24.惑乱の追撃
ロゼッタとクロウは、商品として囚われた人々が押し込められた区画にたどり着いた。
幸い、子どもばかりでもなければ、大人しげな有翼人族の女性ばかりでもない。
(予想は外れたみたい……)
檻に閉じ込められ、傷つけられた人々が泣き叫んでいる。
相変わらず、悲惨な光景だ。
その事実は、どう足掻いても変わらない。
だが、クロウの精神状態が悪い現状を考えれば、予想が外れただけでも良かったとロゼッタは胸を撫で下ろす。
エスメライの予想通り、被害者の種族は随分と多種多様だ。有翼人族や竜人族、どちらも様々な種が入り乱れている。
(……って、あれ!? あの人、有角人だよね……?)
思わず二度見してしまったが、間違いなく有角人族だ。
彼らはどちらかというと、“支配者側の種族”だというのに、どうしてこんなところに。一体何故だろうか。
ロゼッタが不思議に思っていると、クロウが思念を飛ばしてきた。
『有角人族はな、ごくまれに魔術を使える奴がいる。お前も、1人は知ってるはずだ』
『そう、なんだ……』
『そういう個体は、例外的に“商品”になる。あの角、見ろよ。宝石みたいに輝いてんだろ? 綺麗だし、魔術使えるってだけで有用性も高い。だから、捕まっちまうんだよ』
クロウが言うことはよく分かる。
檻の中にいる有角人の角は、サファイアのごとく輝いて、美しかった。
しかし、魔術を使える有角人。
その人物に、心当たりが全く無い。
『綺麗なのは分かるんだけど……そんな人、知らないんだけど……』
『ん? あー、気づいてねぇのか。なら、気づくまで放置してやんよ』
『ひっどい! 適当言ってないで、早く助けるよ!』
『はいはい』
回収班が動けるよう、近くのシャッターを開けて逃げ道を作ったあと、クロウは念動を使用して檻の鍵を順に壊していく。
檻から距離を取っているのは、例のごとく商品の暴走対策だ。しかし、雰囲気を見るに今回は大丈夫そうな気配が強い。
その理由にひとつ思い当たる節があり、ロゼッタは影の中でくすりと笑ってしまった。
『何か、クロウなら商品さんを暴走させない気がするんだよね。みんな落ち着いてるじゃん』
『? どういう根拠だよ』
『鍵開けに念動使ってるでしょ? あれだけ近かったら、魔力の波長感じちゃうよね。
ほら、あの……柔らかくて暖かい、優しい波長?』
『だから! 波長がアレなのはちょっと気にしてるんだっつってんだろ!?』
今回もしれっと黄金眼の竜人が混ざっていたのだが、彼は涙ながらにお礼を言って、回収班に連れていかれた。何の問題も、起こさなかった。
文字通り“暴れ竜”を引いてしまったラザラスとレヴィの運が相当に悪かったのは間違いないが、あの時のアレは、一体何だったのだろうか。
そう思ってしまうほどに、落ち着いた救助活動だった。
そしてロゼッタは、落ち着いていない救助活動の存在を、ギルバートを救助した案件に加えてもう一件だけ知っていた。
『ていうか、クロウ。わたしの時はもうちょっと、いやだいぶ荒々しかったよね? 全然違うじゃん』
今にして思うと、アレは酷かった。
あの時の救助活動とはまるで様子が違う。
残り時間が迫っているから、と鬼気迫る様子で被害者たちを誘導する気配がない。
一体どうして、ああなってしまったのか。
問えば、クロウは「あー……」と気まずそうに声を出していた。そして、すぐさま会話を精神感応に切り替える。
『あの時は、回収班がやらかしたんだよ。あそこは救出が完了した後は即座に焼却処分予定だったんだ。
だが、何の間違いがあったのか、予定よりだいぶ早く点火しちまって……マジで、爆発寸前で……』
『うわぁ』
『ついでに言えば、オレも道中で結構働いてたもんだから、念動使う余裕がなくてな。
もう、物理的に鍵を破壊しまくるしかなかったんだよ……はは、ちょっと珍しいんだぜ? 年に1回あるかないかだ』
自分はレアケースを引き当てたようだが……あんまり、嬉しくない。普通に救助して欲しかった。
そんなことを考えていると、クロウが何か異変に気づいたらしい。
彼は顔色を変え、奥の檻へと近づいていく。
『えっ、どうしたの!?』
どうしたの、とは聞いたが、ロゼッタもすぐに異変に気づいた。
とっくの昔に鍵を開けていたのに、中にいるはずの被害者が全く出てこないのだ。
しかも、該当する檻は複数ある。
自分と同じように、変な薬を打たれているのかもしれない。
気持ちが、焦る。
そしてそれは、クロウも同様だったのだろう。
「おい、どうした。もう大丈夫だから、出てこい」
クロウは声をかけながら檻に近づき、ゆっくりと中を覗き込んだ。
「ッ!?」
その次の瞬間、彼は顔を引きつらせて慌てて後ずさる。
ガシャン、と、彼の背が別の檻にぶつかる音が、響く。
(え……!?)
