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ストーカー竜娘と復讐鬼の王子様 〜今、あなたの後ろにいるの〜  作者: 逢月 悠希
第2章『黙した傷の在処、語らぬ想い』
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40.執念の手帳

「ヴェルナーくんもだけど! エスメライさんとレヴィさん!? 服戻した!? もう見ていい!?」


「あ、ああ……どうぞ?」


「もう大丈夫です……すみません……」


 エスメライとレヴィが服を戻したのを全力で確認した後、オスカーはようやく全員に向き直った……若干どころか、かなり気まずそうだ。


(やっぱりこの人、感性は結構普通なんだろな……ってか、もはや“破天荒”が演技の可能性も普通にあるよなぁ……)


 路地裏でのオスカーとのやり取りで底知れない恐怖を感じたのは『恐種(アビスシード)』の影響が大きい。しかし、今にして思えば、それだけではないだろう。

 あれには間違いなく、オスカーの圧倒的な演技力も影響していた。


 オスカーは、サングラスを外してみせる。


「さてと。まずね、バレたくないから普段は非魔術師のフリしてるし、公式発表もそうしてるんだけどさ。この通り、非魔術師どころか、本当は黄金眼の先祖返りなんだよねぇ」


 先祖返りに伴い発現した金の瞳が、やんわりと弧を描く。


「ただし魔力量は多いんだけど、基本的には付与系統の特化型なんだ。一応全属性持ちなんだけど、もうねぇ、使える術に癖しかないんだよ。

 無属性とはちょっと相性が悪くて使えないようなものだし、火属性も『筋力強化(ブレイヴァ)』辺りは制御怪しくて攻撃しようもんならバカの火力になっちゃう。せめて『転移(テレポート)』とか『空間収納(アーカイブ)』みたいな便利枠が使えたら良かったんだけどねぇ」


「ああ……そういえば……」


 クロウが派手に吹っ飛ばされたのは、純粋に制御不能だったからなのか——彼の「可哀想なことしちゃったじゃんか」の背後事情が透けて見えて、本当に申し訳なくなった。彼もやりたくてやったわけではなかったらしい。


「目の色は『幻貌(ファサード)』とか『偽識(フェイクサイト)』で誤認識させたり、色が入る眼鏡とかコンタクトレンズ使って誤魔化してる。

 見る人が見たら即バレするからねぇ……まあ最悪、『忘刻(オブリヴィア)』で強制的に忘れて頂くんだけど。あはは」


(忘刻行けんのかぁ……追跡班(ハウンズ)に使われてそうだな……)


 彼らが異常に情報を取ってこれなかった原因は、忘刻のせいかもしれない。

 オスカーは付与系は付与系でも、特に“他者を対象とした付与系魔術”に秀でているようだ。


「……俗にいうデバッファー型か」


「そうだね、おじさまは単独戦向きじゃ無いんだよ。初級の攻撃術すら使えないんだよねぇ。

 だから、自分から敵陣突っ込んでったら、当たり前のように秒殺されると思うよぉ」


 これは案外、最近働きすぎている追跡班をクロウと一緒に動員していれば勝てていたかもしれない。

 まさかの、()()()()でどうにかなる案件だった。


 オスカーが平然と自分の弱点を語ってくれることに驚きつつも、ルーシオは彼の発言を待つ。


「襲撃慣れはしてるんだよ。なにせおじさま、“破天荒おじさん”だからねぇ?

 今回は状況も悪けりゃ条件も悪いって判断したから使わなかったんだけど、おじさまの基本パターンは来た人間に『拘束(バインド)』決めてからの『忘刻』掛けて、さらに自分に『筋力強化』使って全力で逃走する、なんだよね」


「あー、逃げる専門なんだな」


「そそ。逃げるのだけは得意だよ、情けないけどさ」


 そう言って、オスカーはわざとらしく肩をすくめてから話を続ける。


「そんなんだから、自分の能力隠すっきゃないわけ。おじさまは先祖返りなだけで一応はヒト族だから大丈夫だろうけど、間違っても“奴ら”に売り飛ばされてる場合じゃないからねぇ」


