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ストーカー竜娘と復讐鬼の王子様 〜今、あなたの後ろにいるの〜  作者: 逢月 悠希
第2章『黙した傷の在処、語らぬ想い』
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28.慈愛と自嘲-2

 突貫工事で整備したのだろう。いつも以上に荒れた建物内を、レヴィは歩く。

 相変わらず闇に隠れる気がない格好をしたクロウは、少し前を歩いていた。


(……さて)


 物音がした。

 レヴィは『聴力強化(アウリス)』を使うことはできないが、それでも、長年の経験で分かる。何かが、集まってきている。そしてレヴィ以上に戦闘経験が長いクロウも、何かを察して構えている。


 だが、わざわざ目を合わせるようなことはしない。その必要はない。「分かっていないはずがない」と、互いを理解しているから。

 

 クロウの前方から微かな物音がした。

 片膝をつき、すかさずライフル銃の照準を合わせる。スコープを覗けば、明らかにドラグゼンが用意した戦闘員と思しき人間が、3人立っていた。


 引き金を、連続で引く。銃弾のうちの1つは、クロウの頭の傍を通過していった。

 どれだけ至近距離を狙おうが、誤って銃弾が当たることはない。彼ならば当たらないと、確信している。


 しばしの静寂。

 遠くで、重い物が倒れる音が複数回響いた。


(音は……3回。全部、命中したな)


 背後に、何かの気配がする。

 だがあえて、レヴィは動かない。目を閉じ、息をひそめる——その刹那、微かな悲鳴と血が飛び散る音。そしてクロウが床に足をつける音がした。


 振り返らないまま、レヴィは口を開く。


「……お疲れ様です」


「ああ、お疲れさん」


 レヴィは立ち上がり、膝についた汚れを払う。

 その横でクロウはサバイバルナイフについた血を払い落としていた。


 彼の様子を横目で見ながら、レヴィは内心で考える。


(これは正直、ボクだけでも行けた気がするな……)


 ハッキリ言って、敵が弱すぎる。

 サイプレス拠点でクロウ相手に60人も投下した反動かもしれないが、馬鹿にされているのではないかと思う程度には、弱い。


 しかし、だからと言って舐めてかかるほど彼女らは愚かではない。敵が弱いのであれば、恐らく“商品”に何かしら仕込まれている。

 幼い子どもばかり、とは聞いていたが、それだけでは無いのかもしれない。

 

 複数の可能性を考えながら、レヴィはライフルを拳銃に持ち替え、先へと進む。

 先ほど撃ち殺した戦闘員の胸元からカードキーを抜き取り、近くの鉄扉についていた機器にかざす。カチャン、という無機質な音がした。


「中には何もいねぇな」


 索敵用に『感影(センス)』を使用していたらしいクロウが、後ろから話し掛けてくる。その言葉を聞き、レヴィは静かに扉を開いた。罠の類も、なさそうだ。


「管理室、ですね。諸々集めていきましょうか」


 部屋にあったのは、会議の痕跡。そして書類の束だ。

 そしてこの拠点のいたるところに仕掛けられていた監視カメラの映像が、壁際に複数置かれたモニターに映し出されている。


 念のため道中のカメラはすべて破壊してきたが、まだ行っていない場所の映像は変わらず映されていた——逆を言えば、“映像がある場所”に行けば、今回の潜入任務は終了だ。


 拳銃から手を離さないまま、レヴィは中に入っていく。

 一方のクロウは、ナイフを手にモニターに視線を向けていた。


「んー……回収するにはするが、正直ダミー情報掴まされるだけな気もするんだよな」


「まあ、弱かったですもんね。ダミーありきで持って返りましょうか」


 ごくまれに、潜入先で得た情報が真っ赤な嘘だった、ということがある。

 今でこそ追跡班(ハウンズ)による裏づけが取れるようになったが、彼らが居なかった頃は本当に酷かった。


 潜入先で大怪我をして、何とか取ってきた情報がダミーだったと聞いた時は流石に凹んだなぁとレヴィは思い返す。

 エスメライとルーシオが自分にその事実を伝えまいとしていたことも含めて、数日は引きずってしまった苦い記憶がある……今でこそ、すっかり慣れてしまったのだが。


 とはいえ、ダミー情報はダミー情報で裏に有益な情報が隠れている可能性が高く、ルーシオの判断材料として活用されている。そのため、完全に無意味なものとまではいえない。


 机の引き出しを開ける。

 クリアファイルに挟まれた、少し厚みがある書類の束を見つけた。


(いきなり変な計画書出てきたよ……)


 手に取った書類を見ると、オブシディアン共和国における亜人の大量捕獲作戦に関する記述があった。保管場所は、サイプレスの奥地。

 クロウが受け持った潜入任務のことを考えると、あれはこれの伏線だったのだろうか? それとも、これは完全なダミー案件なのだろうか?


