49.バレた。-2
おっさん案件のことは、一旦置いておこう。
ロゼッタは他のメンバーの様子をちらりと見つつ、クロウに近づいていく。
「まあ良いや。魔力あげるから、手出して」
やはり、無理矢理捕まえようとする気配はない。これはもう、大丈夫だろう。
仮に捕まえに来ても、逃げる。そもそもクロウがこうなっている時点で、勝ち筋はこちらにある。
「……」
クロウの前に、立つ。
立ち上がれないようで、彼はこちらを見上げている。少し、珍しい光景だ。
(うーん、しんどいんだろうなぁ……)
彼の前にしゃがみ込む前に、とりあえず、軽く頭をしばいておいた。
「ッ!? はぁ!?」
「意味分かんない無茶するから。今、クロウから全然魔力、感じないし」
「まぁ、空に限りなく等しいけどな……」
しばくという目的は果たした。
というわけで、ロゼッタはクロウに右手を差し出す。
「あ、今まで通り右手で良いのかな? “左手”の方が良い?」
「いや、右で頼む。左に流したところで、オレの身体には入ってこないからな」
遠くから見ていた時点でなんとなく気づいていたが、今のクロウには左腕がある。
黒い手袋で隠されてはいるが、義手の類だろう。
おっさん案件とのことだったため、カイヤナイト公国から義手が送られてきたのだろうか?
差し出された右手を取れば、とんでもない勢いで魔力を吸われる。
どうやら様々な魔術を併用して使っているらしい。いつものことだ……が、
(あれ? この術使ってるのは、初めて見たかも……)
詳細を聞いてみたい気持ちはあった。
だが、まずはこの言葉を掛けるべきだろうと判断し、ロゼッタは口を開く。
「良かったね、上手く行ったっぽくて」
「まあ、そうだな……特に異常はねぇんだけどよ……なあ、マジで大量に持ってって良いか?」
「良いよ。好きなだけ持ってってよ」
「……助かる」
魔力切れで、意識が飛びかけているのかもしれない。かなりギリギリのラインを攻めて、ロゼッタを引きずり出したようだ。そこまでしなくても!
(今回、変なのが強く掛かってるもんなぁ)
それもそうかと、ロゼッタは苦笑した。
そして、義手を指差して問う。
「そのー……それ、痛いの……?」
「……」
クロウが、黙ってしまった。
返事を要求しようかと思ったが、珍しく彼の方から話し始めた。
というのも、もはや“隠せていない”のだ。
「あのな、あるもんが無くなるのもキツいが、無くなったもんが生えるのもキツい。覚えとけよ」
「お、覚えるまでもなく普通にそうだと思う……」
相当なパワーワードが返ってきてしまった。
とりあえず、凄まじく痛いことだけは分かった。
「えっと、痛覚どうにかするやつ……そうだ、水属性の『遮覚』だっけ。もう隠してすらないじゃん」
「隠したくても魔力が足りねーんだよ、断崩霊を使う必要もあったしな。
んで、このザマだからな。他にもあれこれ掛けてる」
「うん……もう好きなだけ魔力持ってって良いからね……」
術後2日目。
よく考えれば、まだその程度しか経っていない。
クロウの体質を考えれば、いつも以上に強く体魄強化と耐久強化が入っていることだろう。
(ん?)
……それに気づいた瞬間、ロゼッタは後方にいるエスメライに目を向けた。
「あの? 近日中になんかあるって言ってませんでした?」
エスメライはびくりと肩を震わせ、視線を泳がせている。そして彼女は、声を震わせた。
「きゅ、急に、さぁ……急ぎの案件が入ってきちゃって……待てても、明後日まで、というか……」
本当にこの組織の戦闘員不足はどうにかならないのか!?
クロウもそうだが、割と最近まで顔から包帯が取れなかった男ことラザラスに対する仕打ちも酷すぎる!!
エスメライどころか、ルーシオとヴェルシエラも気まずそうにしている。
おずおずと手を挙げ、口を開いたのはヴェルシエラだ。
「アタシがGOサインを、出したのよ……流石にレヴィちゃんとアナタありきの作戦ではあるんだけどね……それもあって、今日で“かくれんぼゲーム”は終わらせようってなって」
「あー、なるほど? わたしの慢心防止的な奴ですね。だから完全に不意打ちで来たんですね?
分かりました、行きます。色んな意味で心配なんで」
「ごめんね……」
……確かに、自分が規格外な自覚はある。自覚はある、が。
出会って半年以下の人間に何度も縋りつくのは、いくらなんでもどうなのだろうか?
