28.慈愛と自嘲-3
(これは……)
——酷いな、とレヴィは率直に思った。
目の前で、幼い子どもたちがすすり泣いている。
本来であれば親の保護下にあるべき年齢の幼子達が、助けを求めて檻の外に手を伸ばしていた。
中には、父親か母親に助けを求める子どもも混ざっている。
彼らは無理矢理、親から引き離されたのだろう……息苦しくなるような、光景だった。
「クロウさん。ボクが片っ端から檻の鍵、開けていきます。回収班の方々の手配をお願いします」
早く助け出してあげたいと思ったレヴィは、片っ端から『念動』で鍵を開けていく。
子どもは身体が小さいからこそ、檻も小さくて構わないということだろうか。
乱雑に積み上げられた檻は、いつもより多い。流石に少し、骨が折れそうだ。
そんなレヴィの様子を見て、回収班との連絡を終えたクロウは口を開いた。
「檻の数が多いな。途中で変わるから、お前はあんま無理すんなよ」
「クロウさんは経路の確保してきてください!」
「はいはい」
どうしても、直視はさせたくない。
そもそも念動に関しては圧倒的にレヴィの方が精度は高く、使う魔力量も節約できる。
自分がやった方が、効率が良いという考えもあった。
(困ったな……何人か、出てこれないみたいだ……)
鍵を開けきることには成功した。
だが、檻が異様に高く積み上げられているせいで、上の方に入れられた子どもが「怖くて降りられない」と泣き叫んでいる。
「はいはーい、迎えに行きます。もう泣かないでくださいねー」
念動を使っても良かったのだが、自分の魔力の波長はクロウやエスメライ、ロゼッタのものとは異なり、雪のように冷え切っている。
鍵開けならともかく、子どもに対して直に術をぶつけてしまえば、間違いなく不必要に怯えさせてしまうだろう。
(パパの影響ではあるけど……こういう時だけは、自分の魔力の波長が嫌になっちゃうな)
幸いにも囚われていたのは小柄な子ばかりだったため、抱えて運ぶことができそうだ。
怖がらせないようにとレヴィは空を飛び、子どもを迎えにいった。暴れる気配はない——どころか、縋りついて泣かれてしまった。
「お姉ちゃーん、うわああぁん……」
「な、泣かないでください……大丈夫ですよー……」
これはこれで困るな、とレヴィは固まってしまった。
無理矢理引きはがすのはどうかと思うし、かといってこのままでは他の子どもたちを助けられない。
そのまま固まっていると、クロウがやってきた。
「おー……お前も“お姉ちゃん”って呼ばれる歳になったかぁ」
「!?」
自分はもう幼い子どもではないというか、「これでも出会った時のあなたと同い年です。もう18歳です」と言い返したくなった。
こんな時だというのに、微笑ましげに見守られているのが分かる。
勝手に成長を感じられても困る!
「ちゃ、茶化してる場合じゃないです!」
とにかく、そういうことをしている場合ではない。恥ずかしさもあり、クロウをちょっと睨んでしまった。
「はは、悪かった悪かった! で、そのまま選手交代すっか。オレが片っ端から念動でガキ降ろすから、レヴィは泣いてるガキを回収班に預けに行ってくれ。
回収班、人当たりが良い奴を優先して並べといたから、預けさえすればどうにでもなると思うぞ」
「いや、降ろしさえすれば、放置でも……」
そこまで言って、レヴィは自分に縋り付いている子どもに視線を落とす……もしかすると、この子と似たような状況と化している子が大半なのかもしれない。
そうだと、すれば。
「放置したら、悪化しちゃう可能性があるんですね?」
「だな。コイツがこんだけ泣いてんじゃ、もう他のにも不安が連鎖しちまってるだろうな。だから、大抵はひとりじゃ動けねぇと思うぞ」
「連鎖……他の子に、影響されちゃうんですか?」
「小さいガキにはよくあることだよ。しかもコイツらはただでさえ知らねぇ場所で痛い目に遭ってんだ、それだけでもう限界だろうな。
何なら泣き喚いて自力で歩けねぇ奴が出てくる覚悟もしとけ。そういうのは抱えて連れてくしかねぇからな」
子どもに詳しいを通り越して扱いに慣れすぎているクロウの姿を見ると、胸が酷く痛んだ。
もはや彼よりも、彼を見ている自分の方が苦しいかもしれない。
「分かりました。とりあえず、この子を降ろしてすぐに帰ってきます!」
レヴィは子どもを抱え直し、回収班の元に走る。
子どもを預けた後、そのまま一部のメンバーに来てもらうことも考えた。
だが、何かの間違いで来てもらった人間が襲われるような事態を起こしてはならない。
今回の被害者が幼子であることを考えると、その手の事態は徹底的に避ける必要がある。
少なくとも大人がパニックを起こす姿は、絶対に見せてはならない。
そんなことがあれば、確実に連鎖どころの騒ぎではなくなってしまうからだ。
(なかなか上手くは、いかないな)
小走りで戻れば、既に何人かの子どもがクロウの傍に座り込んで泣いていた。
「うぁーん……うああぁん……」
やはり、自力では動けない様子だ。
冷たい鉄とコンクリートだけの空間に、子どもが泣きわめく声が響いている。
「お、レヴィ。戻ってきたか。いきなりで悪ぃんだがな、ひとり、オレの足に引っついてんだわ。奥に行きてぇのに、動けん。引っぺがして連れてってくれ」
「えぇっ!?」
確かに、クロウの足に縋りついて泣いている子がいる。
わざわざ自分の身体の近くに降ろすのが悪いのではないかと思いはしたが、怯える子どもを適当に床に転がすのも嫌だったのだろう。