 色々思うところはあるが、今考えるべきことではない。そう思い、レヴィは書類の数々を『空間収納(アーカイブ)』にしまっていく。その最中、クロウの少し沈んだ声が聞こえてきた。


「……。ダミー情報でほぼ確定だろ。今回もまた、オレ狙いで間違いねぇみたいだしな」


 クロウは、1つのモニターを見つめている——しまった、とレヴィは息をのんだ。

 そのモニターが映していたのは、傷つけられた被害者たちを収監している一部屋だった。


 モニターから音は出ていなかったが、幼い子どもたちがすすり泣く声が、助けを求める声が、聞こえるような気がした。


 彼に見せてはいけないものを、見せてしまった。

 レヴィの考えを察したのか、クロウはゆるゆると首を横に振るう。


「分かってる。お前を含めて全員が意地でも引いちゃくれなかったからな。察してたよ、こんくらい」


 そして彼は、「はは」と乾いた笑い声をあげた。


「サイプレスの後、オレは相当に酷ぇ顔してたんだろうなぁ。まあ、流石に隠しきれたなんて思っちゃいなかったが……情けねぇ」


「クロウさん……」


「……悪ぃな、レヴィ。疲れてるだろうに、オレに付き合わせちまってよ」


 そう言って、彼は決まりが悪そうに視線を逸らす。

 ここでやるべきことは終わった。

 先に進もうと、暗に訴えている。


「知ってると思うが、ガキは捕まえたばっかの奴でもそこそこ高く売れるらしいからな。オレはこんな状況、アホほど見てきてる……慣れてる」


「……」


「だが、それでも何かあったら、頼む。正直、な……オレは……」


 その後の言葉は、出てこなかった。

 彼は続きを、発することができなかった。


(……。『もう自信がない』とか『自分が信用できない』とか、だろうな……)


 わざわざ、続きを聞くつもりはなかった。

 ただ、できることならそれを、予想で補完するのではなく、クロウ本人の口から聞きたかった。


 彼に、弱音を吐いて欲しかった。


「任せてください。何かあっても、すぐに『転移(テレポート)』で帰還しますから!」


「……頼むわ」


 ロゼッタのサポートがあったとはいえ、先の任務で無傷帰還を成功させてしまった程度には、クロウは強い。

 それこそ、ドラグゼン側も真っ向勝負では彼に勝てないと分かっている。だからこそ、今年は精神攻撃を中心に勝負を仕掛けてきたのだろう。


 実際問題、クロウには精神攻撃の方が効果的だ——だからこそ、この状況だ。


(せめて、たまには……たまには、ボク狙いの攻撃も来てくれよ……!)


 例年と比べると、明らかに様子がおかしい、

 追跡班がよく仕事をしているのは分かるが、そうだとしても異常だとレヴィには感じられた。


 何故、拠点潜入案件が大幅に増えているのか。

 クロウが執拗に狙い撃ちされる案件が増えているのか。


 その理由は、ルーシオと追跡班が必死に調べ上げている。


(ドラグゼン側の余裕が無くなった、なんて希望的観測はできない。そんなの、考えるだけ時間の無駄だ。

 だとすれば、近いうちに、何か大きなイベント……それこそ、国の重鎮が集まるような案件が絡んでるのかもしれないな)


 先程見つけた資料の大量捕獲の件が、脳裏をよぎる。

 もう裏で何かが行われること自体は、確定なのだろう。


(ただ単に、恒例の“闇オークション”の準備かもしれない……それにしたって、今年の勢いは凄いけどさ。そっちだとしても、何か理由はあるんだろうな)


 少なくとも毎年、数ヶ月後に大規模な闇オークションが行われていることは分かっている。


 しかし、それでも……そこまで分かっていても、現ステフィリオンが大きなイベントを潰せたことは、今まで一度もない。


 それでも、今回に関しては「可能性はある」と思われているのかもしれない。

 もしくは、例年以上の規模を企画しているのかもしれない。


 だからこそ、イベント前に大きな脅威であるクロウを、ありとあらゆる手段を用いて全力で潰しにかかっているのだとすれば、辻褄は合う……が、


(これは、ボクが考えるべき案件じゃないな)


 ゆるりと首を横に振るい、レヴィは先に管理室を出たクロウを追う。

 この先で待ち受けている光景を見て、確実に傷つくであろう彼の傍にいようと、歩く速度を速めた。

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