18.可能性の灯-1
放送局での仕事を終えて一通り落ち込み倒したラザラスは、(ロゼッタの許可を取った上で)外出の準備を始めた。時刻は、遅めの18時。
「君には負担掛けちゃうけど、ちょっと訓練に付き合ってもらっても良いかな?」
『もちろんですよ。身体強化系統ですね? 任せてください!』
「そ、そこまでは求めてなかった……でも、できるなら頼むよ」
訓練といっても、一体どこに行くのだろう?
気にはなったが、場所を言われても分からない。当たり前のようにラザラスに諸々の術を使いつつ、ロゼッタは彼の後を追う。
(必死の説得の効果もあって)電車でステフィリオンの拠点がある街、フェンネルに移動し、その後はひたすら路地裏に入り込んでいった。
その先にあったのは、コンクリートの古い建物。パッと見はスプレーアートで飾られた、少々治安が悪そうな廃墟予備軍に見える。
けれど、その奥に降りる階段の空気だけは、妙に生々しかった。
その階段を降りていき、錆びついたドアの鍵を開ければ、不自然な指紋認証つきの金属扉があった。
『ラズさん? ここ、なんですか? 秘密結社的な……?』
「ステフィリオンの時点で大概に秘密結社っぽいけどな?」
苦笑しつつ、ラザラスは指紋認証を行う。
扉を開けた先には、随分と広く、きれいに整備された空間が広がっていた。
「ここはステフィリオンが戦闘訓練に使ってる場所なんだ。ほら、訓練人形なんかもあるんだよ」
『え、なんか勝手に動いてる……』
ロゼッタの視線の先で、人形の首が不自然にこちらを向いた——怖い。
そう思いながらラザラスに話しかければ、彼は朗らかに笑っている。
「最初はビビるよなー。あれ、国外で開発が進んでる“魔道具”っていう技術らしい」
『魔道具?』
「魔道具の有名どころは“タリスマン”っていう魔術妨害効果がある装飾品なんだけど、あの人形は戦闘訓練用の魔道具だな。
事前に魔力仕込んどけば勝手に動くし、物によってはかなり複雑な動きもできるって聞いた。
他にも最近は臓器の補助器具とか、高性能な義肢とか、介護士向けの補助装置とか……そういう、医療面の技術革新が進んでるって聞いたな」
『へぇ……! そうなんですね!』
魔道具。面白い技術もあるものだな、とロゼッタは思った。
どこまでできるのかは分からないが、上手く使えば魔術師だけでなく、非魔術師の生活も楽になりそうだ。
医療面の技術革新、ということは困っている人の生活をサポートできるような開発が進んでいるのかもしれない。
『あの! あれって何ができるんですか?』
ワクワクしながらラザラスに話を聞けば、彼はかなり気まずそうに魔道具人形を見つめながら話し始めた。
「あれは……これでもかと歩き回って、倒しても起き上がるくらいの機能しかないなぁ……」
『……。安物ってことです?』
ちょっと、悲しい。
そんなことを考えていると、ラザラスがさらに気まずそうにしていることに気づく。
「俺たちがこれでもかとしばくせいで、寿命が……めちゃくちゃ短いから……」
『ああ……』
……仕方がなかったようだ。
もしかすると、最初は高級品を導入していたのかもしれない。
(ラズさんはともかく、レヴィさんは……脳天撃ち抜いちゃうもんね……)
間違いなくレヴィは秒で壊すんだろうなぁ、とロゼッタは考える。
それが分かったのか、ラザラスは笑いながら口を開いた。
「レヴィとクロウさんは、あれ使うの自体がそもそも禁止なんだよ」
『やっぱり秒で壊すんだ……って、クロウも?』
「クロウさんも秒破壊だなぁ。まあ、俺も君と出会う直前に『筋力強化』禁止令出ちゃったんだけど……」
『秒で、壊すんだ……』
可哀想。あれに命が宿っていないことは分かっているが、戦闘員達に容赦なく秒で破壊される魔道具人形、可哀想。
『禁止令出てるんだったら、『感影』と『聴力強化』だけにしましょうか。怒られちゃいます』
「そうだね、頼むよ」
今までも掛けてはいたのだが、ロゼッタは感影を少し強めに掛け直した。
魔力量任せにあまり強く掛けすぎるとラザラスが酔ってしまうことが発覚しているため、細かく調整を入れていく。
「……うん、それくらいかな。本当に助かる。ありがとう」
そう言って、ラザラスは訓練場の床を駆けていく。
恐らく今回は放送局でのあれこれ(主に『マスコミ禁止区域』の三人衆とのやり取り)があったからこそ、憂さ晴らし目的が強い。間違いなく、強い。
だが、ラザラスは目の治療中に身体が鈍るのも嫌がりそうだな、とロゼッタは思った。憂さ晴らし目的がなくとも、定期的にここを訪れることになりそうな気がする。
軽やかに魔道具人形を蹴り上げていくラザラスを見ながら、ロゼッタはぼんやりと「ステフィリオンの人に姿を見られたら怒られそうだなぁ」と考えていた。
(……あの人たち、結構心配性の気があるしな)
そんなことを考えていると、背後で扉がキィと音を鳴らして開いた。
「ちょっとラズちゃん!? 何してるのよ!!」
(ほら~~!!)
……言わんこっちゃない。
ロゼッタは影に隠れたまま、現れた人物——ヴェルシエラへと視線を向けた。
「あ、ヴェルさん!」
「大人しくしてなきゃダメじゃない! 何してるの!?」
「いやー……身体鈍るの嫌なんで……」
(嘘です! ほぼほぼ嘘です! この人、憂さ晴らしに来てます!!)
