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14.命の種類

「よし、上手くいったね」


 目を開けると、ラザラスの家のベッドの上にいた。『転移(テレポート)』に成功したらしい。


 案の定、といったところか。ラザラスの意識はない。

 ぐったりとした身体に布団を掛け、ロゼッタはすぐにベッドを降りる。


「……さて」


 こちらに戻ってくるのであれば、やることは決めていた。

 これでもかと後回しにしていた、ラザラスの家にある“本の群れ”との戦いである。


 まず初めに、以前解読を諦めていた机の上の本やノートへと手を伸ばした。


「【識読(ルーンリード)】」


 ぱらりぱらりとページを捲り、図が挿入されている見開きを確認する。

 どうやら、これは比較的初心者向けの歴史書のようだ。ロゼッタが開いたページには、種族に関する事柄が記されていた。


『遥か昔、人類は現代でいう“ヒト族”のみであった。しかし、その身に宿す魔力を正しく扱うために独自の進化を遂げた者達がいた。それが全ての亜人の祖である“竜人族”である。


 そして現在では、竜人族から分岐して派生した有角人族、有翼人族、獣人族という亜人も生まれた。そのため、かつては“魔術師”といえば、祖先から魔術師適性を引き継いでいない有角人族以外の亜人、特に祖先である竜人族と、祖先の適性を強く引いた有翼人族を指す言葉であった。


 しかし他種族間の婚姻が認められたことによって血統や種族も多様化し、ヒト族のカリスマ的魔術師が誕生することも、一般的な有角人族のように、全く魔法が使えない亜人も珍しくはない』


「えっ、竜人族ってそんな特殊な種族だったの!?」


 その割に扱い悪すぎない? とロゼッタは思った。


 しかし、()()()()()なのだろうとロゼッタは思い直した。

 特殊だからこそ高値で取引され、高値で取引されるからこそ、無理矢理“繁殖”させられているのだ……あまりにも、皮肉な話だ。


「でも、祖先、か。納得できるな。わたしはともかく……竜人族ってみんな角と翼、尻尾があるもんね。

 そういえば、わたしは“宝竜祖(カーバンクル)”っていうんだっけ……有角人族より、獣人族寄り、なのかも」


 自身の耳をふにふにと触りながら、ロゼッタは考える。

 身体能力的な部分はともかく、見た目だけ言えば有角人族よりは獣人族だ。


「あー……なるほど? 亜人は亜人でもヒト族寄りに派生したのは有角人族、竜人族寄りに派生したのが有翼人族ってことかな」


 そういえば、有翼人種の中でも特に魔力が多い“カラス種”の特徴は長い耳だ。


 ロゼッタは例外だが、竜人族は基本的に耳が長いという特徴を持つため、彼らは先祖である竜人族の外見的特徴をそのまま引き継いでいるのかもしれない。


(ん? クロウの耳って長かったから、真っ白だけどカラス種だよね? 特殊個体って奴かなぁ?)


 彼の魔術師適性が非常に高いことは、エスメライ達の話を聞いて理解していた。


 竜人族では無いことも外見から分かっているため、彼が有翼人族のカラス種であること自体は疑わなくてよさそうだ。


 何なら、色が白いだけでレヴィよりもカラス種の血が濃い可能性が高い——そんなことを考えながら、ロゼッタはパラパラとページを捲っていく。


『亜人は亜人でも、有角人族は魔術適性に恵まれない代わりに天性の頭脳を持ち、ほとんどの国ではヒト族と相違ない地位を得ることが多い。

 それに対し、身体能力の向上に少ない魔力を費やす獣人族は、苦難の歴史が長かった。しかし、現代においては法が整備され、露骨な差別は禁じられている』


「……。ルーシオさんって、見た目と中身逆じゃない? ひょっとしてラズさん並みの謎遺伝してる?」


 ルーシオに関しては見た目こそ獣人族だが、種族特性的には有角人族だと言われた方が納得できる。


 ラザラスの()()()()を考えれば、彼は獣人族と有角人族のハーフか何かで、見た目と中身がひっくり返ってしまったのだと判断すべきだろう。


(それにしても、露骨な差別、か……獣人族の人って、ちょっと見下され気味なイメージはあるけどね。ヒト族と有角人族が強すぎるというか……)


 ニュースを見ていると、政府の官僚や大企業の社長が映ることがある。

 彼らの大多数はヒト族か有角人族だし、“奴隷”である自分達を見にくるのも基本的にはそのどちらかの種族だった。


(そして有翼人族と竜人族って、そもそも生まれにくいんだね。だからこそ、価値があるんだろうけど……)


