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11.希うもの-3

 弾に魔力が乗ってしまう問題。

 一体何が原因なのだろうか? そもそも、本当に誤魔化しきれないのだろうか?」


「うーん……『黙影(サイレンス)』で魔術の出所隠しても無理ってことですよね?」

「無理ですね、まず中級魔術使える人な時点で無理ですねぇ……」

「あ、なるほど! 魔力量が多いとダメなんですね?」

「少なくとも、ボクはおかしくなりそうでしたね……多分、狙撃手って非魔術師の方が向いてるんじゃないかなーってずっと思ってましたもん……なんなら、今でもたまーに思いますし?」

「そっか、魔力が無ければそもそも乗らないんですもんね……」


 とはいえ、それはそれで術の補正が一切入らなくなってしまうから、困る気はする。

 肩が凝っているのか、レヴィは両腕を組み、前に伸ばしている。


(必死に努力した結果、あんなことになっちゃったってのも皮肉だけど……)


 彼女のボロボロにされた腕を凝視しないように気をつけつつ、ロゼッタはレヴィの言葉を待つことにした。


「ただ痕跡を消す方法、とは言いましたけど。どんなに頑張ろうが、それが一流の狙撃手だろうが……魔力がある限りは、何かしらの痕跡は残るらしいんです。分かる人には分かるかな、くらいのものですけどね」

「痕跡?」

「例えるなら……そうですね。“音”みたいなものなんですよ」


 レヴィは指先を軽く擦り合わせながら、ゆっくりと言葉を選んだ。


「ロゼッタさん、ラズさんに付き纏ってる時点で、もう会ってますよね? アンジェリア・シェルヴィーって名前の女性に。JULIA(ユリア)とも呼ばれてますが……彼女の歌声は聴きましたか?」


 その名前を聞いて脳裏を過ぎるのは、とんでもなく歌が上手い、緑がかった銀髪の女性の姿だ。

 彼女は“アンジェ”と呼ばれていたが、正しくはアンジェリアというようだ。


「はい、知ってます……あの人の歌、好きです」


 ロゼッタがそう答えれば、レヴィは微笑み、説明を再会する。


「人気なんですよ、アンジェさんの曲。街を歩いていると、口ずさんでいる人をよく見かけます。

 でも、同じ旋律だとしても、歌う人によって雰囲気って変わっちゃいますよね?

