67.嘘の海図-2
オスカーを心配させるわけにはいかない。
話を変えるべく、ルーシオは再び重い口を開いた。
「まあ、ナイトシェードの方も放置はしない。クロウたちには遠く及ばないが……軽い戦力としてならカウントできそうな存在が、やっと現れたんだ。そいつらを向かわせる」
『へぇ? あれかな? サイプレス爆破してくれた子達かい?』
「……。困ったことに、構成員の中に何人か混ざってんな……」
『あっはははは!』
否定したかった、否定できなかった。
本当に何人か混ざっていた。
ていうか爆破魔には古参が多かったこともあり、ヴェルシエラに貰った名簿を見る限りだと、そこそこの割合でいた……頭を、抱えたくなった。
「そうだな、ナイトシェードの会場で21時くらいから暴れてもらうかな。目眩しにもなるだろうし」
『良いじゃん? また騙されてやんのー!! って指差して笑ってたら、君らが船の中で暴れ始めて大惨事! ってね』
「はは、これ、上手いこといけば酒が美味いだろうなぁ」
『飲み行くなら、おじさまも誘ってねー』
「はいよ。あんたは良い店知ってそうだしな」
冗談混じりに話しつつ、ルーシオは自身の前髪を弄った。
「対抗が別の船とかじゃなく、ナイトシェードってのが良いんだよな。これなら万が一、カメリアが偽情報だった場合のフォローはできる。だから、俺ら全員が初手カメリア行きで問題ない」
『ん? 君も行くのかい?』
「行くぜ? まあ、俺は見た目がどう足掻いても“買う側”じゃねぇから表には出れねぇし、現状、戦力としては微妙だ。
それでも裏で妨害音波流したり、電子機器の類を片っ端から狂わせたりするくらいはできる。ひとりたりとも逃がさないし、外部連絡すら取らせない。それが俺の役割だ」
『なんだぁ……めちゃくちゃ重要な役割じゃん?』
「だろ? そんな感じで、全員できることやりに行く気だよ」
毎年、騙されながらも同じことをしてはいた。
だが今回の潜入先は、高確率で“本命”だ——今までのは予行練習だったと考えれば、やるせなさも少しは消える。
カタン、と電話の向こうでオスカーが席を立つ音がした。
『なるほどねぇ……なら、おじさまも力にならせてよ』
「え……?」
電話の向こうで、パラパラと紙を捲る音がする。
手帳か何かを見ているのだろ。
『豪華客席ツアーと言う名の闇オークション、参加したいって言っとく。それなら詳細情報が入るだろうし?
そうだねぇ、エスメライさんとヴェルナーくん、侍らせても良い? おじさまがあの2人、堂々と会場内に連れて入ってあげるよ』
「ほ、本当か!?」
渡りに船、とはまさにこのことだ。
食い気味で返事をしてしまったことを少し恥じていると、オスカーは「ふふ」と軽く笑ってみせた。
『そっちの関係者各位が良いって言ってくれたらね。あと、おじさまが向こうに怪しまれて、ツアー参加できなくなったらごめんよ』
「ツアー参加できるかどうか問題は気にしないでくれ。んで、うちの奴らはどうとでもする。
反抗期鴉とあんたの限界オタクの反応がちょっと気になるが、適当に黙らせる。大丈夫だ」
『そかそか。まー、おじさま結構危ない橋渡るんだから、対価はちょうだいね?』
「……対価?」
とんでもないものを要求されるのではないかと身構えてしまったが、電話の向こうにいる男の雰囲気は、重々しいものではなかった。
『どうせ最後は船、沈めるでしょ? 一緒に沈みたくないから、帰りの運賃まけてよ。
あと、成功したら飲み行きたい。君と反抗期の鴉くん連れてきたい』
なんだ、そんなことか。
身構える必要なんてなかったじゃないか、とルーシオは安堵した。
対価がまったく釣り合っていないように感じるが、一切気にしていないのだろう。
オスカーは、なんだか楽しそうだ。
そしてふと、ラザラスのことを考えてしまう。
(あいつは……そもそもアルコール臭がダメなんだもんな……)
