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ストーカー竜娘と復讐鬼の王子様 〜今、あなたの後ろにいるの〜  作者: 逢月 悠希
第2章『黙した傷の在処、語らぬ想い』
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23.誰が為の正義-2

 しばらく進んだ先で、資料室を発見した。冷たい無機質な部屋の中には、乱雑に積み上げられた書類が大量にある。

 クロウはそれを片っ端から空間収納(アーカイブ)に放り込みながら、口を開いた。


「先に言っておくが、お前に対する配慮とか一切ない、酷ぇ言い方しかしねぇぞ。構わねぇか?」


『……うん、大丈夫』


 一拍の間。

 そして、クロウは語り始めた。


「なれ果てってのは、要は“戦闘用奴隷”だ。繁殖場で何かしら「欠陥がある」と判断された竜人族が薬漬けにされたり、何かしら改造されたりして……ああやって、現場に放り出される」


『……っ』


「まともに言葉を話せねぇ奴らばっかだから詠唱はできねぇけど、竜人族だから魔術が得意な個体が大半だし、改造されてっから力も強ぇことが多い。

 下手な戦闘員より強ぇもんだから……うっかり躊躇っちまえば、速攻でやられるんだよな。四肢欠損で済めば良いレベルだろうな」


 酷ぇ言い方しかしない、というよりは「酷い言い方をするしかない」が正解だった。

 どうあがいても、誤魔化しようがない話だった。


 クロウは目の前にあったコンピュータにUSBメモリ、というらしい細い棒状のものを差し込みながら、ロゼッタと目を合わせないまま、話を続ける。


「どうも、オレが生まれる前からある技術みたいでな。隣国のオブシディアンじゃ数十年前まで、なれ果てが平然と戦争兵器にされていたらしい」


『……。詳しいね』


「そりゃあな。オレはオブシディアン出身だし……そもそも、なれ果てとは結構因縁があるんだよ。もう嫌な思い出しかない。

 それでも、アイツらに罪があるわけじゃねぇどころか、むしろアイツら自体がとんでもねぇ被害者だから……恨んじゃいねぇってか、恨めねぇんだけどさ」


 もはや、反応に困るレベルで重い話が続く——内容が内容なだけに、仕方がないことだと理解しているのだが。何を言おうか悩んでいると、クロウは乾いた笑い声を上げた。


「アイツらは“被害者”だって、ちゃんと、分かってんのに……それでも、斬り捨てるしかねぇんだ。

 バレちまったと思うから素直に白状すっけどよ、正直、対峙するだけで……割と、キツいんだわ」


 分かっていた。

 あんなにも悲痛な姿を、惨たらしい戦闘を見せられて、察せない筈がない。だが、クロウ本人は隠したかったことだろう。もう触れては、ならない。


——だからこそロゼッタは、意図せず、彼に思念を送ってしまった。


『あの人たちは、もう正気には戻れないの……?』


 本当に、酷い話だった。

 なれ果ての運命も、それと戦うクロウの立場も。


 だからこそ、救われて欲しいという()()を強く、あまりにも強く抱いてしまった。

 そのせいで、その想いは、クロウに()()として伝わってしまった。


「あ……っ」


 ロゼッタは慌てて言葉を取り消そうとしたが、遅かった。


「オレらは何回か試したんだぜ? 人体実験の話をするみたいで、悪ぃが……なれ果てを生け捕りにして、何かの薬が効かねぇか、戻せねぇか、色々試したんだ。

 ラザラスの毒に対して使ったルミナ医療財団の薬も試したし、エスメライさんやヴェルシエラさんが頑張って色々調合したりもしたんだが……1度だけ、微妙に効果があっただけなんだ」


