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ストーカー竜娘と復讐鬼の王子様 〜今、あなたの後ろにいるの〜  作者: 逢月 悠希
第2章『黙した傷の在処、語らぬ想い』
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38.歪な自己紹介

(なんで、こんなことに……)


 目の前で、エスメライが意識のないクロウの治療を()()()()()()()

 開いたを通り越して悪化してしまった傷を縫合しながら、彼女は“この場に連れてくるしかなかった謎”の男、オスカーの視線に耐えていた……申し訳ない。


(うぅ……)


 そしてルーシオはエスメライから少し離れた、部屋の端に追いやられていた。

 何なら、喫茶店エリアにいたレヴィとヴェルシエラも巻き込まれた。全員で物が無さすぎるクロウの部屋に押し込まれていた……そしてルーシオは、吐きそうな程の罪悪感と戦っていた。本当に、申し訳ない。


 エスメライの治療がひと段落したタイミングで、オスカーが口を開く。


「へぇ、手際良いじゃん? 後で色々聞かせてもらおうかなぁ。おじさん、この子のことがすっごく気になるんだよねぇ」

「え、えーと……そ、そっか……?」


 オスカーに絡まれながら、しれっと振り返ったエスメライに睨まれた。怖い。

 だが、これは耐える以外の選択肢がない。全部、自分が悪い。


 とりあえずルーシオは震える指でスマートフォンを操作し、追跡班(ハウンズ)に先程の現場処理を依頼する。路地裏とはいえ、クロウの血が現場に残されている状況を放置できないからだ。


(あ……)


 その流れであることに気がついたルーシオは、オスカーに話しかけた。


「あ、あのー……服、汚しちゃいましたが……帰り、困りません? どうしましょうか……」


 声が、震える。

 オスカーが、というよりは、凍てついた氷点下の視線でこちらを見てくるレヴィと、視線だけで刃物のようにグサグサと刺さしてくるヴェルシエラが原因だ。

 とても怖い。それでも許してくれだなんて、一言も言えない。自分にそんな資格はない。


「んー……そうだなぁ」


 ルーシオの置かれている状況には一切興味を示さず、オスカーは「はは」と笑ってから口を開いた。


「じゃあ、君の服貸してよ。背丈的に着れそうな気がするし」

「差し上げますんで……そのまま捨ててください……」

「嫌だよ。クリーニングして返しにくるから」

(こないで……!)


