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ストーカー竜娘と復讐鬼の王子様 〜今、あなたの後ろにいるの〜  作者: 逢月 悠希
第2章『黙した傷の在処、語らぬ想い』
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43.忘刻

 ラザラスに字を教わっている最中に、エスメライに呼び出された。


 その理由を察した瞬間、ロゼッタの怒りは倍増した——今回ばかりは、()()()()と分かっていて采配したであろう司令塔たちに対して、だ。


「……」


 喫茶店の中庭に飛ぶと、エスメライとルーシオが立っていた。

 このペアが出てきた時点で“呼ばれた理由”は当たっている。間違いない。


 ロゼッタは、目の前でかなり決まりが悪そうに視線を逸らしているルーシオに噛みついた。


「いくらなんでも酷すぎませんかね!? あれからまだ1週間くらいしか経ってないんですけど!!」


「おっしゃる……通りです……すみません……」


「えっ」


……いきなり、どストレートな謝罪を受けてしまった。


 怒りが引っ込んでしまったロゼッタは、慌てて隣のエスメライの顔を覗き込む。


「ルーシオは心に深い傷を負ってんだよ……クロウの怪我悪化させただけじゃなくて、滅茶苦茶ややこしい事態を引き起こしたから……」


「い、一体……何が……」


 目が合っているはずなのに、目が合っていないような気がする。

 エスメライはエスメライで、自分ではない何かを見ている気がする。


「と、とりあえず『体魄強化(オルガノス)』案件ですよね?」


「悪いんだけどさ、追加で『耐久強化(フォルティス)』も頼みたい……クロウ、今回は自発呼吸もできてるし、自分で動けてもいるんだけど……1日のうち、3時間くらいしか起きてられないみたいでさぁ……」


「……」


 ロゼッタは盛大にため息を吐いた。その結果、エスメライが微妙に肩を震わせた。


「えーと……今、起きてっかなぁ……あはは……」


 十中八九、クロウは部屋にいる。

 先に歩き出したエスメライの背を追い、ロゼッタは歩き出した。



 ◯



「……あ、起きてんね。おはよ、クロウ」


 先に入ったエスメライが、部屋の主であるクロウに声を掛ける。

 クロウはペコリと軽く頭を下げていた。


(んー……怪我は悪化したらしい、というか悪化してるけど、前よりは元気そうに見えるな……)


 自発呼吸ができている分、前に来た時よりはマシだ。呼吸は比較的安定しているように見える。

 だが顔色は悪いし、右翼は添木と一緒に包帯でぐるぐる巻きにされているし、顔には大きめの絆創膏が貼られている……普通に酷いかもしれない。


 彼は身体を起こした状態で壁にもたれかかり、何かを読んでいる最中だった。

 ロゼッタは、その何か——手紙に興味を示しつつも、口を開く。


「? なにそれ……」


「……。時間差で説教されてる……」


「えっ!?」


 一体、何が起こっているのだろう。


 近づくついでにこっそり覗き込み、隠されてしまう前に『識読(ルーンリード)』を使うと……なんか、色々見えた。


【君さぁ、ダメな時にダメって言わないの、本当によくないと思うな。自覚あったのかどうかはさておき、かなりダメなタイミングで、おれに喧嘩売りにきたでしょ。困るんだけど?


 もしかしたら、あれでもフェリシアくんの基準だと大丈夫だったのかもだけどさ。

 それなら君の中の「大丈夫」の基準下げた方が良いよ。ていうか下げなさい。間違いなく全然大丈夫じゃないから。

 喧嘩売りにきたもさぁ、全然頭回ってなかったよね? 初手で感影(センス)辺りを一緒に使っとけば、だいぶ違ってたと思うんだけど?

 それやっとけば、近づく前に俺が微妙に上なの分かったはずだよ?


 よくよく考えたら、今まで取られたことほぼほぼ無かったんじゃない?

 君が上を取られるようなレベルの人材がドラグゼン側に大量発生してたら、色んな意味で困るからねぇ。そういうおじさまも、単純な魔力量でギリギリ勝負になったのは初めてなんだけどさ。


 だから今回に関しては正直、フェリシアくんが全力を出せる状態で、なおかつ君らが舐めプしてこなかったら、たぶん負けただろうなーって思ってるよ?

 だからこそ、舐めプさせるのが俺の常套手段なんだけど。上手いこと行ったねぇ、あはは。


……まあ、そういうことだってあるわけだ。

 だからこそ常に、万が一の時を前提に動いた方が良い。色々と魔道具送りつけるから、ちゃんと使いなさい。良いね?


 あとねぇ、フェリシアくんが魔術前提の生活してるのは何となく察したんだけどさ。それ、君が思ってる以上に危うい行為だからね? 君自身がどう考えてんのかはさておき、おじさまは普通に心配。


 君らの環境だと、君が人一倍頑張らないとダメなのは分かるんだけども。

 それは分かってんだけど、無理しすぎるのは禁止。もうちょっと周りを頼ることを覚えなさい。周りの人を悲しませないようにしな?】


(な、なんか愉快なことになってた……)


