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9.震えをこらえて-2

 ラザラスとレヴィは、奥へ奥へと歩みを進めていく。その途中、ゲラゲラと下品な笑い声が漏れ聞こえてくる部屋を見つけた。


「運ぶのは繁殖場の水竜種(リヴァイアサン)だけの筈が、まさか隣国で“黄金眼(おうごんがん)”を捕まえられるとはな……! 

 はは、今回売る相手は成金領主様だろ? ちょっとふっかけてやろうぜ、あいつだけはわざわざ外で捕まえてやったんだしよぉ!」

「だな、しかも野生個体ってだけで価値アリだ。大イベントも控えてるし、思い切った金額ふっ掛けても買おうとするだろうさ」


 それは命を命だと思っていない、“商品”としてしか見ていない運び屋達の会話だ。

 嫌な話だ。吐き気がする……だが、こんな状況下だというのに、頭は妙に冷静だった。


(なるほどね。繁殖場だけじゃなくて、違う国から仕入れることもあるんだ)


 ロゼッタはラザラスたちの動向を見ることに集中した。

 相手は戦闘に長けた存在ではなさそうだが、どうするのだろうか?


 ラザラスはレヴィと目配せし、彼女が頷くのを確認してから平然と口を開く。


「あー……そうだな。俺は対面したこと無いんだよな、黄金眼。レヴィは?」

「ボクも何度か、くらいでしょうか。片手で数えるくらいしかないです。結構珍しいですからね~」


 彼らが発した一言で、部屋の中が凍りついた。


「なっ!? 何者だ!!」


 当たり前だが、扉の向こうで男達が騒ぎ出す。


「助けてくれ!! 傭兵ども、仕事しろ仕事!!」


 誰かを呼んでいるようだが、関係ない。混乱に乗じてラザラスは扉を蹴破る。

 逃げ場のない部屋の中で、男達は救援要請を出しながら暴れ回っていた——しかし、隙だらけだ。

 2人が並んだ瞬間を狙い、レヴィは両手を前に突き出す。


「【拘束(バインド)】!」

「ぐあっ!?」


 男達が勢いよく吹き飛び、倒れる。彼らが持っていた資料がバラバラと床に散らばった。

 意識はあるようだが、まるで見えない縄で縛り上げられたかのようだ。まともに動けないらしく、ビタンビタンと、地面を這うように跳ねることで精一杯のようだ。


 ラザラスは懐からトランシーバーを取り出し、口を開く。


「お疲れ様です。たった今、竜人バイヤーと思しき男を2名捕縛しました。確保対象ではありませんが、何かしら知っていそうな様子です。なので、殺さず回収班(レトリーバー)に回そうかと思います。どうでしょうか?」

(……相手はルーシオさんかな?)


 以前はうっかり『感覚共有(アストラム)』を使用してしまったのだが、盗聴程度なら自身の聴覚を弄ればいい。ロゼッタは自分自身に対して強めに『聴力強化(アウリス)』を掛け、トランシーバーから出る音を拾うことにした。

 ザザッ、というノイズ音の後、聴き慣れたルーシオの声が聴こえてくる。


『了解だ。回収班にはこちらから指示を出しておく』


 そんな短いやり取りをしている間に、レヴィは男達をこれでもかと縛りあげ、口にガムテープまで貼りつけている。回収班の到着を待たずに場を離れるつもりなのだろう。


「見た感じ、重要書類の類はなさそうだな。強いて言えば散らばってるこれくらいか?」

「そうですね。一応、持ち帰りましょうか」


 ラザラスが資料の束をレヴィに渡し、レヴィはそれを受け取り、空間収納を発動させてしまい込む。どうやら銃火器だけを入れているわけではないようだ。


「この人達、カードキーっぽいの持ってたので、取っときました。先に進みましょうか」

「そうだな。大騒ぎしてたし、片っ端から来てくれたらやりやすいんだけどな」

(な、何か物騒なこと言い出した!?)


……とは思ったが、ロゼッタは先日のヴェルの言葉を思い出し、考え方を改めた。


『問題はねぇ、回収班の子たち。襲われた子も全員軽傷では済んだみたいなんだけど、怖がって派手に泣き出しちゃったらしいのよ。

 当然よね、あの子達は皆“戦わなくて良い”って条件付きで残ってくれてるんだもの』


(そっか。回収班の人達が鉢合わせないように……その人達が、戦わなくて良いようにって、ことか)


 どこかに隠れて、後々不意打ちで襲いかかってくるぐらいなら。数の暴力でも構わないから、一気に出てきて欲しい。

 それなら、戦うことのできない回収班から負傷者が出るような事態はないだろう——その分、彼らの身が危険に晒されることと、引き換えに。


(エスラさんたちが、ラズさんたちに『申し訳ない』って感じてるのは、つまり……こういうこと、だよね)


 ラザラス達は当たり前だと思っているが、やはり側から見ると無謀な状況であることに変わりはない。ロゼッタは遠くから聞こえてくる足音を聞きながら、奥歯を噛み締めた。


 ◯


——数分後。


(いや、その……めちゃくちゃ、強いんだけど)


