65.妄執の淵源を探して-2
(一体、どうして……)
微かな恐怖心を胸に、レヴィはラザラスの顔を見上げる。
彼は思いつきで適当なことを言う人間ではない。
ゆえに、“その判断に至った理由”は必ずある。
「そう、ですね……」
ラザラスは言葉を選び、再び口を開いた。
「正確に言うと、前に身体的にはがつきます。つまり、精神的には全力で殺しにきてます」
芯の強い、青い瞳が真っ直ぐに前を見据えている。
……間違いない。
ラザラスは、自分の主張に自信を持っている。
「昨年までは身体的にボロボロにして、もう2度と立ち上がれないようにするのが目的だったんだと考えています。クロウさんの立場上、物理的に立ち上がれなくなれば確実に精神はやられます」
『……』
「そしてドラグゼン目線で考えたら、クロウさんの存在は普通に邪魔なのは何をどう考えたって確実です。なので、これまでは身体を狙った攻撃の優先順位が高かったのだと思います」
そもそもクロウが身体的な後遺症を伴うレベルの惨敗をして帰ってきたことがないので明確な証明はできないが、可能性として無くはない。
(そうか。本気で殺しにはきてないから、ドラグゼン目線だと指示系統も作戦そのものも。相当にややこしくなってるって考えられるのか……
中途半端に生かすって、難しいからね。向こうからしてみれば、逆に動きにくくて大変なのかもしれないな)
クロウが強いからこそ、信じがたいラザラスの説を否定できる材料は現時点では存在しない——逆に言えば、“存在しない”という事実こそが信憑性を高くしているとも考えられる。
ラザラスは、話を続ける。
「今年は並行して精神攻撃が発生していますが、恐らく基本方針自体は変わっていません。
……クロウさんの、心を壊す。それがドラグゼンの真の目的ではないかと」
一連の話を聞き、ルーシオは微かに唸り、口を開いた。
『……。言わんとすることは分かる。だが、そうだとすれば目的が分からん。その根拠は?』
妥当な質問だ。
ラザラスは少しだけ悩み、再び語り出す。
「そうですね……仮説はありますが、自信はありません。でも、クロウさんって8年前の時点で既にそうでしょう?
俺たちはともかく、クロウさんに対してだけは……中途半端に生かし続けて、苦しむのを見て楽しんでいるようにしか感じられないんですよ」
ラザラスが、8年前の件に言及した。
上手く言語化できずに抱いていた疑問が、言葉として紡がれた。
(……それに関しては、ボクもずっと違和感があった)
レヴィは奥歯を噛み締め、目を細める。
確かにクロウは、本人にも自覚があるレベルで“中途半端に生かされた”存在だ。
8年前。左腕を焼失し、顔の左半分を雑に焼かれたクロウの姿を思い出す。
言われてみれば、特に後者がおかしい。
あの火傷痕は、クロウが動けなくなっているところを見計らって手を顔に押し当てて、火属性の魔力を直に流されて負ったものらしい。
だが顔面を押さえることに成功している時点で、やろうと思えばそのまま頭部を焼き尽くすことだってできたはずだ。
もはや魔術とすら言えない弱々しい魔力で、火傷だけを負わせる。そんな嫌がらせのような真似をする必要はどこにも無かったはずだ。
だが、ドラグゼンは意図的にその嫌がらせのような行為を選んでいる。
クロウを焼き殺すのではなく、あえて生かしている。
——クロウが大切に守ってきた存在は皆、灼熱の炎に呑まれて命を落としているというのに。
『確かにクロウは、誰かしらを庇って大怪我をするならともかく、クロウ自身の失態で大怪我をしたことは皆無に等しい、が……』
「それが変なんですよ。今年、今日の件とサイプレスの60人投下の件はともかく、物理的な編成だけで見たら全部似たり寄ったりなんです」
『あー、なるほどな。似たり寄ったりな時点で、学習してないにもほどがあるってか。クロウを身体的に殺したい奴らがすることとは思えないってことだな』
