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66.静かな怒りの行方-1

 やっと、空間収納(アーカイブ)から解放された。

 異空間から出た瞬間、一緒に閉じ込められていたクロウに、後ろから両肩に軽く手を置かれる。


「……」


 そして、ラザラスとレヴィと向かい合うような姿勢になった。


「これを見て、何か思うことはないか?」


 目の前の2人は、とんでもなくバツが悪そうな顔をしている……気がする。


 別にクロウの行為に対して、文句を言うつもりはない。

 分かっている、これは今の()()()状態が悪すぎる。


 それでも、どうにもならなかった。

 ボヤける視界に抗えず、ロゼッタは小さく嗚咽を漏らした。


「……っ、ひっく、……うぅ……」


 泣き叫ぶわけにはいかない。だが、止まらない。

 守られた。守られてしまった。

 その事実が情けなくて悲しくて悔しくて、理解した瞬間に耐えきれなくなってしまった。


 涙が止まらないロゼッタの姿を見て、何か思うところがあったのか。

 ラザラスが、そっと手を伸ばしてくる。


「ご、ごめんな、ロゼ……」


 彼の手が、壊れ物を扱うかのように頬に触れる——その腕から血が流れているのを、ロゼッタは見逃さなかった。


「っ、うっ……うぅ……っ、……」


「あ」


 ラザラスが咄嗟に右腕を隠す。だが、そんなことで誤魔化せるはずもなく。

 頭上でクロウが、レヴィに視線を向けたことに気づいた。


「……レヴィ。今すぐコイツの右腕、どうにかしろ」


 クロウの場合はロゼッタが泣いてしまっているのも理由のひとつかもしれないが、そこそこ怒っていたはずの彼が、一周回って冷静になっている。

 逆に怖いと思っていそうなレヴィは、か細い声でラザラスを手招きした。


「ら、ラズさん、こっち来てください」


 レヴィはラザラスに近づき、少し離れた場所に誘導する。


「【透識(クラリティ)】」


 微かな、光。

 レヴィはラザラスの腕に残っている異物の場所を診て、それを念動(テレキネシス)で取り除いていく。


 カランカランと、床に落ちた破片の音が響く。


 そこそこ、多い。

 いや、かなり多い。


 その音を聞いているうちに、クロウの怒りが復活した。肩が、ちょっと痛い。

 クロウは深く、これでもかと深く息を吐き出し、ロゼッタから手を離す。


「……目ぇ閉じる権利と、息止める権利だけは与えてやるか」


 力が入ってしまっているのを自覚したのか、純粋に空間収納を発動させるためか。

 異空間から消毒液と包帯を取り出しながら、クロウはいつもより低い声を発した。


「ラザラス。それ終わったら外出ろ」


「は、はい……」


「苦手とか嫌だとか絶対に言わせねぇ。悪いが、今のお前にその権利はやらん。応急処置くらい、オレにやらせろ」


 申し訳ないが、クロウを止める気は微塵もなかった。

 むしろ、アルコールの臭気を残さないために、この狭い部屋の中で処置を行わないだけクロウは相当に配慮している方だ。


 当たり前だが、レヴィも止める気はないようだ。負傷者の手当てを止める理由はどこにもない。

 そのまま青い顔をしたラザラスが、外に連れ出される。


 だが、部屋を出る直前。

 クロウが小さな声で「悪いな」と口にしたのを、ロゼッタは聞き逃さなかった。


(そうだよね。怒り以前に……罪悪感が、強いよね)


