに。
(ギルバートさんのは、耐えれなくはなかったんだよな。でも、2時間行けるかって言われたら……ちょっと、自信ないかもな……)
正直、クロウの恐種を知っている身としては、ギルバートの恐種は比較にすらならなかった。
だが、それでも「長時間耐えきれるか」となると話は変わってくる。
(そういう人を集めた部隊なら、現場でパニック起こさない可能性が高いよな。というか、ギルバートさんはその辺分かってて、恐種を判断材料にしたのかも。
あの人は上級術使える時点で多分、ある程度戦える人だろうし……そこに関しては馬鹿じゃないのかも。そこに関しては、だけど……)
つまり、元からそこそこ戦えるギルバートが、自らが課した試験という名のテロ行為を乗り越えた人間を集めて謎部隊を結成し、隠れて訓練をしているということだ。
——否、被害者が発生している時点で、隠れきれてはいないわけだが。
とりあえず、報告を受けて頭を抱えるヴェルシエラとルーシオ以外の面々で、紅茶を配っていく。
転移担当の不憫3人組は話すだけ話して、少し落ち着いたのだろう。ゆったりと紅茶の香りと味を満喫していた。とりあえず、お茶菓子も出しておいた。元気出して欲しい。
「……」
色んな意味で、とんでもない事態が起きていた。
ひとまず落ち着こうと、10人一斉にティーカップを口にする。
あまり見ない、を通り越して初めて見る光景だった。異様な状況すぎる。
とはいえ、優雅にティータイムをしている場合ではないと判断したのだろう。
ヴェルシエラはかなり早い段階で紅茶を飲み干し、ルーシオに話し掛けた。
「とりあえず、アタシはさっさと見に行ってくるわね。ルーシオちゃん、とりあえず主犯のおバカさんにビンタする許可だけちょうだい。おバカさんは絶対に追跡班だと思うから」
「むしろ、お願いします……」
残念ながら、主犯がギルバートで合っているなら本当に追跡班だ。
色んな感情が入り乱れているのだろう。
ルーシオは情けないと言わんばかりに、声を震わせながら言葉を続けた。
「一応、そのバカどもの実力も見てもらって良いですか? 追跡班の、しかも元気な奴らが8割なら、遊撃役として使える可能性がワンチャンあるので……」
「そうねぇ、使えるなら使えるでアリよね。その分だけ戦闘員少なすぎ問題どうにかできる可能性があるわけだし」
そう言って、ヴェルシエラは自身の配下である3人組の顔を一瞥する。
「万が一、そのおバカさんたちを別部隊として再結成させるなら。その場合は早い段階で別の拠点を用意しましょう。
この子たちみたいな被害者がぽこぽこ出そうだし、そうなったらもう、本当に可哀想だわ……」
「そうっすね……」
ヴェルシエラが動き出すのを見て、既に紅茶を飲み終えていた被害者3人組も立ち上がる。
次のテロが発生する前に、とにかく早めに行ってもらうべきだと判断したレヴィは彼らのカップを無言で回収した。
「というわけで、アタシはさっさと行ってくるわ。会議に参加できないのは悪いんだけれど、放置したら絶対ろくでもないことになるから……ケアも含めて、諸々やってくるわね……」
——本当に、そう思う。
追跡班の変態行為に頭を抱えているルーシオに対し、ヴェルシエラは回収班の離職率に頭を抱えているのだ。このままだと、“頭を抱える”では済まなくなりそうだ。
ヴェルシエラはラザラスとクロウの顔を見て、苦笑する。
「ラズちゃんもクロウちゃんも普通に動けてたし、事前にまとめた案をそのまま通しちゃって大丈夫だと思う……あとは、よろしく頼むわね」
彼はひらひらと手を振り、静かに去って行った。
残された面々は、カップを割れそうな勢いで鷲掴みにしているルーシオの周りに集合する。
「もう絶対許さない、許さないぞ……仮に分離するなら、あえて拠点をロウリエ州に置いてやる。めちゃくちゃに引き離してやる。
ドラグゼンの拠点作成未遂があったのはエルダーだったから、ちょうど良い。エルダーなら近隣住民を謎に巻き込むリスクも相当に減らせるしな……」
実際問題として追跡班(※一部)の自主的なお片づけには助かっているし、本当に別班が生まれるのだとしたら、これ以上無いほどにありがたいことだ——が、それとこれとは話が違う!
「よし、エルダーから来い。遠くから来い。そうだな……エルダーはエルダーでも、山の中に放り込んでやる……近場で推し活なんか、絶対にさせてやんねぇからな……!」
ルーシオがかなり怒っているが、当たり前だ。
これはもはや、回収班の存続に関わる緊急事態だ!
(うーん、会議はもうちょっと後だなぁ……)
司令塔が怒り狂っている状況で会議はできない。
とりあえず全員座って紅茶を飲み、ルーシオが落ち着くのを待つことにした。
【Tips:後方支援部隊】
ドラグゼンの拠点から救出した被害者がグランディディエでの残留を希望した場合、配属されるのが後方支援部隊である。サポートメンバーと呼ぶことも。
ヴェルシエラが管轄する回収班は主に被害者たちをサブ拠点に誘導することが仕事。稀に戦闘員たちがその場に残して行った重要参考人を回収することもある。規模が大きい=被害者が多い拠点の場合はヴェルシエラが同行する形を取るが、彼は本拠点もしくはサブ拠点で指揮を取ることが多いため、これはとんでもなく稀なケースである。
戦わないことを条件にしているせいで戦闘能力は全くもって期待できない上に臆病な班員も多いが、ステフィリオンには必要不可欠な存在。
問題は臆病過ぎるせいで離職率が高いこと。現在は100人程度集まっており、拠点の規模や戦闘員の能力との相性を見つつ、ローテーションで回している。
ルーシオが管轄する追跡班は少数精鋭型。メンバーは30人程度……だが、裏を返せば少なくとも30人は変態か変態予備軍がいることになる。怖い。
ドラグゼンやルーシオがマークしている重要人物を追いかけ回すのが仕事。困ったことに有能なメンバーの集まりでもあるため、自己判断で勝手に動き回ることも多い。勝手に繁殖場を潰し回り始めた案件はその代表格。
その他、暴走と紙一重なことをしでかすこともあり、ルーシオは定期的に頭を抱えている。
変態か変態予備軍、という異質な条件で構成している都合上、魔術が得意で潜入調査を得意とするメンバーもいれば、魔術が苦手な代わりに機械操作に秀でているメンバー、とんでもなく身体能力が高いメンバーなど、能力にはとんでもないバラつきがある。なお、推しへの愛で離職率は低い。
ちなみに班の名前はいずれもルーシオの趣味。




