52.大きなバケツと小さな花壇
自分の世界でひたすら喋り続ける司令塔と、そんな彼を見て本気で困惑しているクロウから距離を置き、ロゼッタはラザラスと手合わせをしていたヴェルシエラの元へと向かう。
「えーと……ヴェルさん。床を破壊する作業、します?」
「そろそろ破壊したくないんだけど……とりあえず、お願いしても良いかしら?」
ラザラス相手にやってしまうと、間違いなくラザラスが死ぬ。
だからと言って魔道具人形を使ってしまうと、魔道具人形も死ぬ。
丸太の存在を知ったロゼッタは、何も言わずに倉庫から丸太を連れてきた。
「……今日は、丸太にしましょう」
「そうね」
即答されてしまった。遠くでエスメライとレヴィが体育座りをしてこちらを見ているのが気になるが、とりあえず筋力強化を試すことにする。
(この前は1メートルくらい穴開いちゃったんだよね……結構、思い切って出力下げてみようかな。そもそも詠唱するのもやめてみよう)
ロゼッタはヴェルシエラを指さし、魔術を発動する。
魔力が流れてくるのを感じたヴェルシエラは勢いよく飛び上がり、丸太に向かって踵落としを繰り出した。
「はぁっ!!」
とんでもない地響きと、砂煙。
……そして盛大に何か硬い物が割れる音がした。
「えっ!? えっ、えぇっ!?」
眼前からヴェルシエラが消えてしまった。
何なら、床に大きな穴が空いている。
恐る恐る近寄ると、3メートルくらい下にヴェルシエラと細かい木くずたち、そして見るも無惨なコンクリート片たちがいた。
「……。ロゼッタちゃん」
「な、なんで!? わたし、出力下げたのに……!!」
過去最高記録を更新してしまったかもしれない——ヴェルシエラが開けた、穴的な意味で。
(どうしてこんなことに!!)
この惨状で正気に戻ったのか、ルーシオが駆け寄ってくる。
何なら遠くにいたエスメライたちも来た。みんな……来た。来てしまった。
エスメライが、ドン引きした様子で呟く。
「ああ、これかぁ、床の修繕の後……そりゃ大惨事にもなるよなぁ……となると、天井のはルーシオかい?」
若干顔を青くしたルーシオが頷く。
レヴィは黙ってヴェルシエラを念動で救出していた。そして、彼女も口を開く。
「あの、ロゼッタさん。魔道具人形より、丸太の方が柔らかいんですよ。たぶん、色々おかしくなった原因はそれです」
「ごめんなさい……」
対象が魔道具人形ではなく、丸太であることも考慮しなければならなかったらしい。
ヴェルシエラのいた場所に散らばる木くずとコンクリート片は、もはや視界に入れたくないレベルの大惨事だ。
これには、ロゼッタに「何やってんだ」と言っていたクロウも流石に反応した。
「ロゼッタ。お前、自分自身に筋力強化を掛けたことは?」
「な、無いけど……」
「根本的な原因はそれだな。ちょっとやってみろ、丸太用意してやるから」
そう言って、クロウは丸太を倉庫から丸太を出そうとする……が、彼はまたしても困惑していた。
「……切れたな。今ので」
クロウが使いすぎたから、とは流石に言えなかった。
あれは仕方ない。
「な、なら魔道具人形で……」
「出力下げろよ? 本気で下げろよ? もうやりすぎなレベルで、全力で下げろよ!?」
「分かってるもん! 言われなくても、わたしはお人形殺さないもん!!」
魔力を身体に循環させる。
詠唱は、しない。出力を下げろと言われたので、これでもかと抜いてみる。
(でも、あまり下げすぎたら怪我しそうなんだよね……こんなもんかな?)
