63.共闘領域
ラザラスが扉を蹴破ると同時、クロウが彼の頭を押さえつけて姿勢を低く落とす。
瞬間、彼らの真後ろから幾度となく銃声が響く。
レヴィがラザラスの眼前にいた数人の戦闘員たちをマシンガンで一気に仕留めに掛かったのだ。
悲鳴を上げる間もなく倒れていく人間を見て、ロゼッタは困惑する——否、ラザラスも多少は動揺していた。この間、『クロウとレヴィが一言も喋っていない』からだ。
(クロウとレヴィさんの連携が凄すぎる……)
正直、何が起きたのか分からないレベルだった。
だが、驚いている場合ではない。銃弾をかわした人間がいた。鉄扉の両サイドに分かれて、2人。
それに関してはラザラスが左側、クロウが右側を担当し、難なく突破する。
ラザラスとクロウはどちらも目、つまり視界にハンデを抱えているが、ちょうど互いの死角をカバーし合えている。慣れた様子を見るに、普段から似たような立ち回りをしているのだろう。
個々の能力が高いのは分かっていたが、きっちり連携が取れている。
まだ突入開始段階とはいえ、誰かが誰かの邪魔をするようなことにはなっていない。相性自体は、決して悪くないのかもしれない。
とりあえず、突入時点で負傷者が出ることは無かった。
問題は相変わらず感影が弾かれていることだろうか。
ラザラスは軽くため息を吐きつつ、視力強化を発動させた。
「タリスマンか機械か知らないけど、間違いなく人為的なもの仕込まれてる。さっさと破壊したい。邪魔すぎる……」
ラザラスはともかく、少なくともクロウが感影および視力強化の使い手であることは見抜かれている気がする。
(うーん、予想的中させちゃってる……これは来るかもって話だったもんね……)
この時点で、何らかの合わせ技が来ることは確定だろう。
ロゼッタが困惑していると、クロウから思念が飛んできた。
『もうオレは『聴力強化』に賭ける。どうもラザラスが視力守りに行ってるからな。レヴィもいるし、オレが予想外してもどうにかなんだろ』
そもそも、何をどうしても反対理論が出てしまうため、ラザラスが上げた予想の全てをひとりで対策するのは不可能だ。ただ、不幸中の幸いと言える情報も出ている。
『確か、同時に複数の身体強化系統を潰すのは無理なんだっけ?』
『だな』
ひとまとめに身体強化系統、と呼ばれているが、1度に防ぐことができるのは1つだけらしい。
同時に潰したいのであれば、崩霊のような魔術を用いて魔力を吹き飛ばすような手段に出るしかないようだが、この術はクロウにはまず入らないし、タリスマンの類で防ぐことはできないらしい。
(身体強化系統の発動防止……なんか、特定魔術に専用の魔術をぶつけるようなもの、とか何とか言ってたけど……)
理由は作用する部位がすべて違うせいで、足し算の要領で同時に掛けることはできても、同時に妨害するのは難しいを通り越して不可能らしい。
それは別々の鍵穴を1本の偽物の鍵で塞ぐことは不可能だ、という理論に近く……とか何とかラザラスに説明されたが、申し訳ないが、正直よく分からなかった。何なら理解できる気がしない。
——とはいえ『身体強化系統を同時に複数潰すことはできない』という事実だけで、突破口は見出せる。
『そっか、ラズさんが聴力を犠牲に視力を守るなら、クロウは視力を犠牲に聴力を守る、みたいな理論だね』
『そういうことだ。それなら、オレかラザラスのどっちかはセーフだからな。つーか、聴力上げとけば視力が詰んでも何とかする自信はある。生まれつき素の視力が当てになんねぇから、元々そういう訓練してんだよ。
まー、騒音の類を同時にやられたら鬱陶しいが、それでも限界まで強化しとけばどうにか突破できる。つーわけで、『聴力強化』潰されたら潔く終わる』
『潔く終わらないで欲しい……あ、いっそクロウも影に隠れたら?』
そう問えば、クロウは微かに眉間にしわを寄せた。
『論外だ。オレの姿が見えないってなれば、慌てて変なことしてくる可能性がある。
お前らが無駄な危険に晒されるのは困るんだよ、だから影に隠れる戦法はお前だけやってろ』
真っ先に考え得る案件としては、何かしらの術で隠れていると判断されて崩霊を使われることだろうか。
ロゼッタとクロウは魔力量の多さで勝てるだろうが、相当な高確率でラザラスが負ける。
しかも彼が何かしら術を発動させていれば、腕が弾け飛んでしまうリスクがある。そのリスクがある以上、使えない。
『うぅ……』
つまり、クロウだけは絶対に姿を見せておかなければならない。
その事実に、ロゼッタは思わず唸ってしまう。
『オレからすれば、一番最悪なのは視力でも聴力でもなく『体魄強化』潰されることなんだけどよ。
まあ、やられたとて、この調査中は急げばどうにかなんだろ。後々ぶっ倒れるのは確定だがな』
『それは普通に死ぬ可能性出るから、やめて欲しい……』
困ったことに体魄強化の発動妨害もラザラスの予想リストに混ざっていた。
彼はクロウの体質を知らないため、合わせ技ありきの話だ。
しかし、実際にそれをされてしまうと、もっと酷いことになるのが確定している。
(そもそも何も起きて欲しくないんだけどね……!)
