51.蓋然性の計算式
(んん……?)
何故か、ルーシオがちらちらとクロウを見ている。
クロウはクロウで、その視線に一切気づかないフリをしている。
一体、何をしているのだろうか、この2人は。
ロゼッタは両者の顔を交互に見続けてみることにした。
そうすれば、そのうちどちらかが反応してくれると思ったのだ。
「……」
先にロゼッタの顔を見たのは、ルーシオの方だった。
彼は意を決して、クロウに話しかける。
「なあ、クロウ。鉄糸、使ってみて欲しいんだが」
鉄糸を使った戦闘を考えているルーシオからしてみれば、実際にクロウが両手で鉄糸を使う場面を見てみたいのだろう。
しかし、クロウはルーシオが前線に立つことを望んでいない。それどころか拒んでいる。
意図を察されてしまえば、拒否されると判断していたのだろう。
案の定、クロウは拒絶の意を一切隠さず、突き放すような視線をルーシオに向けた。
「……。両腕があろうが、鉄糸は『筋力強化』と『念動』ありきなので、参考にならないと思いますよ」
「く……っ、使ってんのか……ま、まあ、それでも、見てみたい、なー」
「……」
「気になる、なー」
ルーシオが引き下がらない。
しかし筋力強化はともかく、念動が必須なら話にならないだろうに——そこで、ロゼッタは気づいた。
(いや、使うタイミング次第かも……魔道具の類でどうにかできる可能性、あるよね……)
いきなり想定外の活躍を見せているクロウの左腕のことを考えれば、精密な動作を可能とする魔道具は確実に存在するはずだ。案外、行けるかもしれない。
ロゼッタの眼前で、ルーシオとクロウが無言で見つめ合っている。
そうしていると、ついにクロウの方が折れた。
彼は空間収納を展開し、中から透明な糸とアームカバーを取り出した。
(あ、あれ!? 鉄糸じゃない……!)
そして何故アームカバーが登場したのかと思えば、彼は腕にそれを身につけたかと思うと、念動を使って腕に長い透明な糸を巻きつけている。
血が止まらず、動きに支障が出ない程度には見えるが、確かに素肌に直巻きして良いことは何もなさそうだ。
意図を巻き終わり、クロウは冷たく吐き捨てるように言葉を紡ぐ。
「まず、オレが昔使ってたのは鉄糸じゃないです。軽く念動を通して強度上げてただけで、単なるナイロンテグスです。若干太めですが、それでも釣具屋とかで買えるような奴ですよ」
「……」
——いきなり詰んだかもしれない。
よくよく考えれば、当たり前だ。
仮に筋力強化があったとしても、クロウの奇襲前提の立ち回りで重い鉄糸を腕に巻いて動き回るのは厳しいだろう。
ロゼッタはちらりとルーシオを一瞥する。
彼はふんふんと頷きながらクロウの話を聞いていた。
(えっ、まだルーシオさん、諦めてない……!?)
もしくは既に諦めて話を聞くのを楽しんでいるかの二択だ。
ルーシオから「もう良い」という言葉が出ていない時点で、やるしかないと判断したのだろう。
クロウは念動を使って倉庫から大量の丸太を引っ張りだし、適当に訓練場の中に並べていく。
(そういえばこの人、魔道具人形の使用をそもそも禁じられてるんだっけ)
クロウやレヴィに関しては魔術を使用しようがしまいが、魔道具人形を秒で破壊してしまうために使用を禁止されていたはずだ。
だが、どうやら人形ではなく丸太を的にするのは許されているらしい……今度は丸太がかなり不憫な気がするが、予算の都合だろう。仕方がない。
丸太を並べ終わったクロウは、ルーシオに向き直る。
「とりあえず、地上戦前提で……これは対象が複数いる時に使ってたんですけど、対象と対象の間を潜り抜けるか、対象の上を飛び越えるか、の二択です。どっちにしましょうか?」
両方やるとなると、犠牲になる丸太が増えてしまう。
どちらかを選べということらしい。これまた予算都合だろう。
(地上戦前提ってことは、空中戦もやってたんだろうな)
左腕は復活したが、相変わらず彼は隻翼な上に隻眼だ。空中戦は、絶対にできない。
単にオスカーが送って来なかった可能性も考えられるが、破天荒おじさんはそういうことしない気がする。恐らく、技術の方が追いついていないのだろう。
そしてルーシオは悩むことなく、選択した。
