30.声が聞こえる-2
「とりあえず、顔は隠していこうと思うんだけど……」
(……肝心な部分が全然隠せてないんだけど)
ラザラスはとにかくフードを深く被って誤魔化そうとしているが、残念過ぎるレベルで誤魔化せていない。
相変わらず彼の目は包帯で覆われているし、露出している左の頬は僅かに青黒く変色している。
(顔をやられちゃってるのよね。トラウマ的なものは、大丈夫だったのかしら……)
ある程度、彼の過去を知っている身としては、正直放ってはおけなかった。
『ところであなた、目……大丈夫、なの?』
「腫れて開かないだけだよ。失明とか、視野が欠けるとか。そういうのは無さそう」
『そ、その……生活は?』
問えば、ラザラスはかなり気まずそうに顔を背けてしまった。
アンジェリアは思い出す。そして、意を決して口を開いた。
「……。“ロゼッタ”?」
声に出して、名前を呟く。
すると、何もない場所から、ラザラスの背後から——唐突に、気配を感じた。
「はいはーい!」
「ぴゃああぁああっ!?」
……何か、いた。
急に話しかけられ、思わず悲鳴を上げてしまった。
「あっ、あっ、ご、ごめんなさい……っ!」
悪いのは自分だが、とんでもなく人の目が気になる!
ラザラスの手を掴み、アンジェリアは慌てて放送局内部に駆け込んだ。警備員を呼ばれるわけにはいかない!
いきなり怪奇現象に精神をぶん殴られたアンジェリアは、比較的人気のない場所に移動してからラザラスの顔を見上げた。
『ラズ……?』
「えっと……ずっと、一緒にいるんだ。生活助けてもらってる。どこにいるのか、分からないけど……助かってる」
『色んな意味でもっと動じなさいよ!! 前も思ったけど、なんでストーカー引っつけてんのよ!! 夜道で襲われたらどうすんのよ!!』
本当に、そう思う。
心の奥底から、そう思う。
助かってるとか言わないで欲しい。
ただでさえこの男、夜道で襲われたに限りなく近い経験をしているのに!
そしてストーカーは、当たり前のように精神感応を飛ばしてきた。
『大丈夫です! わたしは安全なストーカーです!』
(どこが!? ストーカーに安全も危険もないでしょ!?)
……と思ったが、恐らくこのストーカー、そこまで魔力制御は上手くない。
精神感応に“声”が乗ってしまっていた。
【ラズさんの美しい顔に傷残すとか、大馬鹿の所業だよね、絶対に許さない】
(色々知ってないと出ないこと考えないで!?)
——普通に、怖い。
とりあえず、ラザラスのポンコツっぷりをどうにかすべきだろう。
『ていうかラズ! この子、あなたの過去ガッツリ知ってるじゃない! 絶対危ないストーカーよ!!』
「……そ、そうなのか。過去知られてるのは、今初めて知った……」
そして当たり前のように、ラザラスが余計なことを考えていた。
【ああ、だから付きまといはするけど、夜這いとかそういうことはしないのかな、この子……なるほど、な……ありがたい、な……】
(それはストーカーがあなたにそういうトラウマがあるってこと、ちゃんと知ってるって意味なんだけど!? 「ありがたい」とかそういう問題じゃないんだけど!?)
どうしよう、このポンコツ!!
ネットの掲示板で助けを求めたことを思いだしながら、アンジェリアは首をゆるゆると横に振る。そして、勢いよく思念を飛ばした。
『そもそも家に入られてる時点でおかしいのよ! お願いだからもっと危機感持って!?』
両目が潰れた状態でどうやってここまで来たのか聞こうと思っていたのだが、その必要は無くなった。
十中八九、ストーカーがラザラスを助けているのだろう。もしかすると感影辺りの探知系魔術が使えるのかも知れない。
そういう意味では、役に、立っているのかもしれない。
(引き離しちゃダメなのは、分かった……残念だけど……)
ストーカーに良いも悪いも無い気がするが、このストーカーは今のラザラスにとって必要不可欠なストーカーであるということが分かってしまった。
(……とりあえず、ストーカーと話してみよう)
ラザラスの危機意識がどう足掻いても終わっている。ゆえに、会話に彼を混ぜるとややこしくなりそうだ。
アンジェリアはロゼッタだけを対象に思念を送る。
『えっと、ロゼッタ。もしかして、あなた、善良なストーカーなの?
