50.破壊の音
訓練場——ラザラスの療養中も時々訪れていたそこには、床や天井に修繕の痕が大量に残されていた。
「……」
基本的に訓練場に来ないエスメライとレヴィ、それからクロウが困惑している。
(その……ごめんなさい)
原因は分かっている。
ラザラスの訓練中にヴェルシエラかルーシオがきた場合、もれなく筋力強化の訓練が同時に始まり……そして床か天井の一部、加えて魔道具人形が大量にお亡くなりになるのだ。
あまりの惨状に本気でドン引きしているレヴィは、ひとりの男の顔を見上げる。
「ラズさん? あなたですか……?」
「俺じゃない! 俺じゃないぞ!?」
本当に何も関係ない人が疑われてしまった!!
(……ごめんなさい。ほんと、わたしのせいで)
ロゼッタはおずおずと手を挙げ、視線を泳がせた。
「わ、わたしです……わたしが、ルーシオさんとヴェルさんを、やりました……」
「殺人事件の自供みたいな言い方しないでください!!」
とりあえず、これ以上ラザラスに謎の疑いが掛かる前にさっさと事情を説明する。
レヴィは苦笑し、エスメライは何かを考え始め……クロウは、何故か不機嫌そうだ。
「そこ2人に戦闘訓練とか必要ねぇだろ。何やってんだ」
「ちょっと!」
ロゼッタは「頑張ってるのに酷い」と言い返そうとした、が——レヴィに耳打ちされ、踏みとどまった。
「クロウさんは、ルーシオさんとヴェルさんを前線に出したくないだけですよ。
だから訓練とかして欲しくないんですよ。あれでも心配してるんです」
「へーえ……?」
喧嘩になってはいけないと思ったのか、問題のクロウは既にラザラスに連れ去られている。
まさか彼も、嫌味をレヴィに通訳されているとは思うまい。
とはいえ、わざわざ言いはしないが、クロウの真意を知っても、ロゼッタの中で「嫌だな」という気持ちは変わらなかった。
(言い方、とかじゃなくて、何か嫌なんだよね……いや、やっぱり言い方かなぁ? 言葉キツいし)
心配してくれているのは分かったが、酷く突き放すような言い方をするのはどうかと思う。
そんなことを考えながら、ロゼッタは皆の元に向かう。
とりあえず、まずは壁際に座り、ラザラスとクロウのタイマン勝負を眺める流れらしい。
うっかり巻き込まれてもいけないので、妥当な判断だろう。
(いつの間にかラズさん、潜入装備になってるし……)
よくよく考えると、ラザラスは防具を身につけることを前提とした戦い方だ。
生身で刃物や銃弾に太刀打ちできる訳がない。
対するクロウは両手に木刀を持っている。元々は双剣使いだったのかもしれない。
「あー……流石に真剣使うのはダメだよねぇ……」
実際には裏で色々使っているとはいえ、戦闘においては筋力強化以外を使わない。
つまりクロウが得意とする、高速展開の空間収納や転移を利用した短距離移動も使わないということだ。
少しクロウのハンデが多いのではないかと思ったが、ロゼッタが何を考えているのか察したのだろう。隣にやってきたレヴィが、遠い目をして呟いた。
「何かの間違いでラズさんの腕とか足とか無くなるとボクら全員が困るんで」
「それは……そうですね……」
「ラズさんも普通に凄いので、ハンデさえあれば急所は取られないと思いますが……
それでも腕とか足くらいは、クロウさんが真剣使っちゃうと普通にバイバイしそうなので……」
「あはは……」
それは歴戦の男を相手に急所を取らせないラザラスが凄いのか、ハンデがあっても四肢切断は普通にやらかしそうなクロウが凄いのか。
……とりあえず、2人の勝負を眺めることにする。
「さっきも言ったが、オレは普通に左腕使うからな。もう何やっても構わねぇから、本気で来い」
「分かりました」
そういえばクロウは片腕で数多の屍を積み上げる男だ。
両腕があると、どうなるのだろうか。屍が倍になるのだろうか?
