26.いつか来る日のために-2
床を、破壊した。
その罪悪感でしゅんとしているロゼッタを安心させるために、ルーシオは笑う。
「はは、そもそもここ管理してんのはヴェルさんだから、あの人が何も言わないなら大丈夫だ。
それよりもさ、戦闘員不足が解消する糸口が見つかったこと。そっちの方が、俺は嬉しい」
そして「もしかしたら」と、ルーシオは淡い期待を抱いた。試してみる価値はあるかもしれない。
「ロゼッタ、余裕はあるか? さっき言ってた、『魔力が無い人間にも筋力強化は入るのか』って奴……俺に、試してくれないか?」
「えっ? 良いんですか?」
どうやら試してみたかったようで、ロゼッタはうずうずしている。
(まあ、うちの戦闘員問題……ラザラスの件に加えて昨晩のクロウ見てりゃ、そりゃ気になるわな)
ロゼッタ自身は「自分にできることがあるのなら」とでも言いたげな様子だ。
だが、それはルーシオ自身が抱いている思いでもあった。本当にできるのであれば、願ったり叶ったりだ。
(クロウ本人が微塵も俺のことを恨んでないのが、余計にキツいっつーか……)
すべてを失った彼が、今もなお、酷く苦しんでいることだけは分かっている。
しかし、間違いなくそのすべてを理解することはできていない。
否、理解しようと思うこと自体が間違っていると言えるだろう。
だからこそ、「代わってやれることはすべて代わってやりたい」と強く願った。
それなのに、代わってやれないことが、あまりにも多すぎて……自分が嫌で嫌で、仕方がなかった。
「……」
こんな負の感情をロゼッタに見せたところで、どうにもならない。
己の胸に湧き上がる思いを必死に隠しながら、ルーシオは肩をすくめてみせた。
「やったこと無いから結果は不明だけどな。あ、だが『筋力強化』って自分以外を対象にすると負担エグいんだろ? 無理はしないで欲しい」
「大丈夫ですよ、たぶん! ダメならダメって言うので、ルーシオさんも無理はしないでくださいね!」
そう言って、ロゼッタは魔道具人形を連れてきた。
ちょっと怖がっているように見える。
その気持ちは、少し分かる。
見た目がだいぶ“アレ”だから、仕方がない。
彼女は人差し指と中指を立て、こちらに向けてきた。そして、叫ぶ。
「【筋力強化】!」
身体に、暖かな魔力が入り込んでくるのを感じる。
春の木漏れ日のような、穏やかで優しい魔力だ。
元気な彼女しては、少し大人しすぎる魔力の質かもしれない。だが、これが彼女の本質なのかもしれない。
今分かるのは、間違いなく魔術が掛かっているということだ。
その効果が切れる前に、ルーシオは思いきり地面を踏みしめ、力強く蹴った……が、
「!? おわあああああぁ!?!?」
——飛びすぎた!
天井に当たりそうになり、慌てて手を伸ばす。
それだけなのに、触れた天井が「ミシリ」と悲鳴を上げた。
(うっっそだろ!?)
それはそれでマズいが、“このままだとコンクリートの床にぶつかる”という事実の方がマズい! 死ぬ!!
下を見ると、慌ててロゼッタが自分に指を向けていることに気づいた。
「あ、【浮遊】!」
ふわりと、身体が宙に浮く。
床に叩きつけられて大怪我をすることだけは防げたらしい。
(はー……ロゼッタの魔力の質的に、森林浴してる気分になるなー……)
未だバクバクと脈打つ心臓を落ち着かせるために、深呼吸を繰り返す。
ゆっくりと地面に降り立つと同時、ロゼッタが半泣きで走り寄ってきた。
「す、す、すみません……! 掛かり方が弱いなって思って出力上げたら、やり過ぎちゃって……!」
やはりベースの魔力が無いと調整が難しいのか、ロゼッタは狼狽えながら、全力で謝ってくる——だが、魔術は掛かった。
ルーシオからしてみれば、これは最大の収穫だ。
「そりゃ難しいだろうよ、俺の方も予行練習もせずに動いたのが悪い。身体は大丈夫か?」
「はい! とはいえ、結構魔力持っていかれましたね……でも、数時間くらいはキープできると思いますよ」
「数時間も!?」
つまり出力を下げて貰えば、もっと長時間行けるということだ。
先程のロゼッタではないが、うずうずしてしまう。
「しかし、よく飛んだなぁ……元々、脚力には自信があるんだが……」
普段から、それなりに高く飛べている自信はある。
それなのに強く床を蹴ったのだから、あんなことになったのかもしれない。
(それなら、出力はもっと下げてもらっても大丈夫か?
