48.弱き者の懺悔-2
とにかく、ロゼッタが目を逸らしてはくれない。
この状況下だからこそ「目を逸らしてはいけない」とすら思っているのかもしれない……自分の、ために。
(俺だったら、もう逃げてるよ。この状況に耐えられない……情けないけどさ)
ラザラスは、自分が嫌いだ。
ありとあらゆる意味で、本当に、大嫌いだ。
その中でも、最も嫌悪しているのはすぐに“逃げ”の姿勢に入ってしまうことだった。
逃げを通り越して、油断すると、誰も寄せつけないように、全てを拒絶して引きこもってしまいそうになる。引きこもりたい、という思いが浮上する。
そうすれば、誰かを傷つけることも、これ以上、自分が傷つくこともないからだ。何も、考えなくて良いからだ。
楽な方向に流されそうになる、流されたくなる気持ちを……普段はどうにか、抑え込んでいる。
——それをしてしまえば、今度こそ全てが終わってしまうからだ。
「……」
この手の話をしていると、どうしても思い出してしまう。
3年前に起きた、ジュリアスの事件。
自分だけは、彼を助けられる可能性を持っていた。
それなのに、肝心な場面で動けなかった……こうなったのは、すべて自分のせいだ。
もはや、自分自身を軽蔑することしかできなかった。
「……」
いつの間にか、ロゼッタが隣にやってきていた。
彼女は、何かを確かめるようにラザラスの顔を覗き込んだ。
「ラズさん」
興味本位で、それをしたのではない。声を掛けてきたわけではない。
彼女の動作は、彼女なりに考え抜かれて行動したと分かるほどに、特別に、慎重なものだった。
「その……今、何かに怯えてますか?」
「ッ!」
——隠せないな、と思った。恐怖心を、見抜かれた。
そもそも、ロゼッタは他者の負の感情に敏感なのかもしれない。
もし、そうだとすれば。負の感情に支配されている自分とは、あまりにも相性が悪い。
(全部、話してしまおう。いっそ、これで嫌ってもらえるなら……愛想を尽かされるなら……その方が、良い。その方が、ロゼの負担にはならないだろうから)
隠すことを諦めたラザラスは、いつの間にか強張っていた肩の力を抜く。
そしてぽつりと溢すように、言葉を吐き出した。
「……2時間、だったな」
「2時間……?」
「ジュリーが俺に助けを求めてから、俺が助けに向かうまでの時間だよ。せめて1時間前に助けられていれば、こんなことにはなっていなかったって医者には言われたよ。
……ジュリーは、そのタイムリミットの4時間前には、俺に助けを求めてくれてたのにな」
流石のロゼッタも、これには顔色を変えた。
それでも、彼女は目を逸らさない。
「行けなかった理由があったんでしょう? それはもう、どうしようもないじゃないですか」
「ああ、そうだな……厳密には、気つけなかったんだ。さっき、俺が諸々の真実を知った話、したろ?
その結果、誰とも話したくなくて、引きこもって……全然関係ないジュリーとアンジェすら、拒んでしまったんだ」
拒んでしまったのは、2人とも自分たちの正体を隠していたから。
それゆえに定期的に生じていた、会話の不自然さが理由だった。
そんな些細な秘密すら許せないくらいには、誰のことも信じられなくなっていた。
情けないな、と思い……声が、震える。
「端末の電源も、ずっと切ってた。だから、ジュリーは郵便受けに手紙を突っ込むっていうアナログなことをやるようになってさ。
最後の手紙であいつは自分の正体を明かしてくれて、それを読んでから、端末に電源を入れ直して……その頃にはもう、手遅れだった」
懐から、画面が割れたスマートフォンを取り出す。
今はもう、使っていない端末だ。
だが“あの日”以来、誰からも連絡が入らないと分かっているのに。
それでもラザラスは、この端末を持ち歩くことをやめられなかった。
「……」
「勝手に聞かせるなんて、酷いとは思うんだけど……あえて、それをしようと思う」
ロゼッタの視線を感じながら、ラザラスは息を吸い、震える指を迷わせてから……再生ボタンを押した。
ザザザ、という雑音の後、留守番メッセージに残された、弱々しいジュリアスの声が、聞こえる。
『多分、もう……会えないから、先に言っとくね……ごめんなさい、アンタの過去、調べちゃった。
それで、やっと分かったよ……何で、変に距離取られてるのかって。そりゃ、そうだよね……オレだって、それは同じだったんだから。お互い様、だよね……』
複数回きていた、ジュリアスからの着信。
その最後に残された、悲痛な言葉。
案外見栄っ張りな彼らしくない、酷く震えた声だった。
『アンタのこと、もっと信じて、勇気を出して、踏み込めば良かったんだ……今になって、本当に後悔してる。
……ッ、アンタみたいな人が、閉じこもったままなんて勿体ないよ。そこから引っ張り出す手助けができたらって、できれば良かったのになって……今になって、思うんだ……』
ジュリアスが、堪えきれない嗚咽を漏らす。
ひっくひっくと涙を溢し、それでも懸命に声を絞り出しているのが分かる。
叫ぶような、必死に訴えかけるような声だった。
『ッ……困った、な……むしろ、さっさと……消えたい、くらいだったのに……こうなると、未練しか、ないや……』
この音声を初めて聞いた時には分からなかったが、録音の最中、ジュリアスは全身に回った毒と抵抗した際に付けられた数多の傷、そして両足が朽ちていく絶望感に耐えていた。
よくここまで、意識を手放す瞬間まで理性を保ちきったと思う。
