表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/24

6.独唱の歌姫-2

 ロゼッタは、感動していた。


(うわ、ぁ……)


 向かった先で見た衝撃的な光景に、身体を震わせる。

 否、震えているのは驚きではなく、感動ゆえか——ラザラスが見守るその先に、圧倒的なカリスマ性を魅せる“歌姫”が降臨していた。


 アンジェはビブラートを響かせ、とにかく前に前に出ていくかのような、かなり主張が強い歌い方をする歌手だった。

 声量もあり、音程も低音高音問わず、非常に安定している。高い表現力で、一気に引き込まれてしまう……心を、鷲掴みにされたかのように。


 歌い方のせいで力強さが先行する印象があるのだが、彼女の声質自体はかなり透き通っている。そのせいか、不快な感じは一切しない。不思議な感覚だ。


(収録って、歌だけじゃなかったみたいなんだよね……アンジェさん、人がいない場所でなら普通に喋ってたし……)


 歌う直前のトーク収録で判明したのだが、アンジェの歌に合わせて流れている曲はすべて彼女自身の作曲で、演奏パートも一部は自分で録音しているらしい。


 新曲との話だったが……本当に、才能の塊だ。恐ろしい。


(まあ、一番恐ろしいのは、裏社会系のお仕事の傍らで歌姫の相方やってるラズさんだと思うけど……。

 家にテレビ無かったのに……テレビには出てるんだね……)


 顔は出していない。だが、ラザラスはどうやら、テレビ番組の収録に参加していたようだった。一体何があったのかは知らないが、彼は想像をはるかに上回る程の、ヤバい兼業をしている。


(それはそれとして……この人たち、“ALIA(アリア)”って名乗ってたんだよね……)


——ALIA。


 それはロゼッタですら名前を知っている、この国を代表する音楽ユニットだ。

 彼女らはテレビ番組に出ているというのに、一切顔を出していない。

 俗にいう“仮面歌手”であることが特徴だ。


 ALIAの片割れである“JULIA(ユリア)”の正体がアンジェだったのはこの際置いておくとして、ラザラスは後から補佐的に加入した追加メンバーとして扱われていた。

 ラザラスの芸名は“LIAN(リアン)”というらしい。アンジェもだが、サラッと違う名前に適応できるのはすごいな、とロゼッタはぼんやり考える。


 それはそれとして、ラザラスの口調は普段とはかなり異なっていた。遠慮を一切せずに表現すると、何となく、()()()()印象があった。


(あれはあれで格好良いんだけどね……)


 発声の仕方が違うのか、声そのものも少し変わっている感じがしたが、それ以上に話し方が違う。間違いなく、放送局の外で特定されないことが目的だろう。

 加えて、素顔を出していない都合上、両者共に専用のキャラクターのようなものを通して、会話を繰り広げていた。


(それにしても、追加メンバーか……)


 外にいるスタッフの会話を盗み聞いたところ、どうやら昔は“ALICE(アリス)”という男性歌手がいたらしい。

 そもそもロゼッタの記憶が正しければ、ALIAはツインボーカルユニットだったはず。確か、ALIAの曲には必ず男性の声が入っていた気がするのだ。その男性パートを担当していたのが、アリスだったのだろう。


 しかし、どういうわけか彼は今現在不在で——その穴を埋めるために急遽、ラザラスがリアンとしてALIAのメンバーとなった、らしい。


(まあ、独り言で押し切るのは無理だよね。アンジェさんだったら、なおさら……)


 基本的にアンジェは声を発して意思疎通をすることを苦手らしい。

 何故かマイクを持つと変わるようで、収録中は平気な様子……だが、収録中“以外”が駄目な時点で致命的が過ぎる。喋れなさすぎて打ち合わせすら成立しないのであれば、もうどうにもならない。

 だからこそ、ラザラスがアンジェの通訳兼アリスの代役として抜擢されたのだろう。


(その結果が過労死予備軍、かぁ)


 とはいえ諸々を知るロゼッタとしては、ラザラスを強引に捩じ込む以外の選択肢は無かったのだろうか、と不思議に思ってしまう。しかも、どうやら彼はあまり受け入れられてはいないようなのだ。


(男女ユニットでずっとやってた時点で相当仲が良かったんだろうし、公認カップルみたいな感じだったんだろうなぁ……そうなると、どう考えてもラズさん、()()だよね……しかも胡散臭い喋り方してるしな……)


 事実上の間男と化してしまったリアンは何を思ったか“炎上芸人”を自称しているらしい。どうせ歓迎してもらえないのだから、と炎上させる方向に走ってしまったのだろう。


——この人、メンタルがガッタガタな可能性が高いのに、その立ち回り方で良いのだろうか?


