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65.妄執の淵源を探して-1

 レヴィは空間収納(アーカイブ)を発動し、クロウとロゼッタを異空間に閉じ込める。

 暴れ出す気配は、無さそうだ。しかし、懸念事項はあった。


(急ぎはしたけど、少し声が聞こえちゃったかもしれないな……)


 “なれ果て”たちは、ラザラスの指示とほぼ同時に飛び出してきた。それは、子どもだからこその機敏さ。

 しかし彼らは非力で、魔術も使えなかった。ゆえに、ラザラスを相手になす術もなく散っていった。


——10人近く、いたはずなのに。


「……ッ」


 レヴィは、ラザラスの俯きがちな横顔を見る。

 前髪で隠れているが、胸が締め付けられるような感情を抱いているのは明らかだった。


(大丈夫なわけ、ない)


 一度、なれ果てにされてしまえば、助けられない。

 対峙した時点で、残念ながら手遅れだ。

 どうすることも、できない。


 ゆえに仕方がない、もう殺すしかないと分かっていても……どうしても、躊躇ってしまうのだ。しかも小さく、幼い子どもを相手にして苦痛を感じないはずがない。


 それでも。

 彼は“理性”だけで全てを抑え込み、戦い抜いた。

 戦い抜いて、見せた。


 ふらり、と、微かに足元がおぼつかない様子で、ラザラスが動き出し、冷たい床に転がる子どもの亡骸に手を伸ばす。そして、小さな身体をそっと抱き上げて彼らが出てきた部屋へと運んだ。


 とにかくクロウやロゼッタに見せないように、という配慮なのか、それとも、せめて廊下ではなく部屋に入れてやりたい、という彼の気持ちなのか——恐らく、後者だろう。

 前者なら、2人を空間収納から出さなければ良いだけの話だ。


 ラザラスは片っ端から、子どもの亡骸を運んでいく。手伝おうとしたが、止められてしまった。

 そもそも、手伝うまでもなかった。その作業は、一瞬で完了してしまったから。


 部屋の中に並ぶ、事切れた幼い身体を見下ろし、ラザラスは呆然と立ち尽くしている。


(ラズさん……)


 今すぐに駆け寄りたい気持ちを叱責し、レヴィは部屋から離れ、彼から距離を取った。

 どのように、力無き子どもを殺めたのか。ラザラスは自分にそれを見せたくはないだろうと、思ったからだ。


 立ち止まっている場合ではないと、思ったのだろう。ラザラスは部屋から出て、扉を閉める。


「……悪いな、行こうか」


 彼がへらりと、微かに歪に笑った、瞬間。

 閉めたばかりの部屋の中から、派手な爆発音が響いた。


「うわっ!?」


 爆発の衝撃は、部屋の中だけでは留まらなかった。

 鉄扉が吹き飛び、すぐ傍にいたラザラスの身体が横に飛ぶ。


 右腕の防具で受け流し、急所への直撃を辛うじて防ぎながらも、勢いを殺し切ることはできなかったようだ。

 レヴィは冷たい床を転がり、ゆっくりと上体を起こすラザラスの傍に駆け寄った。


「ラズさん!!」


「だ、大丈夫だ……」


 何とか受け身は取れていたらしく、致命傷を負った様子はない。しかし防具は激しく砕け、破片が腕に突き刺さっている。

 骨が折れている様子も、酷い火傷を負った様子もないが、防具の様子を見るだけで相当な衝撃が彼を襲ったことは理解できた。


 ラザラスは座り込んだまま、役に立たなくなった防具を外して腕に刺さった大きな破片を抜いていく。


「……ッ、くそ……」


 彼の表情は、酷く歪んでいる。

 痛みではなく、目の前で起きた惨状に対して。


……容赦なく燃え上がる、子どもたちの亡骸を見て。


 想像を遥かに上回る、あまりにも惨い仕打ちだった。彼らが、一体何をしたと言うのか。


 ラザラスは力なく、乾いた笑い声をあげる。


「はは、マジかよ……ここまで、やるか……?」


 どうやらドラグゼンは“なれ果てそのもの”に爆薬を仕込んでいたようだ。

 仕込まれた爆薬のひとつひとつの威力は恐らく大したことはなかったのだろうが、亡骸を一か所に集めてしまったせいで威力が増してしまったのだろう。


 だが、これは恐らく「亡骸を一か所に集めること」を前提とした作戦だ——少なくとも、仮想敵とされているクロウは確実に“それ”をやってしまうことを前提としたものだ。


 何より、部屋から漂ってくる酷い臭気がそれを物語っている。


(う……っ)


