47.真実の輪郭-1
墓参りが終わり、今から隣町の“ロウリエ”に向かうらしい。
もう一度電車に乗るのかと思えば、ラザラスはこれでもかと運動神経チートを発揮し始めた。
(わ、わわ、わーっ!!)
まずスタートの時点で駅近くの塀に飛び乗り、迷いなく反対側へ跳ぶところから始まった。そこからは屋根、塀、裏路地を渡り歩くように移動していく。
彼が地面に叩きつけられるのではないかという不安が、常にまとわりついている……普通に、怖い。
ひょいひょい、と効果音がつきそうなほどに軽くこなしているが、その一歩ごとに大きく高度が変わっていき、ロゼッタの胃はひっくり返りそうになる。
向かう場所は彼の“実家”だというのに、これではまるで警察から逃げる犯罪者のようだった。
ラザラスはフェンネル州でもやたらと裏道を選んで歩いたり、屋根の上を走る癖があったが、流石にここまででは無い。
『け、怪我しません……!?』
何だかラザラスが自棄になっているような気がしてきて、ロゼッタは影の中からラザラスに『精神感応』を送った。
しかし、ラザラスはくすりと笑ってみせる——当たり前のように、塀と塀の間を、飛びながら。
「これくらいなら、全然平気。昔、よく遊んでたんだ」
『どんな遊びですか!?』
田舎は娯楽が無いと言うが、だからと言ってこんな危険な遊びに手を出さなくても!
全力で困惑するロゼッタのことは気にせず、ラザラスは屋根の端で一瞬だけ溜めを作る。次の瞬間、崖の縁に近い塀へ飛んだ。
(えぇええぇえ!?)
とんでもない浮遊感。しかし、目的地は定められていた。
少し離れた場所にある、民家の裏庭だ。茂みで落下の衝撃を弱め、くるりと前周りして立ち上がる。
『死ぬ気ですかね!?』
「いやいや、平気平気。ただの近道だよ。ほら、茂みあるから大丈夫」
『茂みあるから大丈夫はおかしいですって! 茂みはそんなに万能じゃありません!』
隠れる云々の前に恐らくこの男、墓地から家に帰る時は基本的にこのルートを使っていたのだろう。
人に見つからないように早く移動したいのは分かるが、やっていることがとんでもない。化物か、とロゼッタは息を呑んだ。
「パルクールって奴なんだけどさ。昔、海外の動画見て、面白そうだなって思って……やってみたら普通にできたから、それ以来、適当に遊ぶようになった」
コンビニに行くような感覚でサーカスの曲芸みたいなの成功させないで欲しい。
『その、ラズさんの運動神経、すごいですよね』
「俺の場合はたぶん、遺伝子的なものが関わってこうなってるんだろうから、今でこそ“おかしい”って自覚してるけど、当時はそうでも無かったからな……当時、俺の真似した人間が複数人大怪我したんだよな」
『えっと……死者出なくて、良かったですね』
「まあ……俺もそう思う」
外見が良い上、スポーツ万能で頭脳明晰なラザラス。
この田舎町では、さぞかしモテたはずだ。
言い方は悪いが、選り取り見取りの選びたい放題だったに違いない。
当時は決して奥手ではなかっただろうから、友人も多かったのではないかと想定される。
(あんまり、考えたくないけど……)
きっと、ラザラスに対して強烈な嫉妬心を抱いた者は、間違いなく多かったことだろう。
どうあがいても、勝てない。勝ち目がない。だからこそ、ラザラスの取り巻きになることを選んだ人間もいたはずだ。
……否、そちらの方が多かったのではないだろうか。
(だからこそ、酷くなっちゃったんだろうな)
6年前の事件によって、限りなく“完璧”に等しかったラザラスに明確な“汚点”ができてしまった。
ゆえに、周囲の人間は手のひらを返して一斉に彼を叩いたのだろう。
あのラザラスに勝てる。自分が優位に立つことができる——そう、思いながら。
(……。人って、醜いよね)
ロゼッタが考え込んでいるうちに、ラザラスは裏口から家に入り、奥に向かっていく。
