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ストーカー竜娘と復讐鬼の王子様 〜今、あなたの後ろにいるの〜  作者: 逢月 悠希
第2章『黙した傷の在処、語らぬ想い』
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23.誰が為の正義-1

 どれほどの、時間が経っただろうか。

 異空間に切っ先が欠けた得物を放り込んだクロウは、おもむろに、ふらりと立ち上がる。


 そして彼は、握りしめた右手の爪を手の平に突き刺しながら——未だに俯いたまま、静かに語りかけてきた。


「おい、ロゼッタ。お前、全部見てたろ?」


 口を開くことが、できなかった。

 微かに震える声に、何も返すことができなかった。


 無言を肯定と取ったらしいクロウは、深くため息を吐き出す。


「……。だから、目、閉じてろって言ったんだ」


 確かに、クロウは事前に警告してくれた。

 反応が遅れたとはいえ、それでも目を閉じなかったのはロゼッタの選択だ。


「でも、わたしは……」


「……」


——沈黙が、辺りを支配する。


 幸い、追加の戦闘員は現れなかった。

 監視カメラの類が存在しないこともあるが、竜人族たちが閉じ込められた部屋が真横にあったことを考えると、拠点の中心部に入られる前に潰してしまおうと考えていたのかもしれない。

 つまり、先ほどの戦闘が総力戦だった可能性はある。


「……悪かった」


 ぽつり、とクロウが謝る声が聞こえた。

 竜人族たちの返り血を浴びた彼は、一体何を考えているのだろうか……分からない。


(なにそれ……)


 だが、それでもひとつだけ、状況を理解しきれないロゼッタでも確実に分かることがある。ロゼッタは迷わず、影の中から飛び出し、クロウの背に向かって叫んだ。


「今のは……っ、クロウは、何も悪くないじゃん……!」


「相手は“なれ果て”とはいえ、オレは、お前の目の前で同族を斬り捨てたんだぞ!?

 っ、怖かっただろ、辛かった、だろ……?」


 あのまま黙って立っていれば、こちらが命を落としていた。だから、あれは正当防衛だ。

 正当防衛と言い切れずとも、少なくとも、彼に非は無いはずだ。

 それなのに、食い気味で返ってきたのは震えを全く隠せていない、悲鳴に限りなく近いような声だった。


(それはそうだよ、そこに関しては否定できないよ。でも、それでも……!)


 上手く言葉を返せず、ロゼッタはクロウの前に回り込み、その顔を覗き込む……すぐに、目を逸らされてしまったが。これでは長い前髪で隠された、開くことのない瞳しか、見えない。


 だが、今の彼の状況を考えれば、無理もない。

 その態度を責める気は一切無かった。


「……」


 どこか弱々しい横顔をじっと見つめていると、クロウの方から話し掛けてきた。


「つーか、出てくんなよ」


 クロウは奥歯を噛み締め、再び口を開く。


「何をどう考えたって、隠れてる方がマシだろ。今、お前が出てくるメリットを、一切感じねぇよ」


「それはそうかも、だけど……」


 血の臭いが濃い。

 喉の奥が、焼けるようだった。

 怖い。


 でもそれ以上に、クロウのことが気になった。

 心配だった……何も、できないのに。


 ロゼッタが沈んだ気持ちでそんなことを考えていると、クロウは天井を見上げ、「はは」と乾いた短い笑い声をあげた。


「さっきの男といい、ドラグゼン側は完全に『オレが単独でくる』って読んでたな。

 こうなると、捕まってる奴らにもガキか、大人しそうな有翼人の女を混ぜてきてんだろうな」


 くしゃり、と力なく自身の前髪を掴み、クロウは吐き捨てる。


「そっちこそ、舐めてんのかよ……何度も何度も、似たようなこと繰り返しやがってよ……この程度で折れて、たまるかよ」


 これは、虚勢だ。

 もはや自分に言い聞かせるためだけに存在する言葉だ。


 だからこそ、その声が震えていることには、手が震えていることには、気づかないことにした。


……それにしても。


(クロウは……“なれ果て”って人たちと戦うのが、苦手なんだろな)


 恐らく、大人数の戦闘員をぶつけられるだけなら、こうはなっていない。

 明らかに問題は、なれ果てというらしい竜人族との戦闘だった。


 あれのせいで、クロウの精神は相当に摩耗したように見える。


「……」


 きっと、先に戦闘員たちをけしかけ、肉体的な負荷を掛けた上で、なれ果てと対峙させる作戦だったのだろう——その作戦は、実にあっさりと崩されてしまったが。


 だが、一切の意味をなさなかったわけではない。

 クロウは“完全には”理性を保ちきっていなかった。


 結果的に彼は、捕縛対象の人間を見殺しにしてしまっている。

 なれ果てと、入り口付近にいた人間を含めれば、彼に殺害された戦闘員は50人弱。

 現時点でドラグゼンは相当な被害を出してはいるが、少なくともクロウに『任務を失敗させること』には成功している。

 その失敗が大きいものなのか小さいものなのかは、分からない。


(この弱り方は、わたしがいたのも原因だろうけど……)