「そうです。そもそも、どっちの件も生きた状態で突破されることありきだったんじゃないかと……特に、今日の方は」
ラザラスが先程、抱いていた説が「確信に近いところまで行った」と言っていた。
(子どものなれ果て……理性を保てればって前提があるとはいえ、クロウさんは間違いなくあの程度じゃ死なない。殺せない……そういう、ことか)
子どものなれ果てをぶつけられた程度で、クロウが死ぬとは思えない。
強いて言えば、ショックで動けなくなってしまい、なれ果てに一方的に攻撃されてしまう、もしくは爆発に巻き込まれる可能性があるくらいだが……それでも、彼は生還したと思う。
あのなれ果ては、決して強くはなかった。クロウに重傷を負わせることはできても、殺害することは確実にできなかっただろう。
だが、心理的な理由、もしくは理性を保ちきれずに負傷してしまった結果、何らかの後遺症を負ってクロウが戦えなくなってしまう可能性は充分にあり得た。
(殺す気は、なかった……確かに、そうだ)
ラザラスの指摘の根拠は、彼の仮説が確信に近いところまで行ってしまった理由は、ここにあるのだろう。
「……」
再びラザラスは周囲を確認した後、話し始める。
「さっき言った、仮説を提示します。俺は、ドラグゼンは……恐らく、ドラグゼンの頂点に立つ何者かが。
クロウさんが“自ら”命を絶つのを、自死という行為を選んでしまう瞬間を待っているのではないかと考えています。
……ほら、よく言うでしょう? 死を希うほどの苦しみを与えてやりたいとか、殺して欲しいと訴えるほど叩きのめしたい、とかね」
『それは……っ』
クロウの、心を壊したい。
その目的として考え得るのは「間違いなく」と言い切っても良いほどに、そこに行き着いてしまう。
「流石に、背後事情までは分からないです。クロウさんの両親であるウィレット夫妻がドラグゼンからかなり恨まれていたとか、
村を防衛している時に、実はとんでもない相手を殺してしまっていただとか……顔を焼かれてること考えたら、純粋にあの容姿が気に入らなかった、だとか。
クロウさんの今までの人生を考えれば、可能性はたくさん、いくらでもある気がします。だからこそ俺はこの仮説に辿り着きました」
ラザラスは嫉妬心から顔面を殴られ、斬りつけられた挙句、実の両親絡みの理由でドラグゼン誘拐されるという、最悪な経緯を持つ人間だ。
彼は「ドラグゼンはクロウを殺す気がない」という可能性を前々から追っていたようだが、そこに行き着いたのは彼だからこそ、なのかもしれない。
通信機の向こう側にいるルーシオが酷く動揺しているような気がする。
だが、確かに……確かに、あり得る話だ。
「背後事情が恨みだか妬みだかは知りません。自殺狙いなのかどうかすら分かりません。どちらにせよ、やり方が陰湿すぎて心底腹が立つだけです。
それか、ただ単に面白がって逃してみた結果、8年間ひたすら蹂躙され続けている愚かで間抜けな組織ってだけなのもしれません」
『……』
「でも、残念ながら。俺は、ドラグゼンが愚かで間抜けな組織だとは思えないんですよ」
レヴィも、そしてルーシオも同じ意見だった。
ドラグゼンがそんな弱点だらけの馬鹿な組織なら、とっくの昔に潰せているはずだ。
現ステフィリオンが結成していることすら、あり得ない。
(よくよく考えたら……例えば今、天井落とされたら。ボクら全員、高確率で死ぬし、なんなら今までもそうだった。ラズさんの説なら、その辺りも説明がつく)
この拠点はともかく、今まで潜入してきた拠点の中には物理的に潰しても支障がないものも混ざっていたはずだ。
クロウやレヴィであれば念動や転移で回避できてしまうと予想されていた可能性はある。
だが、試すだけの価値はあっただろうに。