 しれっと「またくるよ」宣言を受けてしまった——またエスメライに睨まれた。もう嫌だ。


 そうこうしているうちに、クロウの治療は終わったらしい。

 すると何を思ったか、オスカーは彼の左腕の断面を見たり、両腕をメジャーで測ったりし始めた。

 クロウが不憫すぎるので止めようかとも思ったが、色んな意味で怖くて止められない。

 とはいえ流石に彼が首から下げている指輪に触れようとした場合はストップを掛けようと思ったが、何故かそこにはあまり興味を持っていないようだ。

 あくまでも、関心があるのはクロウの傷だけらしい。


「よし、追加でちょっと聞いとこうか」


 オスカーはスマートフォンのメモ機能にあれこれ打ち込みつつ、エスメライに話しかける。


「この子の左腕。重度熱傷で切断とかそんな感じ?」

「あ、ああ……大部分は重度熱傷を通り越して焼失だったんだけど、断面に関しては、そうだね……」

「肩周りは動いてる? 神経生きてる? 麻痺とか残ってない?」

「うん……それは、全部大丈夫」


 どうしてそんなことを聞くのだろう。

 気にはなったが、口出ししたところでろくなことにならないのは目に見えている。ルーシオは黙り込むことを決めた。

 相変わらずスマートフォンをポチポチしながら、オスカーはクロウの長い前髪を掻き分けた。そして、エスメライに問いかける。


「こっちは見た目こそ最悪だけど、そこまで重い火傷じゃないよね? かなりギリギリだとは思うけど、視神経は生きてそう?」

「そう、だね……うん……」

「皮膚と眼球の移植は、考えなかったの? 特に皮膚の方は治療さえすれば相当マシになると思うんだけど」

「……」


 エスメライがわずかに、動揺した。しばらく逡巡した後、彼女は口を開く。


「まず、眼球に関してはクロウの身体が移植に伴う拒絶反応に耐え切れるとは思えなかった。でも一番は、本人がその手のことを一切望まなかったのが理由だね。皮膚の治療をしてないのはそれが原因。こっちも何度か説得したんだけど……」

「なるほどね、了解」


 了解、とは言いつつ、オスカーは文字を打つことをやめなかった。

 そして彼は、クロウの斬られた左翼の断面を見始めた。


「何故かここだけは火傷じゃないよね? どうしちゃったのさ?」


 その問いに対し、黙っていたレヴィが口を挟む。


「ボクを、庇って……斬られちゃったんです……」

「あー、なるほどね。嫌なこと聞いた。悪いね」


 聞きたいことは、これで全部なのだろうか。

 かと思いきや、オスカーはクロウに背を向け、集まった全員を見回す。


「もうさぁ、嫌な回答が来る予感しかしないんだけどさぁ? ……主力メンバーこれだけ? サポート隊は除いて、主力だけの話ね」

「……」


 嫌な回答に限りなく近い回答しか、できない……。

 もう万物の責任を負う気で、ルーシオは重い口を開いた。


「あと1人と、主力と言っていいのか怪しいのが、1人……後は、サポートメンバーです……」

「あっははは……まあ、一度離散しちゃってる以上は仲間集めも難しいだろうし、相手は強すぎるし、こればかりは仕方ないか」


 オスカーはオーバーリアクションで肩をすくめてみせる。

 その間に、エスメライがコソコソとルーシオの横にやってきて、肘で小突いてきた。


「こいつは一体なんなんだよ……!」

「分からん……! 俺にも、よく分からん……! 

 ひとつ分かるのは、正攻法じゃ絶対に勝てねぇってことだけだ……!」


 流石にロゼッタならオスカーに魔力量で上を取れるのだろうが、そもそも彼女は戦闘員にカウントできないし、したくない。彼女は実質サポーターだ。


(クロウにロゼッタつければ、余裕で行けるんだろうが……)


 だが、その頼みの綱のクロウの意識が戻る気配は微塵もないし、そもそもロゼッタがここにいない! 

 もう現状はレヴィに不意打ちで射殺してもらうくらいしか対抗手段が無いのだが、下手に危険な行動を取りたくはない。


 そもそも恐らくオスカーは“黒”でも“グレー”でもない。ならば不要な喧嘩を売る必要はないだろう。

 圧倒的不審人物と化しているオスカーはクロウを一瞥し、口を開いた。


「あ、そうだ。医療担当さん。悪いんだけど俺、この子に毒入れちゃった。

 毒自体は弱めのだから死ぬことはないと思うけど、一応、早めに解毒しといてあげて〜」

「はぁ!? ああもう!!」


 エスメライにどつかれた。毒を付与されたと聞いた彼女は慌てて部屋を飛び出していく。

 痛い。でも言い返せるはずもなく。


「あ、一応言っとくけど、痛みが強いだけのやつだよ。致死量は入れてない。あれでも、本当に殺す気はなかったからねぇ」

「いやもう、あんたは一体、何者なんすか……」


 ルーシオは答えてもらえないことを想定した上で、ボヤくような問いかけをオスカーに投げかけるしかなかった——だが、


「そうだねぇ、流石にそろそろ話そっかな。二度手間になるし、彼女が戻ってからでよければ」

「え……?」


 どうやら、答えてくれるらしい。

 ただし、とオスカーはルーシオに笑いかける。


「その間にね、全員自己紹介してもらおうかな? 名前と年齢と、組織におけるポジションと、ある子は前職辺り?」

「わ、分かった……」


 最悪、自分だけ話して終わろうか。

 ちらりとレヴィとヴェルシエラを見れば、2人ともだいぶ諦めた目をしている。

 2人も話すつもりでいるらしい。本当に、本当に申し訳ない。


「……。ルーシオ・キャンベル。年齢は、今年で31になる……その、問題がありすぎる情報収集担当だ。俺はクラッキングの類が行けるから、それでどうにか……元々は高等研究院に所属しつつ、中小企業にプログラムの類を提供してました」