(『空間収納』使わない時点で出てこないの確定だけど、クロウには鉄糸もあるしね……)
普通に怖い。何が起こるのか分からない。
とにかくオスカーがとんでもないものを送りつけてきたことだけは分かった。
「……」
先に動き始めたのは、ラザラスだった。一気にクロウとの距離を詰め、その勢いに任せて脚を振りあげる。
空を切る一閃。クロウは左手に握った木刀でそれを軽くいなした。
左腕の義手は、まだ着けて間もない筈だ。しかし、それを感じさせないほどに、あまりにもスムーズな動きだった。
「あー……もしかし、て」
ラザラスはほんの少しだけ、引き攣った笑みを浮かべた。
「……クロウさん、左利きですか?」
義手の性能がとてつもなく良いのは確実だが、そうだとしてもクロウの動きが機敏すぎる。
ラザラスの問いに、クロウはほんの少しだけ煽るように笑った。
「おー、よく気づいたな。ま、両方使えるようにはしてたけどな」
「右利きだと思ってました……」
「だろ? 見抜かれてねぇ自信はあったからな」
会話はすれど、動きは止まらない。ラザラスの蹴りを受け流したクロウは、木刀を前にを突き出す。
対するラザラスは身体を捻って意図的に左腕の防具でそれを受け、距離を詰めた状態で右腕を振りかぶった——バキ、と乾いた悲鳴のような音がした。
「!?」
音の出所は、クロウが右腕に握っていた木刀だ。折れてはいないが、ヒビが入ったらしい。クロウはラザラスから目を離し、木刀を眺めている。
「おー……派手に行ったな……」
それなりに使い古した木刀ではあったようだが、そうだとしてもラザラスの一撃は相当に重かったようだ。
そしてロゼッタは、ちらりと魔道具人形を一瞥する。
(そりゃ、秒で壊すよね……)
ラザラスの殴打を受け止めた結果が、これだ。
クロウはクロウでそれなりに力を受け流してはいただろうから、最低限の火力で木刀にヒビが入ったということになる。
回避の術を持たない魔道具人形など、ひとたまりもないだろう。彼らの命は、儚い。
「す、すみません……」
至近距離にいたため、ラザラスは当然音に気づいたようだ。
彼は後ろに飛んで距離を取り、クロウに話しかける。
「どうします? 木刀変えます?」
「まー、古くなってたしな……つーわけで、今回は折る」
「折る!?」
どうやら、ちょうど真ん中の辺りが駄目になってしまったらしい。クロウは膝を使って木刀を折る。
その結果、彼が好んで使うサバイバルナイフくらいの長さになっただろうか。
短い木刀を逆手に持ち、クロウはラザラスに視線を戻す。
「さーて、やるかー」
「そうですね……その長さだと、俺が一気に不利になった気がしますけど」
そして、彼らは打ち合いを再開する。
ラザラスが間合いを詰めればクロウは右手の短い木刀で受け流し、クロウの反撃をラザラスが身体を捻ったり後方に飛んだりしてどうにか躱す、といったやり取りが繰り返されている。
(決定打ってやつが、出ないね。両方が防戦一方、というか……)
だが戦力が拮抗しているというよりは、両者が意図的にそうしているように見える。
いつ何が起こるか分からないだけにハラハラしてしまうが、あっさり終わらせないのは訓練なのだから当たり前か、とロゼッタは固唾を飲んで見守った。
激しい手合わせの末に、そろそろ終わらせようと判断したのだろう。
ラザラスはかなり低い姿勢でクロウの足元に滑り込み、彼の両足を払った。体勢を崩したところを見計らい、両手で床をついてクロウの身体を蹴り上げようとした——しかし、彼に蹴り上げられたのは1本の木刀だけだった。
「はー……やっぱお前に体力勝負仕掛けられっと、しんどいなぁ」
「……。普通に喉元に木刀突きつけときながら、それはないですよ」
座り込んだラザラスにギリギリ覆い被さらないような体勢で、クロウは彼の喉元に短い木刀の切先を突きつけている。
どうやら足払いをどうにか耐え凌いだうえで、左手に持っていた木刀を犠牲にしたらしい。