そのー……夜這いはしてない、みたいだし……』
『はい、善良なストーカーです! えっと、知ってそうなので普通に言うんですけど、夜這いの類はラズさんにやったら、ダメかなって……?』
『知ってる。そうね、ダメだと思うわ』
『ですよね? というより、最初からそういう発想が無かったというか。わたしはただ、後ろにいるだけなので!』
『あー、うん……善良なストーカー、なのかしら……うーん……』
後ろにいる“だけ”の意味が分からなさすぎるが、だんだん感覚が麻痺してきた。
ロゼッタは何故か、少し黙り込んでしまった。
悩んでいるようだ。
(どうしたのかしら?)
そうして、彼女は思念を飛ばしてくる。
『すみません、ちょっと気になってたんですけど……わたしとラズさんの考え、かな? そういう感じの、読んでます?』
どうやらこのストーカー、勘が良いらしい。
一体どのタイミングで気づいたのだろう。観念して、アンジェリアは微笑む。
『ごめんね。風属性の『真聴』って術の効果。制御できないから、ずっと読みっぱなしなの。ラズは知ってるんだけど……その、気を悪くしたら、ごめんね』
ラザラスは、アンジェリアの体質を知っている。しかし、ロゼッタは何も知らない。
だから、嫌悪感を剥き出しにされても仕方がない——そう、アンジェリアは思っていた。
……だが、
『えー、そんなの、仕方ないじゃないですか。ていうか、アンジェさんの方が辛いでしょう?
さっきのチャラ男とか相当変なこと考えてそうでしたし……なので、わたしのことは気にしないでください!』
別の声が、聞こえない。
つまり彼女は、本心から“そう”言ってくれた。
「……!」
この子、良いストーカーかもしれない!!
心優しい上にラザラス並に裏表がない思考をしていたストーカーに、アンジェリアの危機感も爆発四散した。
然るべきところに通報してくれそうな存在が、またひとり消えてしまった。
「おーい、アンジェ。どうした? 怖かった……か?」
ラザラスを放置してしまった。しかも、心配されてしまった。
『あ、ごめんなさい! ええと、その、自分の容姿を利用して女の子を取っ替え引っ変えしてたチャラ男に捕まってて……助かったわ』
ストーカー、もといロゼッタにも心配されていたようであるし、ひとまず自分の事情を話しておくべきだろう。
そう思い、2人を対象に飛ばした“思念”の内容に問題があった。
「……そっか」
【それは……昔の、俺だな……】
ラザラスが、上を向いてしまった——そうだこの男、対人関係がポンコツ化する前は超絶タラシのモラルポンコツだった!
『いや、その、ラズのことじゃないから……ごめん……』
すかさず謝ると、ラザラスは本当に申し訳なさそうにアンジェリアと目を合わせてきた。
「まあ、女の子側からしてみれば、俺達みたいなタイプは、どう足掻いてもクズだから……なんというか、その……顔目的だなって、アクセサリー扱いだなって分かると虚しくなって。
だったら、こっちも少々遊んでも良いかなって考えちゃったというか……あー、自分で言ってて思うけど、最低だな……上手く言えないんだけど、とにかく、ごめん……」
相当に酷いことを言わせてしまったが、そもそもラザラスは、アンジェリアに“本音と建前”が通用しないことを理解している。
しかし彼は、面倒だからとアンジェリアから距離を取ることもなければ、諦めて普通に接するわけでもなく、それどころか「どうせ伝わってしまうなら」と少々言いにくいことであろうとハッキリと己の口で言ってくれるのだ。
そんな男の愚直さを、アンジェリアは非常に好いていた。
だからこそ、決して褒められた内容ではない彼の発言を聞いても、全く嫌な気持ちにはならなかった。
『そうね。気持ちは分からなくは、ないわ……大丈夫、アンタはそういうのじゃないって、分かっ……』
……ストーカーの前で、この会話はまずいのではないだろうか?