いや、殴る蹴るで行くなら、あまり下げられるとマズいのか? 分かんねぇな……)
ルーシオが頭を回転させていると、ラザラスが話しかけてきた。
「あのー、ルーシオさん。ちょっと良いですか?」
「ん? どうした?」
「多分、なんですけど……」
そこまで行って、彼は訓練場の端にある倉庫まで走っていった。何かを取りに行ったらしい。
帰ってくるのを待っていると、ラザラスは細いワイヤーを持って帰ってきた。
それは、クロウがたまに使っている鉄糸の予備だ。
「これ、向いてるんじゃないかって思ったんです。前に撃ち出すもの、ではあるので」
「クロウのアレか……! でも俺は『空間収納』も『念動』も……いや、そうか……」
ルーシオは自身の両手をまじまじと見つめる。
クロウと自分では前提がまるで違うという事実に、気づいてしまった。
(詳しく聞いたことはないが、絶対に元は使い方が違っただろうからな。そっちのやり方を参考にすれば、俺でもどうにかなる可能性はあるわけで……)
あと少し早く出会えていれば、クロウが“そうなる前”に、助けることができていればすべてが変わっていた。
それどころか、レヴィを巻き込むことすらなかったはずだ。
彼女は本来、あんなにも酷い傷を負う必要は無かったのに——どうしようもないことを考えてしまい、ルーシオはゆるゆると首を横に振るった。
「……」
何かを察してしまったのか、ロゼッタが目の前に立っている。
困ったように笑いながら、彼女は口を開いた。
「確かに、ルーシオさんなら脚力任せで行けそうですね。角度調整とか時間調整もできそうですし……
銃みたいな器具があれば、何本も前に撃ち出してから走り抜けて、掴んで引き裂く、とかできそうな気がします」
できる、気がする。
角度調整も時間調整も行けるだろう。
銃のような器具に関しては、魔道具職人に依頼すれば何とかなるような気がする。
「なあ、ロゼッタ。時々……練習、頼んでもいいか?」
それは、一抹の希望。
縋るような気持ちで、ルーシオは目の前の少女を見つめる。
「わたしのスピネル王国行きの話、まだ続いてますよね? それを取り消してくれるなら?」
そう言って、彼女は悪戯めいた笑みを浮かべる。
子どものような笑顔に、どこか大人の交渉術を見た。
ああ、そういえば“そんな話”もあったな、とルーシオは苦笑する。
「あー……それがあったな。エスラと……あと絶対に立ち塞がってくるクロウ。
この2人を言いくるめれば、どうにかなんだろ。やっとく」
「はーい」
練習したとて、彼女がいなければ意味がない。
恐らく自分と立ち位置が近いヴェルシエラは味方になってくれるだろうし、ロゼッタをスピネル王国に送りたがる2人とレヴィをどうにか説得すべきだろう。
(俺が前に出て戦えるようになれば、クロウとラザラスの負担を減らせるし、レヴィを危険に晒すリスクも、減らせるはずだ)
どれだけ辛かろうと、血を吐いてでも、絶対に習得してみせる。
ロゼッタありきではあるが、通用する程度には戦えるようになりたい。
そんな思いを抱いていると……ふと、ラザラスの視線(?)を感じた。
「なんかやる気すごそうですね。組み手でもしますか?」
「それはお前がやりたいだけだろ?」
「あはは」
「……まあ、少しなら付き合ってやるよ。ただし絶対に筋力強化は使うなよ!?」
現状はラザラスに簡単に押され負けてしまうだろうが、今はそれでも構わない。
いつか来たる日に向けて、ラザラスとの訓練を開始した。