一瞬「推しに放置されて可哀想に」と思ってしまったが、ラザラスが行けない場所は病院だけではない。
病院ほど露骨な拒絶反応は示さないだけで、アルコール臭が蔓延する飲み屋の類も苦手だ。
そして場所が場所だけに、長時間滞在からは避けられない。
発狂まではいかなくとも、彼は数時間単位で恐怖心と戦う羽目になってしまう。
「……」
誘ったところで悲しい顔をさせるか、無理をさせてしまうだけなら。
声を掛けるべきではない。そう、オスカーは判断しているのだろう。
(いつかは、誘ってやって欲しいけどな)
そんなことを思いながら、ルーシオは口を開く。
「前半部分に関しては、それこそVIP対応で応じる。任せろ。
後半部分は……その反抗期鴉、ああ見えてとんでもねぇザルだぞ。大丈夫か?」
『わーい! ……って、マジ? 意外だね。むしろ逆だと思ってた』
「だろ? 基本的に弱音吐かねぇし、酔わせて色々聞き出そうとしたことがあるんだが……毎回、呆気なく負ける。俺も相当強い方なのに」
飲み屋に行った結果、幾度となく俵を担ぐノリで連れて帰られたし、拠点内で飲み会をした時も同様だ。翌日はルーシオの方だけ酷いことになった。
一応誘えば応じてくれるが、恐らくクロウ自身はあまり酒を好む方ではない。
そうなると、負け試合をする意味はまったくないのだ。ゆえに、最近は誘ってすらいない。
『んー、おじさまも同じことする気だったんだけど……なら、楽しくほろ酔いするだけのつもりで行こうかな。ザル勝負しても良いけど』
「はは、特等席でそれ見れんの良いな。ま、勝敗つく前に俺が散るけどな」
『それはそれで見たいかも! 楽しそう!』
「やーめーてーくーれー」
『あっはははは!』
クロウが素直に動いてくれるかどうかは微妙だが、今回ばかりは逃がさない。というか、逃がせない。
今回の作戦におけるオスカーの負担があまりにも大きい以上、この程度の要望には応じるのが筋だ。
何がなんでも連れ出してやる、とルーシオは固く誓った。
『……さて』
一通り笑った後、オスカーは少し真面目なトーンで話し始めた。
『俺は後処理含めて、あと2ヵ月くらいでそっちに帰れるかなって感じだよ。事前に打ち合わせ的なのやるでしょ? 参加させて欲しいな』
「当然だ。いくつか候補日を出すから、あんたが帰国する詳細な日程が分かったら教えて欲しい」
『ありがと。多分、普段は案件直近でやってると思うけど、おじさまが怪しまれるのはマズいからね。襲撃されないだけで、君らの拠点自体は割れてるだろうし……。
だから帰国した後に顔合わせを兼ねて、早い段階で1回お願い。その後は原則君たちに任せる。追加情報出たら、都度都度流すけど、そっちも何かあったら連絡ちょうだいね』
「分かった」
本人は軽々しく言っているが、オスカーがやっていることは要するに“スパイ”だ。
何かあった時、真っ先に危険が生じるポジションだ。
「……」
ルーシオは、声が震えそうになるのを耐えながら口を開く。
「本当に、危ない橋渡らせてるな……申し訳ない」
『んー? おじさまは自分がやりたいことやってるだけだからねぇ。気にしないでよ』
それは、そうなのかもしれないが。
事実、彼のおかげでかなり無駄のない立ち回りができるようにはなったが……本当に、申し訳なかった。
『強いて言えば、なんだけど』
ルーシオの心情を知ってか知らずか。
オスカーは「ふふ」と笑って話し出す。
『おじさまのお友達にね、法務卿補佐官のジョナサン・アロスフォードって奴がいるんだけどさ。
そいつ、思いきりしばかせて欲しいなぁ……大丈夫、脅すだけだけ。命取ったりはしない』
——お友達。
その言葉が意味することを察したルーシオは、ぐっと奥歯を噛みしめた。
(……耐えろ)
極めて平然を装い、言葉を返す。
「脅すってアレだろ? 『恐種』だろ?