外に光が漏れることを恐れているのか、電気を点けないまま進んでいき、周囲に窓がない部屋までやってきた。
この場所なら、家の外まで光が漏れることはないのだろう。
家自体は、思ったよりも綺麗だった。
それこそ、つい最近誰かがきたようにも感じられる。
「時々、ヴェルさんがハウスキーパー呼んで掃除してくれてるっぽいんだよな。またお礼言わないと……」
『ヴェルさんもこの辺りの出身なんですか?』
「あの人はさっきの墓地があった町……エルダーに住んでた。ただ、俺の様子をよく見に来てたから、この町でも顔は広いはずだよ」
『付き合い、長いんです?』
「長いを通り越して17年だね。ずっとお世話になってるよ、アホほど苦労かけまくってるけどさ」
17年は、長い。あまりにも長い。
何ならちょうど今の自分の年齢と同じじゃないか、とロゼッタは困惑する。
反応に悩んでラザラスを一瞥すると、何故か彼は彼で困っている様子だ。
「前々から気になってたんだけど……君さ、どこまで俺のこと知ってるんだ?」
『そ、それなりには……』
確かにラザラスからしてみれば「どこまで知られているのか」は気になるところだろう。
何かを話そうにも、ロゼッタが既に知っている可能性があるからだ。
「そうだなぁ……実の親が両方とも旧ステフィリオンの戦闘員って話は?」
『そ、それはまだです!』
「これは知らないのか……って、なるほど、大体分かったよ。
君、俺が話しながらパニック起こしそうな案件だけ、背後事情込みで聞いてるんだな?」
『えーと……はい、たぶんそうです……』
「はは、なるほどなぁ。客観的に見れば全力で指摘したくなるような生活してる自信あるのに、全然触れてこないのってそれが原因か。納得したよ」
ラザラスは「勝手に話しやがって」と憤るのではなく、感謝しているようにすら見える。
エスメライやレヴィ、クロウに教えてもらった話については、本当に「自力では話せない」んだろうなと思うと、悲しくなってしまう。
「……で、その流れだと“アークライト”って姓はどこからきたのか、とかも知らないよな?」
『ですね。ひょっとしてラズさん、正式には“マクファーレン”が正しかったりします?』
そう問えば、ラザラスはこくりと頷いてみせた。
「アークライトは戸籍名じゃなくて、実親の苗字だな。ステフィリオンとして活動するの決めたタイミングで、基本的にはアークライトを名乗るって決めたんだ」
『……そうだったんですね』
「父親がアズラ聖国出身の竜人族、母親がスピネル王国出身の獣人族とヒト族のハーフって話をしたことあると思うけど、この2人がアークライト夫妻なんだよ。
……で、めちゃくちゃ変なことが起きて、俺だけグランディディエ行きになっちゃって」
『ふ、触れて良い奴ですか?』
「その前に出てきてもらって良いか? 流石に虚空に向かって話す話じゃない気がする……」
ごもっとも過ぎて笑うしかない。
ロゼッタはラザラスの視界に入らないように気をつけながら、影から抜け出す。そして改めてラザラスの前に顔を出した。
「はい、出てきました。確かにそうですよね。虚空に向かって話す話ではないですね……」
「だろ? ついでに弁当食べるか……弁当食べながら話す話題でも無い気はするけど……」
妙な空気のまま、ロゼッタはラザラスが買ってくれた弁当を受け取った。
(こ、これは、味がしないってやつになる気配……!)
まず絶対に重い話を聞かされながら、食事をする流れになる。つまり間違いなく、食事を楽しめる状況ではなくなってしまう——そうは思ったが、ラザラスの中では無意識的な自己防衛機能が働いている気がしなくもない。
(何かしら気を紛らわせるものが必要なのかもな……)
とにかく、話を聞こう。
弁当のふたを開けつつ、ロゼッタはラザラスの言葉を待った。