当然ながらヴェルシエラは放送局騒動を知らない。本当に「身体が鈍るのが嫌だ」と思って来ていると判断したようで、彼は(既にだいぶ可哀想な)魔道具人形を撤去する。
「目、見えてないんでしょう? 危ないじゃない」
「ロゼッタに感影掛けてもらってるんで、むしろいつも以上に見えてます。大丈夫です」
「なるほど、ロゼッタちゃんいるのね? ……こんにちは。アタシはヴェルシエラ・レミングスっていうの。ラズちゃんがお世話になってます」
(あ、ヴェルさんじゃなくて、ヴェルシエラさんっていうんだ……)
そう言って、ヴェルシエラはきょろきょろと辺りを見回す。
当然だ、彼はロゼッタがどこにいるのかは全く分かっていないのだから。
『こんにちは! ロゼッタです!』
……と、返してはみるが、聞こえていなさそうだ。
仕方がないので、ラザラス経由で伝えてもらうことにした。
「えーと、ヴェルさん。ロゼッタが『こんにちは! ロゼッタです!』って」
「あら、丁寧にありがとね。魔力使いまくってそうだけど、大丈夫?」
『ラズさん! 『大丈夫です』って伝えてください!』
「了解。ヴェルさん、『大丈夫です』だそうです」
「そう? 聞いてはいたけど、本当に魔力量多いのね……特殊な竜人族って聞いたけど……」
『ラズさん! 『わたし、宝竜祖っていう種類らしいです。なんか知ってますか?』って伝えてください!』
「え? 宝竜祖? そうなんだ……分かった。ヴェルさん、ロゼッタが——」
「もう出てきてちょうだい! 後ろ向いとくから!!」
会話が、あまりにも面倒すぎる——ヴェルシエラの心の叫びが、聞こえたような気がした。
2人の視界に入らない場所を選び、ロゼッタはにゅるりと影から姿を現す。
そしてラザラスの横へと走り寄り、「もう大丈夫ですよ」と声を掛けた。
「えっと……改めて。初めまして! ロゼッタです! わたし、宝竜祖って種族らしいです!」
そう言えば、ヴェルシエラはロゼッタの姿を上から下までまじまじと見つめる。
「あらあら、噂には聞いてたけど、本当に“ジュリーちゃん”と同じ種族なのね……」
(出たよ、ラズさんの彼女……!)
最近あった出来事が濃すぎて久々ではないはずなのに、久々に名前を聞いたような気がする。
そもそも彼女、名前が知れ渡っている可能性が高い。
少なくともステフィリオンのメンバーは全員知っているのではないだろうか?
「それにしても、アナタたちは宝竜祖っていうのね。古い文献漁ったら出てくるかしら?」
「わたし自身は火竜種だと思い込んでたんですけど……ラズさんをこんな姿にした黄金眼の人に教えてもらったんですよね」
言いながら、思い出してちょっと腹が立ってきた。
怖がってたのは分かるし、気持ちも分からなくもないけど、酷いことしてくれたなぁ、本当に!
ラザラスの顔を見上げながら、ロゼッタは口には出さずにそんなことを考える。
「えぇと……何だったかしら……」
それに対し、ヴェルシエラは黄金眼のことを思い出しているのか、目線を上に泳がせ、小さく唸っていた。
「思い出した。そう、“ギルバート”ね……彼、この国に残るわよ。一応、ラズちゃんとは任務被らないように動かすつもりだけど」
あの男はどうやらギルバートというらしい。罪悪感ゆえか、ステフィリオン所属の道を選んだようだ。
ロゼッタには及ばないとはいえ、彼は膨大な魔力を持つ。味方についてくれれば、頼りになるだろう……暴れなければ。
ヴェルシエラの話を聞き、ラザラスはくすくすと笑う。
「大丈夫ですよ、任務被っても。彼に対しての恐怖心は無いですし、あれは単に、俺自身の失態です」
「酷い目に遭っておきながら、優しいわねぇ……いや、真面目すぎるのかしら」
それに関してはロゼッタも同感だ。とはいえ、馬乗りで殴られる流れが悪かっただけで、ギルバートとやらに恐怖心が無いのは本当なのだろう。
ラザラスは何かを思い出したようで、ヴェルシエラに問いかけた。
「あの、ギルバートさんでしたっけ? ……傷は大丈夫ですか?」
彼は見ただけで分かるほどに、相当に酷い傷を負っていた。だからこそ、敵も味方も分からなくなっていた。酷く怯えることしか、できなかった。
ヴェルシエラはギルバートのことを思い出しながら、話し始める。
「拠点でまだ治療中ね。現場に出るのはまだ厳しそうだけど、動けるようになったら色々お願いする予定。意思も固いみたいだから」
「そうですか……回収班配属ですよね? 黄金眼なら、色々と助けてくれそうですね」
やはり、すぐに動ける状況ではないらしい。
それでもステフィリオンのために働きたい、というのだから、相当に思うところがあったようだ……それも無理はないが。
ラザラスの問いに、ヴェルシエラは少しだけ困惑した様子で話し始めた。
「あの子、魔力量もすごいけど、使える魔術がそこそこ多いみたいなのよ。だから、回収班の補佐もお願いするつもり。
でも、基本は追跡班所属で動いてもらう予定よ。だから、そもそもラズちゃんと被る心配はそこまで無いのよね」
追跡班。
ロゼッタはピクリと肩を動かす。
彼らの結成理由を、追跡班行きの条件を——ロゼッタは、ちゃんと覚えていた。
「ぎ、ギルバートさんは……変態、予備軍なんですか……?」
……ちょっと、引いてしまった。