「……。間を潜り抜ける方で」
ロゼッタはちらりと天井を見た。修繕の後が、これでもかと残っている。
(飛び上がろうとすると、天井に刺さりそうになっちゃうからね……)
一体、何度やらかしかけたか。
どうにもこうにも上手くいかず、ロゼッタはいつか訓練場が崩れ落ちるのではないかとヒヤヒヤしている。
訓練所の存続という意味合いでは、ヴェルシエラの床に穴を開ける問題の方がいくらかマシだ。
「……」
クロウは両腕を前に突き出し、両サイドに複数のテグスを撃ち出して並ぶ丸太の真ん中を狙って全力で滑り込む。
後は、分かる。滑り込みながら腕を交差させて、前方に飛んだテグスを勢いよく腕に戻すだけだ。
それだけで、テグスの収束に巻き込まれた丸太は両断される。
まばたきすることさえ許されないような、そんな一瞬の間に両断された丸太が床を転がった。
「今回は丸太なのでまとめて斬りましたが、基本的には念動ありきで、最初からひとりひとりの首を狙って撃ち出しますね。
あと、障害物が多い場合は蜘蛛の巣のように張って、絡まったところを狙って奇襲することもありました。暗い場所なら、案外バレないです」
「おー……」
ルーシオは目を見開き、パチパチと手を叩いている。
これは、流石に諦めたのだろうか?
「言ったでしょう? これは念動ありきです。あまり参考にはならないかと」
「……」
これは真似できまいと、クロウは呆れた様子で腰に手を当てている。
対するルーシオは顎に手を当て、何かを考えているようだ。
「テグスじゃなく、鉄糸前提。後は最初の撃ち出しと鉄糸収束をどうにかできれば、俺でも行けるな。当たるとやべーから、腕の動作は逆にした上で、滑り込んだ後はバク宙で身体の向きを反転。
後は鉄糸がきっちり元の場所に戻るように調整。銃型じゃなくて、腕……いや、指に装備する形のが事故少ねぇかな。どのみち肘から下はガッツリ防御した方が良さそうだが」
「えっ?」
「銃撃つノリで、両サイドに鉄糸撃ち出して全力で滑り込めば、近いことはできそうだ。少なくとも、数を減らすくらいなら行ける。
全部は無理でも、数さえ減らせれば近戦も遠戦も負担減らせる……初動で俺が出れば良いな、これは」
「……え?」
クロウが割と本気で困惑している。
もはや、可哀想なくらいに困惑している。
「撃ち出しの最低初速は……後で計算してみるか。摩擦の問題もあるから、単純な話じゃねぇし。そこを考慮して……あと、滑り込みに必要な最低距離も必要か。長距離走りゃ良いってもんじゃねぇし」
「……」
気持ちは分かる。
これは困惑せざるを得ない。
何を考えているのか分からないレベルで、ルーシオがブツブツ言い始めている!
「鉄糸の長さは……あまり出せないだろうな。筋力強化前提だとしても、鉄糸使う時点グラム数がエグくなる。
そもそも“グラム”じゃ収まらないだろうな……なら、何メーターまで行ける? そうだな……」
グラムだのメーターだの言っているので、恐らく鉄糸の重さと長さの計算を始めてしまった。
鉄糸が向いているのではないかと言い出したのは自分とラザラスだが、何ならまだ喋っている。完全にゾーンに入ってしまった。
「対象の上を飛び越えるパターンも完全に無しではない、が……練習必須だな。最終的にはできるようになっておきたい。
大体イメージはできたから、行ける。何なら合わせ技ってのも……そうすれば重力が掛かるから……」
——ちょっと、怖い。
クロウは喋り続けるルーシオから少し距離を取りつつ、散らばった丸太を空間収納に片っ端から放り込んでいく。片づけが終わっても、ルーシオはまだ喋っている。怖い。
「……」
そんな彼を見ながら、クロウはポツリと呟いた。
「諦めねぇのは、流石に想定外だった……」
(正直わたしもそう思う)
それどころかクロウの実演を見ながら、その時点で何かしらの計算がスタートしていた可能性が高い。
鉄糸ではなくテグスが出てこようが、ひたすら念動が発動していようが、彼は全く諦めていなかったのだ。
(何が何でも戦いたいっていう、その意思は、悪くないと思うんだけど……)
正気に戻る気配のないルーシオはクロウに任せるとして、ロゼッタは彼らから距離を取ることにした。