 逆に、アンジェさんが違う曲を歌っていても、『あ、別の曲だ!』ってなりますよね?」

「なるほど……?」


 確かにアンジェリアの歌声、というより歌い方にはかなり特徴があった。

 そのため彼女が他の曲を歌っていたとしても、すぐに聴き分ける自信がある。


「優しい音、鋭い音、冷たい音……全部、違いますよね? 音と同じように、魔力も人によって、質が異なるんです。

 それこそ、優しい質の人もいれば、熱い質の人もいます。ボクなんかは冷たい質をしていますね」


 ロゼッタはエスメライから『透識(クラリティ)』を受けた時のことを思い出す。

 確かに彼女の魔力の質は、レヴィのものとは異なっている。

 レヴィが冬なら、エスメライは夏のイメージだ——ロゼッタは映像でしか見たことがないが、エスメライの魔力の質は、人々を強く照らしてくる、“真夏の太陽”のようだった。


「まあ、実際は『魔装弾(アークショット)』の痕跡って時間経過ですぐに消えちゃいますし、他の魔力で掻き消されてしまうことも多いんですけど。

 例えば人に向かって魔装弾を撃った場合、相手が魔力持ちなら相手の魔力に上書きされて、奥に引っ込んじゃうんです。そうなると、かなり頑張らなきゃ分かりません」


 レヴィは呟いた後、にこりと笑みを浮かべてロゼッタに向き直った。


「そう! 痕跡が残るとはいえ、すぐに消えちゃうんで。上手くやれば完全犯罪できちゃうんです!」

「当たり前のように言わないでくださいよ!」

「冗談ですよ~、たぶん」


 そんなことを言いながらも、彼女はおもむろに口を開いた。


「それで……ボクは、これを教えてくれた人に会いたいんです。

 お陰で助かってますし、ボクにとっては、育ての親みたいなものなんで」

「え……?」


 湯気の向こうで、少しだけ悲しげにレヴィが笑う姿が見える。


「この国で、グランディディエで。もう一度会う約束をしてたんです。でも、まだ会えてなくって……」


 その声は、湯気の向こうで溶けていくように静かだった。


「強いて言えば、それがボクのやりたいこと、なんです」

「レヴィさん……」

「あ! 勿論、ステフィリオンとしての任務が最優先ですけどね?」


 寂しさを誤魔化すように、レヴィは首を傾げてみせる——その姿が、ほんの少しだけ痛々しく感じられた。


「ステフィリオンにいたら必然的に狙撃手にも多く会うので、余裕がある時だけですけど、手掛かり集めをしています。

 要は、“パパ”の魔力に似た痕跡がある弾丸が落ちていないか……たまに、探してるんです」

「そっか、すぐ薄まっちゃうとはいえ、逆に言えばある程度は残るんですもんね」

「そうですそうです」


 レヴィは再び、ロゼッタの傍にお湯を飛ばした。

 温かいはずなのに、冷たい。本当に、不思議な感覚だった。


「魔力の質って、長く一緒にいた人とか、強く影響を受けた人に似るんですよ。

 パパの魔力って、すごく冷たい魔力だったんですけど……ボクも、そんな感じだったでしょ?」

「そうですね、ひんやりしてます」

「でしょ? たまに悪い方に転ぶので、ちょっと困るんですけどねぇ……ほら、救助の時、ビックリさせちゃうことがあって……」

「それは……ちょっと、気持ち分かるかもです……」


 ひやりと冷たい、鋭ささえも感じる氷のような魔力。レヴィの外見や振る舞いとのギャップがかなり大きいこともあり、相手を驚かせてしまうのも当然だとは思う。


 だが同時にそれは、彼女が親として、強く慕っている人物の、会いたいと希う人物の影響なのだろう。

 困ることがあるのは本当なのだろうが、それでも、彼女にとっては大切なものに違いない。


「……手掛かり、見つかったんですか?」

「全然? 何なら、ちょっと諦め気味です。別れてからもう、8年も経ってますし……」


 つい「手掛かりは見つかったのか」と聞いてしまったが、それを後悔することになってしまった。

 本当に、何も見つかっていないようだ。


「……」


 レヴィの翼が揺れ、ぱちゃりと音を立てる。彼女はぼんやりと、天井を見ながら話し始めた。


「そもそも、会うのはかなり難しいことだとは思ってるんですよ? 

 ……詳しくは知らないんですけど、パパは絶対にマフィアか何かですからねぇ」

「えっ?」

「別れた時はお屋敷を襲撃された時でしたし。何なら最悪、パパがそこで死んでる可能性もあるんです。

 そもそも『グランディディエに来ていない疑惑』が普通にある時点で再会する難易度すさまじくないですか?」

「えぇっ!?」


——少し気が沈みかけていたところに、不意打ちでサラッとすごいこと言われた!


(ま、まあ、子どもに銃火器の扱い方を仕込んでるわけだもんね……普通のお家なわけ、ないかぁ……)


 レヴィがとんでもない育ち方をしていることを知ると同時、ロゼッタの視界が少し揺れる。それを見て、レヴィは「あっ」と声を上げた。


「ロゼッタさん、顔、真っ赤になってきてます! のぼせかけてます!」

「のぼせかけ……?」

「お湯に長く浸かりすぎると、気分悪くなっちゃうんです。すみません、ボクが色々話しかけちゃったから……!」


 レヴィの慌てた声を聞きながら、ロゼッタは笑った。


(なんか……ちゃんとした会話ができて、嬉しかったんだけどな)


 確かにちょっと気怠るい気がするが、耐えられないほどではなかった。


「いえいえ、色々知れて良かったですよ」

「とりあえずお風呂は出ましょう? ね?」


 浴槽からは早めに出た方が良いらしい。

 まだ身体を洗っていないが、こちらは休み休みやれば大丈夫だろう。

 そう思い、ロゼッタは立ち上がり、シャワーの前へと移動する。


「ボクのシャンプーとリンス、気にせず使っちゃってください。

 ついでに、お風呂出たら髪のお手入れしましょうね! 色々させてください!」

(そうだ! この人、やたら髪に詳しいっぽい人だった!)


 以前、エスメライが色々とレヴィの話をしていたことを思い出す。

 髪の手入れとは、一体何をするのだろうか? 恐らくドライヤーだけではないのだろう。


「はい、ありがとうございます。ちょっと……楽しみです」


 嘘ではない、本心だ。

 そう告げれば、心なしかレヴィも嬉しそうだ。


 ロゼッタはエスメライの行為を思い出しながら、身体を洗っていく。

 同時にここで異常事態が起きていることも思い出したが、ロゼッタは首を横に振い、あえて考えないようにした。


(こんな時だからこそ、みたいな理由もあるだろうから……ありがたい)


 悲惨な光景を見て、ラザラスやステフィリオン構成員達の話を聞いて、ロゼッタは胸が締めつけられるような思いをしていた。

 しかし、それは彼らが「ロゼッタに話したい、話す必要がある」と考えていたからこその行動だ。

 事実、聞いたことに対する後悔は一切無いどころか、話してくれて嬉しいとすら思っている。

 それでもロゼッタが気落ちしすぎないように、息抜きができるようにと、そっと気遣ってくれているのだろう。


(……みんな、優しいな)


 身体についた泡をシャワーで流しながら、ロゼッタはどこまでも温かい、この空間に感謝していた。

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