(自分から傷つきに行くのは、流石に馬鹿だと思うんだけど……)


 背に腹は変えられなかったのだろうが、心配で仕方がなかった。

 とりあえず、アンチな視聴者達が物理的に炎上してしまえば良いのに。

 ラザラスの苦労を思い、ロゼッタは顔も知らないアンチ達を勝手に呪った。


 そうこうしているうちにユリアの生歌披露コーナーが終わったようだ。

 ラザラスがまた喋る、ということでロゼッタは呪うのをやめて王子様鑑賞を再開する。


「お疲れ様です、ユリアさん」

「ありがとう」


 ラザラス同様に身バレ防止のためなのか、アンジェはユリアとして喋る際には声を若干低くしている。歌を生業としているためだろうか。普段とは全く違う声を出しているというのに、安定している。

 それに対し、ラザラスには『声を変えたまま話す』ことは難しかったのだろう。その結果が胡散臭い話し方だ。だが、何故か違和感がない。普段からこうやって喋ってますと言わんばかりの堂々たる様だ。

 朝の『全く笑っていないのに、笑っているように話す』という一芸といい、ラザラスはラザラスで何かしら能力があるようだが、アンジェとはちょっと方向性が違うような気がする。


「さて……先ほど歌って頂いた曲ですが。CDの発売日は1週間後、配信サイトでは明後日が配信日となっております」

「今回はリアンに歌詞作りも手伝ってもらったわけだけど……リアンは突然顔文字連打したり、解読不能な文字を書きなぐったりしないから、見やすくて助かるわ。思考停止しなくて済むもの」

「ははは、顔文字は覚えがありますね。彼が物凄く落ち込んでいた時に渡されたメモが、顔文字だらけでして……ほら、あの落ち込んだ、しょぼんとした顔文字。あれが大量にいました」


 曲の告知をしたかと思いきや、彼らは急に『この場にいない人物』の話が始まった。

 リアンの名前も出てはいたが、それはサラッと流して別の人の話を開始する。


「しょぼん、ねぇ……1回何を思ったか、その顔文字だけで提出された時があって……流石にしばいたわね。読める読めないの問題じゃないもの」

「『しょぼん』ってひたすら言えという意味では?」

「新手の嫌がらせかしら……? 本当にそれなら、アリスに歌わせるしかないわね」


 そう言って、アンジェは画面を一瞥して悪戯めいた笑みを浮かべた


「え? 顔文字連打の画像? ふふ、そうですね。次回放送のタイミングで流せるようにします。公開処刑と行きましょう」


 そして、ロゼッタは気づく。


(あ、これアリスさんの話題だったのか……)


 少しでも『リアンの間男感』を無くそうとしているのか、それとも視聴者へのサービスなのか。

 ふたりの会話内容はここにいないアリスの話題が大半だ。どうやら好評なようで、隙あらばアリスの話題を挟んでくる。

 ロゼッタには読めないのだが、ふたりの様子を見るに、どうやら視聴者のコメントが画面にリアルタイムで流れてくる仕組みのようだ。


 コメントを確認しつつ、アンジェとラザラスは話題を随時切り替えていく。

 それでアリスの話題が増えるのだから、この手の話題をしている方が炎上しないのだろう。


 楽しげに話す——否、途中からは()()()()()()()()()()彼らの様子を見ながら、ロゼッタは眉をひそめる。


(多分、ユリアさんとリアンさんで普通に会話しちゃうと、大炎上なんだろうなぁ)


 朝の感じを見るに、普通に会話をさせてしまうと『故郷の村を旅立つ勇者とその帰りを健気に待つ幼馴染』のような、凄まじい雰囲気を出してしまう2人である。


 恐らく、あの雰囲気をそのまま公開してしまったせいで、リアンが入ってきてすぐに炎上してしまったのだろう。アリスの存在がある以上、どれだけ勇者をしていようがリアンは間男でしかないのだ。


(それにしても、アリスさんって人、どうしたんだろうね?)


 逆に言えば、アリスの存在は視聴者に相当受け入れられていたということである。これだけ愛されていながら、一体、彼はどこに行ってしまったのだろうか……?


 視聴者にもスタッフにもあまり情報を開示していないのか、残念ながらロゼッタは2人やスタッフの会話から、アリスの行方を知ることはできなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