 異空間に閉じ込められる直前、小さな子どもの声がした。

 その時点で、理解した。


 ラザラスが対峙したのは、ただのなれ果てではない。

——子どものなれ果てだ、と。


 だからこそ、クロウだけでなく、ロゼッタにも見せられないと彼は判断したのだろう。


 確かに、耐えきった自信はない。

 それだけに、辛かった。


「……ッ」


 ぽろぽろと、涙が溢れる。

 レヴィが隣にやってきたことに、気づいた。


 彼女は、小さく口を開く。


「ごめんなさい」


 ロゼッタには彼女に謝られる理由が、全く分からなかった。


「なんで、謝るんですか……」


 彼女らからしてみれば、自分たちの反応は意外だったのかもしれない。

 もしかすると「怒られる」、「責められる」程度に考えていたのかもしれない。


 確かに、その手の気持ちが完全に無いかと言われると嘘になる。

 事実、最初に出たのは怒りの感情だった。

 しかし、冷静に考えれば考えるほどに、罪悪感が怒りを凌駕していった。


 それでも、泣いている場合ではない。

 どうにかこうにか涙を止めると、ラザラスとクロウが帰ってきた。


 とんでもなく、処置が早い。

 慣れているのもあるだろうが、最大限の配慮だろう。


 クロウの方は怒りが定期的に顔を出してしまってはいたが、どうにかこうにか飲み込もうとしている様子だった。


「ラザラス、レヴィ」


 そして彼は、かなり言葉を選びながら重い口を開いた。


「流石に、アレは予想してなかった。何なら正直、平常心保てた自信は、情けねぇほどに無い……だから、感謝はしてる。

 だが、それ以上に……お前らにその決断をさせちまった、自分が情けねぇと思ってる……本当に、申し訳なかった……」


 ラザラスは間違いなく、最初からこれを想定して動いていた。

 彼は見事に、予想を的中させた。その結果が、これだ。


 クロウの言葉に対し、ラザラスは青い目を細めて軽く笑って答えた。


「俺からしてみれば、逆ですよ。今まで、あなたにあれを背負わせてたんだって、理解してしまいましたから」


 その問いに対して、クロウは目を丸くする。


「……珍しいこともあるもんだな。いつもみたいに『大丈夫、何ともない』って、誤魔化さねぇのかよ」


「珍しく誤魔化さなかったのは、あなたもでしょう? だから俺も、正直に言うことにしました」


 そんなラザラスの顔から、柔らかな笑みが消えた。

 残ったのは、芯の強い青色の眼差しだ。


「ですが俺は、自分の選択が間違っていたとは思いません。間違いなく、あの場面ではあれが最適解だった。あなたにもロゼにも、これだけは否定させません」


「……」


 クロウおよびロゼッタを守る、を最優先事項とするのであれば——残念ながら、ラザラスの判断は間違っていない。


 ラザラスではなくレヴィが前に出るという選択肢もあっただろうが、ラザラスは空間収納が使えない。

 それでは、「見せない」という本来の目的をほぼほぼ果たせない。

 だからこそラザラスが前に立つべきだと決断したのだろう。


 本当は、なれ果ての声さえも聞かせたくなかったはずだ。

 すべてを隠し通すところまでが、彼らの計画だったはずだ。


 ゆえに、クロウとロゼッタが完全に状況を察してしまっていることに対して、彼らは罪悪感を抱いてしまっている可能性が極めて高い。


(流石にそれは……違うよ)


 彼らの思考がそっちに引っ張られてしまう前に、庇われた自分たちが引くべきだ。

 内心どう思おうが、何を考えていようが、ラザラスとレヴィを責める権利は、無い。


 だからこそ、この話は多少強引にでも『ここまで』にすべきだと判断した。


(……。話を変えたい、けど……)


 彼らのためにも、何か、言いたい。

 そう思い、キョロキョロと部屋の中を見回し……ロゼッタは、あることに気づいた。


「も、モニター……」


——画面を撃ち抜かれたモニターが、3つ並んでいる。


 チラリと、レヴィを見る。


「……」


 顔を、背けられてしまった。


 他の(無事な)モニターを見るに、あれは監視カメラの映像を映していたらしい。

 電源を切れば済む話だったはずだ。どうしてわざわざ撃ち抜いたのだろう。


(レヴィさん、怒りか何かで理性が飛んだっぽいな……)