任せろ、俺らは全員タリスマン握りしめとく。全力でやってくれ」
『話が早いねぇ! 助かるよ!』
ルーシオは楽しげに、喜んでいるように話すオスカーの声を聞きながら、銀の瞳を細める。
「あのタリスマン、めちゃくちゃ助かったって現場組が言ってたな。つまり、こっちはあんたのおかげで大丈夫だ」
『……そっか』
「だから、遠慮は一切いらない。恐種なら、漏れ出た殺気で他を巻き込むような事態になったとて一向に構わない……好きなように、叩き潰してくれ」
現法務卿ではなく、補佐官。
ルーシオの記憶が正しければアロスフォードは加齢による退役ではなく、事件現場を担当する刑事から補佐官まで成り上がってみせた存在である。
つまり現政府官僚の中でも、とんでもなく異例の経歴を持つ男だ。
だからこそ、オスカーの事情は容易に察せる。察せて、しまう。
(奥さんと娘さんの事件をうやむやにしたの、間違いなくコイツだろ……!)
オスカーは「ありがとね」と、どこか寂しげに呟いた。
「……」
好きなように叩き潰せ、というのは本心だ。
予想があっているのなら本当は自分の手で殺してやりたいくらい、憎い存在だろうに。
それでも彼は、後々ステフィリオンが尋問に掛けることを理解し、脅すだけに留めようとしてくれている——ならば、可能な限り、最大限の報いを与える権利を。
ルーシオは軽く息を吐き、完全に登り切った朝日を見つめた。
「さて……軽く寝てからあんたの出した宿題。片づけるか」
『太陽がオハヨウしちゃったか。ふふ、頑張ったご褒美にヒントあげるよ』
電話の向こうで、オスカーが手帳か何かを閉じる音が聞こえた。
『ルミナ医療財団の後援者と出資者。表情報も裏情報もひっくるめて、調べてみな。多分全部一致するから』
「ほぼほぼ答え言ってんな……? 分かった、調べておく」
『ついでに今回の闇オークションさ、一覧の大多数が参加してくると見てるよ。下手すりゃ全員来る。
だから、対象定める意味でも事前にまとめときなよ。大なり小なり君らも“コイツが欲しい”とかあるっしょ?』
「まあな……んで、そういうことか」
『ん?』
「可能性としては追っちゃいたが、間違いないな……絶対に潰されたくないレベルで、参加者が強いわけか。ドラグゼンどころか、国がひっくり返るレベルの話だからな。
そりゃクロウひとりに狙い定めて、ありとあらゆる手段で潰しに掛かってくるはずだ。あいつさえ潰してしまえば、もう脅威らしい脅威はねぇって思われてんのは確実だからな」
そう言えば、オスカーは深く、本当に深く、息を吐き出した。
『……。俺ができることは何でもしてあげる。だから、今回の件、絶対に落とすな。確実に潰せ』
この反応は、出てきた名前のせいだろう。
彼はある程度、クロウの事情を理解していると思しき存在だからだ。その結果、感情を抑え込む羽目になったらしい。
(まあ、この人に限らず……ってとこはあるからな)
ルーシオは眼前にはいない彼に、真剣な眼差しを向ける。
「分かってる。これは俺らの悲願でもある。……色んな意味で、逃してたまるか」
そう返せば、オスカーはふっと笑ってみせた。
『うん、期待してる』
そして、一言二言やり取りをした後、電話を切る。
必然的に、机の上の惨状へと視線が落ちた。
(やっべーな、これ……)
一眠りしたら、これをまとめ直して、追跡班に諸々の指示を出しつつ、オスカーの宿題を片づけて……やることは、山積みだ。
だが、今年の闇オークションに参加する人間を討てば、ドラグゼンの盤石性は確実に崩せる。
(国がひっくり返ろうが、どうなろうが、知ったことか。そんなもの、俺たちには関係ない)
今年に入って、オスカー、そしてロゼッタという力強い後方支援者を手に入れた。
第二の戦力となり得る有志軍も現れた。
(こんなチャンスは間違いなく、二度と来ない。俺たちに“次”は、もう存在しない)
これは、一発勝負だ。
手に入れた最強のカードを、ここで一気に切る。
ステフィリオンの勝利のためには、『今年で全てを終わらせる』以外の選択肢は存在し得ない。
ゆえに失敗できない、ではなく——失敗しない。
「絶対に、今年で王手をかけてやる……待ってろ」