 案の定、十数人の武装した人間が飛び出してきたのを見た時には心配で心配で仕方がなかった。

 流石に何かしらするべきではないかと、影の中で狼狽えてしまった……だが、ラザラス達は彼らをあっという間に制圧してしまった。


 相手が弱すぎるのかもしれないが、数の暴力が飛んできているにも関わらず、意にも介さない様子で片っ端から返り討ちにしていくラザラスの身体能力はお化けだ。

 そして「進行の邪魔なので、こっちに来る前に沈黙させます」と言い出しそうなレベルで急所を外さないレヴィお化けだと思う。


 ラザラスとレヴィの活躍を目の当たりにしたロゼッタの脳裏を「やっぱり戦闘員3人でも行けるんじゃないかな」という考えが掠めていく。

 勿論そんなことはないと分かっているのだが、今まで、彼らが何とかやってきた理由は察してしまった。


(あの時もこんな感じだったのかなぁ。必死に戦ってくれるの……本当に、嬉しいな)


 危ないことを、して欲しいわけではない。

 だが、裏にある目的はさておき、彼らが救助活動をしてくれることには素直に感謝すべきだ。


 ラザラスがカードキーを大きな鉄扉の横にある機械にかざす。無機質な音が鳴り、鉄扉が開いた——鉄の、臭いがする。


(ああ、そうだ)


 鼻を刺す鉄の匂いが、あの日の記憶を呼び覚ます。


 自分が、囚われていた時。

 またどこかに売り飛ばされるのだろうと、何もできずに考えていた時。

 眼前に広がっていたのは同じような……地獄としか思えないような、光景だった。


(そっか、わたしたちって……客観的に見ると、こんな感じだったんだな……)


 無造作に積み上げられた鉄の檻。

 その一つひとつから、嘆きと呻きが漏れていた。

 水竜種の人々が、狭い鉄格子の中でもがいている。


(いやだ、な……)


 自身の過去を思い出して固まってしまったロゼッタだが、それを知ってか知らずか。レヴィは控えめに微笑んでみせる。


「ロゼッタさん? あなた、絶対にどこかにはいますよね?

 大人しくしてくれてますけど……良いですか? 無理しちゃ、ダメですからね」


 そう言った後、彼女とラザラスの容姿が、静かに本来のものへと変わっていく。

 薄暗い中でも、分かる。鮮やかな金色と、桃色の髪が露わになった。


「……今までも、こうしておけば良かったんですよね。ボクだって、目立つ見た目してるんですから」


 レヴィはえへへ、と困ったように笑い、ラザラスを見上げる。

 紫と青が交差し、口元を纏う布さえも取り払ったレヴィは、力強く叫んだ。


「皆さん、もう大丈夫です! 助けにきました!」


——敵だと勘違いされてしまうのであれば、どう足掻いても勘違いされないようにすれば良い。


 容姿を晒し、ハッキリと目的を告げたレヴィは前を見据え、1つ目の檻の鍵を破壊し、開く。無詠唱だが、『念動(テレキネシス)』を発動させたらしい。

 中から不安げな表情を浮かべた水竜種の男性が出てくる。彼が着けられていた足枷を破壊し、レヴィは微笑んだ。


「どうか、ボクらを信じてください」

「……っ、はい、ありがとう、ございます……っ」


 相手に敵意が無いことを確認した後、レヴィは順に鍵を開いていく。お礼を言う者、何も言わずに逃げだそうとする者——感極まって泣き出してしまい、動けなくなってしまった者。反応は様々だ。


 いつの間にか、建物外に回収班が到着していたらしい。動けない者には手を貸しつつ、ラザラスは檻から出たばかりの人々に最短経路を伝え、回収班が待つエリアへと誘導していく。

 中にはヒト族であるラザラスに恐怖心を抱く者もいたが、彼らがラザラスの青い瞳を見て警戒を和らげる姿を、ロゼッタは何度も目の当たりにした。


(やっぱり、あの色って竜人族の血が入ってるよね……? 一応、全属性持ちだしなぁ……)


 魔術師としての能力はほとんど遺伝しなかったが、容姿は強く遺伝したのかもしれない。

 あまり詳しくはないのだが、彼のような風貌をした竜人族がどこかにいるのかもしれない。


「あ、あの、あなたは白竜種(アエテル)……ですか?」


……と、思っていたところ、助け出されたばかりの少年から固有名詞が出た。


 白竜種。黄金眼同様に初めて聞く名前だ。竜人族の種類らしい。

 ラザラスは少し目を丸くした後、困ったように笑ってみせた。


「半分正解。俺は白竜種のハーフなんだ」

「やっぱり!」

「ただ、見た目だけなんだよ。ヒト族なんだけど、流れてる血の配分がややこしくて……」


 そんな説明をしながらも、ラザラスは少年の肩を軽く押して、回収班へと送り出した。


(ややこしいってことは、たぶん、お母さんかお父さんのどちらかがヒト族と何かのハーフ……うん、間違いなく“獣人族”だろな)


 先程までの軽やかな身のこなし、抜群の運動神経と身体強化(エンハンス)系統魔術に特化した体質を見れば、それは明らかだった——そして、ロゼッタは思う。


(これ、本当にめちゃくちゃな謎遺伝、しちゃったんだなぁ)


 つまり、ラザラスは見た目と属性は竜人族、身体的な特性は獣人族、何故か種族だけはヒト族という、正直に言わせてもらえば『説明にも反応にも困る』ような、遺伝子を引っ張ってきてしまったらしい。


(せめてどれかに寄っていれば良かっ……!?)


 その刹那——割れるような音とともに、安堵の空気が粉々に砕け散った。


 続けて、誰かの悲鳴が響く。

 よく聞こえないが、何かを訴えているレヴィの声も聞こえる……一気に、現実へと引き戻された。


「ッ、レヴィ!」


 ラザラスが、一目散にレヴィの元へと向かう。ロゼッタもすぐさま、その後を追った。

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