『えっ、効果があったこと、あったの……?』


 それなら、とは思ったが、今、その手段を使っていない時点で、どう考えても結論はろくでもない方向に向かう。

 ロゼッタが止めるより先に、クロウは、溢すように言葉を紡いだ。


「昔、オレが研究所で見つけてきた解毒薬を使ったことがあったんだ。その効果は、無くはなかった。

 一瞬だけ、正気に戻ってたからな。でも、そいつはただ『殺してくれ』って何度も懇願してきて……すぐに、元のなれ果てに戻っちまった。

 どうすることも、できなかった。オレはその望みを叶えてやることしか、無駄に苦しめることしか……できなかったんだよ」


『っ! それは……』


「だから、オレらは決めた。なれ果て相手に、温情は掛けない。せめて、苦しめないように殺すってな」


 そこまで言って、クロウはどこか、自嘲的に笑う。


「……ま、今回みたく、ほぼほぼオレ狙いでぶつけられっから、オレだけ覚悟決めときゃ、どうにかなんだよ」


『なん、で……? なんで、そうなるの……?』


 確かに、今回も『クロウがやってくること』自体は読まれている様子だった。

 だからこそ、彼を狙ってなれ果てを出した、という推測は間違っていないだろう。


 だが、そんな嫌がらせのようなことをしなくても良いじゃないか、とロゼッタは奥歯を噛みしめた。

 とはいえレヴィはともかく、ラザラスがアレに対応できるとは思えない——否、恐らく対面したことはないのだろう。


 ラザラスは、竜人族との縁が強すぎる。

 だからこそ、ステフィリオン側が意図的にラザラスとなれ果てを対面させることを避けているような気がする。


 そんなことを考えているうちに、作業が終わったらしい。

 クロウはUSBメモリを引き抜くとコンピュータが置かれていた机に両手をつき、軽く俯いた。


「仕方ねぇんだよな。なれ果てが苦手なのは確実に向こうには透けてる上に、表向き、ステフィリオンのリーダーはオレってことになってる。

 戦力的な意味でも、オレを潰せばステフィリオンは終わるって思われてんのは、確実だろうしな」


『それ、気になってたの……本当のリーダーって、エスラさんだよね?』


「正解。だが、エスメライさんには大した戦闘能力は無い。あの人は軍医だからな。

 だが、それじゃ襲撃された時に対処しきれないだろうし、組織にスカウトされたタイミングでオレが被った。

 ま、その結果がこのザマなんだが……オレ以外がやられるよりは良いと思ってる。他の奴がやられて、変なタイミングで心を折られたら……迷惑、だからな」


 クロウ本人は「自分は折れない」とは言っているが、その精神は摩耗しきっており、限界が近いようにも見える。


 そのやせ我慢が、ものすごく、嫌だった。

 色んな感情を通り越し、不快だとすら思えた。


 いっそ「もうやめなよ」と言いたかった。

 言ってしまいたかった……言えるはずが、なかった


 ステフィリオン全員を庇うためにリーダーという肩書きを背負い、矢面に立つ。

 それは常に、相当な危険に晒され続ける立ち位置だ。だからこそ、ありとあらゆる状況下で、対応できる人間でなければならない——ゆえに、この重荷を背負えるのは、クロウだけだ。


 彼にしか、できない。

 彼が背負うしか、ない。


 それはもはや、変えようのない事実だ。


「……」


 ロゼッタが黙り込んでいると、俯き気味な姿勢のまま、クロウは静かに言葉を溢す。


「ただ、たまに考えちまうことはあるんだよな」


「考えちゃう、こと……?」


 さらり、と彼の白髪が流れる。

 一拍の間が空き……弱々しいテノールの声が、続いた。


「オレがさっさと折れちまえば、もう、なれ果ては生まれずに済むのかもしれないって。

 だから、オレが信じてる“正義”は本当に正しいのか……少なくとも、なれ果て目線で考えれば“悪”は、むしろオレなんじゃないか、なんて……」


 目の前にいるのが旧知の仲間たちではなく、出会ったばかりのロゼッタだから、だろうか。


 うっかり、本音が漏れ出てしまっていた。


 断言できる。

 これは絶対に、誰にも溢していない言葉だ。


(違う、それは、違うよ……!)


 自分が触れるべきではないのかもしれない。

 聞かなかったふりをすべきだったのかもしれない。


 だが、何も言わずにはいられなかった。


「それは違うでしょ!? だって……っ、だって……!」


 否定したかった。

 でも、上手く言葉が出なかった。

 どう否定すれば良いのか、どうすれば彼を傷つけずに済むのか……分からなかった。


 もう精神感応(テレパシー)さえ使わずに叫ぶと、クロウはゆるゆると首を横に振るい、深く息を吐き出してから顔を上げた。


「ははっ、柄にもねぇこと口走っちまったな、悪ぃ……全部、忘れてくれ。難しいかもしれねぇけど……」


「クロウ……」


「……。なんでオレは、ストーカーなんかに変なこと喋ってんのかねぇ、バカげてる」


「ッ!!」


 クロウがとんでもなく分かりやすい誤魔化し方をしてきたことに対して、ロゼッタは酷く苛立ってしまった。


(なんで……)


 こんな時くらい、わざわざ煽るような言い方をしなくても、無理矢理に虚勢を張らなくても、いいじゃないか……どうして、そんな選択をしてしまうのか。


「うん、忘れた。もう忘れたよ。だから、ストーカーって呼ばないでってば」


 負けじと、分かりやすく返してみる。これは、軽い意趣返しだ。

 わざと、いつぞやの会話と同じような言葉を選んでやった。


 その結果、クロウは随分とバツが悪そうな顔をしていた。


「あー……今のは、まあ……オレが、悪い、か……」


 そうだよ、と言い返す前に、どうやらクロウは何かを聞き取ったらしい。

 彼は再びサバイバルナイフを取り出し、口を開く。


「つーか、声出すなって。先に進むから、なおさら気をつけろよ」


『う……また何か出てきそうなの?』


「まさか、あれだけ出してきた上で、まーだ残ってやがるとはなぁ……だが、数はそんな多くなさそうだ。サクッと終わらせて、さっさと救助活動するぞ」


 軽口を叩き、クロウは勢いよく扉を開けて駆けだす。

 最終的な目的地は見つけた資料を見て、確認している。あとは、進むだけだ。


 冷たい廊下を、己の身体を血で染め上げながら。

 彼は決して止まることなく——どこまでも残酷な道を、走り続けた。

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