それが、彼の強さだ。
その手を取ることができなかったのは、自分自身の、弱さだ。
『ごめん、ごめんね……っ、最後まで、迷惑かけて、ごめん……それでも、あえて、言わせて欲しいんだ……ごめん……たす、けて……助けて、ラズ……』
絞り出した言葉の最後に響く、酷く苦しげに咳き込む声。
最後に微かに聞こえた乾いた音は、彼が端末を手放した音だろう。そして、そこでメッセージは途絶えた。
「その……ジュリーさん、は……」
ジュリアスは、どうなったのか。
ロゼッタの瞳が、隠しきれない恐怖で揺らぐ。
ラザラスは端末を懐に戻し、自分自身を落ち着かせるために……長く、本当に長く、息を吐き出した。
「位置情報も一緒に送られてきてたから、それを元にジュリーを見つけ出すことはできたよ。でも致死量の毒を投与された影響で、ジュリーの身体は既に、色んな部分が壊れかけてた。
何ヶ月も油断出来ないような状態が続いて、今年になってやっと落ち着いてきた……ってところだな……むしろ、生き残ったのが奇跡だと、思う。
流石にここまでは勝手に話すべきじゃないと思うから、詳細は言わないけど……見た目に影響が出るくらいの、重症……だったんだ」
意図的にしばらく聞かないようにしていた音声を聞いたせいだろうか。
身体が、酷く震える。
感情が、溢れそうになる。
「俺が、メッセージの存在に早く気づけていれば、電話に出ることができていれば……こんなことにはなってなかったのに、さ……」
自分はあまりにも、救いようがないような人間だ。
誰1人として救えない自分が、本当に、本当に許せなかった。
自分はどうしようもない人間だと、分かっているのに。
だからもう、“大切な存在”を増やしたくなかったのに……それなのに。
「……ッ」
丸い、大きな青色と目が合う。
その瞬間に、胸の内に秘めていた言葉が、零れた。
「正直、俺は……っ、君を相手に、これを繰り返さない自信が、全くない……怖い、怖いんだよ……っ」
とてもではないが、歳が離れた少女に聞かせるような話ではない。彼女に聞かせるには、重すぎる。
せめて涙は流さないように、これ以上、彼女に負担をかけないようにと、ラザラスは手の甲に爪を立て、奥歯を噛み締める。
ロゼッタは最初こそ顔色を変えていたものの、冷静に最後まで話を聞いていた。
ラザラスにとって永遠にも感じられるような間の後、彼女は口を開く。
「ジュリーさんの件は、事故ですよ……絶対、こんな言葉じゃ納得できないでしょうけれど」
「……」
つい、黙り込んでしまった。
それを見て、何かしら思うところがあったのだろうか。
「大丈夫ですよ」
優しく微笑み、ロゼッタは自身の小さな手を、微かに震えるラザラスの手の上に重ねた。
「わたし、自分のことは、自分で守れますから! わたしは魔術が得意って知ってるでしょう?
これでも、勉強も頑張ってるんです! もっと役に立てるように、なりますから!」
ロゼッタはニコリと笑ってみせる。
それは本心からの、笑顔だった。
綺麗な赤い髪が、彼女の動作に合わせて、揺れた。
(ああ……そうか)
その愛らしい姿を見て。
ラザラスは、気づいてしまった。
『ッ、何が大丈夫だって言うんですか!!』
彼女は、人のために泣ける子だ。人のために怒って、一生懸命になれる子だ。
どこまでも純粋な、優しい少女だ。
だからこそ……やはり、突き放すべきだと、思う。
『オレの考え過ぎか、一時の気の迷いなら、それはそれで良い』
数時間前のクロウの言葉が、脳裏を過る。
『だが、本気になるなら。マジでそいつの権利は尊重してやれよ……頼むから』
警告されてしまった。
それは彼だからこそ、出てきた言葉だった。
そして、あの時。
ラザラスは何も言い返せなかった。
(……権利の尊重、か)
しかし、もはや権利云々の問題ではない。
ロゼッタは、そもそも本気になってはいけない相手だ。自分ごときが手を伸ばしては、ならない相手だ。
(こんなにも純粋な子と、俺が一緒にいるのは駄目なんだ)
心に大きな傷を抱えながらも、それでも笑って、明るく生きようとする姿に。
懸命に誰かを助けようと、ひたむきに手を伸ばし続ける彼女の愚直さに、その優しさに。
どこまでも真っ直ぐな、彼女の芯の強さに……心の底から、惹かれてしまった。
「ラズさん?」
黙り込んでいたせいで、心配させてしまった。
咄嗟に「大丈夫だ」と言えば、彼女は微笑んでくれた。
(……もう少し、もう少しだけ、甘えさせて欲しい)
彼女の、無邪気な笑顔が好きだ。
だからこそ、その笑顔が崩れてしまうのが、どうしようもなく怖かった。
傍に、いて欲しい。
でもそれ以上に、彼女には幸せになって欲しかった。
(君が、望む日が来たら……その時は、ちゃんと手を離すから。笑顔で、君の背を押してみせるから)
だから、どうか。
どうか最後まで、彼女が笑っていられますように。
——願わくば、俺が彼女を送り出す……その時まで。
別名『生きるの下手すぎる奴選手権』こと、第2章『黙した傷の在処、語らぬ思い』完結です。
章は完結しましたが、全員生きるのは変わらず下手です。
実際に投稿してみて、その結果、びっくりするほどに長かったです。ちなみに第3章も長いです。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
もしよろしければ、評価等、入れていただけますと励みになります。
第3章もよろしくお願いいたします。