「なるほど? 結構優秀な子だったんだね? ポンコツ臭すごいけど」

「何も、言い返せません……」

「仕方ないよねぇ、元が軍人でも何でもないガチの民間人な時点でねぇ……まぁ、そうだろなって思ってだけど。どうにかこうにか頑張ってるのは分かるけど、追い詰めちゃうとボロ出まくりだしさぁ」

「う……っ」

「はい、次。お嬢ちゃん」


 オスカーに視線を向けられ、ぴくりと肩を揺らしたのはレヴィだ。


「レヴィ・エアハートといいます。18歳です。えっと、狙撃手やってます。前職? というか……物心ついたころにはストリートチルドレンで、なんかマフィア的な人に拾われました」

「えっ!?」

「ふふ、スリに失敗しちゃって、捕まって。もう解体されて臓器になるのかなって思ってたんですけど、何故かちゃんと育ててもらえて……気づいたら、銃の扱いだけは得意になってたんです」

「い、いきなりどえらいのきたなぁ!? 君、可愛らしいのに……!」


 レヴィの幼く可愛らしい容姿と振る舞いを見て、『ストリートチルドレン経由マフィア(?)育ちの狙撃手』という凄まじい経歴を察せるわけがない。

 オスカーの驚きは過剰なものでも演技でもなく本心であると、ここにいる誰もが察していた。

……何なら、本人からそれを聞かされた時は全員が驚いた。いまだにちょっと信じられない。


「なるほどねぇ、戦闘員枠かぁ……でも、君がおじさま脅すのは無理だったろうね。狙撃手な時点で向かないし、対面しても『やあ可愛い小鳥ちゃん』って言い返した自信しかない。脅迫係やるなら、あと10年は欲しいなぁ、あはは!」

「うぅ……」


 実際問題として、“それ”が原因でレヴィではなくクロウがオスカー接触役となったのだ。

 経歴は強いし、戦力としても優秀なのに、レヴィは脅し役にするには若すぎる。こればかりはどうしようもない。可愛いのはもうどうしようもない。


「はい、じゃあさっきからずっと黙ってるお兄さん」


 そして順番は、運が悪いことに自宅でもサブ拠点でもなく、たまたま本拠点に来てしまっていたヴェルシエラに回る。

 彼はうぐぐ、とでも言いたげに眉をひそめていたが観念して口を開いた。


「とりあえず、今の戸籍名を名乗ることにするわ……変に調べられたくないし」


 ふう、と息を吐き出し、言葉を続ける。


「ヴェルシエラ・レミングスよ。今年で33歳ね。ここでは銃火器辺りの裏取引とか、アドバイザーとか、サポーターたちの管理とか、そんな感じのことしてるわね。

 あとは不労所得の類があるから、資金援助も多少はやってるの。前職は軍人よ。一応ね」

「レミングス……」


 それを聞いたオスカーは、彼の苗字を反復している。何か、心当たりがあるのだろうか。


「……。思い出した。うん……」

「あら? “変態さん”をご存知なのね?」

「ごめんよ、マジで悪いこと聞いた……ほんとに」


 どうやらオスカーは彼の“身内”を知っていたようだ。珍しく、随分と決まりが悪い様子で彼は視線を泳がせる。


「一応、おじさまも貴族の出なので? そりゃ『退役した若い男の子引き取って、自分好みに育て上げてたレミングスの馬鹿息子』の噂は聞いてるというか……多分その若い男の子ってのが、君、だよねぇ……ほんと、ごめんよ」