しばらく宙を舞った後、カランと乾いた音を立てて床に転がったそれは変な方向に折れ曲がり、大量にささくれを出している。
(ただでさえ……片方は力技で半分にされてたのに……)
これはもう、両方とも燃えるゴミ行きだろう。可哀想に。
ロゼッタは無惨な姿と化した2本の木刀に本気で同情した。
ひとまず、打ち合いは終わったようだ。クロウは左手を握ったり開いたりを繰り返している。
起き上がったラザラスは、その左腕を見ながら口を開いた。
「それ、どうなんですか?」
「んー、そうだな……8年無かったもんが急に生えただけに、感覚掴むのにはちょっと時間掛かりそうだな。だが、握力も動作も問題無さそうだ。普通に木刀振り回せたしな」
「まあ、一気に勝てる気しなくなりましたし……」
「ハンデありきとはいえ、完全な体力勝負で来られたら両腕あろうが勝てねぇよ。痛感した。
……しかしお前はお前で、全然身体鈍ってねぇな。3ヶ月大人しくしてたようには感じなかった」
そのやり取りを見ながら、ロゼッタは密かに考える。
(療養中も散々ここで暴れてたもんね、ラズさん)
この後は違う訓練をしたいところだが、とりあえず危ないので木刀(だったもの)たちを先に拾うか、とロゼッタは腰を上げた。
(それにしても、体力勝負ならラズさん勝てる可能性あるのか……そもそもクロウは奇襲型だもんね、微妙に土俵違いというか……)
ラザラスは体術使いだ。短期決着を狙いには行くが、どうしても一撃で致命傷を負わせられないケースも多い。必然的に、体力が必要となる。クロウとは基本の戦術が異なるのだ。
訓練の様子を思い出しながら、ロゼッタは半分になった木刀を拾い、次は派手に折れ曲がった木刀の元に向かう。
(うーん、ひどいなぁ、これ……)
苦笑しつつ、転がっていた木刀に手を伸ばす——その瞬間、胸の奥がひゅっと冷えた。
『痛い! 痛い! やめて……っ!』
『ちゃんと言うこと聞きます! 聞きますからぁ……! お願い、殴らないで……!』
頭の中で、砂嵐のような雑音が響く。
雑音と共に聞こえてくるのは、泣き叫ぶ誰かが、許しを乞う声。
(そういえば……なれ果て見た時にも、ボロボロの女の人たちを見た時にも、似たようなことがあったっけ)
頭が、微かに痛む。
何故か、身体が震えた。
嗚呼、これは一体、誰の声だろう。
考えても、考えても考えても、分からない。
(何も、分かんない……)
そうして、しばらく動けなくなっていると、目の前に転がっていた木刀がひょいと取り上げられた。木刀の持ち主であるクロウがやってきたらしい。
「おい、ロゼッタ。それ寄越せ」
「あ……うん……」
「……」
半分になった木刀を渡せば、クロウはロゼッタの顔を覗き込み、眉をひそめている。
眉をひそめてはいるが、不機嫌そう、というよりは真剣に心配して、何かを考えているように見える。
あまり見たことのない表情な上に顔が近いため、普通に驚いた。
「な、何!?」
声が裏返ってしまった。
クロウは苦笑し、ロゼッタの髪をわしゃわしゃと撫でる。
「ちょっと! 何すんの!!」
「オレの杞憂なら良いんだが……もし記憶が怪しいなら、無理に思い出そうとすんなよ。
そういうのは、時間が解決するもんだからな。良いな?」
ロゼッタだけに聞こえるくらいの声でクロウは囁き、ひらひらと手を振って皆の元に戻って行ってしまった。
ボサボサになってしまった髪を解きながら、ロゼッタはその背中に視線を向ける。
(無理に、思い出そうとするな……か)
そういえば、出会ったばかりの頃にエスメライも似たようなことを言っていた気がする。
言われてみれば——確かに、記憶が怪しい気がする。
(でも……怪しいってことは、たぶん、そんなに重要な記憶じゃないってことだと思うんだよね。なら、大丈夫かな?)
重要な記憶ではないなら、このまま放置しても問題ないだろう。
ロゼッタは微かに痛む頭のことは気にせず、皆の元へと走っていった。