クロウが魔道具人形を連れてきてくれた。
動くたびにカタカタ音を鳴らしているそれは、相変わらず怖い。
こっち見ないで欲しい。
「い、行きます!」
ロゼッタは床を蹴り、走る。
ラザラスやヴェルシエラに合わせて、回し蹴りをしてみるつもりだ。
空を蹴り、力を込めて、魔道具人形の腹部を狙う。
「えいっ!」
足が当たった、瞬間。
バキリ、と派手な音がした。
魔道具人形の下半身から、ガタガタと音が鳴る。
前を、見る。
上半身が、消えていた。
(あ……っ)
どこからか、「おのれ、恨むぞ」という声が聞こえたような気がした。
「きゃあああああぁっ!?」
思わず、叫んでしまった。
お亡くなりになった魔道具人形の上半身は、すかさずクロウがテグスで回収してくれたようだ。
追加で壁に穴が開く緊急事態だけは防げたらしい……それだけは、防げたらしい。
そして床に、魔道具人形の上半身と下半身が並べられた。
それを見下ろしながら、全員が一斉に黙り込む。
「……」
無理もない。
小柄な少女が、人形を半分にしてしまったのだから。大惨事だ。
「だから言ったろうが……やりすぎなレベルで下げろって」
沈黙を破ったのは、ある程度この惨劇を予想していたらしいクロウだった。
「ひとつ教えてやる。魔力量が多い人間ほど、筋力強化の制御は難しいんだ」
「そ、そうなの?」
「そもそも筋力強化は魔力量の少ない獣人族が戦うために生み出した術だからな。
ラザラスを見ろ、あの残念な魔力量で行けるんだぞ」
唐突にラザラスが言葉でしばかれた。
まさか飛んでくるとは思わなかったのだろう、彼は驚きと悔しさが入り混じった変な顔をしている。
クロウはそんなラザラスを全力で無視しながら説明を続けた。
「ロゼッタ。まず、寸胴鍋くらいの、めちゃくちゃデカいバケツに水を入れた状態をイメージしろ。水は溢れるくらい入れとけ」
「……。イメージした」
「次。レンガで囲まれた、それこそ寸胴鍋くらいの小さな花壇をイメージしろ。パンジーでもマリーゴールドでも何でも良い。適当に小さい花を何個か植えとけ」
「うん、植えた」
「……で、最初に出てきたバケツで水やりするぞ。だが、ジョウロなんてもんは無い。バケツを持ちあげて、花を傷つけないように、優しく水を流すんだ」
「えっ」
「……これが、簡単にできると思うか?」
「あ、あぁー……うわぁ……」
——もはや、絶望的なレベルで分かりやすい説明だった。
確かに水がなみなみと入ったバケツから少量の水を出すのは難しいし、逆にバケツの水が少なければ調整しやすいだろう。バケツが小さければ、もっと調整しやすくなるはずだ。
(なるほど……油断すると花が流れるどころか、花壇が壊れる感じなんだね……)
普通にやればパンジーもマリーゴールドもバイバイするし、そもそも花壇もバイバイする。
ヴェルシエラが開けた3メートルくらいの穴は、つまりそういうことだ。
納得した。
そしてクロウが言いたいことも理解できた。
「自分に掛ける量の調整もできないのに、人にできるわけがないってことなんだね?」
「そういうことだ。ちなみにオレはな、人間の肉片を撒き散らさなくなるまでに3年は掛かったし、そもそも途中で体術を諦めた。その結果が刃物とテグスだ。
まあ、今なら体術でも肉片は撒き散らさない自信はあるが……もう気持ち悪すぎて、やる気が起きねぇ」
「うわぁ……」
クロウが武器を使うようになった理由が、こんなところにあったとは。
だが、それはつまり「そうせざるを得なかったくらいには難しい」ということだ。
(うぅ……どうしたら良いんだろ……)
彼も魔力量は多い部類だが、彼で3年なら自分の場合は一体何年掛かるのだろう。
考えるだけで、恐ろしい。正攻法ではもうどうにもならない気がする。
クロウはこれでもかとロゼッタを絶望させた後、鼻で笑って口を開いた。
「まあ、頑張れよ。本気でやれば、案外どうにかなるかもしれねぇからな。せいぜい頑張るこったな」
「できないって思ってるでしょ!? やれるもん!!」
「はっ、どうだか?」
「ていうか、ルーシオさんとヴェルさん、いっそラズさんとかレヴィさんとかエスラさんとかにも
一気に使えば魔力分散できるし、たぶん行けるもん!!」
ロゼッタの言葉に、ピクリとエスメライの肩が跳ねた。
一体、どうしたのだろう。
「……」
余裕そうな顔をしていたクロウさえも、顔色を変えてしまっている。
何なら、全員が変な顔をしている。
……空気が数秒、止まった。
クロウは深く息を吐き出し、口を開く。
「エスメライさんは、ダメだ。下手に手を出すんじゃねぇ」
「え? どうして? 一応、自衛程度はできるんだよね?」
問えば、今度はルーシオが首をゆるゆると横に振った。
「駄目なもんは、駄目だ。エスラは……エスラにだけは、手を出すな」
エスメライが言わないで欲しい、と言わんばかりにルーシオの服を掴んでいる。
彼女の指先は、微かに震えていた。
(エスラさん、服の下……酷いって、言ってたよね……?
怪我、してて……何か後遺症とか、あるのかな……)
ロゼッタは、ちらりとエスメライを一瞥する。
申し訳ないことを言ってしまったかもしれない。
「あ、あの……」
ロゼッタが謝るよりも先に、エスメライの必死の懇願をガン無視したルーシオが叫んだ。
「エスラの運動神経は絶望的に終わってるから! マジで変なことすんな!!」
え?




