9.震えをこらえて-1
作戦決行当日。
3日前は遠慮したが、今日は遠慮しないと決めたロゼッタはラザラスの着替えを眺めていた。放送局での仕事を終えた後に拠点を訪れたラザラスは、随分と慣れた手つきで黒い衣服に着替えていく。全体的には軽装寄りだが、そこに金属製の防具を手足に着けていく。
(……そういやラズさん、どうやって戦うんだろ?)
狙撃手であるレヴィとペアを組んでいることを考えると、前衛型だろうか?
そんなことを考えながら、ロゼッタはラザラスの動きを注視する。右腕の防具の隙間から、ギラリと刃が閃くのが見えた。
「うわっ」
反射的に声が出てしまい、口を押さえる。幸い、ラザラスには聞こえていなかったようだ。
彼は刃を収めると、手を打ち合わせて小さく呟く。
「……よし」
そして彼は、ドアノブに手を掛けた。
(え!? 終わり!?)
ラザラスがとんでもない早さで準備を終えたことに気づき、慌ててロゼッタは彼の陰に飛び込む。
3日前は見逃してたんだな、と今さら気づく。彼はあまり準備に時間が掛からないタイプのようだ。
——つまりこの王子様、武器はまさかの“己の肉体”タイプの人間だ。
あの涼しげな顔でまさか、体術使いだとは思わなかった。勝手に王子様ルックに似合いそうなレイピアとかそういうのだと思っていた。
腕の手甲に刃が仕込まれてはいるが、どう考えてもメイン武器ではない。あれは不意打ち狙いの暗器だ。使わない可能性すらある。
(しかも、使う魔術は身体強化系統だけなんだもんねぇ)
クロウの警告の意味がよく理解できた。
今、現場で魔術必須の緊急自体が起きているのだとすれば……彼は間違いなく、死ぬ。
別に体術使いが悪いとは思わない。
確かに外見とのギャップはあるが、むしろスタイリッシュで格好良いと思うし、いかなる場でも対応できるのは最大限の利点だ。
しかし、残念ながら世の中には“相性”というものがある。魔術がポンコツの王子様では、対処できないのだ。
(……不憫)
彼が己の姿を変える術、『幻貌』を使用できないことは既に察している。
それならレヴィの不在時は一体どうしていたのだろうかという疑問が脳裏を過ったが、考えずとも答えは出る——“力技”一択だ。物理的に、どうにかしていたのだろう。
(わたしも、幻貌の練習しとこ……)
目立つ容姿を必死に隠すラザラスの姿を想像しながら、ロゼッタは出動準備をしているラザラスとレヴィの姿を見守っていた。
◯
——深夜。
ルーシオから指示された場所に辿り着いたラザラスとレヴィは物陰に隠れ、周囲の様子を確認している。
2人とも黒髪黒目に擬態し、口元を布で覆うことで肌の露出も最小限にしているため、見事に周囲の闇に溶け込んでいた。
(ここまで綺麗に擬態できるんだなぁ。それにしても『転移』って便利だね。レヴィさんは地属性の魔術が得意なんだな……)
転移は地属性の中級に該当する魔術だが、精度と飛距離によっては上級、とも呼ばれるような魔術だ。
レヴィは光属性の幻貌も使用してはいたが、彼女自身はどうやら地属性を得意とするらしい……ただし今回は転移する瞬間、ラザラス(の影)から離れそうになってしまい、焦ったものだ。
(えーと、ここは“ブライア州”って言うんだっけ? この場所は“ブライア”って言ってたかな)
名前からして、ブライア州の州都で間違いないだろう。
しかし中心街からは遠く離れているとはいえ、州都の割にはどこか寂れた印象だ。
近くを流れる川には海水が混ざっているのか、仄かに潮の香りがした。
無骨な鉄製のシャッターは若干錆びついており、中の様子は分からない。
シャッターの数と同じ数だけ巨大な倉庫が並んでいるようにも見えるが、計画書を覗き見たところ、全て地下で繋がっているようだった。要は、偽装工作だ。
(回収班さんたちは後からくるって話だったかな。なら、人の気配があれば十中八九、敵だね)
シャッターの前には、3人の人間が立っている。全員ガッツリ武装しているため、間違いなく一般人ではない。だが、建物の規模の割には少々手薄な印象がある……まだどこかに隠れているのかもしれない。
ラザラスは自身を対象に身体強化系統の初級術を片っ端から掛け、背後で待機し、ライフルを構えるレヴィに声を掛ける。
「……さて、昨日と同じ感じで行くか。レヴィ、よろしく頼む」
「分かりました。援護はボクに任せてください」
姿勢を低くし、ラザラスは一気に駆け出した。
彼の存在に気づいた男が、声をあげようとする——しかしその声は、音として発せられることはなかった。
眉間に風穴を開けられた男が、ぐらりと後方に倒れる。その音に、飛び散った血飛沫に気づいた残りの2人が、一気にラザラスへと迫る。だが、反応が遅すぎる!
