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64.覚悟の音

「クロウ、大丈夫……?」


 心の底からオスカーに感謝しつつ、ロゼッタは壁に身体を預けるクロウへと視線を向ける。


「……っ」


 右目を押さえている。強い光の影響で痛むようだ。

 これではしばらく、動けそうにない。


 だが、どうやら機械を破壊した結果『感影(センス)』が使えるようになったらしい。

 クロウは目が見えない状況ではあるが、周囲の様子を探っている。


「……前方進んですぐ、右側の曲がり角。8人いたが、さっきからレヴィに射殺されまくってんな。そんなわけで、残りは3人だ。流石にもうレヴィを警戒して出てくる気がないらしいな。つまり近づいて仕留めねぇと無理だな。

 奥の部屋には何もいねぇ。資料の類はあるかもしれんが、ここは入り口に近すぎるから、重要なもんは無い気がするな。あるならもっと奥だ。どうせロッカールームかなんかだろ」


 どうにもならないと判断したのか、近くの様子を声に出してラザラスに伝えている。

 ラザラスに対してはロゼッタが感影を使ってはいるが、実質答え合わせだ。

 無駄にはならないだろう。


 クロウの話を聞きながら、ラザラスは口を開く。


「元の通りに戻って、左側の曲がり角。こっちには何もいない代わりに奥の部屋に3人。合ってます?」


「ああ。つーかお前も……というかロゼッタがサポートで使ってんのか。なら、オレは使わずに、そのままロゼッタとお前に頼——」


 そう言って、クロウは黙り込む。

 どうしたのかと思えば、彼は静かに、重い口を開いた。


「ロゼッタ、ラザラスの『感影』を切れ。でもってラザラス、レヴィもだが。その先、3つ先の曲がり角までは行くな。

 そこはオレがやる。視力回復を待たなくとも……このくらいなら、何とかする自信はある」


 ロゼッタは気づいた。

 間違いなく、そこにいるのは、彼が苦手とする“なれ果て”だと。


 サイプレスでの様子を見ていただけに、万全の状態ではないくせに。

 それでも自分が引き受けようとする姿に、腹が立ちもした。


……が、ロゼッタ以上にラザラスが()()()()怒っていた。


「……」


 彼は怒りが態度に出ないように深呼吸した後、ロゼッタを見て口を開く。


「ロゼ。想定より早いんだけど、『プランA』行くぞ」


『はぁい』


 やってやろうじゃん、とロゼッタはぬるりと影から出た。


 プランA。

 この作戦の発動条件は、「クロウが意味の分からない無茶をしそうになった瞬間」だ。


 それはまさに、今だろう。


(背に腹は変えられない、というか……)


 とはいえ、ラザラスには相当に負担が掛かる。

 だがそれを受け入れなければならないほどに、クロウの状態があまりにも悪い。

 ここは明らかに、クロウはラザラスに甘えるべき場面だ。


「ラズさん。諸々、必要なことあったら叫んでください。わたし、遠隔でも色々できるんで。とりあえず『感影』と『聴力強化(アウリス)』は入れときますね」


 外せ、と言ったのに逆の行動をしようとしている。

 すかさずクロウが反論しようとしたが、もう反論すら許さない。

 ロゼッタはクロウの肩を叩き——口を開いた。


「【断崩霊(アナイア・ディスペル)】」


「ッ!?」


 同時に『体魄強化(オルガノス)』と『耐久強化(フォルティス)』を掛けるのも忘れない。

 前者に関しては無詠唱でも行けるかどうかは事前に試した。

 身体に触れていれば何の問題もないことは、実証済みだ。


「お、おい!? 揃いも揃って何してんだ!?」


 いきなり教えたばかりの断崩霊を決められるとは思ってもいなかっただろう。

 クロウは怒っているように見えて、酷く困惑していた。


「……何してんだ、ですって?」


 どちらかというと、怒っているのは相変わらずラザラスの方だ。

 にこやかに微笑んでいるが、普通に怖い。

 ついでにレヴィも割と怒っている。視界の端から怒りを感じる。怖い。


「こうでもしないと、あなたは平然と特攻しそうなので。事前にロゼに仕込みました」


「いいから! 変に手ぇ出すな!!」


「やめません。3ヶ月迷惑掛けた分、今日は俺が片っ端から被ります。あなたには、戦闘面以外の負担は掛けません」


 本音を言えば、それも嫌だった。

 しかし残念ながら、誰かが被らなければならない状況だった。


 このまま放置すればクロウが勝手に全部背負って勝手に潰れてしまう。

 ステフィリオンの存続を考えるのであれば——それは、絶対に避けなければならないのだ。


(分かってて自滅しにいくのは……流石に、バカだよ)


 ただ、ひとつ気になることがあった。

 ラザラスは恐らく、なれ果てと対峙した経験が無い。


(クロウが庇いに庇ってたんだろうし、そもそもドラグゼンもクロウ狙いで出してただろうから……ラズさん、大丈夫かな……)


