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15.境界線-3

 ラザラスの魔術能力の偏りが、酷すぎる——何とも言えない表情を浮かべたまま、クロウは語り始めた。


「困ったことによ、オレより肉弾戦やる才能はある。間違いなく、ある。なのに奇襲に術使えねぇ時点で、少なくともアサシンとかその辺には向いてねぇんだよな。マジで。色んな意味で」


「しかも、怪我するたびに大変なことになってるんですよね、主にメンタルが……」


「つーか、“それ”が一番ダメだ。才能あるお陰で滅多に治療必須レベルの怪我しねぇから、そこだけは救いなんだが……魔術もポンコツだが、メンタルも盛大にポンコツだからな」


 医薬品の匂いが、病院を彷彿とさせるものが、全てダメ。


 それは、相当に辛いものがある。

 怪我をするたびに精神的ダメージを負うのに、前衛をやっているのがさらに辛い。


 せめて戦闘だけでもどうにかならないのかと思うが、身体強化(エンハンス)系統以外がまるでダメな時点で、前衛以外の選択肢がほぼほぼ消えるのが辛い!!


 そんなことを考えていると、空になったマグカップをクロウに回収された。

 すでに流し台には、クロウが使っていたマグカップがあるようだ。


「せめて洗うのくらい、わたしがやりたい!」


 スポンジに手を伸ばそうとするクロウを止め、ロゼッタは立ち上がる。


「そうか? ……助かる」


 片腕で食器を洗うのは大変そうだと思っての行動だったが、実際にそうらしい。クロウは素直に流し台から離れた。そして、口を開く。


「ま、今回のメンタル大惨事は目をやられてるのも原因だろうがな。失明しかけた過去があるわけだから。お前はどうせ、ある程度は知ってんだろ?」


 問いかけられ、ロゼッタは少しだけ逡巡する。


「……。元俳優志望で、嫉妬されて襲われて、目に後遺症が残って……ついでにそれが明らかにトラウマになっちゃってることくらいなら。

 あと、そんな状態なのに復讐目的でステフィリオンに来るし、放送局とかいう地雷原で働いちゃってることくらいかな」


「はは、やっぱり大体知ってんな。だったら、ちょっと補足してやるよ。本人に話させようとすれば、確実に事故が起こるからな」


 ロゼッタはマグカップを洗い終え、近くにあった台の上にふたつを並べた。水滴がぽたぽたと落ちている。


「普通に考えれば、ラザラスは被害者だ。ただな、アイツ……絶対に罪悪感由来の誇張も入ってんだろうが、本人曰く『結構調子に乗ってた』っぽくてな。

 とはいえ才能はガチもんだったらしいし、しかも、あの顔だろ? 正直、調子乗んなってのが無茶だとは思う」


 若気の至り、とでも言えば良いだろうか。

 彼には悪い意味で遊んでいた黒歴史があるようだが、その時期の話かもしれない。


「で、でも……それって襲って良い理由には、ならないと思う……ラズさんが遊んでた女の子たちなら、まだしも……」


「だな、オレも同意見だ。まあ、後者に関しては話聞いた瞬間に割と本気で引いたんだが。女の子たちがって話なら、大いに同意見だが」


 ちょっとどころか、かなり言い回しがキツい。

 そして、ロゼッタは気づく。


「もしかしてクロウ、この手の話題は嫌い?」


「ああ、嫌いだ。本気で大嫌いだ」


 これはラザラス云々ではなく、クロウ側に何かしらあったな、とロゼッタは感じる。嫌悪感を隠す気がない。

 そして何となく、彼自身ではなく彼の周りにいた人間に関係していそうな気がした——クロウは自身を宥めるように、ゆるゆると首を横に振るう。

 どうやら“生理的に無理”のレベルで嫌いな部類の話だったようだ。


(婚約者さんに、男性絡みで何かあったのかな……)