その手の行為を、彼らは一度もしてこなかった。
通信の裏で、キィ、という音がした。
ルーシオが、椅子の背もたれに深く腰掛けたようだ。
『とんでもない相手殺した説だけは俺も追ってたんだが……残りの2つも、追ってみるかな。
現状、ノイズにしかならんからまだ開示はしないが、妙な調査依頼やら報告やらが、色々と入ってきてるんだ』
「……すみません、忙しいのに」
『いや、助かってんだぜ? 俺はどうしても現場判断と出てきた書類を並べて次の手を考える作業が主になっちまうし、そこで手が止まっちまうことも多い。
効率化を図るために、偏った見方しちまうことだってある。だから、お前の俯瞰して状況を見る力ってか、そのプロファイリング能力は才能だよ』
ルーシオがそう言えば、ラザラスは自信がなさそうに視線を泳がせる。
「……。趣味なので……」
『急に誤解を招く言い方すんな! さっきまでの冷静さはどこ行った!?』
唐突に犯罪プロファイリングが趣味のヤバい人が爆誕したが、ラザラスの趣味は正確にいうと『推理小説を読むこと』だ。
確か彼が好む作家、ディズリーはフィクション作品も扱うが、ノンフィクション作品を手掛けることも多いらしい。
そしてラザラスの几帳面な性格を考えると、作品のモデルとなった事件を1から丁寧に調べ上げるようなこともしているだろう。
要は、元から微妙に専門知識があった。趣味だ、というのは完全には外れてはいない。
それどころか、彼の高等研究院での専攻の1つは心理学だったはずだ。
(でも、才能なのは間違いないと思うんだけどな……)
確かに、元はステフィリオンで使えるようなものではなかったのかもしれない。
だが、彼がそこから足りない知識を叩き込んで、たった数年で実践的に使えるレベルにまで昇華させたのは事実だ。
この血が滲むような努力ができることを、“才能”だと言って何が悪い。
そもそも現ステフィリオンで武力と頭脳を両立させているのは彼だけだ。
そこだけでも誇っていい部分だと思うのだが、何せラザラスは自尊心が低い。
(そうなるくらいに色々あったのは、散々な目に遭ってるのは……当然知ってるけどさ)
彼の自尊心の低さは何とかならないものか、とレヴィはラザラスに視線を移す。
その右腕を見て、ひゅっと喉が鳴った。血が滴っている上に、ちょっと腫れてきている。
「ら、ラズさん! 先に進みますよ! ほら、治療しに行きますよ! 嫌なのは分かってますけど!!」
「別に嫌ってわけじゃない! ルーシオさん、通信切ります!」
『諦めろ、エスラは俺の横で救急セット持って待ってっから』
この手の案件になると、ラザラスは唐突に微塵も信用されなくなる。
医療行為にトラウマがあるのは分かっているだけに、できるだけ手を出さないでおきたい——が、困ったことに、彼の場合は命に関わるケースがあまりにも多すぎる。手を出さざるを得ない。
(不憫だな、とは思うけど。それとこれとは、話が違うというか……)
流石に治療されることを覚悟したラザラスは苦笑しつつ、少し離れた場所にある電子扉を指差した。
「あの部屋だけ中に2人いるし、電子機器の類も多い。多分、なんかある。隣の部屋の周辺にどう考えても隠れてるだけの人間が3人いるし、誰かはカードキーの類持ってそうだな。
必要なもの奪い取って、中にいる2人をどうにかして、本当に何かあるなら……そのまま怒られる作業に移ろうか」
「そうですね……」
光攻撃を受けて、既にかなりの時間が経過していた。
流石にもう、クロウの目が回復していそうな気がする。
そうなるとロゼッタと結託して空間収納の中で暴れ出す可能性があるだけに、そういう意味でも怒られる作業に移りたかった。
さっさとカードキーの類を回収して、どう考えても怪しい部屋にさっさと突入しよう。
レヴィは決意し、目的の場所へと足を進めた。