ロゼッタの背筋が、ひやりと冷える。影から飛び出し、クロウの傍に駆け寄った。
「ど、どうしたの!? 大丈夫!!」
「あ……」
顔が、真っ青だ。
クロウの反応が、なれ果てを目撃した時に似ているようにも、違うようにも見える。
彼は首を横に振るってから空間収納を発動させ、中から綺麗な布を数枚取り出した。
「悪ぃ、ロゼッタ。そこから出てきて、この布持って、お前が行って欲しい……お前も見るの辛いかもしんねぇから、本当に悪いんだが……」
『分かった! えっと、クロウは?』
「……。オレは、近寄らない方が良いと思う。回収班と、ちょっと話してくるわ」
これは事情を聞いても、答えてくれなさそうだ。
そもそも、余計なことはせずに早く動くべきだろう。
ロゼッタは布を拾い上げ、檻へと近づいていく——理由は、すぐに分かった。
(こ、この人たち……っ)
中にいたのは、有翼人の女性たちだった。
全員、檻から出られずに泣いている。
零れそうな嗚咽を、懸命に堪えながら。
自らの存在を、隠すように。
(ひどい……)
身にまとった布切れはもはや、服と呼ぶことすら憚られる酷い有様だった。
そのため背の翼で身体を必死に覆い隠しているようだが、その翼は泥にまみれ、羽根はところどころ毟られてしまっている。
確かに奴隷は、まともな服を与えてもらえないことが多い。だが、翼の有様を含めて……これは、あまりにも惨すぎる。
要するに女性たちは皆、「こんな格好では檻の外には出られない、逃げられない」と静かに泣いていたのだ。ロゼッタは、奥歯を噛みしめる。
そんな時——ふいに、声が聞こえた。
『いやだ、やめて! やめて、ください……っ!』
泣き叫びながら、誰かに謝る声が、砂嵐の音と共に響く。
……誰の声かは、分からない。これは、何なのだろうか。
考え込みそうになった己を叱責し、ロゼッタは首を横に振るう。
(こんなこと、気にしてる場合じゃない……!)
今必要なのは、女性たちをいち早く救出するための行動だ。
怖がらせないように細心の注意を払いながら、ロゼッタは彼女らにどんどん布を差し出していく。
「大丈夫ですか? 出れますか? わたしたちは、みなさんを助けにきました。もう、大丈夫ですからね」
大粒の涙を流しながら、彼女らは頷いて布を身に纏い、脱出していく。
歩き方を見るに怪我もしているようだが、後々、治療もしてもらえるだろう。
彼女らが脱出していく様子を見守ったあと、少し離れた場所で、壁にもたれかかるように立っていたクロウの傍へと向かう。
「終わったよ。もう大丈夫だと思う」
「……っ、助かった。悪ぃな」
顔色が、相当に悪い。
少し震えているようにも見える。
その様子を見て、ロゼッタは原因に気づいてしまった。
(たぶん、クロウの“婚約者”って……!)
仮にドラグゼンがクロウに精神攻撃を仕掛けてきているのであれば、被害者の中に『子どもか大人しそうな有翼人の女性』がいるんじゃないか、と彼は言っていた。
クロウから聞いた彼の過去を、思い出す。
どちらも、彼が亡くした大切な存在を彷彿とさせる存在なのだろう。
(そういう、ことだよね。そうじゃなきゃ、あんな反応、するはずがない)
軽く見回した感じだと、どちらもいなかった。
だから大丈夫だと、安堵していたところにこれだ。
……踏み込んで、奥の檻を見るまで、近づくまで。その存在に気づけない。
そんな位置に、わざわざ彼女らを配置したのだ。
(流石にこれは性格が悪すぎない!? 何をどうやったらこんなの思いつくの!?)
行き場のない怒りを感じ、ロゼッタは両の拳を握りしめた。
何もできないが、せめて、と様子のおかしいクロウの横で待機する——そうして、しばらく経った頃。
ザザッと音が鳴り、クロウは懐に入れていた通信機を慌てて取り出した。
「! やべ……っ!」
それを耳に当て、クロウは口を開く。
「っ、ああ、良かった。無事に辿り着けましたか……。
すみません、着いて行けず……ありがとうございました」
(そ、そっか……!)