「奴、ら……?」


「んー? もう分かってるっしょ?」


 ははは、と笑いながら話しているが、彼は明確にドラグゼンという組織を知っている。

 さらにいえば現在のみならず旧体制のステフィリオンのことも把握している。

 紋章タトゥーの存在も、“獅子の子”という別名称、そして「一度崩壊した」という過去の事情を知っている時点で、それは明らかだ。


 一体何故なのかと考えていると、急に空気が凍りついたような気がした。

 背筋を汗が伝い、ぞくりと身体が震え、鳥肌が立つ。


 それは今までヘラヘラしていたオスカーの顔から、全ての表情が抜け落ちたせいだ。

 彼は、ぎらりと金の瞳を光らせ、重い口を開いた。


「……。俺の目的は、ただひとつ。奴らへの……ドラグゼンへの、復讐だ」


——誰もが息を止めてしまうような、雰囲気が漂う。


 会話の流れから薄々察してはいたが、彼の目的は、自分たちと全く同じだった。


「そのために芸能界のし上がって、色んな方面に通用するようにって、権力つけてたんだよねぇ。だから、おじさまは“大御所”なんだよ」


「……」


「動機、全く褒められたもんじゃないね。見損なったかい?」


 そう言って、オスカーは少し切なげな表情を見せるたかと思えば、もはや全てを見透かしていそうな目を細める。


「とはいえ、君らも大多数は復讐目的だろ? そうじゃなきゃ、こんな少人数で抗おうなんて考えないっしょ。ほら、ラザラスくんだって間違いなくそうだろうし」


「まあ……そうっすね。否定はできませんよ」


 ルーシオは彼の言葉に同意し、即座に固まる。


「あ」


 皆の目線が、集まっている——オスカーが、にっこりと笑っていた。

 笑っているが、目は笑っていない。怒っている。また、怒らせてしまった。


「確かに多少誘導したとはいえ、まーたお説教されたいのかねー、君はさー!!」


「ああああぁああ……!」


 もう駄目だ! 本当に今日は駄目だ!

 ルーシオはもう、頭を抱えることしかできなかった。

 自分が黙っていれば、ラザラスの存在だけは秘匿できたのに!!


「……。なるほどね、納得した。ラザラスくんを含めて、戦闘員が3人しかいないんだね、この組織」


「はい……」


「さっきはなんでフェリシアくんを連れてきたのかって怒っちゃったけど、そもそも最善手が彼だったわけか。

 レヴィちゃんは可愛い上に後衛型だし、ラザラスくんは……無傷だったとしても、“論外”だしなぁ」


 オスカーは苦笑いしている。もはや色んな意味で苦笑いするしかないとでも言いたげな様子だった。ルーシオは視線を逸らしながら、口を開く。


「推しを脅せ、は……流石に無理かなって……」


「俺相手に彼を出すのはそこそこリスキーだろうね。あっはっは!」


 選択肢は『とんでもない虚弱体質の負傷兵』か、『どう足掻いても可愛い小鳥ちゃん』か、『オスカー推しの顔面ミイラ男』か——。


「はぁ……」


 笑い飛ばしつつも、オスカーはステフィリオンがあまりにも酷すぎる選択肢を突きつけられていた事実を知り、頭痛を堪えるように頭を押さえてしまった。


「何もかもが酷いなー……君ら、よく生き残ってたよ、ホントにさぁ……」


「はい……すみません……」


 ルーシオは再び条件反射謝罪を開始した。

 本当に、色んな意味で「よく生き残っていた」と思う。

 今、置かれている状況が状況だけに、ますますそう思う。


 そんなことを考えていると、オスカーはやれやれと首を横に振るってみせた。


「たぶんアレだろ? 申し訳ないけど、この組織って実質、フェリシアくんが()()()()()()()()()終了だろ? それで今日はこんなことになってるわけだし」


「おっしゃる、通りです……」


 少なくとも、オスカーが“敵側”で出てきていた場合は間違いなく詰んでいた。

 最善手であったはずのクロウと彼の相性が、あまりにも悪すぎる。後から対策手段が分かっても、それでは意味がない。


「……」


 オスカーは密かに安堵していたルーシオをどこか呆れるような表情で、じっとりと見つめている。


(俺が考えてること、あらかた読まれてるんだろなー!!)


 慌てて顔を背ける。冷や汗が首を伝う……もう嫌だ。

 ルーシオの派手な失言と条件反射謝罪が原因で全員が無言になってしまい、時計の針の音だけが、部屋の中で響く。

 オスカーはちらりと時計を一瞥し、クロウの元に歩み寄っていく。


「まー……それでも。俺は君らに賭けることにしようかなぁ」


 その発言の意図を問うよりも早く、オスカーは意識のないクロウに手をかざす。

 夏の名残を追い払うような、微かに肌寒さを感じる物寂しい風を彷彿とさせる魔力が、部屋に満ちた。


「【体魄強化(オルガノス)】」


 オスカーは「自分は付与系に特化した魔術師だ」と説明していた。

 そして体魄強化に関してはクロウの使い方がおかしいだけで、一般的にはオスカーが得意とする“他者”を対象にした魔術だ。

 ゆえに、現状ステフィリオン関係者の中ではクロウとロゼッタ以外使用できない、難易度の高いこの術も平然と使いこなせるのだろう。


(結構、強めにやってくれてるな。流石にこれは、オスカーさん側にも相当な負担が掛かりそうだが……)


 そして、魔術師でなくとも分かる。部屋に溢れてしまうほどの魔力を、クロウに注ぎ込んでくれている。


 だが、それでもクロウが目覚めることはない。しばらく様子を見た後、オスカーはやれやれと肩をすくめた。


「んー、流石にそろそろ『沈静(スティル)』の効果は切れてるはずなんだけど、普通に限界だったっぽいなぁ。そりゃそうかぁ。

……起きてくれたら彼にも全力でお説教したかったんだけど、仕方ないね。カイヤナイト行く前に手紙送りつけるかぁ」


 起きたらお説教——そのフレーズを聞いた瞬間に「俺なら寝たふりを続けていただろう」と、ルーシオは考える。

 ど正論おじさんのお説教ラッシュは、結構辛い。


(ま、クロウに狸寝入り決め込む器用さは無いからなぁ……本当に限界だったんだろうけど……)