ぐずる子どもをどうにか説得して、クロウの足から引き離す。
すると、他の子どもも何人か一緒に着いてきてくれそうな気配があったため、声を掛けてまとめて連れて行くことにした。
「あ、あれぇ!?」
……が、今度はレヴィの足に軽く纏わりついてくる子どもが現れた。
上手く歩けないなと思いつつ、一生懸命に甘えてくる姿を見ていると振り払う気が起きなかった。
(こんな状況じゃなきゃ、託児所みたいで可愛かったんだろうな……)
託児所どころか、もはや、真逆の環境だ。
最悪が過ぎる。
正直、色んな意味でものすごく嫌になってきた。
早く帰りたい。見たくない。
(うぅ……育児のプロがいて良かったかもしれないな……ボクの立ち位置からしたら、すごく不本意だけど……)
レヴィは本気で「クロウと一緒に来て良かった」と、心の底から思ってしまった。
彼のサポートをするために来たというのに、むしろ全力でサポートされてしまっている。
だが、この惨状を見た彼の精神も心配ではあるが、残念ながら自分ひとりでわんわん泣きわめく子どもたちを相手に、しっかり対処できた自信が無い。
何なら、なかなか片付けられなかった気しかしない。事態を悪化させる可能性すらあった。
レヴィはひたすら子どもたちを連れて行き、回収班に預ける作業を続ける。
ようやく、終わりが見えてきた。
(とんでもない人数だった……あんな場所に押し込められて……怖かっただろうな。無事に助けられて、良かった)
クロウの元に、戻る。
あと数人だけ、あの部屋に残っていたはずだ。
彼が自分で連れてくる可能性もあったが、片腕では大変だろうし、手伝った方が良いに決まっている。
そんなことを考えながら、レヴィは小走りで戻る——真新しい、鉄の臭いを感じた。
「!?」
慌てて、扉を潜る。
血に塗れたナイフを握りしめている竜人族の子どもが数名。
そして、自身の脇腹を押さえているクロウの姿が、そこにあった。
「え……っ、クロウさん!?」
「っ、騒ぐな。急所は外させた、問題ない」
子どもたちが握りしめているナイフは、クロウのものでは無い。
つまり、彼らが元から持っていたものなのだろう。
「あー、くそ……『ガキ並べてるだけ』かと思いきや、アイツら、変な入れ知恵してんな……」
ポタポタと、クロウが脇腹を押さえる指の隙間から血がこぼれ落ちていく。
そもそも、傷が深いのは脇腹というだけで、何か所か負傷している様子だ。流石に、少々息が上がっている。
——子どもたちが、震える声でボソボソと何かを呟いている。
「お母さんが言ってたんだ……白い髪に、赤い目。そいつが全部、悪いんだって」
「そうだ、だから、殺せって……」
「そいつがいなきゃ、こんな目に遭わずに済んだんだって……」
子どもたちの目は、どこまでも虚ろだった。
クロウを見ているようで、焦点があっていないように見える。
彼らはナイフを強く握りしめ、じりじりとクロウに迫っていく。
全員、恐怖心のあまりおかしくなってしまったのだろうか?
(変なこと教えた挙句、ナイフ持たせたってことか……!?)
ラザラスの時もそうだったが、相手が被害者である以上、原則こちらは手を出せない。
しかも、今回は子どもだ。クロウも反撃ができずに困っているのだろう。
しかも拘束や念動を使った制圧をしない辺り、彼が何の支障もなく使える魔力は尽きている可能性が高い。
(ラズさんだったら、とりあえず気絶させるとかそういうの、できたんだろうけどさ……!)
レヴィの銃火器もクロウの刃物も、対象を傷つけずに鎮圧する手段には向かない。
この場面では、絶対に使えない!
(まとめて強く拘束掛けるのが一番良いんだろうけど……子どもとはいえ竜人族を相手に、確実に決める自信がない。
しかも、これは回収班の人達に魔力譲渡頼みに走れる状況じゃない……っ)
どうしたものか、とレヴィは思考するが、すぐにひとつの結論に行き着いた。
そしてほぼ同時に、クロウが同じ結論を出したらしい。
「ま、これはしゃーねぇな。レヴィ、あとは頼むぞ」
クロウが何かを小さく口ずさむ——ゆらり、と世界が揺れた。
今まで無かったものが、膨大な魔力が、辺りに広がっていく。
いつも以上に青白い顔をした彼は、レヴィに右手を向ける。
「……。【魔力譲渡】」
辺りに広がった魔力の全てが、レヴィに収束する。
即座に、レヴィは子どもたち全員を対象に術を発動させた。
「【念動】……ッ、【拘束】!」
子どもたちの動きを止めると同時、念のためナイフを遠くに飛ばす。
床に倒れ込んだ際に怪我をしないように、という意図だ。実際、少し危なかった。
「クロウさん! ちょっとだけ待っててくださいね!」
暴れる可能性がある以上、拘束を掛けたまま回収班に託すしかないだろう。
レヴィは術を保持したまま、子どもをひとりずつ運び出していく。
再び往復を繰り返す。
すべてを終えてクロウの元に帰ると、彼は壁に背をつけて目を閉じ、荒い呼吸を繰り返していた。
「はー……マジでやられた。ドラグゼンの奴らが高笑いしてんのが見えるレベルだな。なんか来るのは確実だったってのに……避けらんねぇのはマヌケにも程があんだろ、くそ……」
意識はあるようで軽口を叩いてもいるのだが、相当に苦しそうだ。
急所は外させたというのは本当なのだろうが、彼の場合はもはや、そういう問題ではない。
「クロウさん、飛びますよ」
「……。悪ぃな」
差し出された右手には、彼自身の血がべっとりと付いている。
躊躇わずにその手を取り、レヴィは拠点を目指して転移を発動させた。