 錆びた鉄と、焼けた肉の臭い。

 どこから漂っているかを理解してしまうと、もう吐いてしまいそうだった。


 ラザラスと同意見だ。

 真っ先に「ここまでやるか」という感想を抱いてしまうほどの、あまりにも残酷な光景を目の当たりにしたレヴィは両手を強く握りしめた。


 握りしめることしか、できなかった。


「……」


 幸いにも、周囲の部屋の調査は既に完了している。

 ここに留まる理由は、もうどこにもない。

 ラザラスは深く息を吐きだし、レヴィに声をかけた。


「先に進もうか」


 気持ちが、沈む。


 一番沈みたくなっているのは、ラザラスだろうに。

 彼は困ったように笑い、何事も無かったかのように立ち上がった。


「……。それでさ、大丈夫そうなタイミングで、一緒に怒られような?」


 本当の胸の内を隠し、笑って全てを誤魔化し……それどころか「冗談です、何も考えてません」と言わんばかりの振る舞いをする。

 これはもはや、演技力と心理戦に長けたラザラスだからこそできる、天才的な常套手段だ。


 だが今回は、流石に無理だったようだ。

 隠しきれていないことに本人が気づいているのかどうかは、分からない。

 微かに、本当に微かに震えていたラザラスの声に気づかないフリをして、レヴィは頷く。


「……はい」


 そして実際問題、クロウは絶対に怒る。

 恐らく、ロゼッタも怒る。


 これはもう、とんでもなく怒られるに違いない。


(でも、悲しいけど……こうするしかなかったと思うんだ)


 ラザラスの選択は間違っていなかったとレヴィは確信する。

 10歳にも満たない、大人になることすら許されなかった幼い子どもたちのなれ果て。


 彼らの理性なき叫びを、何も成せずに呆気なく散っていく姿を。

 そして亡骸さえも兵器とされ、燃やし尽くされる最悪の光景は——クロウとロゼッタには、決して見せられないものだった。



 ◯



 ラザラスの腕をどうにかしたかったが、落ち着ける場所まで移動するのが先だと断られてしまった。

 それも一理あるが、彼の場合は絶対に別の理由もある。何なら、クロウとロゼッタの解放も止められてしまった。


(こっちはこっちで、クロウさんもロゼッタさんも怒りそうだな……)


 追加で怒られるぞ、と思いながら、レヴィは通信機を手にルーシオと話す彼の横顔を見ていた。


「とりあえず、本当に光攻撃と、子どものなれ果て攻撃がきました……クロウさんとロゼに現場を見せないことは成功してます。なので、もうちょっと離れた場所で2人を解放します」


『……。怪我、してないか?』


 思うことは相当にあっただろうに、ルーシオはあまり深く踏み込まないことを選んだらしい。

 声音を聞くだけで、ラザラスがそれなりに精神的なダメージを受けていることは明らかだったからだ。


 その問いに、ラザラスは答える。


「いや? 特に何もないですね」


「ッ!?」


 サラッと嘘を吐くな!!

 レヴィは、ラザラスから通信機を奪い取った。


「なれ果ての自爆に巻き込まれて右腕防具損傷、破片が大量に突き刺さってます! 

 落ち着ける場所で全ての破片を取り除きますが、念のため、エスラさん待機でお願いします!」


 言い切り、レヴィはラザラスを睨みながら通信機を返す。ラザラスは苦笑しつつ、連絡を再開した。


「……すみません」


『はぁ……』


 盛大にため息を吐かれている。

 こればかりは当たり前だ、とレヴィは思う。


 そのまま通信を切るのかと思いきや、ラザラスは周囲の様子を何度も確認し、逡巡した後。


——酷く重い口を、開いた。


「……これは俺だからこそ発生した負傷です。俺じゃなくてクロウさんなら、何だかんだで身体的には限りなく無傷で突破できたと思います。

 あったとしても、()()()()()()()()軽い火傷程度で済むでしょうね」


『……ん?』


「光攻撃もそうです。単独潜入かつ隻腕状態だったとしても、こっちは流石に無傷では済まなかったと思いますが……それでも、命を落とすところまでは行かなかったかと」


『何が言いたいんだ。急にどうした』


 一拍の間。

 そしてラザラスは、再び話し始めた。


「うっかりやり過ぎるとか、指示が行き届いていない末端がやらかす、とかは十分あり得ます。

……ですが」


 ラザラスは意を決した様子で、口を開く。


「俺は前々から、ドラグゼンには『フェリクス・ウィレットを殺害しない』、もしくはそれに準じた基本方針がある可能性を追っています」


『はぁ!?』


「光攻撃はまだしも、なれ果て案件を代わりに処理した時点で俺の中ではこれが確信に近い段階まで行きました。

 なので、本人がいないところで共有させてください。本人には、とてもじゃないですが聞かせたくない話なので」


 一体何を言っているんだ、と言わんばかりにルーシオが声を失っている。

 レヴィも目を見開いて、ラザラスを見た……そんなはずはない、ありえないと思ったからだ。


「……」


 だが、ラザラスは意見を覆すつもりはないようだ。

 その上で、脳内で言葉をまとめている。理由を、話してくれるらしい。


(一体、どうして……)


 レヴィもルーシオも、彼が再び話し出すのを待った。

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