 考えられるとしたら、その線くらいだ。


 そうだとすれば、確かにラザラスの黒歴史は受け入れ難いし、理解もできないものだろう。

 クロウは微かに、ほんの僅かに苛立った様子で口を開いた。


「ただしラザラスの場合は完全に過去形な上、()()()()()()()()()()だったからな。

 だから今、本人とは普通に話せるし嫌悪感も無い……が、内容次第では心底軽蔑してただろうな。判明した瞬間に蹴り飛ばして、2度と口聞かなかったと思う」


「それは、まあ……」


「ははっ、流石のお前も庇えないってか?」


「流石に、ちょっと無理かなー……」


 これに関しては、ロゼッタも頷くしかない。

 申し訳ないが、ラザラスが“痴情のもつれ”で襲われていた場合、正直、自業自得な部分は大なり小なりあると思う。


(うーん、辛うじて常識の範囲内……せいぜい彼女が月替わり、酷くても週替わりくらいの勢いで変わってた、とかかなぁ……何となく二股とかそういうのはクロウは許せなさそうな気がするし……)


 かなり過剰反応気味のクロウに許されていることを考えれば、軽い遊び人状態だったくらいだろう。

 そしてラザラス本人が本気で反省している様子だからこそ、何かを言う気にはなれなかった。


「……。ラザラスの死体蹴りはやめような」


「うん……」


——価値観が似ていたのか、2人同時に余計なことを考えてしまった。


 クロウは咳払いし、話を戻す。


「ラザラスが襲われた話に関しては厄介な案件が絡んでんだよ。マスゴミ案件、とでも言えば良いか?」


「マスゴミ……?」


「報道陣の話だな。アイツら、視聴率欲しさに無茶苦茶なことすることがあんだよ。それを皮肉って“マスゴミ”って表現することがあるんだ」


 話の流れからして、ラザラスはマスゴミとやらに何かしらされたのだろう。

 軽く説明を挟んだ後、クロウは話を続ける。


「でな、加害者側がラザラス襲った後に罪悪感で自殺したのが決め手だった。しかもソイツの親が社会的に強かったこともあって……ラザラスが加害者みたいな報道、されちまったんだよ。どう考えたって違うだろ、それは」


「え……っ!?」


 つまりラザラス“が”加害者を追い詰めた。

 だから、襲われた。それは自業自得だ。


 そんな内容が、国中にばら撒かれたらしい。


「んで、入院中にメディア関係者が病室に押し掛けまくるわ、病院からすれば大迷惑な上に加害者報道されてるもんだから、アイツに罪はねぇのに滅茶苦茶白い目で見られるわ、

 何ならアイツを知る人間が凄い勢いで手のひら返してネットにあることないこと晒しまくるわで……まあ、酷かったらしいんだ。ラザラス本人は失明するかどうかの瀬戸際だったってのに」


 ただ襲われただけでも、薬品の匂いが苦手になりそうなものなのに。

 病院で二次被害が発生したのであれば、あそこまでの拒否反応を示すのにも納得できる。


「だからラズさん、病院関係が全部ダメなの?」


 ロゼッタの問いに、クロウは頷く。


「オレが生まれ育った場所はネットもテレビも無いような場所だったから、ちょっとピンとこない部分はあるんだが、

 科学技術が発展したこの国でそんなことやられたら、社会的には死んだようなもんらしい。しかもアイツ、どこに出しても目立つ見た目してるしな」


「……」


「幸い、外見は晒されずに済んだみたいだが……本人からすりゃ、そういう問題じゃねぇわな」


 下手をすればラザラスも死んでいたのではないか、と思えるような話だった。

 マスゴミ、という酷い表現にも納得できてしまう。


「ただな、一応救世主が出てはきたんだ。この国には結構愉快な感じの大御所俳優がいるんだが、そいつが割と早い段階で、しかも茶化すんじゃなく大真面目に『これはおかしいだろ』って言い放ってくれたらしくてな。

 それでマスコミの報道内容がひっくり返って、世間の評価もひっくり返った。ついでに風化もしたから、事件の内容をはっきり言える人間は限られるんじゃないか? もう6年前の話だからな」


「そうなんだ、良かった……でも……」


 例え味方をしてくれる人間が現れたとしても、その後、事件が風化したとしても。


 何も無かったことにはならないし……失ったものは、戻らない。


「だからオレは、アイツの……ラザラスのやることなすことに納得がいかない。本当はな」


 言い方こそ厳しいが、その裏にある思いは明白で。

 彼がラザラスを純粋に心配していることは、明らかで。


「……」


 ロゼッタはクロウに近づき、おもむろに彼の顔を見上げる。


「ドラグゼンに復讐したいって気持ちも、アンジェリアを守りたいって気持ちも、分からないとまでは言わない。

 だが、捨て身が過ぎる。アイツがそれをする必要を、そこまで身を削る必要性を……オレは、感じない。少なくとも復讐に関してはオレらに任せて、大人しく待っとけば良かったんだ」