本来であれば、彼は回収班と共に拠点まで一緒に行かなければいけなかったのだろう。
ラザラス負傷後の緊急帰還時もレヴィはわざわざ現場に戻っていた。途中で商品たちが暴れるようなことがあれば、甚大な被害を及ぼすからだ。
皮肉にも、クロウはかなり直近で、同様の事件の対応をしていた。
ゆえに、その問題の深刻さは誰よりも強く理解していたことだろう……だから今回も同じように、回収班たちを守らなければならなかった。それなのに。
「……っ」
幸いにも実害は無かったようだが、またクロウが任務を放り出してしまっている。
だが、この状況で「何もやらかすな」という方が厳しいだろう。
どうか、彼をあまり責めないで欲しいと、思ってしまった。
「やっちまったもんは仕方ねぇし……ここに残る必要もない。帰るぞ、ロゼッタ。回収班も無事、拠点まで辿り着いたみたいだしな」
気持ちを切り替えることに成功しているのか、いないのか。
彼の表情からは、それが読み取れない。
考えていても仕方がないので、ロゼッタはクロウに対し、すっと手を差し出す。
「疲れてるでしょ? 帰りも転移、使ってあげるね」
「お、それは助か……」
差し出された手を掴もうとした右手が、引っ込んでいく。
「クロウ?」
「……良い。お前だけ先に帰れ」
——その理由には、すぐに気づいた。
(あー、もう! 嫌い!!)
ロゼッタは引っ込むを通り越して隠そうとしていたクロウの右手を強引に掴み、彼の顔を睨みつけた。
拭いきれていない、ぬるりとした液体の感触が、不快ではあった。だが、そんなものはもはやどうでも良かった。
血の不快感以上に、もはや嫌悪に限りなく近いレベルで湧き上がる怒りの感情の方が、ずっと強かった。
「そういうの、良くないと思うな! 本当に!」
「……ははっ、悪ぃな」
身体的には無傷かもしれないが、精神的な意味で重傷が過ぎる。
余裕が無さすぎるのか、もはや色々と顔や態度に出てしまっている。
だからさっさと連れて帰る。
そして、できればさっさと寝て欲しい。
いっそ報告とかその辺は、全部明日にして欲しい!!
(でもクロウ、今日のこと詳細には言わないような気がするんだよね。
最低限の事実と、自分がやらかした話しかしなさそうというか……謝るだけ謝って、それで済ます気なんじゃないかな……)
だが、ロゼッタはクロウの立場に立って考える。
そして、自分が彼の立場なら「何も言えないだろう」と思ってしまった。
(詳細に話したりなんかしたら、罪悪感で苦しむだろうなって分かってるわけだし)
あの人たちは、優しすぎる。
僅かな付き合いのロゼッタですら、そう思うのだ。
クロウが、同じことを考えていないはずがない。
様々な意味合いで最悪な状況だが、それを打破する手段がない。
さっさとドラグゼンに潰れてもらう以外に、解決策が存在しない。
今すぐに、どうにかなることではない……分かっている。
だが、それがどうにも、歯がゆく思えた。
ロゼッタは例のごとく、転移に備えて集中する。視界が真っ白になって、音が消える、その瞬間。
「居てくれて、助かったって……良かったって……本当は、本気で思ってるよ……
でも、それでもオレは、ロゼッタに……何も、見せたく、なかったんだ……」
詠唱しようとした、瞬間。
幻聴かと疑ってしまうほどに弱々しい、震えきったクロウの声が微かに聞こえた。
(は? 今言う? それ、今、言う!?)
だが様子を見るに、口には出していないつもり、なのだろう……本人は。
これはあまりにも余裕が無さすぎて本音が漏れた、が正解だろう。
つまり相当に追い詰められた末に抱いた想いを、彼は隠し切ろうとしていたらしい。
しかも、この期に及んで対象が自分なのが最悪だった。
もはや何度目か分からないが、ロゼッタはクロウに対して苛立ってしまった。
(ほんっとうに嫌い!! 大嫌い!!)
とりあえず、クロウは拠点についた瞬間に風呂場に蹴り飛ばそうと思う。
確か中庭から風呂場に直通で行けそうな扉があったはずだ。そこを開けて、蹴り飛ばせばいいだろう。
何なら報告くらい、代わりにやってやる!
(あったかくして、さっさと寝て!!)
そんなことを考えながら無意識に魔術を発動させていた。
ロゼッタはしれっと、無詠唱での転移に成功していた。成功、させてしまった。
……もはやそれすらも、本当に嫌だった。