 クロウは、ロゼッタにあの光景を見せたくなかったのだろう。


 しかも、よりによって火竜種(サラマンダー)だった。

 ロゼッタ自身は突然変異体とはいえ、残念ながら“見慣れた同族”であったことは、クロウの指摘通りだ。


 怖かったのも、辛かったのも、事実だ。

 あんな光景を見たくなんて、なかった。

 できることなら、一生知りたくなんて、なかった。


 しかしそれ以上に、抱かなくて良い罪悪感をクロウに抱かせてしまったことの方が、申し訳ないと思った。

 ロゼッタ自身がもっと、余裕のある反応ができていれば、何かが変わっていたかもしれないのに。

 サポートに来たはずなのに、結果的に、自分がいたせいで余計にクロウを追い詰めてしまった。


 エスメライからの依頼は、断るのが正解だった。

 断って良いと、言われていたのに。

 クロウからも、警告されていたのに。


……考えが、甘かった。


 もう黙って、俯くことしかできなかった。


 そうしていると、少し落ち着いたらしいクロウが、身体を屈めて目線を合わせてきた。

 ロゼッタの表情を見て思うところがあったのか、彼は随分と決まりが悪そうに口を開く。


「ほれ、ロゼッタ。軽率にルールを破んな。さっさとどっかに隠れろ」


「……」


「っ、あー……」


 ロゼッタが喋らない。

 それを見て、クロウは深々とため息を吐き出した。


「あんな、オレは今回、相当な傷を負うことを覚悟してここに来たんだよ」


「え……?」


「もう任務を伝えられた時点で、それを覚悟した。ああ、これは派手にやられるなって判断した。

 今回ばかりは何かしら欠けなきゃ良いだろって……本気で、そう思ってたんだよ」


 それでもクロウは、与えられた任務を拒まない。

 相当に危険な現場だと、酷い目に遭うと、理解した上で。


 そしてルーシオたちは、断腸の思いで彼を戦場に送り出す。

 彼に相当な負担を強いると、大怪我をさせてしまう可能性があると、分かった上で。


……きっと、いつもそうなのだろう。


 仕方ないことだと分かっていたが、心が酷く、ザラついた。


「んで、ふたを開けた結果がアレだよ。負ける気はしなかったが、あの数は流石に分が悪ぃよ。

 しかも今日に関してはお前が察してる通り、自由に使える魔力もそこまで多くは無かったしな」


「それは、来る前から、分かってた、けど……」


「詠唱しまくってたから、分かるだろ? オレは結構、接近戦でも魔術を使うタイプだ。

 だから、お前が直前に飛ばしてきた『魔力譲渡(マギトランス)』が無けりゃ、かなりの出血案件になったろうな。

 まー、死にはしねぇし、長期の戦線離脱レベルにはならなかっただろうが……それでも帰ったあと、しばらく寝込むのは確定だったと思うぜ」


 ちゃんと役に立ってんだから落ち込むな。

 彼は、そう言いたいのだろう。


「……。わたしに『居なくなれ』とか言うくせに、さぁ……」


「それに関しては、オレの意見は揺らがねぇよ。確かに助かりはしたが……知らなくて良い世界ってのが、あんだよ」


 ロゼッタは軽く頭を横に振るう。


「知らなくて良いことを知る覚悟くらい、あるよ。だからこそ、知っておきたいことだって……」


 その先の言葉を、紡ぐことはできなかった。

 少なくともこれは、クロウに聞くべき案件ではない。


(なれ果て……)


——彼らはもはや、人ではない、“何か”だった。


 彼らと対峙した時の、苦しげなクロウの姿が、頭から離れない。

 クロウを追い詰めた彼らのことが、気になって仕方がない。


「……」


 逡巡するロゼッタの姿を見て、彼は少しだけ弱々しく、笑ってみせた。


「なれ果てのこと、か?」


「あ……」


 クロウに、その単語を言わせてしまった。

 即座に否定すれば良かった。

 できなかった。

 そのことに対する自己嫌悪が、酷い。


「説明はするが……先には、進もうぜ。盛大に任務を1個失敗しちまったからな。早いとこ、何かで挽回したいんだよ」


「……」


「というわけで、ほれ。隠れろ。ルールは守れ」


 相当に参っていた様子だったが、話しているうちになんとか、気持ちを切り替えることに成功したのだろうか……それとも、彼なりの気遣い、だろうか。


 クロウはひらひらと右手を振り、先へと進み始める。

 すかさずロゼッタは彼の影に飛び込み、その背を追い始めた。

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