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ストーカー竜娘と復讐鬼の王子様 〜今、あなたの後ろにいるの〜  作者: 逢月 悠希
第2章『黙した傷の在処、語らぬ想い』
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22.声無き号哭-2

(よ、良かった、間に合った……)


 クロウが目立つ容姿をしてくれていて、助かったかもしれない。彼が闇に紛れた上で先に進んでしまえば、正直追いつける自信がない。


 そういえばこの男、自分を“元少年兵”だと言っていた気がする。下手すれば20年近い年月を戦場で過ごしていたのかもしれない——ラザラスとは全く違う方向性で、経歴が重い!


(あれ……? なんか、来てる?)


 だが、それは今考えることではない。

 足音が、聞こえてきた。


 咄嗟に、ロゼッタはクロウに対して魔力譲渡(マギトランス)をかなり強めに掛ける。

 もしかすると多すぎたかもしれないが、場所が場所だ。問題ないだろう。


 案の定、現れたのは戦闘員だ。ざっと30人はいるだろうか。いくらなんでも、多すぎる。

 ロゼッタは声を出さずに狼狽えたが、肝心のクロウは特に動じる様子はない。慣れているのだろうか?


 よく見ると、屈強な戦闘員の背に隠れるように立っている細身の男がいた。どうやら指示役らしい彼は、クロウを見てニヤリと笑う。


「やっぱりお前が来たか、リーダーのカラスさんよ。

 つーか、お前ひとりか? はは、俺らも舐められたもんだな」


(えっ!? リーダー!?)


 それに対してクロウは、何も言わない。何も、返さない。

 ただ黙って、腰の装備を確認してから左足を後方に引き——襲撃に、備えている。


 いちいち相手の発言に反応してやる必要は無いし、賢明な判断だろう……というより、本当にアレをひとりでどうにかできるのだろうか。

 いくらなんでも、劣勢が過ぎるような気がする。


(大丈夫、なのかな……)


 負傷したラザラスの姿を思い出したロゼッタは、思わず息を呑む。

 だが、クロウは冷静に思念を飛ばしてきた。


『今、喋った奴だけは、今回の捕縛対象だ。戦闘が終わって、もし余裕があれば、アイツにだけ『拘束(バインド)』を使ってくれ。他のは今から全員蹴散らす』


『分かった。任せて』


『余裕があれば、で構わねぇからな。大人しく待ってろ』


 状況が状況だからこそ仕方が無かったのかもしれないが、珍しく素直に頼ってきてくれたことは、純粋に嬉しかった。


 クロウは一瞬だけ腰に手をやったかと思うと、そのままゆっくりと息を吐き出す。

 微弱な魔力が、波紋を描くように辺り一面に広がる。そして彼は、前方に手を突き出した。


「——【念動(テレキネシス)】!」


 バリン、と天井の複数個所でガラスが割れるような音がした。

 そこに目をやると、カメラが取り付けられていたことに気づいた。すべて監視カメラの類で、間違いないだろう。


 増員を防止するためか、はたまた、他の理由か。

 厄介なものは本格的に戦闘が開始する前に破壊してしまおう、という意図を感じた。


 クロウが監視カメラを破壊している隙に、と戦闘員達が一斉に動き出す。

 だが、その隙は“隙”としては機能していなかった。クロウが、コンクリートの床を強く蹴る。高く飛び上がった後、戦闘員達の眼前でいきなり空間収納(アーカイブ)を発動させ、ナイフを中に放り込む。そして、持ち替えるような形で長剣を抜いた。


「ぎゃあ!」


 不意打ちを受け、複数名の顔が切り裂かれる。相手はナイフでの戦闘を想定していたのだろう、間合いを見誤ったのだ。


(……さっきから思ってたけど、空間収納の発動が早すぎるんだよね)