(……ラズさんを社会の裏に、巻き込みたくなかったんだろな)


 口が悪いだけで、クロウも優しい人間なのだろう。

 よく考えれば、彼は孤児を19人も拾って育てていた人間だ。


「……」


——沈黙が、支配する。


 どれほど時間が経っただろうか。

 クロウは、ロゼッタに視線を合わせ……静かに口を開いた。


「ロゼッタ。オレはな、お前は全部忘れて、さっさと引くべきだと思っている。

 ストーカー云々じゃなく……オレらに関わるべきじゃないと、本気で思っている」


 この短い会話の中で、彼なりに『ロゼッタ』を見極めたのだろうか。

 クロウはまるで吐き捨てるかのように、言葉を続ける。


「だから、とっとと引け。居なくなれ。普通に生きていける人間が、悪戯にこっち側に踏み込んでくる……オレはそれが、とにかく嫌いだ。迷惑だ」


 言葉が、強い。一方的に突き放すような発言に、苛立ちが全く無いとは言い切れない。

 少し前なら、クロウにふざけるなと噛みついていたことだろう。


 だが、多少なりとも『クロウ』を知ったロゼッタは、冷静に言葉を返す。


「……いやだよ。引かない」


「おい」


「悪戯に踏み込んでるつもりなんてない。わたしだって、被害者だよ。ドラグゼンに対して、怒りを抱いても許されるはずだ」


 クロウに、嫌悪感を抱かれているのを感じる。

 ラザラスの件と同様に「オレらに任せて、大人しく待っていろ」とでも考えているのだろう。でも、それは嫌だと、納得がいかないと心が叫んでいる。


「……」


 ロゼッタとクロウ、互いの視線が交差する。


——絶対に、引かない。


——絶対に、認めない。


 何も言わずとも、互いの目が強く、意思を訴えている。


「なら……ラザラスの目が、回復するまでだ。

 あの腫れはしばらく引かねぇだろうし、その間、アイツが大変なのは事実だからな」


「……そう」


「エスメライさんたちが何を言おうが、オレはお前を、お前たちを……絶対に、認めない」


 クロウの赤い瞳に、自分の姿が映っている。

 不愉快そうにこちらを見てくる彼に対し、ロゼッタは肩を含め、不敵な笑みを浮かべてみせた。


「別に認めてくれなくたって良いもん。わたし、エスラさんから『自分達の手で捕まえたいから逃げ回れ』って言われてるし。少なくとも、それまでは居ていいことになってるし?」


「……。どんな契約だよ、それはよ……」


 事実なのだから仕方ないじゃない、とロゼッタは視線を逸らさないまま首を傾げる。

 拍子抜けしたように、クロウは息を吐き出し、踵を返した。


「ラザラスのとこに戻るぞ。そろそろ、治療も終わっただろ。

 あの部屋に置いといて、発狂されても困るんでな。とっとと連れて帰ってくれ」


「はぁい」


 それに関しては同感だ。少し休んで魔力も回復したし、普通に戻れるだろう。


(わたしは引かないよ、絶対に……負けたくない)


 微かな足音が、広い空間に響く。

 再びクロウの後を追いかけながら、ロゼッタはこれからのことを考えていた。

第1章『名もなき奇跡の始まり』、完結です。


第2章からが本番だと思っています……最悪展開の(´・ω・`)

活動報告等では『2割のギャグと5割のシリアスと3割の最悪』がキャッチコピーだと言っておりますが、私の体感だとギャグ成分の0.5超は第1章に偏っています。第2章以降は軽率に最悪展開が出ます。

はい、タイトルのギャグ臭に反して『そういう話』です……元気な時に読んでください……。


評価等、入れて頂けるととても嬉しいです。

これからもよろしくお願いいたします。頑張ります。

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― 新着の感想 ―
Xの方から伺わせていただきました! 作者様のこの作品内のキャラクターへの愛というか、趣味の要素を個人的には強く感じました! どことなく彼らの会話のやり取りは女性向けレーベルのライト文芸的なものを感じ…
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