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11.希うもの-1

「はい、これ。着替えです」


 脱衣所に辿り着くと同時にレヴィから真新しいパジャマと下着を一式で渡された。


「……。な、なんで着替えがあるんですか……?」


 ロゼッタは気まずさのあまり、視線を泳がせる……何となく、回答は予測できているのだ。その問いに、レヴィは苦笑しながら答える。


「ボク、ちゃんと用意してたんですよ? ロゼッタさんの、2週間分くらいのお洋服。スピネル王国行きの船で、困らないように」


——そう、自分は本来であれば今、()()()()()()()はずで。


 渡されたものを見つめつつ、ロゼッタはぺこりと頭を下げる。


「あの、その、ほんと、すみません……」

「……。謝るなら、やらなきゃ良いのに……」

「仰るとおりとしか、言えません……」


 どストレートな正論を返されてしまい、ロゼッタは顔を上げられない。

 だが、彼女は別に怒ってはいないようだった。くすくすと、可愛らしい笑い声が聞こえてくる。


「今日はあなたが居てくれなきゃ、少なくとも、死人がひとりは出てましたから……だから、助かりました。ありがとうございます」

「え、えっと……」


 今日だけで何度もお礼を言われたが、改めて言われてしまうと少し、気恥ずかしい。

……というより、なんだかいたたまれない気分だった。


「お礼ってわけじゃないんですけど、あとで他の服も渡します。『空間収納(アーカイブ)』の中にでも入れといてください。

 いつでも着替えられるようにしときましょう。パジャマと、さっきまで着てた服だけじゃ困るでしょうしね」

「た、助かります……!」

「いえいえ、持ちつ持たれつってやつですよ……あ、空間収納の使い方分かんなかったら、あとで教えますね~」


 よく考えると、「ありがとう」なんて言葉を掛けてもらえること自体が初めてだ。そもそも、慣れの問題だった。


(……なんか、人として扱われてる気分)


 居てくれて、助かった。ありがとう。

 その言葉に、ロゼッタ自身も何故か、救われたような気持ちになる。


「あの、レヴィさ……」


 ロゼッタは改めてレヴィに向き直ろうとするが——彼女は、変な姿勢で停止していた。


「え……?」


 下から捲り上げられた長袖の服は完全に裏返っている。服は、ほぼほぼ脱げている。

 なのに、反転した布袋のような空間に頭と両腕だけが収まったまま、レヴィは固まっていた。


「……」


 明らかに変な状態で停止しているレヴィを見て、ロゼッタも思考が止まってしまった。

 恐らく、レヴィは困っている。このまま放置するわけにもいかないだろう。


「あ、あの、何、してるんですか……?」


 問い掛ければ、首の無い“生き物”がモゾモゾと動き出す。


「ごめんなさい、ボク、うっかり伝えるの忘れてて……その、結構……ひどいんですよね」

「傷跡、的なものでしょうか……?」

「……そうですね」


 ロゼッタはレヴィの身体に、目を向ける。

 確かに、露出した白い肌には大小さまざまな、痛々しい傷跡があった。

 彼女は後衛型とはいえ、戦闘員だ。向かった先で負傷するのも、珍しいことではないのかもしれない——だが、彼女が変な状態で固まっている時点で、“ひどい”のは現在見えている部分ではないのだろう。


「……」


 とはいえ、このままの状態ではいられない。何も意味をなさない。

 服の下で、レヴィが困ったように笑ったような気がした。


「とりあえず、脱ぎます。ロゼッタさん、びっくりしないでくださいね……?」


 そう言って、レヴィは上の服を脱ぐ。

 彼女の発言の意図は、すぐに理解できた。


(う、うわ……)


 視線を、落とす。

 レヴィの両腕にはびっしりと、火傷痕や裂傷といった様々な傷が刻まれていた。もはや、人の肌の色をしている部分の方が少ないように見える……それは、明らかに“他害”の痕跡だった。