 相当に、酷いものが映っていたのだろうか。


 恐らく前代未聞レベルの、“とてつもなく雑な処理”だ。精密射撃を得意とする、レヴィらしからぬ行為だ。

 そしてクロウも、可哀想な3台のモニターの存在に気づいてしまった。


「え……?」


 明らかに、動揺を隠せていない。


 動揺を隠せないながらも、あれが()()()監視カメラか分かったのだろう。

 彼はゆっくりと、レヴィに視線を向けた。


「なあ、レヴィ」


「……同じやらかしは繰り返しません。モニターすら見せません。

 ここまで来たら、あなたにはもう、これ以上無駄な精神的負担を一切掛けずに帰っていただきます」


「あのな」


「帰って! いただきます!」


 レヴィからは、モニターが映していた場所——商品置き場という名の被害者監禁部屋には、何が何でもクロウを立ち入らせないという固い意志が感じられた。


(それは、分かるというか……可能な限り、そうして欲しいというか……)


 ロゼッタ視点でも、彼女の判断に対する異議はない。

 被害者が暴れて帰れなくなったり、トラウマを刺激するような風貌の被害者が紛れていたり、何なら被害者に斬りつけられ、結果的に呼吸すらままならない状態にされたりと、ロゼッタが知っているだけでもクロウは直近で3度も被害者に何かしらやられているのだ。

 そんな彼を被害者と合わせるのは、もはやリスクしかない。


 そもそも理性を吹っ飛ばしたと思しきレヴィがモニター画面を撃ち抜いている時点でお察しだ。本当に()()な状況だったのだろう。


 だが、クロウはとんでもなく狼狽えながらもレヴィに話しかける。


「いや、流石に、流石にもう、大丈夫というか……」


 動揺が、表に出過ぎている。

 既に盛大に庇われすぎているからこそ、彼は「これ以上はちょっと」と言いたいのだろう。


 だが、レヴィがそれを許すはずはなく。


「大丈夫? 知りません。知りませんよ、そんなの。ダメなものはダメです。帰します」


「レヴィ……」


「ダメです。認めません。ダメです」


(……。しれっと入ろうとしたら、わたしが止めよう)


 そんなことを考えつつ、ロゼッタはラザラスに視線を向けた。

 彼は彼で、ルーシオと連携しつつ、複数台並んだコンピュータを片っ端から並行操作していた。

 恐らく識読(ルーンリード)を使用したとて、何が書かれているかさっぱり分からない画面を見ながら、ラザラスは口を開いた。


「とりあえずデータ復元かけました。削除済みデータに変なテキストファイルが5個あります。これは全部抜き取るとして……あ、謎のフォルダ見つけました。これはフォルダごと回収しときます」


『そうだな、頼む。ついでに隠しディレクトリも開けるか? 正攻法で出ない奴な』


「前に教わったアレですよね? 任せてください。まあ、道中が陰湿すぎたこと考えたら、たぶんディレクトリの中身すらダミー情報でしょうね」


『だろうな。マジで罠説あるもんな……つーか罠であってんだろな。お前、よく見抜いたな?』


「覚悟してましたけど、腹が立つ通り越して虚無です……はい、ディレクトリ開けました。ここも中身はテキストファイルがメインで……

 あ、日付やら時間やら結構詳細に書かれた表データ見つけました。時期的にも一致します、絶対に何かしら動きますね。というわけで、後で照合お願いします』


『任せろ。使えるもん全部使って、調べ上げてやる。今年こそは吊し上げたいからな』


「お願いします。あー……話変わりますが、今、メールボックス見てたんですけどね。なんか、特定の時期だけちょこちょこ消されてる感じがするんですよ。

 メールのやり取りを見ての判断ですけど、ちょっと歪な感じがします。なので、メールの送受信データも復元掛けたいです。やり方聞いてもいいですか?」


『いや、それは結構時間掛かるから俺がやる。サクッとハッキングするから、情報くれ。欲しいのは——』


……もう、聞くのやめよう。


 ロゼッタどころかいつの間にか話し合い(ゴリ押し)を終えていたクロウとレヴィも同じ判断をしたようで、3人は黙って印刷された紙のデータを集めることにした。

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