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ストーカー竜娘と復讐鬼の王子様 〜今、あなたの後ろにいるの〜  作者: 逢月 悠希
第2章『黙した傷の在処、語らぬ想い』
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36.偽りの残照-1

——ラザラスたちが、放送局を出た頃。


 ルーシオはクロウを連れて、深夜の街を歩いていた。

 辺りは静けさに満ちていて、横を歩くクロウの息遣いのみが聞こえてくる。

 ほんの少しだけ、呼吸が荒いのが気になってしまった。


「……クロウ」


 ルーシオはちらりと彼を一瞥し、口を開いた。


「連れてきておいて、無責任だとは思うが。お前、本当に大丈夫か?」


 クロウが任務で負傷した上に呼吸困難を起こしてしまったのは、つい3日前の話。

 ルーシオが不在の間にロゼッタを呼び出してどうにかしてもらったようなのだが、それでも多少辛さが残っているのだろう。

 魔術をこれでもかと重ね掛けして誤魔化しているようだが、限度があるらしい。


 彼はじっと前を見据えたまま、呟くように話し始める。


「大丈夫です。というか『大丈夫』と言わなければいけない場面ですね。

 今日を逃すわけにはいかないですし、そのー……適性の問題で他の誰にも頼れませんし……」

「マジですまん……」


 彼らの目的は、ただひとつ。

 オスカー・ドレイクに、接触することだ。


 先程まで流れていた放送を聞き、2人はすぐに放送局を出るだろうオスカーを追うために拠点を出た。

 追跡班(ハウンズ)により、彼の帰宅ルートは判明している。


 彼は今日の昼頃にはグランディディエ連邦を発ち、カイヤナイト公国に長期滞在することとなる。それでもクロウの負傷に伴い、予定を変更してオスカーの帰還を待ってから行動しようと決めていた……そうする、はずだった。


 ゆえに、これは完全に予定外の行動だ。

 クロウに無理をさせている自覚はある。だからこそルーシオは、黙って奥歯を噛みしめる。


(だが、あいつが……オスカーが放送で喋ってた内容が、あまりにも気になりすぎたんだ……)


 ルーシオ達は、ラザラスが出演している番組はすべてチェックするようにしている。

 つまり2日連続でオスカーに振り回された彼の姿を見ているわけだが——今日の放送内容が、あまりにも気になったのだ。

 

『ふむ……確かに、それはちょっと公にしにくいね……人身売買とか、変な噂もあるし。そっち系?』

 

(ジュリアスの件で、いきなり“人身売買”に触れてくるのはおかしいだろ……!)


 正直、あれはラザラスを誘導したようにしか見えなかった。

 ラザラスは上手く誤魔化していたが、うっかり同意しようものなら大事故確定だ。

 もしくはオスカー自身が何かを知っていて、あの場では単に口を滑らせただけなのか。


(何がどうなったら、あんなこと言うんだよ……)


 あの発言がでた理由は、分からない。

 だが、流石にこのままカイヤナイト公国に行かせるわけにはいかないという結論が出たのだ。

 

 考えながら歩いていると、少し前を歩いていたクロウがすっと手を出し、ルーシオを止めた。


「……いました。オスカーです」


 有名人ゆえか、彼はとにかく人通りのない道を歩く癖があるらしい。

 そんな情報が、追跡班から入ってきている。


 情報は本当のようで、彼は路地裏の奥へと歩みを進めている。これなら、わざわざ追い詰める必要はないだろう。


「さて、どうしようか?」

「オレが先に出ます。とりあえず隠影(イクリプス)黙影(サイレンス)で、オスカーの裏を取るので……ルーシオさんは、状況に応じて出てきてください。基本は物陰待機でお願いします」


 自身の痕跡を完全に消して影に隠れ、相手の背後を取る。それは、クロウが得意とする暗殺術のひとつだ。

 この場で暗殺まではしない予定だが、有効な手段なのは間違いない。


 頷けば、クロウは影に隠れ、オスカーとの距離を詰め始める。

 こうなってしまうとルーシオには何も見えない。だが、彼を信じてオスカーを追うしかない。


 懐に隠した拳銃の存在を確認し、物音を立てないよう、静かに進んでいく。

 自身の心臓の鼓動が、やけにうるさく感じた。


(……ん?)


 歩きながら、ルーシオは気づいた。

 オスカーが、路地裏を選んで歩くこと自体はまだ分かる。

 芸能人である彼にその手の癖がついていても、何もおかしくはない。

 だが、彼が選んでいる道が()()()()気がする。この先に行っても、何もない。

 ルーシオは急いでスマートフォンを取り出し、地図を確認した。そして、慌てて顔を上げる。


(まずい! これは……っ!)


 自分達が向かっている先は路地裏は路地裏でも、行きつく先は行き止まりだ。

 この先に行っても、人が寄りつかない寂れたビルばかりで、何もない。


 オスカーが自らの意思でそこに向かっているのであれば、その行為には確実に何かしらの思惑がある。


(っ、背に腹は代えられん! 戻ってこい!)