 噂どころか、事実だ。「だったら聞かなきゃ良かったのに」とでも言いたげにヴェルシエラは肩をすくめて、苦笑してみせる。


「別に良いわよ。矯正された喋り方がどうしたって直らなくなっちゃっただけで、今は割り切ってるもの。

 裏取引のルート持ってるのも、不労所得いっぱいあるのも、全部、彼のおかげだし……結果的に、役には立ってるわ」


 ヴェルシエラの言葉は、どこまでも本心だ。

 だが、何の覚悟もなく彼の闇に踏み込んでしまったオスカーからしてみれば、罪悪感しかないだろう。


「……。元の名前の方、聞いてもいいかい? 呼ぶなら、そっちで呼びたいなーって」


 オスカーがどこかしょんぼりした様子でそう言えば、ヴェルシエラは視線を泳がせた。


「うーん……別にそっちで呼ばれるのも苦じゃないと思うんだけど……えーと……困ったわね。ど忘れしたわ。ルーシオちゃん、アタシの元の名前、覚えてる?」

「え……?」


 ヴェルシエラは「ふふ」と笑いつつも、心底困った様子で口元を覆い隠す。


「ごめんなさいね。色々ありすぎて、自分の昔の名前をパッと思い出せないのよ。喋り方が直らないのと一緒ね」

「あー、うー……うーん。ごめんね」


 ストリートチルドレン経由マフィア(?)育ちの狙撃手とは違う方向性で、重い——あまりの発言に、気まずい空気が流れる。

 とりあえず、この状況をどうにかすべきだろう。ルーシオはヴェルシエラへと視線を向けた。


「『ヴェルナー・リンメル』です。ヴェルナーだから“ヴェル”ですよ」

「……ああ、うん。そうだったわね」


 ヴェルシエラはうんうんと他人事のように頷いているし、これはルーシオとエスメライだけが知っている情報だ。軍医のエスメライはともかく、ヴェルシエラは旧ステフィリオンの戦闘員だったこともあり、意図的に情報を制限しているためだ。

 ゆえに、初耳だったレヴィは狼狽えている。それ以上に、オスカーが狼狽えている……空気が、とんでもなく終わっている!!


 どうしたものかと思っていると、このタイミングでエスメライが戻ってきてくれた。

 ルーシオは彼女に向かって叫ぶ。


「エスラ! 自己紹介の時間だ!」

「自己紹介!? なんで!?」

「自己紹介したら色々教えてくれそうな気配だからだ!」


 そう言って、ルーシオは親指でオスカーを指差した……オスカーは楽しそうに両手でピースサインを作っていた。


「はっはっは、君のこともちゃんと知りたいからに決まってるじゃないか」

(すまん!!)


 結果的に仲間を売った事実に胸を痛めつつ、ルーシオは困惑するエスメライの姿を見守っていた。

【Tips:高等研究院】

 グランディディエ連邦が誇る研究機関。イメージ的には大学院とMENSA、その他諸々を混ぜたような場所。

 入試難易度がとんでもなく高く、もはや入るだけで名誉称号を得たも同然と言われている……が、本編中に出てくる該当者は全員サラーっと入ってしまったヤバい人たちである。


 とにかく様々な分野について研究できる場所で、文系も理系も多岐に渡る。一応5年で卒業できるが、籍を置いたまま内部研究を続ける人間が大半。

……というより本当に優秀な人間しか集まらないせいで、一度入ってしまうと研究院側が冗談抜きで足を掴んで出してくれなくなる。

 そのため(色んな意味で頑張って)卒業しても出入り自由の権利を得るし、退学を申し出ようものなら強制的に院長室に送られる。


 なお、過去に『休学』はともかく『退学』に成功した人間は1人もいない。

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