45.春の波長-2
「はぁ……」
扉の向こうに現れた人物。
その顔を見て、クロウは盛大にため息を吐く。
「おい、ラザラス。人の部屋のドア壊す気か。下手すりゃロゼッタ挟んでたぞ。
もっと丁寧に開けろ。そもそもノックくらいしろ」
「あ……すみません……」
ラザラスが来たらしい。間一髪だった。
(危なかった……ラズさんがあと5分早くきてたら、術使っているとこ見られてた……)
そんなことを思いながら、ロゼッタはラザラスに駆け寄る。
「大丈夫でしたか?」
「あ、ああ……問題無いってさ」
ラザラスは逡巡しつつ、少し視線を逸らして口を開く。
「なあ、ロゼ。クロウさんと何の話してたんだ?」
(わっ、どうしよう……!)
体魄強化のことは言えない。ロゼッタが答えを探していると、クロウが助け舟を出した。
「魔力の波長ってあるだろ? アレはどんな形で決まるのかって話だよ。ほら、オレの魔力の波長とか意味わかんねーだろ? なんでそういうのが発生すんのかって話だ」
(嘘混じりではあるけど、完全な嘘じゃない……! ありがとう……!)
経過時間を考えた上で、嘘を入れたのだろう。
彼の発言に、違和感はない。
ラザラスもどこか安堵した様子だった。
「あ、あぁ……なるほど……」
「で? ラザラス。ロゼッタが自分の波長はどんなんだろって気にしてたぞ。教えてやったらどうだ?」
「えっ!?」
ラザラスは少し考え込み、口を開く。
「そうだな、満開の花畑って感じか? 季節で例えるなら、間違いなく春だと思う」
「なるほど……! 柔らかい感じだったら良いなーって実は思ってたんです。
良かった……ありがとうございます!」
ラザラスの言葉は、クロウの言葉と似ていた。
どうやら『穏やかで柔らかい波長』というのは本当らしい。
クロウやレヴィは被害者救助に念動を使っていたが、これなら同じことをしても大丈夫だろう。
(クロウは誰でも落ち着く感じとも言ってたしね。その手の配慮は必要無さそう)
今後、彼らの仕事を手伝う機会があれば活かせそうだな、とロゼッタは考える。
そうしていると、ラザラスは少し微笑みながら口を開いた。
「ちなみに魔力の波長は教えた人間とか、近くにいる人間の影響って話もよく聞くけど、俺は本質部分の影響も強いと思ってるよ。だから、ロゼの波長は君自身の本質なんじゃないかな」
「本質部分……」
確かに、ロゼッタに魔力の使い方を教えた人間は固定されてはなかったし、彼らの魔力の波長については全くと言い切って良いほどに覚えていない。
つまり、ロゼッタは誰の影響を受けていない可能性が高い。影響されようがないのだ。
「……えへへ、ちょっと嬉しいですね」
少なくとも、波長が“虚無”でも“痛みを伴うもの”でもなかったことには安堵したところで、ロゼッタはクロウを見る。
「ほ、本質……」
「こっち見んな」
目を逸らされてしまった。
(でも、クロウの場合は親の影響もありそうだけどね……ちょっと、羨ましいな)
何しろ、彼は絶対に非魔術師に生まれてはいけない体質の人間だ。
7歳で死に別れるまでの間に、彼の両親はこれでもかと息子に魔術を教え込んでいた可能性が高い。
クロウの魔術能力は彼自身の血の滲むような努力の結果であり、彼の両親による愛情の現れだとも言えるだろう。
(だからこそ、クロウは実の両親の存在を忘れさせられてたこと知った時、事実を知った時……すごく苦しんだんだろうけど……)
そんなことを考えていると、クロウは心底呆れ返った様子でラザラスに向き直っていた。
「あんな、ラザラス。別にロゼッタ取らねぇよ。いつの間にやら“ロゼ”って呼び始めてっけど、そんな牽制しなくとも別に取らねぇから」
言われて、気づく。
そういえば、悪夢事件の辺りからロゼッタではなくロゼと呼ばれている気がする。
内心ちょっと嬉しくなり、ラザラスの顔を見上げたが、彼はクロウの指摘を受けて、明らかに動揺している。
あまり見てはいけない気がして、ロゼッタは視線を逸らした。
(まあ、確かにクロウからしてみれば、わたしって便利だもんね。ラズさんからしてみたら、取られるって思うのも当然かも。
……別に離れてても、魔術掛けっぱなしにできるんだけどなぁ)
何ならラザラスの視野狭窄と相性が良かった感影は彼自身が使えないこともあり、いまだに使い続けている。
とはいえ、何かしら指示されない限りは物理的にラザラスから離れる気はない。離れる気は、ないのに。
そんなロゼッタの思いを察したのか、クロウは苛立った様子で口を開く。
「はぁ……テメェはオレの事情、ある程度は知ってんだろうが」
「あ、あの……すみません……」
「オレはもう、誰かしらを選ぶ気自体が全くねぇよ。それが大前提だが……相手を選ぶ権利は、オレにだってある。テメェの思い込みで、勝手にオレの権利を奪うな」
「う……っ」
「ついでに言わせてもらえば、その権利はロゼッタにもあるからな。ロゼッタの権利も取んじゃねぇよ。勝手にオレと組み合わせんな」
クロウが何を言っているのかはよく分からないが、とりあえずラザラスが彼の意見でしばかれているらしいことだけは分かった。
クロウは“ロゼッタの権利”と言っている辺り、一応はロゼッタのことを気遣っているのだろう……多分。
とはいえ、ラザラスがとんでもなく劣勢なことは分かった。
ここは彼を強制的にでも引かせるべきだろう。
「わ、わたし! 別に取られる予定とか無いです! 帰りましょ? あっ、クロウも頑張ってねー! じゃあねー!」
とりあえずラザラスの身体を押し、クロウの部屋を出る。
不貞腐れるように壁を見つめていた部屋の主が、ポツリと呟いた。
「……。オレの考え過ぎか、一時の気の迷いなら、それはそれで良い。
だが、本気になるなら。マジでそいつの権利は尊重してやれよ……頼むから」
ラザラスがそれに対して何かを返す前に、扉が閉まる。
一体クロウが何を言いたかったのかはよく分からなかったが、とりあえずあまり良い気分では無さそうだ。
「帰りましょっか? この後、出かけるって言ってましたもんね?」
ロゼッタは有無を言わせず、ラザラスの手を取る。
次の瞬間、2人の姿は光とともに拠点から消えた。
【Tips:地属性】
風属性同様に登場する魔術は少ないのですが、リストアップしたものに関しては軒並み『出番は多い』です。
地、というよりは『空間』に作用します。なので初級であっても相当に精度の高い魔力操作が求められる、難易度の高い術ばかりです。
⑴ 転移
中級魔術。ただしロゼッタやレヴィのように、州を越えて一気に移動する場合は上級魔術相当。一般的には街の端から街の真ん中に飛ぶくらいが無難どころ。
その名の通り、移動に用いられる便利魔術。一度にどれだけ飛べるか、何人まとめて飛べるかは術師次第。
⑵ 拘束
中級魔術。対象の動きを封じる。ただし術師より魔力量が多い場合は簡単に術を打ち破れてしまう。
⑶ 念動
中級魔術。離れた物を動かしたり、破壊したりする魔術。術の仕様上、かなり細かい精度が要求される。これに関してはレヴィが天才的なテクニックを持つ。