 あまり、じっと見るものではない。

 そう思って顔を上げると、予想した通りの顔をして笑うレヴィと目が合った。


「ここに来る前に変な人達に捕まっちゃって、その時に腕を集中攻撃されちゃいました。

 ボクは銃火器を使うので……殺す前の嫌がらせというか、拷問みたいなものですね。ひどいでしょ?」


 レヴィは「えへへ」と軽く笑っているが、決してそれは、笑い事ではない。


「ボクの場合、すぐにエスラさんに処置してもらえたのが大きくて……切断とか、そういう話にはならなかったんです。本当に助かりました」


 幸いにも、少し皮膚が引っ張られる感覚があるだけで、動作にそこまで大きな支障は出ていないらしい。とにかく、見た目が酷いことになっているだけなのだという。

 確かに、レヴィの腕をいきなり見ていた場合は悲鳴を上げてしまったかもしれない……だが、


「……」


 レヴィなりの優しい配慮に、何を返せば良いのか分からない。

 黙り込んでしまったロゼッタの手を引き、レヴィは微笑む。


「お風呂、入りましょっか!」


 お風呂は命の洗濯だと、さっきレヴィが言っていた。

 沈みそうな気持ちを切り替えるのに、ちょうど良いかもしれない。


「そうですね!」


 そう考えたロゼッタはレヴィに甘え、手を引かれることにした。


 ◯


 風呂場に入ってすぐ、レヴィは浴槽を指差した。


「ボク、血とか埃とか、結構色々被ってますし、普通に汗もかきましたしね。

 先に身体洗わせて貰うんで、ロゼッタさんは湯船入っちゃってください」


 よくよく考えると、レヴィは戦場帰りだ。汚れていて当然だ。

 彼女が言うように、以前来た時は空だった広い浴槽には湯が溜められている。

 ほんのりと緑色に染まっており、良い香りが漂っている——のは良いとして、“入り方”が分からない!


(……。入るってことは……ここに沈んだら良いのかな? えーと、頭から?)


 シャワーは頭から被っていたし、多分同じだろう。

 息を止めて潜れば、数分は耐えられるかな?


 ロゼッタは何度か深呼吸し、息を吸い、止める……これで、行けるはずだ。頑張ろう。


「はーい、ロゼッタさん? ちょっとこっち来てくださいねー」


 ロゼッタが盛大な勘違いをしていることに気づいたレヴィは、ロゼッタの身体を軽くシャワーで流しながら口を開く。


「えっと、湯船って……」

「足から入るんですよ、足から。そして肩まで浸かって、あったかしてください」

「あったか」

「頭は沈めなくて良いんです。うっかり溺死されたら困るんで、あったかしながら大人しくしててくださいね?」

「は、はぁい……」


 とりあえず、頭からでは無いらしい。

 言われた通り、ゆらゆらと揺れる水面に足先をつけ、沈めていく。その動作に合わせて、波紋が浴槽全体に広がっていった。


(わ……)


 レヴィの言うように、そのまま肩まで浸かる。暖かい。


「これ、気持ちいいですね……」


 ロゼッタは湯船とやらを満喫しながら、レヴィに視線を移す……そして、彼女の右足の太ももに刻まれたタトゥーを見て、ギョッとした。


「ど、どこにタトゥー入れてるんですか!?」

「え? 太もも、ですけど……」


 それは、エスメライが左胸の上に入れていたものと同じタトゥーだ。どうやら入れる場所は決まっていないらしい——それなら!


「いや、そんな際どい場所に入れなくても!」

「際どい? あー、そういえば、そうですよねぇ」


 そう言って、レヴィは髪を泡立てながらくすくすと笑っている。


「知ってましたか? 太ももって太い血管が通ってるので、人体の急所のひとつなんですよ?」

「急所」

「……まあ、太腿だと即死させられないので、ボクはわざわざ狙いませんが」


 何やら怖いことを言い始めた。確かに彼女、基本的には背後からでも前からでも頭部を狙い撃ちしており、脚に銃弾を放ったことは一度も無かった。

 とはいえ、タトゥーに関しては狙うかどうかはさておき、急所だから“そこ”に入れたらしい。思うところはあるが、それこそが彼女の覚悟の現れなのかも知れない……思うところは、あるが。

 レヴィは「んー」と悩み、首を傾げている。


「エスラさんの左胸上とか、ルーシオさんの右脇腹とか、ヴェルさんの腰の左下なんかも大概にアレだと思います」

「わぁ……」

「まあ、ボクらは普段は見えない場所を選んだって言うのもありますよ。その結果、際どくなっちゃいました」


 普段は服で隠れる場所なら、肩や背中といった普通の選択肢もあるだろうに。

 そしてしれっとルーシオとヴェルのタトゥー位置も暴露されている……その情報は正直いらなかった。ふたりとも場所が個性的すぎる。次に会う時、ちょっと気まずいじゃないか!


「クロウさんはあまり隠す気がないみたいなので、会ったら探してみてください。たぶん、すぐ見つかりますから」

「そんな、間違い探しみたいな……」


——これで万が一、“顔”に彫られていたらどうしよう。


 正直、吹き出すかもしれない。本当に勘弁して欲しい。

 ただし「あまり隠す気がない」と言うことは顔では無さそうだ。そうであってくれ。

 とはいえ顔にタトゥーがあれば、流石に覚えているような気がする。ラザラスにしか目が向かなかった間抜けな自分でも、いくらなんでも覚えている気がする!


(そういえば、ラズさんってどこに入れてるんだろ……目立つとこに入れてたら、わたし、どっかのタイミングで見てる気がするんだけど……)


 割と堂々と着替えを覗き見るようになっていたロゼッタは、ラザラスの身体を思い浮かべる。


(う……ちょっと考えるの、恥ずかしいかも……)


 そんな自身の思考回路に若干の恥じらいを覚えたが、そもそも“そういう問題”ではない。

 だが恥じらいゆえにロゼッタは言葉として発さなかったため、レヴィがそれを指摘することはなかった。

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