 有翼人族および竜人族の遺伝子は“潜性遺伝子”といい、他種族と比べて表に出にくい、という記載があった。

 つまり種族のバランスによって大きく左右される部分もあるらしく、国によっては逆に有翼人族(もしくは竜人族)が多いということもあるらしい。


「この国はたぶん、そこまで有翼人族が危ないって訳じゃなさそう。一部に限るって感じではあるけどね……人気のあるカナリア種とかはダメなんだろうけど……」


 有翼人族に関しては、この国においては比較的まともな扱いを受けている印象だ。


 少なくとも、彼らは種に偏りはあれど普通に街を歩けているし、アンジェリアのように芸能人として活躍している者もいる——しかし、街を歩く竜人族の姿を見なかったのは、この国でドラグゼンが暗躍しているためだろう。


「まあ……あの黄金眼(おうごんがん)の人は隣国で捕まえた、みたいなこと言ってたしなぁ……別の国にいても襲われることはあるよね。いっぱい居るけど他種族に化けてる、みたいなパターンはありそう……」


 ぶつぶつと呟きながら、ロゼッタは別の本に手を伸ばす。地図が描かれた本だ。


「これが世界地図、かな……この国って“グランディディエ連邦”っていうんだっけ。隣国は“オブシディアン共和国”っていうんだ。

 黄金眼の人のことを考えたら、竜人族が多いのかな? あとは“スピネル王国”ってとこが……って、あれ? 結構離れてる? なんで皆、ここに送られるんだろ……?」


 地図を見ると、物理的に近いのはオブシディアン共和国だ。

 海で隔てられているが、他国よりは圧倒的に近い。それなのに、何故スピネル王国が選ばれているのだろうか?


「ひょっとして、エスラさん辺りがこの国の出身なのかなぁ……そういやラズさんって竜人族のハーフだよね。

 見た目を考えたらたぶん、グランディディエ人の血が薄いし、国籍、この国じゃなかったりするかも……」


 色素が薄めなことを考えると、北の方の国だろうか? ロゼッタは地図の上に当てていた指を滑らせ、国の名前を追っていく。


「俺の国籍はグランディディエにしてあるよ。だけど、父親がアズラ聖国出身で母親はスピネル王国出身って感じで、君の読みは当たってる。薄いどころか、一切入ってない」


「へぇ……そうなんですね? でも、なんでグランディディエに……?」


「ドラグゼンのせいで、滅茶苦茶な育ち方してるんだよなぁ……だから、ちょっと法に触れるような国籍の取り方したんじゃないかなーって思う。

 普通にやったら、グランディディエで国籍取れるわけないと思うんだよな」


「そういうもの、なんですね……えーと、アズラ聖国……あ、あった。うーん、だいぶ上の方の国だ……って、えっ!?」


 当たり前のように会話をしてしまったが、そもそも“会話が成立する”のはおかしい!!


 振り返れば、ベッドに座った状態で身体をこちらに向けているラザラスの姿があった。驚くロゼッタに、彼は楽しそうに笑いかける。


「はは、隠れるんだったら、独り言癖なんとかした方が良いんじゃないか? 

 よくよく考えてみたら、今までもちょいちょい君の声聞こえてたよ」


「き、聞こえて、た……?」


「聞こえてたよ。幻聴の類だと思って、ずっと無視してたけどさ」


——闇を感じる。


 ラザラスから底知れぬレベルの闇を感じたので、この件にはこれ以上触れないことにした。

 ロゼッタはしれっとベッド下に戻るため、持っていた書籍を机の上に戻す。


「あ、あー……見つかっちゃいましたか。でも、まだ良いですよね? 隠れた状態から発見されたわけじゃないですし」


 見つかりはした。しかし、これはそもそも隠れていなかったのでノーカンだろうと言いくるめることにした……無茶苦茶である。

 だが、多分ラザラスなら「良いよ」と言ってくれるだろうとロゼッタは信じていた。


 問題の彼は天井に向かって、ゆらゆらと手を泳がせている。一体、何をしているのだろうか。


「発見とか、それ以前に俺は君の声に反応してるだけだよ。見えてない……ていうか、何も見えなくて。目が、両目とも開かない……」


「えぇっ!?」


 ロゼッタは慌ててラザラスの傍に移動した。

 近づこうがお構いなしに、ラザラスはゆらゆらと手を泳がせている。

 どうやら、天井からぶら下がっている電気の紐を探しているようだ。


 部屋を明るくしたいらしい。

 明るければ何か見えるかも、と判断したのだろう。


「電気ですか? わたしが点けますね」


「ありがとう。うん……君がくっついててくれて助かったよ」


「……。わたしが言うのも何ですけれど、ストーカーに感謝しちゃ駄目だと思います……」


「君、面白いなぁ」


 本当にこの男、大丈夫なんだろうか? ……色々と。

 ラザラスの代わりに部屋の電気を点け、ロゼッタは彼の顔を覗き込んだ。


「ッ、これ……」


 エスメライに治療を受けた時点では右目だけだった腫れが、左目にも広がっている——否、左目に関してはどす黒く色が変色しており、腫れ方も内出血によるものではないように見える。