悲しくなってしまったため、これ以上は追及しないことにする。
ロゼッタは首をゆるゆると横に振るった後、ルーシオに声を掛けた。
「ところでルーシオさん? 一応聞くんですけど、前の約束の件はどうにかなったってことで良いんですよね?」
これで「どうにもなりませんでした」と言われたら笑うしかないが、念のため確認しておく。するとルーシオは親指を立ててみせた。
「クロウ以外は検討すらなく残留OKの返答が出たぞ。大丈夫だ」
「あー、良かったー……って、えっ!?」
絶賛魔力贈与中の男だけが反対していたらしい。
問題の男を見ると、ふてくされたように顔を背けられた。
「……。言ったろ、オレは認めねぇって」
「この状況で!?」
「ああそうだよ! 認めねぇけど、認めたく、ねぇけど……! 認めるっきゃなかったんだよ!」
流石に可哀想になった。
やめよう、この件に触れるの。
(そもそも体魄強化案件だけで、エスラさんやレヴィさん辺りは残留認めてくれた気がするし……そりゃ、本人“は”嫌だろうね)
そしてクロウはクロウで1対4という数の暴力で押し切られたに違いない。
さぞかし認めたくなかっただろう。可哀想に。
そんなことを考えていると、レヴィがラザラスと何か話をしている。
聞き耳を立てると、どうやら訓練場の使用に関する話をしているようだった。
その会話内容がクロウにも聞こえていたようだ。
ロゼッタの顔を一切見ようとしない彼は、ラザラスの方を向いて声を掛ける。
「ラザラス! 問題無ければで良いが、近戦訓練に付き合ってくれ」
「えーと……」
ラザラスはクロウの右翼を見ていた。
あれは、どうあがいても誤魔化しようが無いレベルの大怪我だ。当然、気になるところだろう。
「その、右翼がガッツリ固定されてますけど……」
「気にすんな。痛みはねぇし、動いたところでどうせ使わん。だから、気にせず全力で来てくれ」
「えっ!? 良いんですか!?」
「その代わりオレも左腕使うし、魔術も『筋力強化』だけは使わせてもらうけどな。義手の動作確認も兼ねて、現場行く前に1回きっちりやっておきたい」
ロゼッタは、ラザラスが訓練場で魔術の使用を禁じられていることを思い出す。
厳密に言えば使うこと自体は構わないのだろうが、彼の場合は相手がいないのだろう。
秒で破壊してしまうせいで魔道具人形を相手にはできないし、レヴィはそもそも土俵違いだ。
そして魔道具人形使用禁止令に関しては、クロウも同様だ。
彼もラザラス待ちをしていたのだろう……下手をすれば、ここ数か月の間。ずっと。
(く、訓練すらまともにできない組織って……! 大丈夫なの、これ……!)
——悲しい。
ロゼッタはルーシオとヴェルシエラを見る。
ラザラスたちの訓練を見にいくついでに、彼らと筋力強化訓練をしよう。
幸いにも、意見が一致したようで、彼らは即座に頷いてくれた。
彼らはロゼッタ以上に戦闘員不足を気にしているはずなのだから、無理はない。
そんな無言のやり取りをしていると、レヴィがニコニコ笑いながら手を叩く。
「いっそ全員で行きますか? 距離も近いので、ボクの『転移』で全員まとめて飛べますよ」
「全員!? 今、7人いますよ!? 行けます!?」
「えへへ、『転移』と『念動』の精度だけは誰にも負けませんよ!」
クロウがオールラウンダー型なら、レヴィはとんでもない特化型だ。
例には挙げていなかったが、彼女には魔装弾もある。苦手とする戦場が多いだけで、逆に彼女にしかできないことも多いだろう。
(あ、そうだ。レヴィさんが良いって言ってくれたら、試してみようかな……レヴィさんの魔力操作の精度を考えたら、“行ける”ような気がするんだよね)
唐突にレヴィとのタッグ方法を思いついたが、優先順位はルーシオとヴェルシエラの方だ。そちらが終わったら、声を掛けてみよう。そう思いながら、ロゼッタはレヴィに手を差し出した。
「まだ行けそうです。魔力どうぞ」
「……。本当にとんでもない魔力量ですよね……」
「いえいえ。その……今まで得てきた情報を前提に考えたら……とんでもない化け物なんじゃないかなーって人、いますし……話したことは、ないですけど……」
「あー……」
宝竜祖な上に、恐らく黄金眼。
とんでもない組み合わせの青年が、割と近くにいる——勝てる気が、全くしない。
(早く目を覚まして欲しい、けど……怖くも、あるんだよね)
彼が目を覚ました時。
何かしら事件が、起きるのではないか。そんな不安が、じわりと湧いてくる。
(……。こういうことは、口に出すべきじゃない)
何も考えていないように、早く訓練場に向かいたがっているように、ロゼッタは振る舞う。
幸い、誰も指摘してくることはなかった。
そうしてロゼッタを含めた7人は、訓練場へと飛んだ。




