19.ストーカーが兄に憑いてる件-1
——ラザラスが、大怪我をしたらしい。
作詞作曲のために自宅を離れ、自身が所属している芸能事務所に連日泊まり込んでいたアンジェリアは、社長であるカミーユから直々に連絡を受け、必要そうなものを買い込み、急遽ラザラスの家に直行した。
(無理はしないでって、言ったのに!)
なるべく“知らないように”しているのだが、どうしても分かってしまう範囲はあるわけで。
“完全な無関係者”では無いだけに、アンジェリアは何とも言えない気持ちになっていた……のだが。
「えーっと……?」
部屋の前まで、来た。
迷うことはない、アンジェリアは諸事情でラザラスと同じマンションで暮らしているからだ。
しかし、明らかな異変があった。
中から何故か……話し声が、聴こえる。
念のため、他の階に来ていないか(※ラザラスの部屋は1階なので、間違えようがないのだが)、違う部屋の前に来ていないか(※ラザラスの部屋は角部屋なので、間違えようがないのだが)を確認する。
間違ってない!
「……」
アンジェリアは不審者感丸出しになるのも覚悟の上で、扉に耳を押し当てる。
家主であるラザラスは、色々あって人をあまり寄せ付けなくなってしまった過去を持つ。そのため絶賛一人暮らし中の、はず……なのだ。
(ら、ラズ……?)
部屋の中から、何やら楽しげな声が聞こえてくるのだ。どうも“何か”に語りかけている様子である。
彼は“ロゼッタ”というアンジェリアの知らない女の名前を頻繁に口にしているようだ。かなり親しげな様子である。
しかし、相手の声は一切聞こえない。
(あー、そうね。電話、よね? 電話よ、そうそう!)
アンジェリアがここまで心配するのには理由がある。ラザラスは本当に、本当に色々あったせいで、交友関係が絶望的な状態なのだ。
それこそラザラスが敬語を使わず、親しげに話せる相手は片手で数えられる程度しかいない。
申し訳ないが、彼が新しく友達を作ってきたとは思えない。彼女なんてものは、論外だ。
……となると、少々嫌な予感がする。
アンジェリアは震える指で、玄関チャイムを鳴らす。
少し待てばガチャリと扉が開き、中の住民が顔を出した。
「きゃ……っ!?!?」
アンジェリアは悲鳴を上げそうになり、慌てて自身の口を両手で押さえ込む。
友人の顔が、未曾有の大事故になっていた。
頬には巨大な湿布と血が滲んだガーゼ。
口元に血が滲んだ絆創膏。
首と胸元にもやっぱり湿布と血が滲んだガーゼ。
極めつけは両目をぐるぐる覆っている真っ白な包帯。
それらをフードを目深に被って隠し……きれていない!
普通に怖い!!!!!
「あ、わ、わり……怖かったよな、ごめんな?」
すすす、という効果音が似合いそうな感じにラザラスが家の中に引っ込もうとする。
すかさずアンジェリアは扉を掴み、それを全力で阻止した。
「待ちなさい、一体何がどうなったらそうなるのよ……っ!」
あまり触れて欲しくない案件絡みだろうと、察してはいた。
察してはいた、のだが……どうしても、聞かずにはいられなかった。
「あー……」
ラザラスは随分と決まりが悪そうに、口を開く。
「じ、自転車で壁に激突したんだ」
そうラザラスは口にしたが、アンジェリアの耳には重なるように、彼の別の“声”が届いていた。
【思いきり殴られた、身体に毒入れられた、なんて言えるわけがない。言えない、けど……アンジェには、分かっちゃうんだろな……】
——切実な、言葉。
本当は聞かれたくないと、分かっている。
分かっているからこそ、アンジェリアはゆるゆると頭を振るい、持っていたビニール袋をラザラスに押しつけた。
「お見舞い。怪我したって、聞いたから……また今度、ご飯作りにくるわ。だから、こっちの袋の中身は冷蔵庫に入れといて」
「……悪い、助かる」
幸い、割と元気そうには見える。
食欲はあるような気がするが、アンジェリアはラザラスの手を一瞥し、動揺した。
(待って? ねぇ、待って?)
ラザラスがスマートフォンを握っていない——なんで!? 出てくる直前まで、“誰か”と会話してたじゃない!!
アンジェリアは心の中で叫ぶ。
よく見ると、スマートフォンはベッド横のチェスト上で充電器に繋がれて放置されている。
つまり、高確率で電話をしていたわけではないということだ。
「どうした? アンジェ」
「……」
「アンジェ!?」
アンジェリアは素早く部屋の中に頭を突っ込み、中の様子を伺う。
彼女も階は違うが同マンションに住んでいる上にラザラスの部屋にはよく訪れているため、内部構造はよく分かっていた。
ベッドの上は綺麗に整頓されているし、浴室やトイレの扉、棚などが不自然に空いていることもない。
(こ、これは、女の子を連れ込んでたわけじゃ、ない……!!)
広めのワンルームからは、ラザラス以外の気配を感じられない。
そもそもラザラスは恐らく玄関モニターの確認をしてからすぐに扉を開けてくれたため、隠れる時間など無かったはず——ならばこの男、一体誰と話していたのだろう……?
ドクンドクンと、胸が脈打つ。
しかし、これは言うしかない。聞くしか、ないのだ。
「ね、ねえ……?」
意を決して、アンジェリアはラザラスに問う。
「今、誰と話してた……?」
「えっ? えーと、ああ……」
妙に言いにくそうに、ラザラスは目を泳がせる。
その姿を見て、アンジェリアは「これはやばい」という絶望感を抱いてしまったのだが、頭を振ってその言葉を飲み込んだ。
「え、ええと……ストー……じゃなくて、そ、そうだ! ぺ、ペット、的な……?」
困ったことに、ラザラスが発していない別の声も届いてしまった。
【これ、ど、どう説明すりゃ良いんだ? 世間一般的には受け入れられないだろうし……ほんと、どうしよう……説明困る……そしてコレ多分聞かれてるし……こ、困ったな……】
「……」
——アンジェリアの気持ちが、お分かり頂けただろうか。
「そ、そっか……じゃ、じゃあ私、部屋に戻るわね? 怪我、おかしかったら、言いなさいよ?」
正直、おかしいのは怪我ではないような気がする。
もはや、そういう問題ではない気がする!!
逃げるようにエレベーターに駆け込み、アンジェリアは額を押さえて天を仰いだ。