ラザラスがコンクリートの地面を踏みしめている。ざり、という砂の音が静寂の中で微かに届くと同時、彼は少し離れた場所にいた“はず”の男を蹴り上げ、弾き飛ばした。
(え、今、何が……?)
一瞬視界がぶれたかと思えば、彼は既に、もう1人の男の額に手を掛けていた。
「ッ!?」
男が驚いている隙に、左手を男の背に添え、そのまま力任せに後ろへ倒す。ゴキリ、と骨が砕ける音がした。弾き飛ばされた男の方も、失神している間に額を撃ち抜かれ、絶命していた。
(そもそも、人を殺めることに対する“迷い”が、全然無いや……)
——それが、ラザラス達の行為に対する、ロゼッタの素直な感想だった。
「し、侵入者だ!」
仲間が倒されたことに気づき、中から2人の男が飛び出してきた。
だが先程の男達とは異なり、彼らは相当な手馴れらしい。何も考えずに突っ込んでくるような真似はせず、じりじりとラザラスとの距離を測っている。
「……」
ラザラスはほんの僅かな時間、思考した。
自分から見て右側の男を狙うべきか、左側の男を狙うべきか——それは、数秒にも満たない刹那。
「さて」
彼が狙いを定めたのは、右側に立っていた男だった。
地を蹴る。姿勢を低くし、駆け出す。それを見た男が、懐に隠し持っていた拳銃を取り出した。
その際に生じる隙を、ラザラスは見逃さない。彼が振り上げた足が、男の拳銃を弾く。怯んだ男の腕を掴み、投げ飛ばす。抵抗する術もなく、男はもうひとりの男を巻き込んで地面を転がった。
起き上がる隙さえ、与えない。瞬時に距離を詰めたラザラスは片方の男の頭を右腕に仕込んでいた刃で貫き、もうひとりの男の首を締め上げて絶命させた。
(……。やっぱり普通の人ってわけじゃ、ないんだね)
穏やかに笑う普段の姿が、嘘のようだった。
放送局でアンジェリアを守る姿とは、別人だった。
レヴィのサポートがあったとはいえ、ラザラスは複数の男達を完全に翻弄し、撃退してみせた。
地面には、ほとんど言葉を発することさえ許されなかった男達が転がっている。
……覚悟はしていた。だから、悲鳴を上げずに済んだ。
だがロゼッタは目の前で見せつけられた殺戮に対し、身体を震わせることしかできなかった。
「終わりましたね」
レヴィの声が上空から聞こえてきた。彼女の声を認識するのと同時、屋根の上から人間が2人の死体が落ちてきた。大量の血が流れ、鉄の臭いが辺りに広がっていく。
「あ、狙撃兵が混ざってたか。悪い、助かったよ」
「ですね。屋根の上にしれっと隠れてました。まあ、ボクが動かなくても、ラズさんなら普通に避けて反撃までしてた気もしますが」
「買い被りすぎだよ。さて、追加が出てくる気配もないし、行くか」
「はい。ちょっと、数が多い気がしますね……注意しながら行きましょう」
先程、男達が飛び出してきたシャッター横の扉が開いている。ラザラスとレヴィは再び周囲を警戒しながら建物内部に潜入した。
扉を潜りながら、レヴィが無属性の中級呪文『空間収納』を片手間に発動させ、スナイパーライフルと拳銃を瞬時に持ち替える。その様子を、ロゼッタは見逃さなかった。
(ぷ、プロだ……)
『空間収納』はその名の通り、物を別空間に保管する術だ。それなりに魔術に長けている人間なら習得していることも多いそうだが、普通は片手間ではやらないだろう。それだけレヴィが場数を踏んでいるということだ。
派手なだけにラザラスの動きが目立つが、裏にいるレヴィもとんでもない精度で人を撃ち殺している。確実に眉間を狙い撃ち、一撃で絶命させるテクニックは一朝一夕で身につくようなものではないだろう。
「……」
先程は軽い会話を交わしていた2人だが、足音を立てないよう、細心の注意を払いながら建物内部に侵入する——見ているだけだというのに、何もしていないのに、緊張で心臓が飛び出しそうだった。