 長い。びっくりするくらい、長い。

 何枚かあるうちの1枚、()()()()()()これだった。


 とんでもない圧を感じるお手紙が、恐らく“クロウ”に届いていた。そしてど正論でしばかれている。


 誰にしばかれているのかは分からないが、送り主が言わんとすることは困ったことに分かる。とんでもなく、理解できてしまう。


 ただ、ひとつ気になることがあった。


「ねぇ、クロウの本名って“フェリシア”なの?」


 手紙で彼を指していると思しき名詞が“クロウ”ではない。それは一体、何故なのか。


「……」


 そう問えば、クロウは手紙をベッド横のチェストに隠しながら、少し躊躇いがちに口を開いた。


「厳密にいうと、違う……オレの本名は“フェリクス”なんだ」


「え? じゃあなんでフェリシア、なの?」


「オレの親が、オレをフェリシアって呼んでたんだよ。つまりこのおっさん、何故かそれを知ってることになるんだよな……気持ち悪ぃ……」


「それは、まあ、確かに……」


 普段使っていない名前、それも本人と近しい人間しか知らなさそうな、変化系の愛称でいきなり呼んでくる人。

 それは、確かに気持ち悪いかもしれない。


 しかし、ロゼッタが気にしたのは残念ながら、そこではない。呟くように、ロゼッタはクロウに言葉を投げる。


「クロウって自分の本名知ってたんだ……なら、別に骸……じゃなかった、偽名使わなくても良いじゃん……」


 本名があるなら、それを使えばいい。

 与えられた名前を、ちゃんと、名乗ればいい。


 ()()すら与えられなかったロゼッタとしては、彼の行動は不満で、さらに言えば不快とすら思えた。


 ロゼッタが何を考えているのか察したのか、近くにいたエスメライが理由を説明しようと動こうとしたがクロウはそれを静止し、自ら重い口を開いた。


「オレの場合は、後から知ったってか、どちらかというと“思い出した”パターンだよ。

 ルーシオさんに教えてもらって、それでもすぐには思い出せなくて……完全に思い出したのが、5年前くらい、だったな」


「え……」


「しかも呼ばれ慣れた“骸”から離れすぎた名前だからな。それ考えたら、“クロウ”なんかは元の名残があるだろ? ……骸を元、みたいな言い方はしたくねぇけどさ」


 名乗る名乗らないの、問題ではなかった。

 彼は、自分が骸と呼ばれていた期間があまりにも長い——その最悪な名を、正式な名前だと誤認識するほどに。


 ロゼッタがそれを理解すると同時にクロウは、自罰的な、弱々しい笑みを浮かべた。


「ちっこい頃に……7歳の頃に、親に『忘刻(オブリヴィア)』って術を使われたんだ。これは記憶を改ざんする、闇属性の上級魔術なんだけどよ……それで、ずっと親の存在自体、何年も忘れさせられてた」


「……」


「そもそもの愛称呼びのこともあるが、術が解けるまでの時間が、あまりにも長過ぎて……」


 クロウは感情を抑え込むように。

 深く、息を吐き出す。


「フェリクスが本名って実感が……オレには、無いも同然なんだよ」


 彼がフェリクス、もしくはフェリシアと呼ばれていた期間は、たった7年間に過ぎない。

 しかもその7年は幼少期だ。彼の記憶に鮮明に残っているのは、長くとも5年程度だろう。


 その時点で、別の名前で呼ばれていた期間の方が長くなってしまう。


——実感が無い、というのも無理はない。


(たぶんフェリクスって呼ばれても、自分の名前だって意識してないと……すぐには、反応できないんだろうな)


 ロゼッタにはすぐに“ロゼッタ”という名前が馴染んだが、それは元から決まった呼び名が無いに等しかったからだ。

 呼び名がころころ変わっていたロゼッタの場合と、最悪なものとはいえ固定の呼び名があったクロウの場合は状況が違う。

 よく似ているようで、自分たちの状況はまるで違う。


 黙り込んでしまったロゼッタを見て、何を思ったか。クロウは溢すように、話を続ける。


「オレの親は、旧ステフィリオンの戦闘員だったらしい。退役して、ひっそりオレを育ててたみたいなんだが……奴らに、見つかっちまったらしくてな。

 だから幼い上に遺伝子疾患持ちのオレを巻き込まないようにって、わざわざ記憶を改ざんして……家から離れた、遠い場所で死んだらしいんだ」


「それ、は……」


 クロウの深淵に、触れてしまったような気がする。


「こんなん、後から知っても、思い出しても……困るっつーか……」


「クロウ……」


「はは、だからこそ、オレは『忘刻』って術が嫌いなんだよな。オレにはもう耐性ができちまってるから、この術、一切入んねぇけど……それでも……」


 話すこと自体が辛いのか、クロウは明らかに言葉を選び始めてしまった。「もう話さなくて良い」という意図を込めて、ロゼッタはゆるゆると首を横に振った。


 そして、少しの沈黙の後、


(ただ、ちょっと変、なんだよね……)


 ロゼッタは、気づく。


 彼の婚約者と、彼が育てていた子どもたち。

 彼が愛した人たちに最悪な名で呼ばれていたとは、そう呼ばせていたとは、到底思えない。


 つまり彼には、()()1()()名前がある可能性が高い。

 思い出しても上手く馴染まなかったフェリクスの前例を考えると、恐らくはこちらも現在の偽名同様に“骸”の派生系だろう。

 そして彼はあえて、その名前をエスメライたちには言っていないということになる。


 そうでなければ、間違いなくクロウは、“クロウ”とは呼ばれていない。


(気にはなる、けど……エスラさんたちに話してない時点で……わざわざ骸って名乗ってる時点で……)


 下手に踏み込めば、取り返しがつかなくなるほどに傷つけてしまうかもしれない——恐らくこれは、クロウが最も触れて欲しくない、彼が抱えている“最大の闇”だ。


 それが分かるからこそ、到底触れる気にはなれなかった。絶対に触れてはならないと、ロゼッタは判断した。


(……話題を、変えよう)


 この際なんでもいい。

 早く、早く、話の内容を変えるべきだ。


 ロゼッタはクロウからそっと視線を逸らし、思考した。

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