ロゼッタが見ていない書類も多々あったため、もっと最悪な想定がある可能性はある。
だが、そもそも書類を山積みにできるほど「起こり得るものが提示できる」という事実がいろんな意味で怖かった。
そんなことを考えていると、再びクロウから思念が飛んでくる。
『悪い。今の時点で結構強めに『魔力譲渡』入れてもらえるか?』
『分かった』
一度多めに入れて、その後はじわじわ魔力が行くようにしようとロゼッタは決めた。
現状、魔力譲渡が必要そうなのは彼だけだ。
(たぶん、ラズさんはなんか来た瞬間に『視力強化』切るだろうから下手なことしたら邪魔になりそうだし、
レヴィさんは現状『魔装弾』以外は使ってないから、余裕ありそうなんだよね)
クロウに魔力を送りつつ、進んでいく。
その間に、通信機を用いて感影妨害工作の話をルーシオに伝えるのも忘れない。
ラザラスが少なくとも1つ予想を当ててしまったことに対し、彼が盛大に頭を抱えたらしいことが通信機越しでも伺えた。
これはあくまでも序章に過ぎない。恐らく他にも当てている、と彼は判断したからだ。
(……何も起こらないし、何もいないんだけど……)
ルーシオとの通信を終えても、何故か誰にも出会わない。
そのまま、しばらく歩き続けた。無人なのかもしれない、などという油断はできない。
相変わらず感影の発動妨害は続いており、「絶対に何かが来る」と判断できる状況だったからだ。
曲がり角を曲がった、その瞬間。
前方からカチリ、と音がした。
(うわっ!?)
強烈な、閃光。
影の中にいたにも関わらず、少し目がチカチカする。
外に引きずり出されそうにもなったが、どうにかとどまることに成功した。
そしてラザラスはギリギリ視力強化を切ることに成功し、レヴィも両翼で視界を遮って最小限のダメージで留めたようだ。
すぐには動けなさそうだが、あの様子なら数分程度で回復するだろう。
だが、確実にクロウが被弾したのは本人に聞かずとも明らかだった。何も見えていない彼の前方には、20人以上の戦闘員がいる。
(こ、これは……わたしが飛び出て、まとめて『拘束』でも仕掛けた方が……)
パチン、と指を鳴らす音がした。
(え?)
音を出したのは、クロウだ。
彼に断崩霊を使われた時もそうだったが、急に指を鳴らされると、どうしてもそこに視線を向けてしまう——まるで「こっちを向け」と言われているかのごとく。
(なるほどね。だから、指鳴らすんだ)
今、クロウは間違いなく何も見えていない。
だからこそ、指を鳴らしたことで視線を集めているはずだと信じて動くしかない。
そして彼は前方を指差し、詠唱した。
「……。【恐種】」
突如、ロゼッタを襲ったのは。
ありとあらゆる刃物を、一斉に首元に当てられたかのような感覚だった。
当てられるだけではない。
今にもスッと、刃を横に引かれそうな。
そんな、感覚。
(なに、これ……っ)
ひゅっ、と喉が鳴る。
ぞわりと背筋が凍りつき、冷や汗が流れた。
以前、ギルバートから受けたものとは、まず比べ物にならなかった。
口から飛び出そうなほどに、心臓が激しく鼓動する。
泣き叫びながら逃げ出したくなるような恐怖心が、襲い掛かってくる。震えが、止まらない……!
(そ、そうだ……!)
