47.真実の輪郭-2
とりあえず、テーブルを挟んで向かい合わせになる形で、話を聞くことにする。
「……。よし、話すかー……まずは俺の意味不明過ぎる戸籍の真実について……」
「あ、ずっと気になってたやつ……」
ようやくラザラスの謎国籍の真相が分かるらしい。
ロゼッタはつい、背筋を伸ばしてしまった。
「大前提。俺、ドラグゼンに2回誘拐されてんだよな。1回目が産まれたばかりの頃で……」
「へぇ……って、えぇ!?」
——いきなり、とんでもない爆弾発言が飛んできた。
2回目についても気になり過ぎるが、そのうち話してくれそうな気配があるので放置する。
「ほら、よく考えてみて欲しいんだけどさ。俺、混ざってる血が意味不明すぎるだろ? 竜人ハーフのヒト族と獣人族のクォーターだからな。もう無限の可能性があったわけだ」
「ま、まぁ、そうですけど……特に竜人族の血が濃かったら、嫌な言い方しますが、商品的価値が出てきますからね……」
「だろ? というわけで試しに誘拐してみたけど、ふた開けたらポンコツだったから捨てられたわけなんだけどさ」
「なるほど……って、何なんですかそれ!? 最低!!」
そもそもドラグゼンがやっていること自体が“最低”なのだが、それは一旦置いておく。
「田舎だから見つかりにくいって判断されたんだろうが、俺はこの町の近くの雑木林に捨てられてたらしいんだよな……で、見つけて拾ってくれたのが、マクファーレンの方の母親な」
「育て親の方の……」
「そうそう。で、母さんなんだけど……なんか、ちょうど婚約破棄されたばかりで、落ち込みながら気分転換に雑木林を歩いてたら……俺が、落ちてたらしくて……」
(ん?)
違和感を、覚えてしまった。
何か、おかしい気がする。主にその後の流れが。
「はは……」
ロゼッタが何を考えているか察したらしいラザラスはため息を吐き、目線を下にやってしまった。
「拾ってもらったこと自体は、感謝してる。そうじゃなきゃ確実に俺は死んでたからさ。でも……母さんの、この事実だけは。
拾った子どもを警察に届け出るでも保護施設に渡すでもなく、しれっと育て始めた奇行だけは……どうしても、どうしても理解できなくて未だに反応に困ってる……っ!」
「あ、あー……」
婚約破棄のショックで、おかしくなっていたのだろうか。
ラザラスを拾ったこと自体は圧倒的ファインプレーなのだが……色々と、おかしい。
(ユーフェミアさんは、とにかく子どもが欲しかったのかもしれない。うん、きっとそう!)
おかしい。これに関してはもう、フォローのしようがない。
ロゼッタはとりあえず、そう思うことにした。
「……」
ラザラスも同じように「とりあえず」で流すことにしたようだ。
「母さんの奇行については置いとくとして……実の両親はどうにかこうにか俺のこと探してたみたいなんだ。
23年前の時点でドラグゼンはもう、この国に狙い定めてたらしいから、たぶんグランディディエだろうと。
探しに探して、俺が生きていたことが分かって……そして実の両親は知るわけだ。か、母さんの……奇行を……!」
「ああぁあ……」
……流せなかった。
ラザラスはどうにか育ての親を庇いたいようだが、こればかりはどうにもならないようだ。
とてつもなく困っている。これでもかと困っている。もう仕方がない。ユーフェミアが奇行に走ったのは否定のしようがない。
「そ、そうだな……アークライト夫妻の方の話をしようかな」
一拍置いて、沈黙が落ちた——ここからが、本題らしい。
「どうもさ、2人が俺を見つけた時点で、探し始めて6年が経過してたらしいんだ。要は、遅かったんだ。
今さら母さんから引き離すのも違うし、当時のステフィリオンって相当な劣勢だったらしくてさ……だから、2人は諦めたんだ。俺を引き取ることを」
「……」
探しに探して、やっと見つけた自分たちの子ども。
しかし、自分達が置かれている状況ゆえに、共に暮らすことは叶わなかった。
アークライト夫妻には、そんな残酷な道しか残されていなかったのだ。
「その代わりに、退役してこっちに来てたヴェルさんに俺を託したんだ。謎国籍が生えたのもこのタイミング。息子を国籍不明状態にはしないようにって、頑張ってくれたんだと思う。
だから、俺の国籍はグランディディエなんだよね。母さんがグランディディエ人だったから、それに合わせて」
「そう、だったんですね……」
「だから正直、実の親のことは全く分からないんだ。何なら『父親は子どもと母親を捨てて出て行った』なんて設定組まれて、
しかも俺は3年前まで純粋にそれ信じてて……色んな意味で、本当に申し訳ないって……思ってる」
そう言って、ラザラスは自嘲的に笑う。
何か言いたかったが、何を言っても彼には届かない気がして、何も、言えなかった。
「……それで、さ」
話を続けるために、ラザラスが息を吸う……何故だろうか。少し、嫌な予感がした。
「俺が俳優を目指したのは、自分を捨てた父親を、見返したかったからなんだよ。母さんが亡くなって、この先どうしようって考えてた時にスカウトされて……ああ、この手があったかって、思ったんだ。
俺の容姿は何がどう考えても父親譲りだろうし、珍しい見た目してんのは昔から自覚あったし……俺もあの頃は本気で調子に乗ってたから……まあ、『行けるだろ』って、思ってたんだ」
(こ、これ……!)