 明確に口には出さないが、クロウが一番気にしているのはそこだろう。

 レヴィのサポートも入るのだろうが、ある程度はラザラスが直接手を下す必要がある。


 どこまで行ってもドラグゼンの()()()である、なれ果てに。


「……」


 クロウが何を気にしているのか。

 それは、ラザラスも分かっていたのだろう。彼は、笑う。

 目の前のクロウには自分の姿が見えていない……それを、分かっていながら。


「全部、今更です。それに……俺が“おかしい”のは、あなたが一番よく知っているはずですよ」


「ッ、そういう、問題じゃ……!」


「……。ロゼ、後は頼む」


 容赦なくクロウを置き去りにし、ラザラスはレヴィと共にその場を離れた。


(たぶん、今のは演じてた……つまり、完全に大丈夫ではないってこと、だよね)


 分かってしまった。気づいてしまった。

 だからこそ、置いていかれる側としてはかなり心苦しいものがあった。


 クロウに責められる覚悟はしていたが、ロゼッタの心境を察しているのか、彼は何も言わなかった。

 否、全く同じことを考えているのかもしれない。

 その場に残され、後を追うことすらできない状況にされてしまった彼は、弱々しく言葉を紡いだ。


「後から、苦しんだって……もう、遅ぇんだよ。ちくしょう……」


 流石に、もう理解していた。

 クロウはそもそも、ラザラスに“殺人行為”をさせたくなかったのだろう。


 それは、世間一般的には決して受け入れられない行為だ。

 本来であれば、罪に問われる行為だ。


 少なくともラザラスには「この道に進まない」という選択肢が与えられていたはずだからこそ、クロウは認めたくなかったのだろう。


……それは、彼自身には決して与えられなかった選択肢だから。


 ぐったりと壁に身体を預けたまま、クロウは悔しげに声を震わせた。


「なれ果ては……なれ果てだけは、殺しを正当化する理由がねぇんだよ……分かってんのか、あのバカ……」


 その言葉を聞いて、ロゼッタは息を呑む。


(もしかして、クロウは……)


——本当は、誰のことも殺したくなかったのかもしれない。


 誰よりも人を殺めることを求められる彼が、それに抵抗を持っている。

 だからこそ、どうにかこうにか自らの行為を正当化し続けるしかないのだろう。

 それでも、なれ果てに対してだけは……少なくともクロウの基準では、“正当化”が成立しない。


 ゆえに彼は、「殺されても仕方がない」とは言い切れない、被害者でしかないなれ果てと戦うのが苦手なのだ。

 しかも「自分のせいで、なれ果てが生まれてしまうのかもしれない」と認識している部分があるせいで、なれ果てを前にするたびに、精神が磨耗していくのだ。


 認識が派手に歪んでいることを考えると、なれ果てに関しては他にも理由があるような気がする。

 だが、彼が擦り切れかけている理由の1つは、間違いなく殺人行為への抵抗感にあるはずだ。


(もう精神攻撃がどうのこうのって問題じゃ、なくて……)


 だが彼の立場でそんなことを言えるわけがない。

 誰にも吐き出せるはずがない。


 しかしラザラスは、どこかのタイミングで恐らく“それ”に気づいてしまった。

 気づいてしまったがゆえに、重い十字架を背負うことを選んだのだろう。


——今更だから、自分は異常だから、と。自らに言い聞かせて。


「……」


 魔力操作に影響が出ないように、揺らがないように、ロゼッタは奥歯を噛み締める。


 何が、なのかは分からない。

 もしかすると、全部かもしれない。

 ただただ、悔しかった。


 せめて目の前のことに、できることに集中しようとロゼッタは頭を振るう。

 そんな中、ラザラスの静かな声が、冷たい空間に響いた。


「悪い、レヴィ……『プランB』だ」


 レヴィは頷くと共に、こちらに向かって走ってくる。


 そんなものは聞いていない、とロゼッタは首を横に振るう。

 だが、『プランA』という名前を聞いた時点で気づくべきだった。


 ラザラスの中には、複数の計画があったということに。

 他の計画を知らされていない時点で、対象に“自分自身”が含まれているという事実に。


 逃げようにも、逃げられない。

 近くにやってきたレヴィの手が、身体に触れる。


「……【空間収納(アーカイブ)】」


 抵抗しようと思えば、できた。

 しかしレヴィはどこか悲しげな笑みを浮かべ、口を開いた。


「中で大人しくしててください。ラズさんの思いを、決意を、どうか……無駄に、しないでください」


 抵抗なんて、できるはずがなかった。


(レヴィ、さん……ラズさん……)


 異空間に、吸い込まれていく——その最中。

 どこか遠くで、子どもが泣き叫ぶ声が、聴こえたような気がした。

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