 出てくる刃物は全て刃が剥き出しで、まるで、異空間そのものが刃物の鞘のようだと感じられた。一体、中がどういう状況になっているのかが想像もつかない。

 そういえば、レヴィは彼に空間収納の扱いを教わったと言っていた。彼女の師であれば、高度な使い方ができるのも当然なのかもしれない。


 クロウは一旦後方に飛ぶような素振りを見せ、静かに言葉を紡いだ。


「【転移(テレポート)】」


 逃亡するのかと思ったが、違う。彼は瞬時に、集団の後方に移動していた。同一空間だからこそ、術の発動が速い。戦闘員達の反応が、全く追いついていない。


 床を強く蹴り、身体を軽く捻る。目の前を、薙ぐ——その一撃で、何人の頭が転がっただろうか。


「この……っ!」


 四方から、一斉にナイフを持った戦闘員が襲い掛かる。だが、彼は黙したまま、動かない。ロゼッタはそれを眺めているだけだったが、焦ることもない。彼なら大丈夫だと、信頼していた。


 屈強な男達が、迫る。クロウはすっと姿勢を落とし、得物をサバイバルナイフに持ち替える。そして、男達の足の腱を切り裂いた。悲鳴が、上がる。


「……。【転移】」


 再び転移を使い、天井近くまで飛び上がる。異空間にサバイバルナイフを放り込んだかと思えば、何かを掴み、重力に従う形で引っ張り出した。


(!? 糸!?)


 細いが、重みのある銀色の糸だ。鉄製とみて間違いないだろう。それを考えれば、“鉄糸”とでも表現すれば良いかもしれない。


 鉄糸は一本だけでなく、複数。

 数えきれないが、数十本はあるだろう。


 空中で器用に身体を翻しながら手にしたそれら全てに魔力を込め、クロウは呟くように詠唱する。


「【念動】」


 勢いよく、掴んだ鉄糸の先が飛び出す。残っていた戦闘員の身体に、首に、絡みつく。


 どこからか、命乞いの声が聞こえてきた。


「や、やめ……っ」


 何をされるのか、察したのだろう。

 だが、この状況下で「やめる」という選択肢は、ない。存在し得ない。


「……」


 クロウは容赦なく自身が掴んでいた糸を、力任せに強く引き抜いた。

 刹那、悲鳴が、上がる。噴き出した血が、辺りを染め上げる。


(う、わ……)