 服でほとんど隠れているが、胸部にも同様の変色が見られた。


「異様に痛くて目が覚めたんだけど、何も見えなくてさ。ちょうど君がひとりで喋ってたから、声掛けることにした。

 何も見えないけど……今、電気点けてくれたんだろ? ありがとな」


「何かもう、何言ってもダメな気がしてきました……」


 体格的にストーカーに負けることはないと思っているのかもしれないが、ラザラスの対ストーカーへの警戒心が安心と実績のポンコツである。


 ストーカーであるロゼッタが「警戒心を持て」というのも何だか違う気がしたため、諦めてラザラスがチェストに置いていたスマートフォンに手を伸ばした。


(治療自体が怖いのは分かってるんだけど、わたしがこの場で対処できるとは思えないから……)


 ロゼッタはラザラスのスマートフォンのロックをしれっと解除し、電話アプリを開く。


(……。うん、まあ、この人なら、いっか)


 そして、通話履歴から“クロウ”の名前を探し出し、容赦なく鳴らした。


 ラザラスの目が見えていれば「相手が違う」と指摘が入ったのだろうが、ロゼッタは間違いなく遅い時間であることが分かっていたせいか、何故か無意識に彼を選んでいた。本当に容赦がない。


 リリリ、リリリ、とコール音が何度か鳴った後、電話の向こうから少し掠れたクロウの声が聞こえてきた。


『んん……あー……ラザラス? ……どうした?』


「!?」


 これ、確実に寝起きだ! 

 絶対に寝てた! 


 よくよく考えたらこの人、やっと拠点に戻ったばかりだった!!


 流石に申し訳なさが出てきたロゼッタは、慌てて叫ぶ。


「わ、わたし! ロゼッタ! 今、ラズさんの前にいるの!!」


『テメェかよ!? 何の嫌がらせだ!! 一体今何時だと思ってんだ!!』


 慌てて叫ぶにしても、言葉のセンスが無さすぎる!!


 このままだとキレながら電話を切られる未来しか見えなかったため、ロゼッタは必死に頭をフル回転させて再び叫んだ。


「ごっ、ごめんなさい!! その、ラズさんの目が……左目の周りも、腫れてて、両目とも見えてないっぽくて……!」


『……っ、マジかよ』


 電話口の向こうから、布が擦れる音がする。

 どうやらクロウがベッドから起き上がったらしい。


『今日、お前らに何があったのかは聞いている。それを前提に、今の状況を分かる範囲で説明しろ。お前なら何かしら透視系の術、使えるだろ?』


「う、うん……! 分かった……!」


 指示に従い、ロゼッタはラザラスに対して『透識(クラリティ)』を使用する——水属性魔術、『蝕毒(ヴェノム)』の痕跡があった。


「えっと、蝕毒って術の影響、だと思う……でも、なんでこんなタイミングで……」


『なるほどな、蝕毒か……オレは使えねぇから詳しくは知らねぇが、アレは遅延性の毒を仕込むこともできるらしいんだ。

 普通は暗殺なんかに使うんだが、相手もめちゃくちゃパニクってたんだろ? タイミング的に殴られた時以外に毒入れられることはねぇだろうし、黄金眼のヤツがやらかしたんだろ。水竜種(リヴァイアサン)だって話だしな』


「あ、暗殺……!?」


 とんでもない単語が飛び出した。致死性の毒かどうかは分からないが、“可能性はある”ということだ。

 クロウは深く息を吐き出し、ゆっくりとロゼッタに語り掛ける。


『良いか、ロゼッタ。お前も分かってんだろうが、普通にやべぇ可能性がある。だからこそ、落ち着いて動け』


「……うん」


『今すぐに転移使って帰ってこい。場所はさっきと同じ部屋だ。オレの方も、エスメライさん起こして待機しておく』


「わ、分かった」


 ロゼッタは震える手で電話を切ろうとする。

 その瞬間、向こうから声が聞こえた。


『もう一度言うが、落ち着いて行動しろよ……大丈夫、だから』


「……うん」


 電話を切る。

 途中からロゼッタがクロウに電話を掛けたことに気づいていたラザラスは、申し訳なさそうに黙り込んでいた。


「ラズさん、拠点に戻ります。寝てて良いですからね」


「分かった……本当に悪いな」


 ラザラスの手を取り、ロゼッタは目を閉じる。

 幸いにも、頭は冷静に働いていた。場所を違えるようなことは、無いだろう。


「【転移】」


 呟き、魔力を放出する。

 次に目を開いた時には、ドタバタと部屋に入ってくるエスメライの姿があった。

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