咄嗟に、腰につけていたタリスマンに手を伸ばした。その瞬間、恐怖心が和らいでいく。
息が軽く上がってしまったが、分かりやすく残った感覚はそれだけだった。
もうすぐ、完全に落ち着きそうだ。
そしてどうやら、ラザラスとレヴィも同様の判断をしたらしい。彼らもタリスマンに触れていた。
ロゼッタが術に負けたというわけではなく、彼らも派手に影響を受けたらしい。
(た、確かに、これは……)
事前のクロウの「緊急事態が起きた時は全力で恐種を使う」という申告と、それに対してラザラス以外の全員が露骨に反応してくれていたことに救われた。
それがなければ、どうすれば良いか分からずパニックに陥っていたかもしれない。
本当に助かったと、ロゼッタは深く息を吐き出す。
ルーシオの言葉が、脳裏を過る。
『悪いことは言わない。クロウの恐種を全身で受け止めるな。良いな?』
……確かにこれを普通に受け続ければ、数分でおかしくなってしまいそうだ。
そしてクロウもクロウで、周囲を派手に巻き込むせいで普段は使えない術なのだろう——オスカーの恩恵が、あまりにも強すぎる。
どうやら上手く術が入ったようで、目の前にいた戦闘員たちは全員まとめて固まっている。
流石にある程度は対策を取っていたようで、自分たちほどの強い影響は受けていない様だ。
それでも顔色は悪く、息が、切れている。
だが、走り出し、一斉に襲いかかる程度のことはできそうだ。
(普通に動けそうではある、けど……やっぱり、わたしが『拘束』を)
ロゼッタが魔術をぶつけようとした、その瞬間。
クロウが両腕に巻いていたテグスが、一切の音を出さずに動き出す。
詠唱の類は一切無かったが、どうやら念動でテグスを動かしているようだ。
乱れた呼吸音を頼りに、まるで生きているかのように動く透明な糸は、戦闘員たちの首に絡みついていく。
テグスの存在に気づいた者、全く気づく気配がない者。反応は様々だった——だが、その末路は全員同じだ。
クロウは地を蹴り、彼らの間に一気に滑り込む。
それに合わせて、複数の首が飛んだ。
血飛沫が辺りに飛び散る中、上手くテグスから逃れた人間も数名いた。
だが、それに関しては視力が回復したラザラスがすかさず仕留めにいく。
そうして、誰も動かなくなった。
「……」
クロウは全く目が見えていないのか、その場で蹲ったまま待機している。それでも状況は何となく理解できているようだ。
そして何故かラザラスも同様に、その場に留まっている。動く気がない。
そんな彼らに向かって、レヴィが叫ぶ。
「クロウさん、左に3、後方1! ラズさんは左に4、後方2! お願いします!」
レヴィは、大きめのマシンガンを『空間収納』から取り出し、その場に片膝をつく。
何の暗号かと思えば、移動場所を示していたようだ。
クロウは左に3回、後ろに1回跳ぶ。ラザラスもレヴィの指示通りの動きをした。
「……ッ!」
レヴィは移動し終えた彼らの眼前を左手で指差し、叫ぶ。
「【岩砕】!」
ガラガラガラ、と石の壁が積み重なっていく。
(あ、あれ!? 岩砕って、壁作る術だっけ……?)
『岩砕』は初級の地属性攻撃術だったと思うのだが、レヴィは石を前に撃ち出すのではなく、防御壁を作るのに使っていた。
変な使い方だな、とは思ったが、確かに彼女の場合は石よりも弾丸を放つ方が、圧倒的に火力が出る。彼女であれば、という前提はつくが、妥当な判断だろう。
「……」
レヴィは横目で防御壁を生成し終えたことを確認しつつ、右手に持っていたマシンガンで光を放った機械を破壊する。
そして即座にライフルに持ち替え、監視カメラを破壊。
その流れで遥か前方にいた狙撃手を撃った。
狙撃手が倒れる僅かな隙にレヴィはクロウとラザラスの傍に駆け寄っていく……と見せかけて彼女は石壁に隠れつつ、2人の真横で銃撃戦を始めた。
石壁が、銃弾を受けて微かに揺れた。
どうやら今回、ドラグゼン側は狙撃手が多い編成になっているようだ。
(なるほど、光で目潰しして、動けないところを狙って撃ち殺す作戦だったんだろな……)
その結果が、この怒涛の瞬殺劇だ。
奥からまだ何人か出てきている様子だが、姿を見せたそばからレヴィに撃ち殺されている。
ドラグゼンの立場からすれば、もう大惨事だ。
とはいえ、クロウが単独で来ていた場合は相当に危うかっただろう。
これは3人揃っていたからこその成果だ。
(そして本当に……本当に、オスカーさんの課金のおかげだよね、これ……)
クロウの義手といい、味方陣営を巻き込んでしまう恐種対策といい、オスカーの支援がなければ誰かしら負傷しただろう——ここにはいない彼の楽しげな笑い声が、聞こえたような気がした。