 流石のロゼッタも、これには目を背けてしまった。

 鉄糸に引き裂かれた戦闘員たちの身体が、“肉塊”が、辺り一面に転がっている。

 まるで、赤黒いカーペットが敷かれたかのような光景と、充満する鉄錆の臭いに、嘔吐しそうになる。


 だが、鳴り響く銃声でロゼッタは正気に戻った。


 視界の先で数枚の羽根が宙を舞い、地に落ちたのが見えた。雪のように美しい白が、赤く染まっていく。


「ッ、クロウ!」


 戦闘員たちを倒し切った彼は、隙だらけだったことだろう。急所を撃たれてしまったかもしれない。


 もはや精神感応(テレパシー)を使うことさえ忘れ、ロゼッタは影の中から叫ぶ。

 しかし、肝心のクロウは深くため息を吐き出しただけだった。


「……お前が声出してどうすんだよ。ちゃんと隠れてろ」


 撃たれたのは、翼だけだったらしい。

 彼が翼を広げ、自身の身体を覆い隠して狙いを外させたことに気づくのは、そう難しいことではなかった。ある意味、あの片翼は唯一の防具とも言えるのだろう。


 どうやら少し離れた部屋に、狙撃兵が潜んでいたようだ。

 完全な不意打ちでも対処できなかったことに気づいて焦る狙撃兵の頭を、腰に仕込んでいた投げナイフで射抜く。


 そうして場には、捕縛対象の男だけが残された。


「この、化け物が……っ」


 完全に腰が抜けてしまった男に視線をやり、クロウはロゼッタに思念を送る。


『どうだ? 行けるか? ……流石に、厳しいか?』


『……ううん、大丈夫』


 大丈夫、という言葉に若干の虚勢が入っていることは、流石に見抜かれてしまったことだろう。

 それでも何も言わないでくれているのは、彼の優しさだろうか。


 ロゼッタが術を発動させようとした、その瞬間。


「はは……っ、ただじゃ、終わらせんぞ!」


 その言葉と共に、男の横の壁が、『爆ぜた』。


「ッ!?」


 いくらなんでも、これは予想外だったのだろう。何かしらの方法で感影(センス)で感知できないようにされていたのかもしれない。


 クロウは少々焦った様子で床を蹴り、後ろに飛んで距離を取った。


 砂煙が、舞う。

 灰色に染まった視界の先で、何かが蠢いている様子が見える——。


「ッ!?」


 その正体に気づいたクロウが、叫んだ。


「ロゼッタ、目ぇ閉じろ! 何も見るな!!」


……しかし、ロゼッタは『見て』しまった。


 目の前に現れたのは、10人の竜人族。

 全員、火竜種(サラマンダー)だった。彼らは皆、隠し部屋の中にいたようだ。


 だから、売買用の奴隷として囚われているのだと、最初は思った。


 しかし、誰ひとりとして目の焦点が合っていない。その眼球は、ぐるぐると忙しなく動き回っている。

 彼らの腕はだらりと垂れ下がり、言葉にならない声を発する口からは、だらしなく涎が垂れている。そんな状況であったが、彼らは足を引きずるように、歩みを進めていた。


(あの人たち、は、一体、何なの……?)


——頭の中で、砂嵐のような音が鳴り響く。


『やめて! 引っ張らないで! 行きたくない……お願い、処分(すて)ないで……っ!』


 誰かの慟哭。

 助けを求める、哀れなほどの懇願の声。


 悲痛な音が、砂嵐の中でかき消されるように聴こえてくる。


 何か、思い出しそうだった。

 しかし、何も思い出せなかった。


 竜人族が、よろよろと部屋から出てくる。それを見た男は「ははは」と高らかに笑う。


「お前たち! ほら、あの白鴉だ! やってしまえ!!」


「う……ぁ、あ……」


 だが竜人族たちは、誰ひとりとしてクロウを見ていない。

 彼らは皆、男の姿を見ていた。『全てを察した』男は、叫ぶ。


「や、やめろ! 俺じゃ……俺じゃ、ない……! あ……っ、ああぁあああ!!」


 ぐちゃり、ぐちゃりと、嫌な音が響いた。


(あ……)


 最悪の、光景だった。

 なのに、目が離せなかった。


 クロウが生み出した死体の山の方が、それを見ている方が。

 ずっと、ずっと……マシだと、思えた。


 ロゼッタは、口元を覆い隠す。

 油断すると、今すぐにでも吐いてしまいそうだ。

 そうして込み上げてくる胃液と戦っていると、視界の片隅でクロウが長剣を抜いたことに気づいた。


「!? クロウ!?」


 お願いやめて、と叫びかけた。

……言えなかった。


 何となく、ロゼッタにも分かっていた——彼らはもう、手遅れなのだと。


「……っ、くそ……っ」


 吐き捨て、クロウは一気に走り出す。

 鈍く光る切っ先は、口元を血で汚した竜人族へと向けられていた。

 一閃。視線が定まらない竜人のひとりが、地面に転がる。すかさず彼は異空間に長剣を放り込む。そして右手を突き出し、叫んだ。


「ッ、【崩霊(ディスペル)】!!」


 何らかの魔術を発動させようとしていた竜人の手が、『爆ぜる』。

 そしてクロウはいつの間にか取り出していたナイフで、彼の首を切り裂いた。そのまま、近くにいた竜人族の心臓にナイフを突き立てる。ナイフを片刃剣に持ち替え、駆ける。


 ロゼッタの同胞である竜人族が、燃えるような赤い髪を持つ人々が、目の前で次々と、容赦なく殺されていく——だが、誰が彼を責められるだろうか。


 返り血に染まった真白の髪。その間から微かに見える赤い瞳から、一筋の光が伝って落ちた。

 その一瞬だけ、世界が痛みを持って、静止したように見えた。


 そうして、全てが『終わった』。

 クロウの息切れの音だけが、無駄に広い空間に響く。


「は……っ、はぁ……っ」


 彼は崩れ落ちるように、その場に両膝をついた。おびただしいほどの血を纏った剣の切っ先が、強く、床にぶつかった。甲高い音がした。刃こぼれの音だ。

 それでも、その剣の持ち主はそんなことを気にしていられる状況では、なさそうだった。


「っ、う……」


 彼は俯いたまま、静かに、その肩を震わせ続けている。

 もはや剣を支えにしなければ、そのまま倒れてしまいそうだった。


 その背に何を言えば良いのか分からぬまま、ロゼッタはただ、地獄のような光景を見つめていた。

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