53.瞬殺の運動音痴-1
「なんで! 言うの! なんで! なんで!!」
エスメライが、ルーシオをペシペシしばきながら顔を真っ赤にして叫んでいる。ちょっと可愛い。
だが、絶望的にということは、もう相当に酷いのだろう。
「……よく聞け、ロゼッタ」
そしてルーシオは容赦がない。本当に容赦がない。彼はぐっと自身の両手を握りしめながら、口を開く。
「エスラの得物は、ナイフなんだが……相手がゼロ距離まで来てくれれば、一発で急所狙って殺せるんだよな。エスラに二発目なんてもんは、存在しない」
「すごいじゃないですか! だったらどうにかなるんじゃ……」
「エスラが1歩も足を前に踏み出さなければな!」
「……え?」
エスメライがルーシオの背中をひたすらしばいている。もうやめてくれとしばいている。
しかし、ルーシオは彼女をガン無視して話し続けている。
「1歩でも足を踏み出せば、その場で足捻って転ぶリスクが出る。クロウやラザラスみたいな機敏な動きは論外だ。できるはずがない!
相手に走り寄ろうもんなら、もう高確率で頭から床にスライディングする! 当然のように受け身なんてもんは取れねぇ!!」
「あっ、あっ、えっと……」
「そんな奴に『筋力強化』なんて掛けてみろ!! 間違いなく自滅する!!」
ロゼッタは、エスメライに筋力強化を掛けた未来を想像する。顔から床に叩きつけられる未来が見えた。
そして、彼女が永遠に動かなくなる未来も見えた。
(そりゃ……全員で、止めるよね……)
本人はもう全力で恥ずかしがっているが、確かに彼女に手出しをしようものなら大事故が起こる。
少なくとも筋力強化は駄目だ。
エスメライが死んでしまう。
事実上の公開処刑を一身に受ける羽目になってしまったエスメライは顔を真っ赤にして口を開いた。
「うぅ……あたしだってさぁ、戦えるようになりたいさ。でも、でもぉ……」
ひたすら呻いている彼女には悪いが、何もできない——否、本当にそうだろうか?
「あの、1歩でも踏み出さなければ、実質、その場から動かなければ……良いんですよね?」
「え? なんかあるのか?」
「まずはエスラさん以外で試してみましょう。前々から気になってたことでもあるので、ちょうど良いです。レヴィさん、今からそっち行くので、驚かないでくださいね?」
レヴィが不思議そうに頷くのを確認してから、ロゼッタは『隠影』を使用して、横にいたクロウの影に飛び込んだ。そのまま、一番遠くにいたレヴィの影まで移動する。
影の中からひょこりと上半身を出せば、皆の視線がロゼッタに集まった。
「これ、『あの影まで移動したい』って意思だけで行けるので、実際には動かなくてもどうにかなるんですよね。つまり、影さえあれば移動パターンは無限に増えます。
しっかり意識しないと厳しいですが、小さな影でもいけるので『転移』先についていく、とかも一応できますよ!」
そしてロゼッタは、そのままクロウの影に戻った。
エスメライの顔を見ると、彼女は残念そうに笑っている。
「便利そうだけど……あたし、光属性と無属性しか使えないからなぁ」
「ですよね? というわけで、今からちょっと実験します」
そう言って、ロゼッタはクロウの足を掴み——全力で、影の中に引き摺り込んだ。
「おわっ!?」
重力も手伝い、一気にクロウの身体が沈む。
代わりに、ロゼッタの身体が外に弾き出されてしまった。
「きゃっ!?」
床に尻餅をついてしまった。
「な、なるほど、同時に2人は入れない、と……」
痛いなぁ、と思いながら立ち上がると、ロゼッタの影の中からクロウが上半身を出していた。
「テメェ! いきなり何すんだよ!?」
「クロウだけなんだもん、隠影使えるの」
「先に一言言えよ!!」
とりあえず、無事らしい。
慣れた様子でクロウが影から出てきた。
彼の身体に異常は見られないが、念のため確認しておくことにする。
「どんな感じだった? 狭かった?」
「いや……オレの身体に合わせて空間が拡張された感じだな。オレが発動した場合と特に何も変わらなかったぞ」
「なるほど……」
クロウの場合はロゼッタ自身が弾き出されてしまうだけで、問題なく行けるようだ。
彼の無事を確認した後、ロゼッタはラザラスに視線を向ける。
「じゃあ次、ラズさん。行ってみましょうか」
「俺!?」
「次は闇属性持ってる人で、隠影を使えない人でやりたいんですよね」
「あー……なるほどな」
ロゼッタは再び影に隠れ、納得した様子のラザラスの元へと移動する。
「じゃあ、行きますねー」
ラザラスの足を掴み、引き摺り込む。
やはり自分自身は弾き飛ばされてしまうが、今度は空中で身体を翻し、上手く立つことができた。
……少し、エスメライの視線が痛い。羨ましいのだろう。
影の中から、ひょこりとラザラスが上半身を出した。
「なるほど……隠影って、こんな感じなんだな……」
「その反応なら、行けるみたいですね! 良かった!」
「ああ、平気だ。たぶんクロウさんと似たような感じだと思う。特に狭いとか、身体が痛いとか、そういうのは無いよ」
そう言ってラザラスは、当たり前のように影から飛び上がるように出てきた。
影から出るのも、問題なくできるようだ。
「じゃあ……」
ここでレヴィがすっと手を挙げた。
「ボクは闇属性を持ってない魔術師です。エスラさんと条件は一緒です」
「え、じゃあ次はエスラさんで良いんじゃ……」
「エスラさんと! 条件は! 一緒です!!」
——どれだけエスメライ本人にやらせたくないんだと、ロゼッタは苦笑するしか無かった。
仕方がないので、ロゼッタはレヴィの影に移動する。
(この人、スカート履いてるからやりにくいんだけどな……)
とはいえ本人が申し出てきたので、やるしかない。
ロゼッタは上を見ないように注意しつつ、レヴィを影の中に引き摺り込んだ。
(わっ!? やっぱり弾かれた!!)
代わりにロゼッタ自身が影から飛び出した……ということは、成功したのだろうか?
「レヴィさん、出てこれます?」
「はーい」
ぴょこんとレヴィが現れた。
とはいえ、彼女はロゼッタよりも小柄だ。
空間の大きさが変わっていなくとも、怪我をすることはないだろう。
となると、やはりエスメライで試すしかない。
……が、ルーシオとヴェルシエラが元気に挙手している。
「俺は魔力無しだ。つまり、一番やらかす可能性が高い。俺で成功するかどうか、試したい」
「アタシ、魔力はあるけど魔術使えないイレギュラーよ。まずはアタシで試しましょう? ね?」
(この人たち! どれだけコレを! エスラさんにやらせたくないんですか!?)
「……」
肝心のエスメライは流石にちょっといじけている。可哀想に。
だが、大柄なルーシオと身長がエスメライに近いヴェルシエラの両名で問題がなければ、確実にエスメライは大丈夫だ。
(……ごめんなさい)
いじけているエスメライは放置して、ロゼッタは2人で実験を行うことにした。