 ルーシオが全力で余計なことを考えていると、オスカーはクロウの頭を撫で回してから口を開いた。


「よし、おじさまは帰ろうかな。数時間後には飛行機乗らなきゃだし。あーあ、誰かさんたちのせいで体力的にはなかなか厳しいなー」


「ごめんなさい……」


 ルーシオがもはや恒例と化した条件反射謝罪を決めると、彼はニヤリと笑いながらルーシオの肩に手を掛けた。


「ほら、ルーシオくん。なんか服貸してよ。帰りに職質されたら、最悪本当に飛行機乗れなくなっちゃうし」


「わ、分かりました……」


 ついでにさっさとそいつを追い出してくれと言わんばかりの目線が、背中に刺さる。

 しかしオスカーは何かを忘れていたようで、部屋を出る前に口を開いた。


「そうそう、過剰防衛のお詫びをいくつか送りつけるから、使えるものは全力で使ってよ。おじさま、こう見えて結構金持ちなんでね! 成金ってやつ?」


「分かってますって大御所! さっさと俺の部屋きてください!」


 これ以上冷たい視線に晒されたくなかったルーシオは、まだ喋り足りなさそうなおじさんの背を押して部屋を出る。

 とはいえ、ルーシオの部屋はクロウの部屋の隣だ。大した移動距離ではない。


 部屋を移動し、クローゼットの中からオスカーが着れそうな服を物色していると、横から少し大きめの手帳が差し出された。


「え? 何ですか?」


 手帳を手に取る。すると、中には多数の人物名——それも政府関係者や有名企業の代表取締役、貴族の系譜の人間の名前が、書き記されていた。

 しかもその一部は、ルーシオや追跡班がマークしていた人物だった。つまり、ステフィリオン目線でも「黒い」と判断していた人物の情報だった。


「これ、は……」


 ところどころにマーカーが引かれており、人物相関図のようなものや、簡単なメモ書きが書かれた付箋、写真や名刺が貼り付けられている。


「26年前に起きた、元アイドルの自殺事件。それが、おじさまの動機だよ」


 オスカーの話を聞きながら、ルーシオは手帳のページを捲る。

 何度もページが継ぎ足された痕跡が残るボロボロの手帳からは、彼の揺るぎない想いが感じ取れた。


「ここまで調べ上げるの、結構大変だったんだからね? 大事にしてよね?」


「……」


「一応、手帳を見る人間は君だけにして欲しいな。大丈夫だとは思うけど、念のため組織の人間にも、共有しないで欲しい。

 下手なことされたら困るんだ。俺が終わるわけには、いかないんだ。彼女の“最期の願い”を、叶えないといけないからね」


……あんなにも、醜態ばかり晒したというのに。

 何故かオスカーは、自分を選んでくれた。その理由を問おうとすると、彼はふっと微笑んでみせる。


「君が慣れない世界で一生懸命に、必死にもがいてもがいて、何とか抗おうとする姿が気に入った。

 だからこそ、他でもない君がそれを活用してみせてよ。気合いで名誉挽回、してみせてよ」


「オスカーさん……」


「俺は26年間、ずっと待っていた。君たちのような存在が出てくることを信じて、ずっと——ずっと、待っていたんだ」


 彼の金色の瞳が、月明かりを照らして輝いている。

 それは、頼りない我が子を見守るかのような、暖かな光のようだった。


 服を渡し、ルーシオは深く、何度か呼吸を繰り返す。

 そして、真っ直ぐにその金色を見つめた。


「絶対に、あなたの期待に応えてみせます。俺たちの代で……この悲劇を、終わらせたい」


——ステフィリオンとドラグゼンの戦いは、40年以上続いている。


 その間に多くの血が流れ、多くの犠牲を出し、そして、多くの人が涙を流した。

 目の前に立つオスカーも、その1人なのだろう。


「うん、頼んだよ」


 渡された手帳を持ち、背を向けたまま、オスカーの着替えを待つ。

 終わったよ、という声を聞いて振り返れば、1枚の名刺が差し出された。


 俳優事務所『Obelisk(オベリスク) Agency(オージェンシー)』の社長としての、オスカーの名刺。

 その裏には、直筆の電話番号が記載されていた。間違いなく、彼の個人的な連絡先だ。


「おじさま、困ったことに権力つける過程で守らなきゃいけないものがいっぱいできちゃってさぁ。

 だから、できる範囲にはなっちゃうけど、協力はする」


 そして彼はどこか悲しげにも見える、穏やかで優しい笑みを浮かべた。


「やってくれるって、信じてる。その日を、ずっと待ってるからねぇ?」


「……はい」


 背を向け、ひらひらと手を振って、オスカーは去っていった。

 ひとり残されたルーシオは誰もいない場所に向かって、静かに呟いた。


「オスカーさん……あんたの覚悟を、執念を。俺たちは決して……無駄には、しない」


 この悲願を——絶対に、叶えてみせる。

 誓いを胸に、ルーシオは執念の手帳を強く握りしめた。

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