申し訳なさが、込み上げてしまったのだろう。
本人は無意識だろうが、今度は本当に自棄になってしまっている。これ以上、話させてはいけない。
そう判断したロゼッタは、テーブルに身体を乗り上げ、物理的にラザラスの口に軽く手を当てた。
それで、ラザラスは正気に戻ったらしい。彼はどこか、悲しげに笑った。
「……ごめん。普通にやらかしかけた」
「いえ……」
酷い事実を、聞いてしまった。
彼には、天性の才能があった。それは誰の目から見ても明らかだった。
しかし、彼自身が俳優を目指した動機が、あまりにも残酷だった。
父親に、捨てられた。
それは、実の両親が、彼を愛したがゆえに生まれた嘘。
だが、その嘘さえ無ければ——ラザラスの、6年前の悲劇は恐らく存在しなかった。
「……」
うっかり自らトラウマを刺激しかけたラザラスは何度か深呼吸を繰り返し、再び口を開く。
「これだけは話しておこうかな。2度目の誘拐は3年前。理由は俺が、アークライト夫妻の子どもだから。まさか生きてるとは思わなかったみたいでさ」
当たり前だ。
雑木林に捨てた赤子が、簡単に生き延びられるはずがない。
(発見が遅れたのは、ユーフェミアさんが謎の行動起こしたのが理由だろうな……警察とか保護施設に行ってたら、その瞬間にラズさん殺されてそう……)
とにかく、ラザラスが生きていたと知り、ドラグゼンは急いで彼を始末しようと動いたのだろう。3年前ならば現ステフィリオンの活動が活発化していた頃だろうから、なおさらだ。
「助けにきてくれたのが、クロウさんとレヴィ。流石に両方とも見た目は変えてたけど……まあ、案外分かるんだよな。2人が喫茶店の従業員に擬態してた頃に、何度も出会ってるし」
普通に生きていた筈のラザラスが一体どこでステフィリオンという組織を知ったのかと思えば、とんでもない出来事が絡んでいた。
間一髪助けられたことには安堵したが、結果的に彼は「知らなくて良いこと」を知る羽目になってしまったのだ。
「……で、これは当然知ってるだろって思ってたエスラさんたちと、俺を思って全てを秘匿してたヴェルさんがすれ違っただけだから、一切恨んでないんだけどさ。
そのタイミングで俺、知っちゃったんだよな、実の両親の話。絶対に君もさっき、考えたと思うけど……実は俳優を目指す意味なんか、最初から無かったんだよ」
恐らく、彼はエスメライかルーシオの口から真実を聞いてしまったのだろう。
エスメライたちからしてみれば『両親が旧ステフィリオンの戦闘員』というクロウの前例が既にあるため、事前にヴェルシエラが口止めしていなければ話してしまうのも無理はない。
そして、本来であれば口止めをする必要性が無かった案件ゆえに、ヴェルシエラが根回しをしていなかったことも納得できる。
何なら彼は、ラザラスが俳優を目指した動機を知らなかった可能性すらある——ラザラスもわざわざ、そんなことは言わないだろうから。
(でもラズさんからしてみれば、最悪の知り方だよね。知りたく、なかったよね……)
誰も、悪くない。
ただ、どうしようもなくすれ違ってしまっただけだ。
「ラズさん……」
ゆえに、上手く言葉が出ない。
それでも、どうにかロゼッタが続けようとした、その瞬間……ラザラスの瞳が、音もなく冷えた。
「……。そろそろ、君に嫌われそうな話でもしようかな」
そう言って、彼は“笑う”。
ひどく、静かに。
(え……?)
その笑顔は、どこまでも空虚なものだった。