 クロウがこれ以上オスカーに近づかないように、ルーシオは物陰に隠れると同時、彼に連絡を入れようとした——その時だった。


「……。あのさ、詰めが甘いよ」


 オスカーが、おもむろに振り返る。その目は、アスファルトの地面を見つめている。


……否、彼は明らかに“影に隠れているクロウ”を見つめていた。


(な、何が……!?)


 連絡は、まだ入れていない。

 ゆえに、着信音やバイブレーションの類は、()()()()()()()()()。非魔術師であるオスカーに、気づかれる要素はどこにも無かったはずだ。


 しかし、動揺する時間さえも与えてもらえなかった。

 オスカーはアスファルトを指さし……静かに、口を開く。


「【断崩霊(アナイア・ディスペル)】」

「ッ!?」


 影からクロウが勢いよく弾き出され、地面を転がった。


(な……っ!?)


 飛び出しかけた自分を、何とか諫める。

 今出て行ったところで、クロウの邪魔にしかならない!


 非魔術師だと公表していた彼が、何故魔術を使ったのか。

 ルーシオは慌てて周囲を見回すが、誰かが隠れている様子は、ない。


——つまりオスカー“が”術を使ったという事実を、否定のしようがない!


 オスカーはゆっくりと、地面に転がったままのクロウに歩み寄っていく。


「さーて……君は俺に、何をするつもりだったのかな? そんなに色々と自分に術掛けちゃって。

 何されるか分かんなくて危ないから、全部弾き飛ばすしかなかったよねぇ? うーん、随分と苦しそうだけど、大丈夫かい?」

「う、るせぇ、よ……! 黙ってろ……!」


 意識はあるようで、クロウは目の前のオスカーに悪態をついている。

 しかし、どうやら上手く動けないらしい。使われた術が、あまりにも悪すぎた。

 

 断崩霊。

 それは中級無属性魔術『崩霊(ディスペル)』の上位互換だ。

 

 対象の魔力を離散させ、術の発動を妨害すること自体は変わらない。

 だが、不意をつけば自分よりも総魔力量が多い人間にも効果を発揮し、さらにしばらく効果を持続させることができてしまう。そんな、厄介な術だ……そしてそれは、並の魔術師では使えない術だ。


(ちくしょう、アイツ、非魔術師に擬態してやがったな……!?)


 真相に気づき、ルーシオはクロウに視線を移す。

 コンクリートの上に転がっていた彼はどうにか立ち上がったようだが、隠影や黙影だけでなく、己に掛けていた付与魔術を全て弾き飛ばされてしまったらしい。


「ぐっ、う……っ」


 クロウは腹部を押さえ、苦しげに肩を震わせている。

 ただでさえ、彼は数日前に負った怪我がまるで治っていない。容態が悪化する前に、今すぐに、退散すべきだ。

 今なら、まだ間に合う。迷わず、ルーシオは撤退命令を出そうとした。


(……!?)


 しかし、クロウのスマートフォンを鳴らそうとした、その瞬間。

 オスカーに強く、睨まれたような気がした。


……ゆえに、動けなかった。


(え……?)


 彼の視線は、クロウから動いていない。

 動いていない、はずなのに。


 それなのに、何故だろうか。

 怖い。

 震えが、止まらない。


(ッ、なん、で……!?)


 実際に対峙しているのは、クロウだ。

 睨まれているとすれば、彼のはずだ。


(物陰に隠れているだけの俺が、こうなるなんておかしいだろ!? なんでだよ……っ!)


 分かっている。なのに、逃げ出したくなるほどの、全てから目を背けたくなるほどの恐怖が、ルーシオを襲う——今すぐにクロウを逃がさなければならないのに、頭が、全く働かない!


 オスカーは目の前のクロウを見て、首を傾げている。


「おや? 君は平気……とまでは言えないけど、頑張ってるみたいだねぇ」

「……っ、煽るんじゃねぇよ。この程度、どうってことはない……!」

「ふうん? そっかぁ」


 オスカーが、クロウに右手を向ける。何かしらの術を、追加でぶつけようとしているらしい。

 だが、それを素直に許す気はないと言わんばかりに、クロウはふらつきながらもコンクリートの地面を蹴る。そして腰に隠し持っていたナイフを取り出し、オスカーに襲いかかった。


「おおっとぉ? 物騒なもの、持ってんねぇ」

「やかましい……っ!」


 あれは、純粋にオスカーを脅すためだけに用意したものだ。

 よほどのことがない限りは、芸能人である彼を傷つけるつもりはなかった。目立つような真似は、しないつもりだった……だが、この状況ではもはや、そんなことを言っている場合ではない!


「うーん、困ったなぁ。君は並の戦闘員じゃなさそう。あはは」


 オスカーはひらりと身体を翻し、クロウの攻撃を避ける。

 クロウが本調子ではないとはいえ、あまりにもあっさりと躱されてしまった。


 身のこなしが、軽い。

 自身に、身体強化(エンハンス)系統の魔術を使用しているのは間違いないだろう。


 そもそも、場慣れしすぎている。

 この手のことは日常茶飯事だと、言わんばかりに。


「んじゃ、ちょっと“お仕置き”しようか。君の目的、分かんないしねぇ」


 この、最悪な状況で。


——オスカーは、悪戯めいた笑みを浮かべた。

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