そう思い、アンジェリアはロゼッタに思念を飛ばす。
『ロゼッタ、あの……』
『……。知ってます。ギリギリ常識の範囲内の遊び方ではあったってとこまで』
ラザラスも気づいたのだろう。少し狼狽えている。
事実を伝えるのも伝えないのも可哀想だが、とりあえず……伝えることにした。
『安心しなさい。えっと……ギリギリ常識の範囲内だったって分かってるみたいよ』
「な、なんで!?」
『誰かに、教えられたんでしょうね……たぶん……』
どうせラザラスの裏稼業関係者だろうな、とアンジェリアは目を泳がせる。
そもそも引きこもり予備軍であるはずの彼がストーカーを引っつけた理由も、裏稼業案件絡みだと彼女は考えていた。
(ああ、そういえば……ひとり、その手の話題をとんでもなく嫌悪する人がいたわね……あの人でしょうね……)
喫茶店『calme』。
放送局からしばらくまっすぐに歩いた先。フェンネルの大通りにある、外装が可愛らしいお店。
ラザラスの裏稼業仲間が、喫茶店の従業員に擬態している事実を知らなかった頃に、そこに客として行ったことが何度かある。
その際に従業員の少女、レヴィに必要以上に絡む、
とんでもなくマナーの悪い客がいた。
困り果てたレヴィと客の間に入り、大人の対応をしていた人物がいたのだが——その人物の“心の声”が未曾有の大事故になっていた。
あれはもう、見た目と中身のギャップが酷すぎて、忘れようがない。
(あの喫茶店自体が真聴対策すごかったんだけど……それでも貫通してたからね……)
風属性の上級術である『真聴』は、相手の言葉の裏にある想いを読み取る術だ。
アンジェリアは常に、この術が発動したままになっている。だが、あの喫茶店で真聴が発動したのは1度だけだった。
だからこそ、アンジェリアは居心地の良いあの店を好んでいたし、ラザラスが道を踏み外す瞬間まで、従業員であった彼らの“正体”を知らずに済んでいたのだが。
『まあ……うん、別に悪いようには考えてなさそうだから、諦めなさい……』
「う……」
だが、ラザラスがさらに、違う意味で道を踏み外しかけている気がする。
ストーカーを忌避するどころか、ストーカー“に”嫌われることを恐れないで欲しい。むしろ、積極的に嫌われに行って欲しい……本当にこの人、ダメかもしれない。
現実逃避気味に、アンジェリアは時計を見る。
そして、視線を泳がせた。その動作を見たラザラスも、時計を見た——彼は小さく、乾いた笑い声をあげた。
「時間だな。ごめん、絶対迷惑掛けると思う……」
『仕方ないわよ。私が、どうにか……足掻くわ』
そろそろ、もはや“恐怖”でしかない収録の時間だ。
ラザラスの目が潰れている状況で、どこまでやれるだろう。
とんでもなく申し訳なさそうにしている彼の手前、「足掻く」とは言ったが……全くもって、自信がない。
(やるしか、ない……)
アンジェリアは拳を強く握り締め、ラザラスと共に放送局内部へと足を進めていった。
【Tips:遊び人ラザラス問題】
本編中で定期的に話題になり、(後書きですら)死体蹴りされるラザラスの黒歴史。大体15〜17歳くらいの話。
ラザラスは顔面云々に加えて素で行動させても結構ヤバいという特徴を持つにも関わらず、6年前までは女性に好かれそうな行動を意図的に繰り返していた。
具体的には『失恋直後の女の子を慰めるフリをして落としに行く』くらいのことは平然とやっていたし、百発百中で成功させていた。そして相手に告白させるところまで持っていっていた。
その結果、15話でロゼッタが予想していた通りで月替わり、酷いときは週代わりくらいのペースで彼女が入れ替わっていた。
ちなみに振るのは毎回ラザラスの方。何故なら彼は露骨に自分をアクセサリー扱いされると、嫌悪感の方が強くなってしまうため。何なら2日くらいで彼に振られた女性も絶対に存在している。
とはいえ、本人は相当に反省している上に何かしらの法に触れてしまうようなことはやっていない(さらに言えば、振る理由が理由なだけに100%ラザラスに非があるかと言われると微妙に怪しい)ので『ギリギリ常識の範囲内』と言われている。




